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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第三章 セイレンの島
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西へ

「暑い……」


 歩きながら、フィルはうめいた。


 四人が出発したときは、ちょうど初夏だった。それが、リーシュ湖への旅を終え、新しい目的地めざして旅をしている今は、もうすっかり夏になっていた。

 一応、持ってきた夏服に着替えはしたものの、それでも汗が首筋をつたって落ちていく。


 平らな地平にのびる道をただ歩く。途中でいくつか村を通り、保存できる食糧をなんとか分けてもらい、道や情報を聞きながらひたすら歩く。そうして彼らはエストレリアの東西をつなぐ街道の半分近くまでさしかかっていた。ちなみに、旅人の平均的な一日の移動距離はだいたい三十キリル(約三十キロ)である。

 今いるあたりはエストレリアの北側で、もっと北を見れば夏でも万年雪をかかえる山脈がそびえたつ。それを考えてももう少し涼しくても良いはずなのだが……。


「平地って、こんなに暑いんだっけ?」

「たしか、この時期は西側の海から熱風が吹いてくるはずです。その影響でしょう」


 エリザが手で顔をあおぎながらヘレナを振り返ると、ヘレナが額にはりついた髪を指でかき上げながら答えた。


「ああ、水浴びしたい……」

「まったく同感ですわ」


 フィルもまるきり同じ意見だった。

 こうも暑いと、水をこまめにとっていなければ冗談抜きに干上がってしまう。水筒の水も心もとないし、はやいところ川なり泉なり見つけて水を確保しておきたい。


「ルイスはどうなんだ?」


 レオンの言葉で、話をふられたルイスが小さく首をふった。


「わたくしのことならば、問題ありません。周囲の熱を調節していますので、着替えや汗をかくなどの心配は不要です」

「なんだその万能装備!?」

「装備ではないのですが……」

「魔法なら、あたしたちにも教えてくれないかな? もう、あつくって……」

「かまいませんが、相当に細かいオドのコントロールが必要ですよ?」

「うっ……」


 目をかがやかせていたエリザとレオンが、とたんに露骨に嫌そうな顔をした。

 二人とも苦手な魔力コントロールと聞いて、早くも諦めようとしているらしい。


「やってみたらいいじゃないか。どうせそのうちやりたくなるかもよ?」

「そうですよ。やってみないとわかりませんわ」


 フィルの言葉にかぶせて、ヘレナがうなずいた。どうやら彼女はやる気満々だ。


「貴方の契約者としては、できれば早いうちに、魔力のコントロールはある程度身につけておいていただきたいですね」


 ルイスまでそんなことを言いだした。


「あああ、わかった、わかったよ! やってみるっての!」


 レオンが頭をぐしゃぐしゃにかき回しながら、ヤケクソ気味に返事をする。

 その状態からそのまま魔法を使おうとしているレオンを見て、ルイスが不意に手をのばし、レオンの腕をつかんだ。


「一度、落ち着いてください。頭を冷やさないことには、魔力のコントロールもできませんよ」

「お、おう。ありがとう」


 レオンが目を丸くしながら礼を言った。汗が目に見えて引いているのは、多分気のせいじゃないと思う。もしかしなくても、ルイスがやったな、あれは。


 それにしても、水魔法でどうやって気温まで調節しているのやら。


「気温を下げるって、水魔法じゃなく熱魔法と関連してるんじゃないのかな……」


 熱なら火の系統だ。でももしそうなら、水の精霊であるルイスには使えない。

 どうやってるんだ?


「そこまで大仰なものではありません。ただ、自分の周囲に薄い水の層を作っただけです。細かい水の粒子で熱をもった空気を遮断して、内側にそれより温度の低い空気をたもつんです」

「へえ……ん?」


 ルイスは、なんてことないように言っているけれど……。


「……それって、かなりの水の粒子を同時にコントロールしなきゃならないよね?」

「はい。なので、細かな魔力コントロールが必要だと言いました」

「やっぱり難しいじゃないか!」

「ですからそう言いました」

「難しいとはいっとらんわ!」


 真面目なのか!? いや、すごい真顔だから、これは真面目に言ってるな……。

 何も言うまい。


「まあ、予定通りなら、そろそろ西の境を流れる川があるはずよ。一回水浴びできるわ。それにそこまでくれば、町ももうすぐなんだから」


 エリザが言いながら、相変わらず手で顔をパタパタとあおいでいる。どうやら早々に魔力コントロールを諦めたらしい。

 ルイスが何とも言えない顔で一つ息をついた。


「あ、言っているそばから」


 これまで街道の横には並木などなくただただ広い平原が広がっているだけだったのが、進む先に大きな木が何本も生えているのが見えてきた。密に茂った葉をつらねた木の枝が幾重にも大きくはりだし、それがまとまって休むのに十分すぎるほどの木陰ができている。そしてその先には、陽の光を砂粒のごとく反射する水面が一筋の流れを作っている。

