表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
32/34

EX 若き領主の憂鬱

 四人の少年たちが旅立っていった日の昼下がり。


「……はは」


 去っていった四人の少年たちを思いかえして、ギルバートは小さく笑い声をあげた。


「ん? なーにがおかしいんだい、領主どの?」


 横からひょいっと首を突っ込んできたレインがギルバートにたずねる。

 食堂には二人のほかに誰もいない。館の中でいろいろと仕事をしてくれているメイド少女、リリアンヌも今は別の部屋に引っ込んでいた。


「いや。彼ら、面白い客人だったと思ってな」


 ギルバートが微笑みながら言うと、レインはフンと勢いよく鼻を鳴らした。


「面白いっていうか、ハッキリ言ってあやしい奴らでしたよ。あんな成人したてのガキ四人で旅をしている。しかも、怖がる素振りも見せずにあの谷に行って、けろっとして帰ってくる。俺はあいつらの正気を疑いましたね」


 あまりにもあけすけな言いように、ギルバートはつい苦笑した。


「まあ、それは俺も思わないでもなかったが。随分はっきりと言うな、お前は」

「実際あやしかったんだから、しょうがないでしょう」


 反論はない。ギルバートも彼らの素性は疑わしいと思ったからだ。


「他にもですよ? 薬草の値段交渉するとき、こっちが値切り交渉するまでもなく終わっちまいましたし」

「あれは正直言って助かったな」

「あれ明らかに慣れてないですよ。つーか、なんであんな薬草を持ってたんですかね。それもおかしい」

「彼らは、旅の途中で手に入れたと言っていたな」

「おいギル!」


 途中から面白がるような口調で相づちを打っていた領主に、とうとうレインが声を荒げて詰め寄った。とても真面目に考えているようには見えないギルバートの態度にイラついたらしい。


「普通に考えていろいろとおかしすぎるだろうが! そもそもシュリ草は領同士の取引になるくらい貴重な品だ。あんなガキがシュリ草なんてまず持てるはずがねえ。ありゃ絶対なにか裏があるにきまってる」


 もはや領主に対する最低限の敬語をつけることすら忘れている。しかし、その疑念もある意味当然だった。


 シュリ草とは本来、最低でも一束銀貨十枚はする高価な薬草なのだ。こんな不況では三十枚出したっておかしくない。平民では普通とても手に入れられない。加えてその栽培地もわずかだ。

 レインが言った通り、あの年ごろの子供が普通持っているものではない。

 悠長に構えていられるギルバートの方がどうかしているのである。


 ギルバートは少し笑いながら首を振った。


「そんなことは分かってるよ。だけど、それはどうでもいいんだ」

「どうでもいい、だあ!?」


 レインが目をむいて聞き返す。


 下手をしなくても相当な不審者なのに、そのことを全く気にしていない様子のギルバートに、気は確かかと言いたいらしい。


 レインのけんまくに、ギルは微笑みながらちらりと窓の外に目を向けた。


「彼らの内心はどうあれ、うちを援助してくれたことに変わりはない。それに、嘘はついていたけれど、悪意はなさそうだったからな。ここオルシュタインでもめごとを起こさなければ問題ない」

「けどよ……。本当に追っ手を出さなくてよかったのか?」


 それでもしぶるレインはまだ不機嫌そうな顔をしている。

 ここで、ギルバートにしてはめずらしいことに、不意にいたずらっぽい笑顔を浮かべてこんなことを言った。


「じゃあ聞くが、彼らが何をしているのかこの目で確かめてやる、と張り切っていたレインは、何を俺に知らせてくれたかな?」

「うげぇ……」


 レインが思いきり顔をしかめた。まるで、薬草の中では一番苦いといわれるベテル草、その根を煎じて飲まされた子供みたいな顔だった。


 食堂の中に、おもいきりふきだす音が二つ響く。

 何とか大笑いするのをこらえてギルバートが食堂の入口を振り返ると、アイザックが、こちらは腹を抱えて盛大に爆笑していた。


「げ、副団長!?」


 アイザックに気付いたレインが、明らかに顔を引きつらせてじり、と後ずさりする。入口からなんとしても離れようという魂胆がみえみえだ。


「レイン、お前こんなところで油を売ってるたあ、随分と余裕があるじゃねえか。あとで俺が直々にしごいてやるから、楽しみにしておけ」


 大笑いをおさめた騎士団副団長が、じりじりと食堂の奥へ逃げているレインに向かってにやりと笑う。年を重ねた歴戦の猛者が髭面をゆがめて笑うと、普通の兵士ならそれだけで逃げ出しそうな凄みがあった。


