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侯爵令嬢エミリアの一日・前編

小鳥のさえずりが遠くで聞こえる。

朝の日差しも瞼の向こうに感じ始めたけれど、重たいそれはなかなか動こうとはしない。

ベットの上で小さく寝返りをうつと、何かにぶつかる感触がした。


「おはようございます。義姉上、朝ですよ起きてください」


穏やかで優しい声が耳をくすぐる、すぐ傍で囁いているのか本当に耳がくすぐったい。

逃げる様に身を捩ると、それを咎める大きな手に遮られた。


「俺から逃げるなんていけない子ですね、それとも眠り姫には目覚めのキスが必要ですか?」


逃げ場を無くしたエミリアは、ゆっくりと瞼を開く。

菫色の瞳が見つめる先には一人の男性の姿……


やはり至近距離で囁いていたらしく、目の前には義弟であるバークレイの顔がある。


肩まで伸びた瑠璃色の髪がサラリと前に流れ、海のように青い瞳が見え隠れする。

それを片手で掻き上げるしぐさは、エミリアと同じ歳とは思えないほどの色気を漂わせていた。


「残念、お目覚めのようですね」


寝ぼけた顔でバークレイの瞳を見詰めると、近かった顔はそのままエミリアの額に降りてきた。


柔らかな感触がゆっくり去ると、微笑むバークレイはエミリアを抱き上げ、壁際のソファーへと運び、そっとそこに降ろす。

今度は頬にキスを一つ残し侍女を呼んできますと囁いて、バークレイは部屋を去っていった。


毎朝バークレイは、こうしてエミリアを起こしに来てくれる。

用のある時も無い時も、忙しい時ですら欠かさない、もう十年近く繰り返されている朝の光景だ。

バークレイが部屋を出てからすぐエミリア付きの侍女はやってきた。

恐らくいつも扉の前で待機しているのだろう殆ど入れ替わりと言って良い速度だ。


「おはようございます、お嬢様。本日のご予定は王妃様とのお茶会となっておりますので、後ほどご準備させて頂きます」


恭しく頭を下げる侍女にゆっくりと頷いて、促されるまま朝の準備を始める。

エミリアは朝が苦手だった、出来ればもっと寝ていたいと思うのだが、侯爵令嬢として生まれた自分は何かと忙しい。

髪をセットしている間も瞼はゆっくりと閉じていく、そして気づくと髪はハーフアップにまとめられ、次は化粧と進められる。

化粧は余り好きではない、何故なら寝る事が出来ないからだ。


そんなこんなで朝の準備が終わり、朝食を食べると今度はお茶会用のドレスに着替える。

食べてすぐのコルセットは正直辛いので、出来ればご遠慮したいがそうもいかない。

しっかりきっちりコルセットを閉めて、派手過ぎず地味にもならない若草色のドレスに身を包むと、侯爵家所有の馬車で王宮へ向かった。





王宮に着くと御者とは違う手が差し伸べられ、エミリアは少々戸惑った。

外を盗み見ると紫紺の髪がドアの端に見えて安堵した。

王妃様付きの近衛騎士で侯爵令息のウィリアムが、茶会の席へ案内する為迎えに来てくれたのだろう。


そっと手を重ね馬車を降りたのだが、すぐさま傍へと引き寄せられ驚愕する。

あまり運動をしないエミリアは簡単にバランスを崩すと、ウィリアムの胸に倒れ込むような形になった。


「相変わらず、加減を間違えたら折れてしまいそうな儚さだ、誰かに手折られる前に囲ってしまいたいよ」


男女の距離としては適切ではないが、顔を合わせば抱き寄せてくるのはいつもの事なので、あまり気にせず彼の瞳を見詰めていた。

すると、アメジストのような深い紫の瞳が、悪戯を思いついたようにクスリと笑う。

静かに顔が近づいたかと思うと、エミリアの額に柔らかな物が触れた。

何が起きたか分からず、暫し呆然としていたエミリアだったが、それがウィリアムの唇だと気がつくと、頬を真っ赤に染め俯いてしまった。


「ふふ、そんな愛らしい瞳で見つめられたら、つい食べたくなってしまう。貴女はとても甘そうだ……」


家族以外にそんな事をされた覚えの無いエミリアは、羞恥のあまり腕の中で大人しくなってしまった。それをウィリアムが愛おしそうに見つめる。

どれくらいの時間が経ったのか、痺れを切らした御者が軽く咳払いをするまで続き、ウィリアムはやや不満そうだったが、それでも抱きしめる腕を放し、エミリアの手を取った。


「あまり遅くなっては王妃様をお待たしてしまう、名残惜しいですがそろそろ向かいましょうか」


そんなウィリアムの言葉に、エミリアは赤い顔のまま黙って頷いた。



温室にいるという王妃様の元へ案内されながら、ウィリアムが『そう言えば』と呟く。

隣を歩くウィリアムに視線を向けると、彼もエミリアの方に視線を向け微笑でいた。


「再来週我が家で夜会を開くのですが、招待状を送っても?」


虚空を見詰め暫し悩んだが、特に予定があった覚えも無いのでゆっくりと頷いた。

するとウィリアムは少しだけ真剣な表情を浮かべ、菫色の瞳を見つめた。


「その時のドレスを、出来れば贈らせて欲しいのですが良いでしょうか?」


親しい仲ならばドレスを贈るという事も有り得るかもしれないが、エミリアとウィリアムは所謂知り合い程度、良くて友人といった立場だ。

そんな高価な物を貰えるような立場では無いと、断りの言葉を述べる前にウィリアムが被せるように理由を述べてきた。


「実は先日貴女に似合いそうな色の生地が領地から上がって来まして、どうしても贈りたくなってしまったのですよ」


そう言われて、侯爵家の領地が有名な織物の産地である事を思い出す。

恐らく新作の生地を王都で流行らせる為の、広告塔になって欲しいと言う事なのだろう。

社交界では比較的大人しい方に入るエミリアだが、公爵令嬢と言う肩書きもあって夜会ではやはり目を引く。

そんなエミリアが新作の生地で作ったドレスを着れば、噂好きな令嬢達の注目を集めるだろう。


そう考えれば納得が行く、ウィリアムには王妃様に呼ばれる度に良くして貰っているので、協力を惜しむつもりはない。

ようやく彼がドレスを贈る意味を理解したエミリアは、微笑みながら了承の返事を返した。


快く了承され安心したのか、ウィリアムは小さく息をつくと表情を綻ばせた。

サイズがわからないだろうと公爵家に出入りしている縫裁職人を伝えると、ウィリアムも早めに作らせて届けると頷いた。


そうしている間に気付けば温室の入り口を過ぎ、中に用意されていた席に促されたので静かに腰を下ろした。

ウィリアムは名残惜しそうにその手を離すと『では、また』と礼をして去っていった。

室内で待機するのかと思ったのだが、どうやら出入り口付近で警備を行うようだ。


不意にテーブルへ視線を向けると、誰も居ない椅子が目に入った。

もうすでに王妃様はいらっしゃるのかと思ったが、どうやらまだだったらしい。

周りを見渡せば色取り取りの花が咲き乱れ、心を和ませる。

温室の暖かさも相まって、エミリアはついウトウトと重たい瞼を閉じてしまった。


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