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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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契約者の使命

「……一体全体、こりゃなんの因果なんだろうねえ」


 テーブルについたノルンが、目の前の四人を見て、盛大なためいきをついた。


「知らねえし、こっちが聞きてえよ……」


 レオンが、がっくりと首を落としながら、うめき声を上げる。


 フィルも内心、こうなった原因の因果だか運命だかに文句の一つも言ってやりたい気分だったが、ぐっと我慢した。

 フィルだけでなく他の全員が思っていることだろうし、言ったところで始まらない。


「本来なら、さっきの話のあとに、もし自分の右腕に変な模様が出てきたら、誰にも秘密で、すぐにあたしのところに来るように、っていう話をしてあんたたちを帰す予定だったんだけど、ねえ……」


 予定を狂わされたノルンが、まだ混乱しているという顔で、首を振った。

 四人が一気に選ばれてしまった、ということで、いろいろとおどろいているらしい。

 

 先ほどの強烈な光が、契約者の決定をはっきりさせるものだったこと、というのを説明されてから、まださほど時間がたっていない村長宅である。


「……つまり、俺らの腕にいきなり出てきたコイツが、その、選ばれたしるし、ってことになるんだよな」


 レオンの言葉で、フィルは改めて自分の右腕をしげしげと見た。

 急に現れた刺青のような模様は、フィルのそれは燃え上がる炎のような形をしていた。エリザには小さい渦のような模様が、ヘレナには葉をつけたつる草のようなものが。レオンの腕には、六角形の結晶のような模様が、それぞれ現れている。


「そうだよ。それが契約者のしるしだ。といっても、あたしゃ契約者を実際に見たことはないんだけどね」

「どういうことですか?」


 ヘレナがたずねると、ノルンが出しっぱなしだった結晶に近づき、結晶ではなく、それを入れてあった箱のふたを手に取り、くるりと裏返した。

 四人が顔を寄せてふたをよく見ると、その裏側に何か模様が刻んであるのがわかった。

 小さいけれど、今四人の腕に現れているものと、よく似ている。四人の模様を全て組み合わせ、ひとつの模様がそこに作られていた。


「というわけさ。まったく、なんで成人したてのあんたたちが選ばれちまったのかはわからないが、選ばれたからには、その務めを果たしてもらわにゃならない」


 彼女の言葉に、四人ははっとした。また自分たちがどういう状況に陥ったのか、よく理解していなかったのだ。


「つとめっていうと、その」

「契約を結ぶことになるね」

「その、あの話の通りに? ……精霊、と?」

「そういうことさね」


 四人は顔を見合わせた。お互い、いまだに信じられないといった顔つきだが、一種の諦めにも似た表情も浮かんできていた。


 ここまでくると、もう嘘でも冗談でもない。受け入れるしかない。

 彼らは、『契約者』の子孫で、そして次代の契約者に選ばれた。

 それはつまり、人間の代表として、精霊と契約を結ぶ、ということ。


 生まれ育った村の人間以外全く知らない四人が、この世界に住む人間たちの代表だなんて、フィルからすれば、かなりの大ごとだという気がした。見たこともない人たちの代表になるなんて、想像もつかない。


 というか、それ以前に、わからないことだらけだ。

 村の人間以外、見たことがない。外のことも、話で聞いたこと以外は知らない。

 精霊だってもちろん見たことがない。その存在自体、話の中だけのものだと思っていたし、いるにしたって、どこにいるんだろうか。

 第一、契約者のことについてだって、まだ何も知らない。


「務めを果たせ、といわれても、どうすればいいんですか?」


 その方法がわからないことには、話にならない。

 フィルの言葉に、他の三人も全身を耳にしてじっと待つ。


「あんたたち四人は、それぞれ精霊と契約を結ぶことになる。あたしもそうとしか知らん。自分の契約相手を探しだすところからやってもらわにゃならん、てことだけは確かだが」


 契約を結ぶ、というのは固定らしい。というか、それしかわかっていないのかも。

 だけど、どうしても聞き逃せなかったことが、ひとつ。

 探しだす、とノルンは言った。なら、これは期待していいのかも……?


「それってそれつまり……」

「村の外に出られる、っていうこと!?」


 エリザがテーブルに身をのりだし、叫ぶようにたずねた。


「そうなるねえ」

「……やった!」

「よっしゃあ!」


 子供たちの歓声が上がった。

 エリザとヘレナなんて、思わず手を取り合って飛び上がっている。レオンも拳を突き上げて、喜びを爆発させているし。

 大人たちについていくことはない。自分たちで森の外に出られる!

 こういうのを、まさしく僥倖っていうんだろう。

 フィルも、空にでも舞い上がれそうな心地だった。

 四人が飛び回り、転げまくり、はしゃぎまくって家中がガタガタいいだしたところで、

 スパァン!


「待たんかい! はしゃぐのはまだ早いよ! 人の話は最後まで聞くもんだ!」


 ノルンが雷をおとした。音の正体が何かと思えば、どこから取り出したのやら、ハリセンだった。それでテーブルをひっぱたいたらしい。

 ていうか、ほんとどこから出したんだ?


「……すみません」


 言ったあとが怖かったのでハリセンには触れず、謝ったところでノルンが話を再開した。


「村の外に出る、これは確かにそうさ。だけど、見つけるまでには長い旅になる。大人の助けなしで、生活のための物資を集めつつ、身を守りながら旅しなきゃいけないんだよ。あんたたち、その意味わかってるかい?」


 え? ちょっと待てよ。


 フィルは、今言われたことをよくよく反すうしていった。

 ただ村を出るわけじゃあない。長旅になる。帰ってくる予定はたたない。いざというとき、頼りになる大人もいない。経験者がいない中での、初めての旅。

 しかも、これってひょっとすると、目的地ハッキリしてないんじゃないか……?


