彦星の章
七夕。
海に面した公園へと、走る。
僕は、織姫に会いにいく。
急げ急げ、と言うかのように、流れ星が降る。
急いでいるよ、走っているよ。
僕たちの出会いの場所へと、走っているよ。
そう、僕たちが出会ったのはあの公園。
まだ僕がここに住んでいた頃、あの子と出逢った。
海に面した公園だから、砂浜もあって。
いくらかき分けてもなくならない砂の中に、あの子は何かを落としたといって、ない、ない、と言って探していた。
それが僕とあの子の出会い。
——落し物、何だったかな。
確か、星がぶら下がったイヤリングだったかな。
今日もあの子は、あのイヤリングをつけているかな。
約束の時間はだいぶ過ぎてしまった。
電車が遅延したせいで駅への到着が遅れ、運悪くタクシーも捕まらず、こちらの方へ来るバスは無い。
走るしかなかった。
遅延していた電車の中で聞いていたのは、七夕がモチーフになっている曲。
The Seventh Night of July "TANABATA"
吹奏楽曲で、タイトルは英語だけど、日本人の人が作った曲だよと言ったら、あの子は驚いていた。
中間部にはアルトサックスとユーホニアムのソロがあってね、どっちが織姫だと思う?
そう尋ねると、わかんないよ、とあの子は笑った。
あの子は、この曲のことを覚えているかな。
あの子を織姫に例えるなら、僕は彦星か、と思う。
織姫を待たせる彦星なんて、かっこ悪いな。
それでも僕は、織姫のために天の川を渡るんだ。
付き合い始めてからしばらくして、僕は引っ越さなければならなくなって、遠距離恋愛になった。
今日は久々にあの子に会える日。
「——お待たせ、織姫さま」
「遅すぎるよ。ずっと待ってたのに、彦星さま」
天の川を渡って、織姫と彦星が出逢う。