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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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村の生活

 一時間ほど休みなく歩き続けてようやく、フィルは森の外へ出た。


 森の外、今フィルが立っている場所からかなり下に降りていったところに、小さな村と畑が木の柵で囲われているのが見える。


 フィルが住んでいる村は、名前をジーク村といって、まわりを険しい山脈と森に囲まれた小さな村だ。

 ド田舎もいいところで、住人以外の人間には、村があることさえ知られていないんじゃないかな、なんてフィルは思っていたりする。実際、他の人間なんて、十五年このかた見たことがない。


 まあ、十五年全部の記憶があるわけないのだが。


 村を見下ろしたフィルは、急に、いつものもどかしい気持ちになった。はあ、と大きく息をはきだすと、吹き上げてきた風が、目深にかぶっていたフードを跳ね上げていく。


 フードの下から、燃えるような赤い髪が現れた。突風に髪をなぶらせながら、しばらくそのまま放置する。


「……今日も変わらないなあ」


 無意識にそんなつぶやきが飛び出した。


 同じ風景、同じ空気、同じ生活、同じ日常。

 もちろん季節の変化はある。山奥だから冬になれば雪が積もるし、夏はそれなりに暑い。環境が厳しい分、食糧事情だってバカにならないため、普段は変わらない生活を気にする余裕なんて、これっぽちもない。


 それでも、こういう一人静かな時間に、ふとそんな気分になることがある。


 世間では、それは退屈ってやつだよ、と誰かが言うかもしれない。

 だが、この村には、そういう外からの視点、意見というものがないのだった。


 その理由を、ズバリ一言で言うと。


 ジーク村には、外との交流が一切、まったく、これっぽっちもないからである。

 あまりにも山が険しすぎて、そのせいで村の外から人が来ることなんて皆無なのだ。


 普通、町から外れた村は、年に何度か隊商が来て、必要物資を売ってくれるものだ。隊商がなければ、干上がってしまうのはほぼ間違いない。


 けれど、フィルは隊商というものの話は聞いたことがあっても、実際に見たことは一度もなかった。


 さすがに塩とかそのたぐいは、こんな山奥で手に入るわけもないから、必要な頃合いをみて、大人が森の外に買い出しに行く。だが、それ以外は全部、自分たちで作る。あるいは森で手に入れている。


 日々、これのくり返しである。

 当然のことながら、これといった変化なんてない。


 閉鎖的な空間での生活は、十五歳の少年には少々、いやかなりきつかった。


 村の子供たちは、十五になるまでは一人で森に入ってはいけない、ということになっている。大人が一緒にいればいいのだが、森の外に出られることはない。フィルがこうして森に一人で入れるようになったのも、ついひと月前だ。ついでに言うなら、森がどこまで続いているのかもフィルは知らなかった。

 

 もう少し大人になったら、村で手に入れられないものの買い付けをする大人についていくことも許されるのだが、そんな数年、へたをすればもっと先の話に期待しても、何のなぐさめにもならない。

 

 想像してみてくれないか。

 生まれてからこのかた、一日も村を離れたことはなく。

 離れたとしても、村の外側にある森を少しだけ入ったところまで行くことしか許されていない。

 ちょっとした探検も、遊び心あふれる冒険も、何もできない。

 そんな環境で、十五年。

 

 君がまだ十代の子供だったとして、この状況に耐えられるだろうか?


 否。ほぼ確実に、不可能だと断言しておこう。


「外に出たい……」


 この少年の場合も、同じことだった。

 フィルの本音は結局のところ、この一言につきた。


 森を抜けて、山を下りてみたい。そして、まだ見たことのないものを、この目で見たい。


 だがそれはできない。

 そして、今それを考えても腹はふくれない。


 はあ、と大きくため息をつき、気合を入れて山をおりていく。森を出てすぐの急斜面に、村まで続く細い道が作ってあるのだ。

 その間にも、本音のだだもれは続いていく。けっこうぶっちゃけているが気にしない。なんせ、誰も聞いていないんだから!


「外に出たことのある大人は、そとにはどんな店があるんだとか、どんな人がいるとか、そりゃあたくさん話をしてくれたさ。だけど、やっぱり自分で見てみなくちゃおもしろくないよ」


 村の大人たちは、なぜかそういう話を熱心に子供たちに聞かせている。


 ほかの人間がまったく入ってこない閉鎖的な村でなぜそこまでの話ができるのか。そして、日常に必要ない話を、なぜ毎日のように聞かせ続けるのか。


 そのおかげで、村の子供たちは、聞いて知っているけれど見たことがないものばかり増えていく。好奇心のかたまりは、ふくらんでいく一方だ。


 聞いて憧れを抱き、でもそれが手に届かないと実感する。多感な時期の子供たちにとって、それよりもつらいことはなかなかないだろう。


 見たこともないものへのあこがれと、森の外に出られないといういらだち。この二つが合わさって、ジーク村の子供たちは、かなりじれったい思いをしていた。


「だいたい、村の外に出られないなら、どうして外のことなんて教えるんだよ。もし知ってたってそれを使うときがないんじゃ、必要ないのと同じじゃないか。読み方計算だって、ここで暮らす分にはいらないし、いつか役に立つっていったって、それもいつになるか、へたしたら一生ないかもしれないのに、何考えてるんだか……」