 先ほどの興奮が冷めて、しだいに顔がこわばっていくのがわかった。

 女子二人が小さな叫び声を上げる。


「マジかよ……」

 

 レオンが小さくうめく。


 なんてこった。

 こんな四人で、いきなり旅をすることになるなんて。

 確かに、昔から一緒に遊んできたなじみのある仲間たちだけれど、これは遊びじゃない。

 文字通り、自分の命を仲間に預けて、生死を共にする、ということになる。


「……で、これどこへ行けばいいの……?」

「そんなん知らん」

「うそぉ!?」


 エリザがたずねたが、ノルンにあっさりと首を振られ、とうとう悲鳴を上げた。


 目的地もわからない、詳しい内容とやらもさっぱりだ。これじゃあ、旅のしようがない。

 理不尽ここに極まれり、といった感じだろうか。


「まあ、手がかりが全くない、というわけじゃあない」


 あまりのことに呆然としていた四人は、その声ではっと我に返った。


「フィル、あんたの後ろに本があるだろう。そこから地図を持っておいで」

「あ、はい」


 フィルは、急いでくるりと体の向きを変え、壁際へ向かった。


 壁際には、積み上げられた本が小山を形成している。その中から、フィルは地図ばかり集められた本を見つけ、そっと抱え上げた。保存があまりよくないせいで、乱暴に扱うと背からページがちぎれそうだ。

 大きな本をテーブルにそっと置くと、近寄ってきたノルンが、おもむろにページをめくり始めた。

 やがて、目当てのページを見つけたらしい。彼女が、四人の少年少女たちをそっと手招きした。


 四人は、ゆっくりとテーブルに身を乗り出し、開かれたページをのぞきこんだ。

 そこにあったのは、この村がある山脈と、その西側に広がる大きな国の地図だった。


「……エストレリア王国、ですよね。でも、どうしてこのページを?」


 ヘレナがつぶやく。


 フィルたちが暮らしている村は、とある山脈の中にある。その山脈は、この世界でアマネセルと呼ばれる大陸の西側に存在する。東側には国はなく、ただ荒野が広がっているとされる。

 そして、アマネセルの西側には、少なくとも三つの大国と、大小さまざまな国が十数存在する。エストレリア王国は、アマネセルの西側でも最西端に位置し、さらに三大大国の一つに数えられるほどの領土を有する大国だ。

 数ある国の中で、どうしてこの国を選んだのか。


 ノルンが地図を指さしながら、わけを説明した。


「どうも、契約の魔法というのは因果なシロモノらしい。何かしら厄介ごとが起きている土地に、契約者を引き寄せる性質があるらしいのさ」

「そんなことが?」


 おどろいた。それじゃあまるで、その魔法が意志を持っているみたいじゃないか。


「あたしにゃ何とも言えないね。何かしらの力が働いている、としか言いようがない」


 結局よくわからないけど、今のところはそれで納得するしかないだろう。


「とにかく、そういう性質があるというんだ。で、ここでエストレリア王国だが」


 ノルンが一言区切り、地図の西側、海沿いのとある一点を指さした。


「数年前、ここエストレリアの王都で、クーデターが起きて、いっとき国内が相当に荒れていたのさ。他の国からちょっかいをかけられるまでにはならなかったそうだけど、その影響はかなり大きかったらしい」

「あ、その話、俺も聞いたわ」


 レオンが、思い当たった顔で、ポンと手を打った。


「確か、宰相? とかなんか偉いやつが大勢死んで、政治にかかわってた人間がごっそり入れ替わった、ってやつだろ」

「……レオン、あんたよくそんなところまで覚えてたね。すごいじゃない」


 エリザが、目を丸くしてレオンを見た。それを聞いて、レオンがにっと笑う。


「ああ、いや、親父が言ってたんだ。ここんとこエストレリアは物騒になってるから、あんまり行きたくねえって」

「さすが親父さん」


 レオンの父親は、護身のための武器の使い方を教えている。剣や弓、その他もろもろ。もちろん他の仕事もするが、子供たちに身の守り方を教えるのは、彼の大切な仕事だ。フィルも彼から、剣や弓を教わった。


 オオカミが出たとか、イノシシの群れが山から出てきそうだとか、そういうことが起こるたびに、彼が第一線で対応している。

 自然の動物をなめちゃいけないのである。

 そんなレオンの父は、村の外に関してもかなり敏感だった。彼なら、その話を知っていてもおかしくない。


 ノルンが、クックッと笑い声をたてた。


「詳しく話すまでもなかったね。そういうことさ。ここ数年で、これほど表立って大きな騒ぎになった国は他にない。エストレリア国内、もし離れていたとしてもせいぜい隣国までを当たればいいはずさ」

「いや、エストレリア国内っていうだけでもかなり広いんだけど!?」


 エリザが引きつった笑顔を見せながら、地図を手でぐるりと示す。


 三大大国の一つだ。当然、地図で見るのと実際の大きさは全く違う。

 言うのは簡単だが、国中を旅するとなると、どれだけかかることやら。


 ノルンが、ヘレナをじろりと見た。


「なんだい? 手がかりゼロで大陸中から探したほうがよかったかい?」

「感謝してますごめんなさい」


 すぐさま頭を勢いよく下げたエリザであった。

 残りの三人は、顔を見合わせて、ひそかにくすりと笑った。


 とんでもないことになって、いまだに呆然としてはいたけれど、もうジタバタしてもどうしようもないのは明らかだったから。

 だったら、さっさと切り替えてやれることやった方がいいのもハッキリしている。


 こういう発想ばっかりは、閉鎖的空間で育ったおかげかも、なんて、フィルはちらりと思ったりした。


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