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侯爵令嬢エミリアの一日・後編

やんわりと頬を撫でる暖かさに驚いて目を開けると、太陽が透けて眩しいほどのブロンドがさらりと揺れるのが見えた。

翡翠色の瞳が菫色の瞳を見つけると、優しげに微笑む。


「おはよう、エミリア。気持ち良さそうに眠ってたね」


王太子のクラークが直ぐ傍に寄せた椅子に座り、エミリアの瞳を覗き込むようにこちらを見ていた。


自分がうっかり眠ってしまった事に気がつき、不敬に当たるのではないかと不安になり慌てて起き上がると身を強張らせた。

しかし、クラークは相変わらず柔らかな微笑を浮かべるばかりで、叱責される気配は無かった

安堵したエミリアはやっと落ち着いて周りを見てみたが、先ほどと同じ綺麗な花が咲いているだけで王妃様の姿は無い。

いつも時間通りに来る王妃様が遅刻するとは思えず、小首を傾げて悩んでいるとクラークが喉を鳴らして笑っていた。


「笑ってごめん、不思議そうにしているのがあまりに可愛くて……母上は急な公務が入ってね、ここに来れなくなってしまったから、変わりに私が来たのだけれど……駄目だったかな?」


肩をすくめて見せるクラークに、エミリアは小さく首を横に振る。

クラークが嬉しそうに目を細めたのを見て、エミリアも嬉しくなって微笑んだ。


テーブルの上に音も無く紅茶と焼き菓子が並べられていく。

王宮で用意されるカモミールの香りがする紅茶と、花の形を模したクッキーがエミリアは大好きで、それを知っているのか今回も何も言わずともそれらが用意されていた。


寝起きのエミリアは喉が渇いていたので、それを一口含むとほっと息を吐いた。

視線を上げればクラークが慈愛に満ちた眼差しでこちらを見詰めているのに気付いて、恥ずかしくなって頬を染めると俯いた。

スルリと頬を撫でられ、視線を合わせるように上を向かされる。

エミリアはただでさえ赤い顔を更に赤く染め慌てたが、強い視線に射竦められ視線を逸らす事もできなかった。


「俯かないで……もっと良くリアの顔が見たい」


今にも唇が触れそうな距離で囁かれ、全く動く事が出来なくなってしまった。


「最近公務が忙しくてお茶も満足に出来なかったからね、リアに会えて嬉しいんだよ」


クラークは先日正式に立太子したばかり。

その前はエミリアも度々お茶会の招待を受けていたが、三日と開けずに来ていた招待がここ暫く無かったので、本当に忙しいのだろうとは思っていた。

しかし、まさかお茶を飲む間も無いほど忙しかったとは思いもしなかったので、エミリアは驚愕してしまった。


不意に視線をテーブルへ移せば、そこには花のクッキー……


目の前のエミリアが自分では無いものを見ている事に気付いたクラークは、視線をそちらへ移すと納得して笑った。

そして少しだけ距離を開けると、クッキーを一枚摘みエミリアの口元に差し出した。

本当は疲れているだろうクラークに食べてもらいたかったのだが、せっかく取ってくれたものを無碍にも出来ない。

エミリアはその小さな口をそっと開けた。

口を閉じる際に唇がクラークの指先に触れてしまったが、小さなクッキーなので許して欲しいと思いながら、静かにそれを咀嚼する。

クラークはそんなエミリアを見詰めながら、愛おしそうに目を細め自身の指先にキスをした。


その仕草があまりにも綺麗だったので、エミリアは見惚れると共に羨ましさを覚えた。

そこで、自分も一枚クッキーを取るとクラークの口元に運んでみた。

クラークは嬉しそうな顔をすると、それをパクリと食べてくれた。

指先に僅かな感触があったので、きっとクラークでもクッキーだけを食べるのは無理だったのだろう。

エミリアは、しばし自分の指先を眺めると、クラークの真似をして指先に口付けてみた。


凄い音がしたので指先からテーブルに視線を移すと、クラークは頭を打ち付ける勢いでテーブルに突っ伏していた。


見るに耐えない仕草だったのだろうか?エミリアは不安に思ったが、それ程しないでクラークが顔を上げいつもの笑顔を向けてくれたので、失敗はしたが酷いというほどではなかったのかもしれないと考え直した。