 歓声をあげて女子たちが走っていく。暑さでじりじり削られていた体力やここまでの疲れなど何のそのというその勢いに負けじと、フィルとレオンもあとに続く。


 流れていたのは、小川より少し大きいくらいの川だった。服が濡れるのもかまわず、靴を蹴り飛ばしてその川に走りこむ。


「……気持ちいい……」


 思わずため息がこぼれた。

 川は浅く、せいぜいフィルの足首より少し上まで水がくる程度だった。水は川底の石まで見えるほど澄んでいる。

 上着も脱いで、水をすくい何度も顔にかけた。肌を刺す冷たさが逆に心地よい。

 他のみんなは、と見ると、レオンがちょうど頭を水に突っ込んで出したところらしく、シャツの上半分まで水がしたたっていた。ツンツン立っている髪も今はぺたりと頭に貼りついて……。

 と、レオンが思いきり頭を振った。大量の水滴が一番近くにいたフィルを直撃する。


「うわっ!」


 ……やると思ってはいたけれど……。

 おかげでびしょぬれである。すでにフィルも濡れていたとはいえ……。


「やったなー!」

「なんだ! このっ!」


 当然のごとく、そのまま水の掛け合いへと移行する。さらに水面を蹴ってできた波が女子二人の方にもかかり、たちまち四人での掛け合いに発展した。

 遅れてゆっくりと到着したルイスが、頭からつま先までずぶ濡れになって大笑いしている四人を見て、戸惑っているように目を瞬かせたが、やがて苦笑のような表情を浮かべて川のそばに生えている木の一本に背を寄りかからせた。






 散々川遊びをした後、濡れた服を着替えて一行はまた街道を進みだした。


 濡れた髪はどうしたのかって? 仕方なく自然乾燥です。というかそれが普通だとも。この時代に、自動で髪を乾かしてくれる便利なモノなんて存在しない。

 細かな魔力コントロールで水分子をちょうど良く取り除いたり蒸発させたりなんて、間違えて体からも余計な水分を抜き出したり髪が焼けこげたりしかねない。危なっかしくてとてもできやしない!


「もうじき町につきますね」

「そうだね、ドランの町っていったっけ。このあたりじゃそれなりに大きいって村の人が言っていたね」

「どんな町なんだろうな」


 最後に立ち寄った村で食糧を買い込みつつ聞いた話だと、川を越えれば一日もたたずその町につくはずだということだった。ならば、もうじき見えてきてもよさそうなものである。

 四人の少年少女はただうきうきしていたのだが、ルイスは一人浮かない顔だった。


「……あの、ひとつよろしいでしょうか」

「ん? どうしたんだ、ルイス?」


 ルイスの声に、先を歩いていたレオンが振り返ってたずねる。


「これから、人間の町に入るのですよね?」

「ああ、そうだけど」

「短い時間の滞在ではないのですよね」

「多分数日はいることになると思うが……」

「それでは、今まで通りですとわたくしはずっと町の外で待つことになるのですが……今回からはさすがにそういうわけにもいきますまい。どうしましょうか」


 その言葉に、四人はあっと顔を見合わせた。


 ルイスをどうしたらいいか、決めていなかった。


 彼女の見た目は人外だと一目でわかってしまう。加えてまとっている服も明らかにこの国のものではない。なので、これまで村を通るときは迂回してもらい、出たところで落ち合ってまた先に進むという方法をとっていた。

 だが数日単位でとなると、いざ何かあった時に連絡が取れなくなって困る。


「どうしよう……」

「変身するということもできますが」

「へ、変身?」

「はい。例えば……」


 そう言うと、突然ルイスの姿がふっとかき消えた。

 かわりにその場には、全体的に紺色っぽい、かなり体格と毛並みのいい狼が、でん、と鎮座していた。


『どうでしょうか』

「「「「いや、どうでしょうか、じゃないでしょ/だろ/ですわ!!」」」」


 四人の声が重なる。

 ルイスが変身した姿、それは……おとぎ話に出てくるフェンリルにしか見えない。こんなの連れて町の入り口までいった日には、どんな騒ぎになるか……。


「……ルイス。他に変身できるものってないか。鳥だとか……」

『できないことはありませんが、色はこれと同じになります』

「それはそれで騒ぎになりません……?」

「だよなあ」


 あれこれしばらくの間議論した末に。

 方法は、決まった。


「さて、それじゃ行くか!」

「「「おおっ!」」」


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