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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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おとぎ話と実話

「さて、じゃあそろそろ本題に入るとしようか」


 五人のカップが空になったところで、ノルンが改まった口調で切り出した。


「あんたたちももう十五だ。大人になったあんたらに、話しとかなきゃいかないことがある」


 フィルは小さくうなずいた。

 やはり、予想していたことに間違いはなかったようだ。


「これから話すことは、絶対にしゃべるんじゃないよ。自分の中だけにとどめておくんだ」


 あれ? 

 フィルは、ノルンの言葉に内心首をかしげた。

 黙っていろ、ってどういうことだろう?


 もしこれが本当に、大人になる通過点の話だとする。そうすると、この村の大人はみんなその話を聞いて知っているはずだ。

 みんな知っているなら、なんでわざわざ話をしないように釘をさすのか。

 フィル以外の三人も疑問に思ったらしい。

 四人の目がばっちりと合った。


「え? だけど、この村の大人はみんな知ってるんでしょう? だったら別に話しても問題ないんじゃ……」

「つべこべ言うんじゃないよ! まったく、これだから若いのは」


 鋭い声が飛んできて、フィルは思わず首をすくめた。

 これ、問答無用らしい。

 ひええ。お年寄りって、やっぱり怒らせたくないなあ。


「あんたにこれから話すのは、この村の起こり、始まりについてだ。それだけは、まだ何にも教えてもらってないだろう?」


 ノルンに言われ、四人はうなずいた。


 確かに、いろいろなことを教わってきたのに、この村のことになると、とたんに大人たちは口を閉じ、何も話してくれない。教えてくれとせがんでも、頑として首を縦に振らないのだ。

 仕方ないので、フィルはレオンたち同じ年ごろの子供たちと、好き勝手に「村の秘密」を予想して楽しんだ。


 どこかの国の貴族、いや王族が、命からがら逃げた先がこの山だった、とか。

 それとも、指名手配された悪者が、この山に逃げ込んだんだ、とか。

 今では、バカバカしいと笑い飛ばしてしまうような話だが、その頃はワクワクしながら、そんな想像をしていたものだ。おまけに、フィルはその手の話を読んだり聞いたりするのが、昔から大好きだった。


 ついに、その真相、実際のところがわかるわけで。


(いよいよ教えてもらえるんだよな~)


 フィルは、顔がにやけそうになるのを押し殺した。

 しかし、そこで先ほどさえぎられて一旦ストップした疑問が、再び頭をもたげる。


(それにしても、村の大人たち全員が知っていることを隠すなんて、何かよっぽどの事情でもあるのか?)


 この時はまだ、もしそうなら面白そうだとしか思っていなかったのだ。


「あんたたちは多分、いやきっと驚くだろうけどね。これから話すのは、全部本当のことなのさ。だから、そのつもりで聞いとくれ」


(なになに、どんなことが飛び出してくるんだ?)


 ワクワクしながら待っていたフィルの様子をちらりと見たレオンが、やれやれというように、苦笑を見せた。

 そんな四人の様子を見てか、ノルンが、はあ、と一つため息をつく。


「あんたたち、『契約者』の話は知ってるね?」


 四人は、いきなりおとぎ話を持ち出されたことで、それぞれきょとんとした顔になった。


「え? 知ってるけど、それとこれと何の関係があるっていうの?」


 エリザが、困惑顔でつぶやく。


 この世界に戦争が起こり、人間と精霊が手を取り合って世界を救った、という話。

 その話なら、フィルも母のアリーシャから何度も聞かされたし、実はけっこう気に入っている話の一つだったりする。でも、あれはただのおとぎ話だ。あんな話、物語の中でしかありえない。

 それが、どうしてこんなところで出てくるんだ。


 ちょっと待って。それじゃあ、まるで。


「あれが、私らのご先祖様なんだよ」

「……は?」


 しばらく、沈黙がただよう。


 ノルンが、大きなため息をつき、固まっている四人に向かって再度口を開いた。


「だから、『契約者』の話に、人間と精霊の橋渡しをした、四人の魔導士が出てきただろう? その魔導士たちが、この村の先祖なのさ」


「……はああ!?」

「嘘ぉ!?」

「ええっ!?」

「まさか!」


 四人の子供たちの、四者四様の叫び声で、先ほどの沈黙が粉々になった。


(いや、ないわ!!)


 フィルは、内心でおもいっきり叫びながら、目の前に座っている小柄な老婆を見つめた。

 レオンはあんぐりと口を開けて、フィル同様に間抜け面をさらしているし、ヘレナは口元に手をやって目を真ん丸にしているし、エリザはエリザで、カップを持っていた姿勢のまま固まっていた。カップを落としていないだけよかっただろうか。


 四人の驚きっぷりを見て、ノルンがやれやれと言わんばかりに、ふん、と笑った。


 フィルは、いきなり突拍子もない話を聞かされた人間がそうであるように、今しがた村長から聞かされたことが信じられなかった。


 自分たちの先祖が、おとぎ話に出てくる魔導士だって? 世界がどうこう言っている、あの途方もない話の、さらに途方もない登場人物が?

