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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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旅はまず目的地を決めてから

「これは余計なおせっかいだろうけど、精霊が現れやすそうな場所も、ある程度の見当はつくんだ」


 エリザをいさめたところで、ノルンが口の端に、ひょいと小さな笑みを浮かべてみせた。


「本当ですか!?」


 その言葉に、フィルたちはわっと色めき立った。


「この期に及んで嘘をついてどうすんだい」


 ノルンが、フンと勢いよく鼻を鳴らした。


「どこなんですか、それ?」

「それは、あんたたちが自分で見つけな! あたしはただ、考えられるように助言するだけさね」


 ヘレナの問いを一蹴し、ノルンは目を閉じて口を開いた。


「精霊っていうのは、人間よりもずっと自然との結びつきが強い。必要となる魔力の量も多い。となると、『霊脈』になりそうな土地を探すと自然と出会いやすくなる。そう言い伝えられている」


 そう言って、ノルンはぱっと目を開き、腰かけていた椅子から立ち上がった。


「さあ、ヒントはやった。このおいぼれが知っとることも、全て教えた。あとは、あんたたちが自力で考えるしかない。まだ日没までには時間があるから、そこで考えな」


(……って、それだけーーー!?)


 そう言って、ノルンはテーブルに乗っていた結晶を箱に戻し、杖を片手に、足を引き引き隣の部屋へ消えていってしまった。

 後には、四人の子供たちだけが、テーブルに残ったカップと共に、ポツンと取り残された。


 窓をおおい隠している布切れが、日光に焼かれて、赤い色に暗く光っていた。


 ~~~~~~~~


「……えっと。とりあえず、考えるか」


 しばらくの間沈黙が漂っていたが、レオンが咳払いして切り出すと、その場の空気は一瞬で元に戻った。


「そうね、このままぼーっとしててもしょうがないし」


 エリザが勢いよく首を振って、ついでとばかりに頬を両手でパン、とはさむ。


「よし、やろう」


 フィルも、一度深呼吸して、改めてテーブルに向き直った。

 テーブルの上には、開きっぱなしになった地図がある。


「『霊脈』を探せ、か……」

「『霊脈』っていうと、やたら魔力が集まりやすかったり、魔力の流れが通っていたりする土地をさすよね」


 レオンのつぶやきに、フィルが確認の意味で言葉に出すと、ヘレナがそれを肯定した。


「ええ。それで間違っていません」

「実際、ここも霊脈の一つだって話だもんね。だからこそ、私たちがこうやって、魔法の練習もできたわけでしょ」


 エリザがくすりと笑いながら、右手のひらを上にしてかざした。見る間に、その手の上に、ポン、という小さな音がして、激しく渦を巻いた小さな空気の塊が現れる。


「おいバカ! お前この家吹っ飛ばす気か!? 今すぐやめろ!」


 ぎょっとしたレオンが、まだ奥にいるノルンをはばかったのか、小声でエリザに詰め寄ると、エリザもすぐにそれを消した。


「わかってるわよ、ちょっと出しただけじゃない……」

「でも、そういうことは屋外でしないと。へたに暴発すると、君の魔法は簡単に小屋一つ吹き飛ばしちゃうんだから……」


 フィルが、苦笑しながらエリザに言うと、エリザがしゅんとなる。

 寄ってたかってかわいそうな気もしたが、言うことは言っておかないと。エリザは四人の中では、一番魔法を暴発させるのに長けているからだ。

 別の言い方をすればつまり、魔法の扱いが上手くない、ヘタクソということである。


 この村、実は魔法を使える人間がめずらしくない。生まれてくる子供たちにも魔法を使える子供が多いので、そういう子供たちは普段の習い事に加えて魔法も教わる。今から思えば、先祖が先祖なので、そういうこともあるのかもしれない。


 フィルたち四人も、そろって魔法が使える。魔法が使えたことで、今回の契約者にも選ばれたのだろう。


「エストレリアの中で、霊脈に注意して探せ、と。つってもなあ……」


 レオンが地図とにらみ合いをしながらうなる。


「あたしたち、霊脈のある場所知らないし、結局旅しながらそれらしい場所を探していくしかないんじゃない。ていうか、霊脈なんてほいほい公開するものじゃないっての」


 エリザがぴしゃりと額をたたいて、はあ、とため息をついた。


「これじゃあ、考えるまでもないじゃないの……。何がヒントなんだか」


 エリザが言った通り、霊脈を探すといっても、当てがない。

 魔導士にしたって、わざわざ自分の知っている霊脈を「ハイどうぞ」と教えるバカはいないに決まっている。

 なぜって、それは霊脈の影響が魔導士本人に直結してくるからだ。


 魔法を使おうと思ったら、必要になるのは二つ。

 一つは、魔法を使うための素質。

 そして、もう一つが、魔法を使う本人の体内で作られる魔力だ。これは、正式にはオドと呼称されるらしい。

 基本的に、魔法を使おうと思ったらこのオドを利用するしかないのだが、例外的に自然界の魔力、これはマナというらしい、を利用することもできなくはないとか。ただし、その場合はもっぱら魔法の補完的な意味合いにしかならず、魔法の規模やら威力の底上げには使えないらしい。

 簡単に言うなら、ただ魔導士が魔法を使いやすいな、と感じる程度。

