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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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村のあるワケ

 ノルンがぐびり、とやけに大きな音をたててお茶を飲む。いや、やけに大きく聞こえるのは僕の気のせいなのか? 

 なに緊張しちゃってるんだよ、これくらいで。バカバカしい。ん、緊張?


 あれ、僕なんでこんなこと考えているんだ?

 まさか、怖いのか?


 一人悶々としているフィルをよそに、ノルンが口をゆっくり開く。


「なんでわざわざ村まで作って、秘密を代々受け継いできたか。逆に聞くけど、あんたたちはなんでだと思う?」

「え?」


 逆にたずねられ、フィルたちはきょとんとした。


 なんでって……。

 それは、何かそうしなければならないわけがあった、というのに決まっている。

 

 ていうか、それがわからないから聞いたようなモンなのに……。

 

 まあいい。

 とりあえず、考えてみる。


 先祖が()()魔導士ってのは、いまだにちょっと信じられないけど、もう割りきっちゃうしかない。どうせそれがらみの事情なんだろう。

 魔導士とくれば、まず浮かんでくるのはやっぱり魔法だ。

 魔法について、何かあったんだろうな、とぼんやり予想する。


 だが、これ以上は想像ができない。

 というか、これしか情報がない段階で想像させる方にも無理がある。

 

 とフィルは思ったが、いろいろ考えた後で今更言うことでもなかった。

 

 ため息をひとつついて、改めて話し出した村長に向き直る。


「あたしらのご先祖が、魔法を使い、契約を結んだ。で、世界が助かったのはよかったんだが、ひとつ問題が出てきたのさ。魔法の維持だ」

「維持って……維持か」


 レオンが言いかけて、口をつぐむ。


 ああ、確かに。

 魔法を使い、世界は何とか残った。だがそれははるか昔の話。当然だが、魔法を使った当の本人たちはすでに死んでいる。

 魔法というのは、たいていがそれを使った術者が死ぬと消えるものだが、この場合はまずい。死んで魔法が消えたら、また世界がぶっ壊れることになる。

 そうなっていないということは、この魔法、術者が死んでも残り続ける半永久的なものだった、ということだ。


 軽く言っているけど、よくよく考えてみたらけっこう物騒な話だな、とフィルは思ったところで。

 

 はた、と立ち止まった。

 いや、この場合、動きを止めた、硬直した、そういう言葉の方が似合うか。立っていないわけだから。


 その手の魔法って、半永久的に発動する以上、もう何も手をくわえたりする必要ないよな?

 そんな魔法なら、維持もなにもない。勝手に自分で続いてくれるわけだから。

 てことは、なんか条件があったとか……。


 ちらりと、嫌な予感が背筋に走った。

 いやいやいや、もしそうならご先祖サマも悪趣味だ、まさか子孫に「あとはヨロシク~」なんて、その魔法を放り投げていった、とか、ない、よね……。

 家庭をかかえた亭主が酒におぼれた挙句、家族をほったらかしにして借金残して蒸発するのと同じである。

 ――かなりたとえがヒドイ。


 しかしまあ、世の中そう簡単にうまくいく話はなく。

 無情にも、答えはあっさりと老婆の口から紡がれる。


「先祖が結んだ契約ってのが、ちとやっかいなシロモノでね。その魔法は大魔法も大魔法、一度壊れかかった世界を支えている、いわば柱さね。で、この柱は、年がたって古くなってきたら取り替えなきゃならなかった。つまり、契約を引き継がせるための後継ぎを育てにゃならなかった、というわけだ」


 え……。


 本当マジだった。


 フィルの顔が思いきり引きつる。


「……つまり、あたしたち村の人間の誰かが、その契約者に選ばれる、とか……。はは、冗談、よね……?」


 エリザが、震える声で笑いとばそうとしたが、真剣なノルンの顔に出くわして、そのまま止まってしまう。


「……ウソぉ……」


 ノルンが、わずかに苦笑した。


「……『均衡の魔法』を守り続ける契約者を、育てる。そして、契約者として選ばれた者は、その務めをまっとうする。それが、私ら子孫に託された、使命だよ」

「……いやいや、無茶苦茶でしょ……」


 フィルはうめいて、そのままテーブルに突っ伏したいのをぐっとこらえた。


 話の筋は、たしかに通っている。通っているけれど、やっぱり受け入れられない。


「いくらなんでもあり得ない……」

「そうですよ。第一、信じようにも、根拠というものがないですし……」


 フィルのつぶやきに、ヘレナがすがりつくように同調する。


 こんな話、急に聞かされたって、信じられるだろうか。君ならどう思う?

 まあ、答えなんてわかりきったことだけど。

 否。

 否定、否認、現実逃避。

 四人の少年少女が混乱し、取り乱すのも、至極当然。


「そう思うだろうけど、それでものみこんでもらわんと。全部本当のことだと、あたしゃあんたたちに最初に言ったはずだよ?」


 ノルンが静かに言って、杖を手に取り、どっこらしょと立ち上がる。そして、隣の部屋へ向かって、杖をついて歩き出した。


 急いで立ち上がろうとしたエリザを手で止め、ノルンは隣の部屋に入っていった。たいした時間もかけずに戻ってきた彼女の、杖をついていない手には、先ほどまでにはなかった、掌より少し大きいくらいの大きさの箱があった。


「それに、ヘレナ。あんた、根拠がないと言ったね」

「は、はい……」

「根拠なら、ここにある」


 そう言って、ノルンは手にした箱をテーブルの上にそっと置いた。


 根拠だって?