 ないないない、絶対ない! ……と思いたい。


「嘘とか冗談、じゃねえの……?」


 レオンが呆けた顔で、ぽつりとつぶやいた。


 ありえない。バカバカしい。嘘に違いない。

 みんなそう思ったはずだ。 

 だけど、冗談をこんな改まった口調で、真剣な顔つきで、話すわけもない。


「ちょっと待って。……つまり、あのおとぎ話は昔本当にあったことで、てことは本当に世界がなくなりかけて、……え、ええ……?」


 フィルは何とか頭の中で話を整理しようとしたが、余計にわからなくなってきた。

 だが、これだけは言えることがある。


 この話、フィルが子供のころに想像していたものより、ずっととんでもない話だった、ということだ。


 でも、とりあえず、一言だけ、言わせてほしい。

 ――ほんっとに、わけがわからない!


「あんたたちの気持ちもわからなくはない。あたしも、初めてこの話を村長のじい様から聞かされた日にゃ、頭の中がぐちゃぐちゃになっちまったからね。順番に話してやるから、ひとつずつのみこみな」


 そう言って、ノルンがいつの間に用意していたのか(おそらく四人が混乱している間にいれたのだろうが)、新しくいれたお茶を四人の前に置いた。

 呆然としていたフィルは、すすめられるまま、味もわからない新しいお茶を飲む。


「まず、あの『おとぎ話』は、昔本当にあった話だ。まあ多少余計なものが加えられちゃあいるだろうがね。魔導士が存在した、そして精霊と契約した、これはれっきとした事実だよ」

「はあ……」


 いや、それも冗談でしょう? 

 と言いたいところだが、ここまで言うからには、もう本当のことだと受け入れるしかないらしい。

 とんだ昔ばなしがあったものだ。


「それでだ。あの話じゃ、魔法を使ったあと、四人の魔導士はそのまま消えちまったと書かれているが、本当は深い森の中に身をひそめたのさ。深すぎて、誰も入ってこないような森にね。そして、その後は一切森の外へ出なかった」

「それは、どうして」

「考えてごらん。世界を救うほど強い力を持った魔導士だよ。その力をほしがる人間は数えきれないほどいたはずさ。特に、その当時の権力者はそうだろう。もしそんな奴らに利用されちまったら、せっかくまとまりかけた世がまた荒れる。その前に、自分たちから消えてやったんだよ」


 つまり、新しい厄介ごとの種になる前に、可能性ごとそれをつぶした、というわけか。消えられた方はたまったものではなかったかもしれないけれど、結果的にはそれでよかったんだろう。


「そうやって世間から隠れた彼らは、人が寄りつかない険しい山脈に小さな村を作り、わずかな仲間とその家族を連れて住みついた。それが、この村の始まりさ」

「へえ……」


 まともな感想が思い浮かばない。間の抜けたようなあいづちしか出てこなかった。

 だが、今の話を聞かされる間に、フィルの頭は少しずつ混乱から回復しつつあった。


「じゃあ、この村があるっていうことは、やっぱり外の人には?」

「知られていないねえ。私らがいる山は、国境の一部になっていて、並の人間にゃ越えられない。おまけに、ご先祖様がこのあたり一帯に魔法をかけてね。村の人間以外は、村を見つけるどころか、村の周りの森に近づくだけで方向感覚を狂わされて、森をさまようはめになっちまうのさ」

「うわあ、なんじゃそりゃ」


 初耳だった。

 そんな魔法までかかっているとは、どれだけ見つかりたくなかったのか。


「この山脈一帯が『迷いの森』と呼ばれるのに、そう時間はかからなかったそうだよ」

「それはそうなりますよ……」


 ヘレナが何とも言えない顔で、はあ、とため息をついた。三人もうんうんとうなずく。

 

 その魔法、かなりえげつない。

 普通、見知らぬ森で方向感覚をなくしてしまえば、よほどの幸運でもない限り、まず助からない。そんな魔法を使うということはつまり、迷い込んだ人間は死ねといっているのと同じことである。

 顔も見たことがないご先祖だが、その人たち、あまりにもやりすぎじゃないだろうか。

 山ごと人が寄りつかなくなって当然だった。

 道理で外から人がやってこないわけだ、と納得したフィルだったが、そこでふと思ったことが口をついて出てきた。


「あれ? その先祖が人に見つからないようにこの土地にきた、という話はいいとして、そのあとは? なんでわざわざ村なんて作ったんです?」


 この際、信じる信じないは一度おいておく。いや、正直まだ信じられないけれど、今はどうでもいい。

 一つ疑問が出てきたのだ。


 人に見つからないようにすることが目的だったなら、何も家族や仲間まで連れて移住する必要なんてない。四人の魔導士だけで姿をくらまし、そのままひっそりと生きていけばいいのだ。四人が死んでしまえば、もう彼らのことを知る人間は、この世にいなくなるのだから。


 わざわざ村を作り、子孫を残して彼らの存在を伝え続ける。他の人間に知られる可能性が高くなるのに、危険をおかして何故そこまでしたのか。


 言ってから、フィルははっとした。


(いけない、また余計なこと言った……)


 またいつものように「余計なことはきくんじゃないよ!」と、怒られる……。

 しかし、ノルンはめずらしく怒らなかった。


「それなんだけどね。もう一つ、理由があるのさ」


 そう言うと、老婆は自分のカップをぐいっと飲み干し、大きく息をついた。


(何かまた、とんでもない話が出てきそうだ……)

 

 さっきの今だ、またありえない話が出てきてもおかしくない、気がする。


 フィルは思わず全身をかたくした。




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