 それでも、自然的な遮蔽物を利用した結界の補強だとか霊的存在が現れやすいだとか、自然がらみのことになってくるとそのマナが役に立ってくるとか……。まあいろいろとその効果はバカにならないらしい。

 そういうわけで、魔法を使う人間は、霊脈というものを秘匿する、という傾向があるのだ。


(魔法が使いやすい場所を探してみるとか……。いや、それじゃだめだ。場所がわかってないのにいちいちそんなことしてたんじゃ時間がかかりすぎるし、危険だ)


 ポンポン魔法を使う行為自体、危険すぎる。


(他には、精霊は自然と結びつきが強いって言ってたっけ。自然がかなり残っている場所を……。それじゃ駄目だ、どこにだって多少は残っているんだから。うわあ、どうしよう……)


 駄目だ。さっぱりわからない。


 考え込んでしまった四人の中から、不意に声が上がった。


「もしかすると、案外楽に見つかるかもしれませんわ」

「えっ!?」


 まっすぐ顔を上げ、口を開いたのは、ヘレナだった。


 驚いてほかの三人が顔を上げると、彼女はいっせいに向けられた視線にも気後れすることなく続けた。


「霊脈がある場所には、魔力を持つものが集まりやすいのでしょう。ならば、その周辺にも魔力が流れて、普通ではありえない出来事が起こりやすくなると思います。霊脈が通っていて自然が残っている、おまけにいわくつき。そんな場所を探したらいいのではないですか」


「あ」


 ぽかんと口を開けて、フィルは彼女を見た。レオン、エリザも、あっけにとられた顔つきで、ヘレナを見つめている。


 確かに、魔力が普通よりも濃すぎると、そのあたり一帯で、普通ではありえないことが起こりやすくなる、という性質があった。この村も、時々幽霊が出たり、雨が降っているのに晴れたりと、奇妙なことがまあまあある。

 それが当たり前だったから、それが世の中からしたらおかしいのだ、ということをすっかり忘れていた。


 今までに出てきた条件を全部合わせれば、探す範囲はぐっとせまくなる。


「いわくつき、ねえ……」


 フィルはつぶやいて、口の端に笑みが浮かんでくるのを感じた。

 相当ないわくつきの場所には、古くからそれらしい話とか文献、警告なんかが残っていたりするものだ。

 火のない所に煙は立たない。言い換えて、魔力のないところにオカルト話なし。


「……こりゃあフィルの十八番だな」


 レオンが頭をかきながら笑う。だが、その笑いは彼をバカにするものではなく、幼なじみの好みを把握しているからこそ出た、仕方ないな、とでも言いたげな笑いだった。


 昔っから、フィルはこの手の話が好物だ。つまりこういうことにはもってこい。


 フィルは、これまで読んだり聞いたりした話を、頭の中からほりだし、しばらく考えた。まず、どこで作られたのかわからない架空のおとぎ話と、場所が絞り込める話をえり分けなければならないのだ。その中から、エストレリアのものに限定して探すことになる。


 ふええ、こりゃ大変だな……。どうしたもんか。


「フィル、とりあえず思いついたところから地図に重ねていってくれない?」


 エリザが部屋の端から紙とペンをひっつかみ、二つのうち一つを自分に、もう一つをフィルに渡してきた。これに書けということらしい。

 フィルは、ありがたく紙をもらい、壁際の本の山から新しく本を引っ張り出して、場所がわかっているものを絞りにかかった。

 目次をめくり、その中からエストレリアやその近辺由来の話だけを選んでいき、内容から重要度を分けていく。


 やがて、これなら、という場所が両手の指に収まるまでに減り、その中でも特にありそうな場所が出てきた。


「……中央砂漠、それと東国境の森林地帯、この二つは確定で良さそうだね」


 エストレリアの中央と辺境の東をさして、エリザが顔を上げた。レオンがうなずく。


「ああ。確かその二か所は、エストレリア国内で人が消えたとかおかしくなった、っていう話が今でもあるらしいからな。砂漠が自然かどうかは、ちょっとわかんねえけど」


 この二か所が、『絶対気をつけるべし!! 旅の危険地帯』という本の、特大マークがついていたポイントに入っていたことを考えると、こんなのんきな調子でいいのかと言いたくもなるが、それはさておき。


 問題は、残りの場所だ。

 四人がそれぞれ相手の精霊と契約を結ぶことを考えると、契約は四つ。合わせて四か所を巡らなければならない、ということになる。

 だが、あとの二か所はどこだろう。


「うーん、ありそうな場所はまあまあ絞り込めたけれど、最後の決め手がないね……。ごめん、これ以上はちょっと」


 フィルは苦い顔で頭をかいた。


「いやいや、ここまで絞れただけで上出来だっての。お前のせいじゃねえよ」


 レオンが笑って、フィルの背中をたたいた。


「じゃあ、あとは自分たちで直接当たってはっきりさせようぜ。これだけ目星をつけりゃ、たいして問題じゃねえだろ」

「そうね。あとはやるしかないか」


 そこ、行き当たりばったりだな、とか突っ込まないでほしい!

 これでも、この時の彼らからしたら、精一杯だったのだから。


 当座の目的地はとりあえず絞れたということで、四人とも少しだけだが、ほっとした。

 この後、さらに爆弾が放り込まれることになるとは、夢にも思わずに。

 ――爆弾がこの世界にあるのかどうかは、突っ込まないでいただきたい。


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