 あんな無茶苦茶な話に根拠がひっついてきたら、もう本当に太刀打ちできないじゃないか。


 そう内心でぼやきながらも、好奇心に勝てず、フィルはほかの三人に合わせて椅子から立ち上がった。


 箱は暗い部屋の中でもそうだとわかるくらい、真っ黒だった。見た目からは、何でできているのか見当もつかない。


「開けてごらん」


 ノルンにうながされ、四人は顔を見合わせ、代表でヘレナがおそるおそる箱に手をかけた。

 箱の上の方が引っ張られると、かぶせられていたふたがゆっくりと持ち上がる。ヘレナがそっとふたを持ち上げ、四人は中をのぞき込んだ。


 中には、掌ですっぽりつつみこめそうな、透き通った結晶がおさめられていた。原石そのままといった、ごつごつとした形の結晶。

 不思議なことに、その結晶の内側で、小さな光がゆらゆらと、まるでランプの灯のようにたゆたっていた。目の錯覚なんかではない。

 暗い部屋の中なので、それがはっきりとわかった。


「……これ、見る角度で色が違うよ? 本当は何色なんだろう」


 エリザがおどろき顔でつぶやき、フィルも目を丸くして顔の角度を変えた。

 たしかに、今フィルの見ている位置からだとオレンジ色の光が見えたのに、少し横にずれると、今度は青い光が目を射す。

 ぐるっと首を回して下から見上げると、緑色だ。


「本当だ……」

「本当の色、なんてものはないよ。見えるもの全て、本物さ」


 ノルンが結晶を見ながら、しみじみとした口調で言う。


「それは、先祖から伝わってきたもの。契約者を選ぶ時期になると、そんな風に、ひとりでに光を宿すようになる。ただ、誰が選ばれるのかは、その時にならないとわからない」

「じゃあ、もうじき誰かが……」


 ――契約者に選ばれる?


 このときまで、フィルはまだ他人事だった。

 まだその話を完全に信じたわけではなかったし、こうして証拠だというものを見せられても、これくらいならいくらでもごまかしようがある。魔法があれば、これくらい細工できるだろう。


 だが、次の瞬間、フィルは自分の目を疑った。


 急に、結晶の奥に宿る光が、その輝きを増したのだ。


「え……」


 四人は、思わずテーブルから後ずさった。レオンがはずみで椅子を蹴倒したが、それどころではない。


 小指の爪くらいしかなかった光が、今や結晶を割ってこちらに突き刺さってくる勢いで、部屋中をくっきりと照らし出しているのだ。まるで、部屋の中に小型の太陽が出現したかのような。

 もともといろんな色があったはずが、光が強烈すぎて何色なのかもはやサッパリわからない。


 とても直視できず、フィルはとっさに腕を顔の前にかざして目をかばった。女子のどちらかから、小さな悲鳴が聞こえる。


「うわ……っ」


 熱い。寒い。柔らかい。痛い。まぶしい。暗い。

 いろいろなものが、一緒くたになって、殴りつけてくるような感覚。

 まるで、世界の全部を一気に頭の中に流し込まれてしっちゃかめっちゃかにかきまわされているような。






 光は、しばらくの間部屋中を満たしていたが、大きくなったときと同じように突然消えた。


 元通り暗くなった部屋の中。フィルは、涙目でまばたきをくりかえした。少しして、ようやっと視界が色を取り戻すと、他の人たちの様子が目に入る。

 レオンが目を手でこすり、エリザとヘレナは顔をおおっていた手をそろそろと外していた。四人とも、今の出来事が理解できず顔を見合わせて首をひねる。


「今の、一体なんだったんだ?」


 レオンがたずねたが、近くにいるはずのノルンからは、何の答えも返ってこない。

 おかしいな。


 彼女の方を振り向くと、ノルンは目を丸くして、その場につっ立っていた。


「ノルン、今のは……」

「あんた……、レオン、あんたのそれは……」

「へ?」


 反射的に彼女が指さす方向を見ると、レオンがいた。


「え、俺がどうかし、た……」


 レオンが眉をひそめながら、自分の体を見回して、ぴきり、とその場で固まった。


 彼はその日、たまたま袖がほとんどないシャツを着ていた。その袖からのぞく、右の二の腕。

 そこに、何やら見たことのない複雑な模様が、くっきりと刻み込まれていたのだ。


 フィルは、まさか、と思い、急いで自分のシャツの袖をまくった。


 右腕に、同じような模様がある。


 顔を上げると、同じように呆然とした少女たちの顔が目の前にあった。


 彼女たちも同様に、自分の右の腕をあらわにしており、そこにはやはりくっきりと幾何学模様が浮き出ていて。


「……えええええええ!?」


 今日一番の絶叫が、村長宅に響き渡ったのは、その直後だった。


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