 フィルが歩きながら、とうとう日頃の文句までぶつぶつ言い出したところで、村の入り口にたどりついた。


 村をかこっている柵の間に、丸太で作られた門がたっている。その門をくぐると、脇に建てられた小屋から「おう、お帰り」と太い声がかけられた。

 フィルも「ただいま」と返し、村の中へとスタスタ歩いていった。



  ~~~~~~~~



 村に入り、フィルは家にまっすぐ帰ることはせず、村の中で南側に作られている広場へ向かった。


 屋根までつけられている広場の一角には、すでに数人の男たちが集まっている。フィルは迷わずそちらへ歩いていった。


「戻ったか、坊主」


 男たちがフィルに気づき、片手を上げてにやりと笑う。彼らの前には、フィルがもっているのと同じような背嚢が、重そうに置かれていた。


 ここにいるのはフィルと同じ、森に入って狩りやら採集やらを仕事にしている、彼の先輩たちなのだ。


「だから、もう坊主じゃないって。僕もう成人したよ」

「うるせぇ、お前なんざ俺らからすりゃあまだまだ坊主で十分だ!」


 着くなりそんな会話をしながら、男たちに混じってフィルも、今まで背中にしょっていた背嚢を地面に勢いよくおろした。


 これで肩が凝りでもしたらちょっと情けないが、幸いまだそこまで疲れてはいない。


「で、今日はどうだったい?」


 肩をグルグル回しているフィルに、男たちの一人が笑いながら声をかけた。


「まあまあとれたよ。おじさんたちも、けっこうとったみたいだけど」

「おうよ。まだ一人前になってひと月のお前に負けるわけにゃいかねえからな」


 普通に考えて、成人したての子供に大人が負ける、なんてことはない。だいたい大人の方が腕はいいし、たくさん担げるのだから、自然ととれる量も多くなる。


 そう考えるのが、ごく普通だし当たり前だ。

 だが、フィルはにっと笑った。


「それはどうかなあ」

 

 背負っていた背嚢を開けると、フィルは次々と今日の戦利品を取り出していく。その量はあっという間にちょっとした小山を作ってしまった。


「あと、これも」


 腰にぶら下げていた獲物を最後にポン、と山の上にのっけて、フィルはどうだ、と年上の男たちを見回した。まったく物怖じする様子はない。


 獲物の山を確認していたおやじたちが、ざわついた。そのうちの一人が、一羽の鳥の足をつかんで持ち上げる。


「……お、おい。こりゃあエピオス鳥か!? お前どうやって二羽も捕ってきやがった!」

「さあて、どうやったんでしょう?」


 ニヤニヤ笑いながらてきとうに流すと、その場のおやじたちが、何とも言えない顔つきでフィルをにらんだ。


 エピオス鳥というのは、アヒルより少し小さいくらいの鳥だ。この肉を、皮目を火にかざしてパリッと焼くと、いい具合に脂が出てくる。そこにピリッとしたタレをかけて食べると、ものすごく美味なのだ。この村ではちょっとしたごちそうになる。


 ただしこの鳥、警戒心が強くて、ほんのちょっとの物音をたてただけですぐに飛んで逃げてしまうので、捕まえるのが難しい。狩りに慣れた人間が一日山にもぐって、一羽捕れればいい方だ。


 それを二羽も捕ってきたという時点で、フィルの異常さが知れる。


 実際、フィルは十五になる前から、大人たちと同じだけの狩りができていたから、そこそこの経験を積めば、あとはこれくらいの成果が出せるようになるのだ。


「お前なあ、ちっとは先輩相手に手加減しろや」

「俺たちもそこそこやってるってのに、これじゃ俺たちがロクな仕事してねえみてえじゃねえか、うん?」

「いた、痛いいたい、おじさん、ちょ、かんべんして!」


 おやじたちがしかめっ面でフィルの頭をぐりぐりと乱暴になでまわす。だが、目はくしゃりと笑っていた。


 フィルに狩りを教えたのは、ここにいるおやじたちだ。あっという間に自分たちを追いこしていった教え子の成長っぷりに、嬉しくないわけがない。


 フィルは半分涙目になりながら、男たちの大きな手で頭をこねくり回されるのに耐えた。


 かわいがってくれているのはわかる。だけど、もう少し優しくしてくれてもいいのに、と思ってしまうのはご愛嬌だろうか。


「……それじゃ、僕はそろそろ行くよ。あとはよろしくね」

「おう、任せときな!」


 背中に頼もしい声を聞きながら、フィルは広場を後にした。


 分配が終わって、今晩自分の家でごちそうになる分だけ、収穫を背嚢に入れている。


 頭に手をやると、思った通り、嵐にあったようにくしゃくしゃになっていたので、できるだけ髪を元通りに戻す。


 村の住人は顔見知りばかりだ。たいして広くもない通りをすれ違うたびに、あいさつが飛んでくる。


「やあ、フィル。お帰り」

「ただいま」


 いつもと変わらない風景。これも日常。

 再びもどかしい思いがわき上がってくるのを、ぐっとのみ下して、フィルはようやっと帰り着いた家の前に立った。


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