帰りは馬車までクラークにエスコートされて戻った、温室の外に出るとウィリアムは居らず、警備もクラーク担当の騎士に代わっていたので、エミリアが眠っている間に交代したのだろう。

近いうちにまた今度はクラーク名義でお茶会に招待すると約束を交わし、エミリアは馬車で侯爵邸へと帰った。



色々あったが無事にお茶会も終わり、エミリアは自室に戻っていた。

帰るなりエミリア付きの侍女から、今日は大叔父のエドガーが晩餐に参加すると伝えられた。


エドガーは祖母の弟なのだが、貴族社会にしては驚くほど遅くに出来た子供で、祖母とは20ほど歳が離れている。

その為どちらかと言えば母達にも近い歳で、今は国の宰相を務めていた。

王宮に呼ばれると時々会う事もあるが、今日のように我が家に晩餐を食べに来ながら泊まっていく事も多々ある。

三十になって独り身で居ると、時々家族の温もりが恋しくなるのだとか……

『早く良い人を探してあげます』とバークレイが言っていたのを思い出す。

エミリアも早くエドガーに良い人が見つかると良いなと思った。


晩餐は家族全員揃って滞りなく終了した。

途中エミリアが視線を感じて顔を上げると、こちらを見ていたエドガーと目が合い、何度か微笑み会うを繰り返したがいつもの事だ。


自室に戻り湯浴みを終えると、風の音が窓を強く叩いていた。

遅い時間なので侍女達は下がらせたが、エミリアの心を不安が襲う。

急いでベッドに潜り込んだがそれでも耳に届くほどの雨音がし始め、エミリアは身体を小さく丸めた。

遠くで紫色の光が煌くと、遅れて地響きのような音が轟く。


エミリアは悲鳴も上げられず、ベッドの中でただただ震えていた。

幼い頃目の前の大木に稲光が落ちて以来、雷は大の苦手なのだ。


どんなに耳を塞いでも聞こえてくる音が恐ろしくて、それでも誰かを呼び行くことも出来なくて、そうしていたら不意に布の上から暖かなものに包まれた。

耳を塞いでいる手を覆うように、誰かの手が包み込む。

暖かい温度と、規則正しく聞こえてくる心音に徐々にエミリアの強張りも解けてゆく。


どれほどそうしていたのかわからないが、さっきまで響いていた雷も聞こえて来なくなっていた。

そっとシーツから顔を出すとそこに居た人物を見て、エミリアは驚きの表情を浮かべた。

そこに居たのはエドガーだった。


「落ち着いたようだね、返事が無かったので勝手に入ってしまったが……大丈夫かい?」


どうやら雷のせいで彼の声が聞こえていなかったようだ。

ゆっくりと頷くと、エドガーは安堵の笑みを浮かべた。


「部屋に戻ろうと思ったのだが、外を見てエミリアが雷が苦手だったのを思い出してね、心配になってきてみたんだ」


そう言われてエミリアは、幼い頃も雷が鳴るとこうしてエドガーが抱きしめてくれたのを思い出した。

その暖かさに安心して、幼いエミリアはいつも眠ってしまって、気付けば翌朝同じベッドで目を覚ますなんて事もあった。


エドガーの暖かい手が、安心させるようにエミリアの髪をゆっくりと撫でる。

その心地よさに目を細めていると段々眠くなってきてしまった。

小さなあくびを一つすると、エドガーはそれを微笑ましそうに見詰め、そっとエミリアの背を支えながらその場に横にさせた。


「今夜はずっとついていてあげるから、安心してお休み」


エミリアは小さく頷くと、自身を上を滑るエドガーの温もりを感じながら静かに瞳を閉じた。

あとがきにも書いたように、山・落ち一切無い話でございます。

本編かプロローグかもわからない前・後編の後に、登場キャラの閑話が数話入ります。

それで落ちがついたら良いな……という願望だけ。

友人に『君の萌えってなんだね?』と言われ『萌か……』とそれだけ考えて書きました。

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