 どうやらレイン、騎士団の教練をさぼって逃げ出してきたようだった。アイザックはこういうとき、えらくキツいしごきを課すらしい。

 わかっていてそれでも逃げ出してくるレインは、懲りていないといったところか。


「ああ、わかりましたよちくしょう!」


 頭を抱えたレインだったが、アイザックに再び鋭い眼光を浴びせられ、慌てて一礼して食堂の外へ出ていった。


 やれやれと、その様子を見てギルバートは微笑んだ。なんだかんだとにぎやかな奴だ。

 それを苦笑して見送ったアイザックが入れ替わりにやってくる。


「まったく、あいつめ。若の邪魔はするなとあれほど言ってるってのに」

「気にするな、アイザック。レインはああでないと、こちらの調子が狂う」

「確かに、ただ騒々しいだけの奴ではないですな」


 そう言って、二人とも笑った。


 アイザックはもともとギルバートの父に仕えていたのだが、ギルバートが領地を継ぐことになって彼に使えるようになった。昔からお互いのことはよく知っている。


 息をついたアイザックが、仕事の顔になった。


「ご指示通り、クロエのやつを行かせました。あやつならば、数日中に到着するでしょう」

「そうか、ご苦労」


 ねぎらいの言葉を口にした若い主に、アイザックがたずねた。


「ところで、何故ドランの町なのです? 彼らを探るなら、後を追わせた方がよほど楽でしょうに」


 実は、ギルバートはひそかに副団長に命じて、四人の少年たちを探らせるために人を出していた。

 レインに追っ手は出さないのかと聞かれたが、すでに出していたのである。


 後を追って捕らえる、ということではないが、調べないというわけではない。あの四人が隠している事情が害にならないかどうか、ある程度は探っておかなければならない。

 彼は領地を国王から預かる領主なのだから。


 ギルバートは頭の中にここから西方の地図を思い浮かべながら答えた。


「いくつか間に村を経由するが、彼らがそこへ行く可能性はあると思った。実は半分以上賭けなんだが」

「そんな不確かなことで、わざわざ部下を動かしたんですか」


 アイザックがわずかだが苦笑を見せる。


 谷川が復活したことで、領民たちの生活はこの数日間だけでも良い方向へ回復しはじめている。それでもへんぴな田舎の村だ。ふんばり時のこの忙しい時期に、貴重な人材を外へ出すだけの余裕なんて本来はない。


「わかっている。だが、どうしても必要なことなんだ」

「とおっしゃいますと?」


 ギルバートの目に浮かぶ強い光に、アイザックがそのわけをたずねる。


「彼らの後を追ったレインは湖の手前の谷にすら入れなかったというのに、あの四人は谷に入れたようだ」

「これまで調査に向かったうちの騎士たちも入れませんでしたな」

「そして、何事もなかったかのように帰ってきた」


 その後彼らがここに初めて訪れてから二日とたたないうちに、枯れていた川が元に戻った。


「しかも、そのあとだ。騎士の報告を受けて俺自身谷へ行ってみたんだが、すんなりと着けた上に、霧がすっかり晴れていた。ここ数年ずっと霧が途切れることはなかったのに、急にそれが消えるなんて、俺には心当たりが一つしかない」

「……まさか」

「まさかとは思うが」


 あの四人が訪れたことをこれらと結びつけるのは、間違っているだろうか。


「……ありえん、と言いたいところですが、いかんせん情報に欠けますな」


 しばらくして、それまでいかつい顔で黙り込んでいたアイザックがため息をついて首を振った。


 彼の言う通り、現時点ではとにかく情報が足りない。霧が消えた原因も水が戻った原因もわからない。彼らの関与があるかどうかも何とも言えない。

 確証がなさすぎる。


「もし本当に関係があるのなら、同じようなことが他にも起こるかもしれない。根拠はないが、そう踏んだ」

「なるほど、それでドランに」


 ギルバートはうなずいた。


 あの四人は、次どこへ行くという話は一切しなかった。だが、西へ向かうなら間違いなくドランの町を通る。

 ドランの町には、とある神隠し伝説が残っているからだ。


 彼らの身の上話をうのみにした場合、伝承を調べているという彼らはその話を調べにかかる。もし素性が嘘でも、谷の調査を依頼したときの食いつきっぷりを見れば、そういった類の何かを探しているということは見当がついた。

 ならば、こちらから張っておけばいい。

 もし見当外れだった場合も、彼女には別の任務を頼んであるので問題ない。


 それにしても、あの四人は一体何者か。


 ギルバートは四人の正体に思いを巡らせた。


 今回の一件で、一つ思い出したおとぎ話があった。


 昔子供だった頃、ギルは物語が好きで館にあるものを繰り返し読んだ。その中にたしか、人間と精霊が世界を救ったという話があったはずだった。

 その話で、人間たちの代表はたしか四人いた。


 まあさすがに、あんな年頃の子供を奇妙だからというだけでおとぎ話なんかと重ね合わせる自分がどうかしている、とギルバートは思う。


 しかし、おとぎ話に出てくるもう一つのことは気にせずにはいられなかった。


 魔法の存在である。


 確かに、魔法というものは実在する。

 しかし、魔法を使える人間というのは滅多にみられない。魔法を使う素質を持った子供の数がまず少ないし、魔導士として認められた者は王宮やら有力貴族やらに抱え込まれてしまうからだ。


 ギルバートも、まだこの目で魔導士を見たことはない。魔法も知らない。

 だが、今回オルシュタイン領で起こった出来事は、それこそ魔法を使ったとしか言いようのないことが連続して起きている。


 そのために、突拍子もない思いつきでも馬鹿馬鹿しいと切り捨てることができなかった。魔法という言葉がからむと、どうしても割りきれなくなる。


(まあ、今は考えてもしょうがない。そのためにクロエを送り出したんだから)


 ギルバートはそう自分に言い聞かせ、頭を振って気持ちを切り替えようとした。


「そういえばアイザック。例の件、上手くいきそうか?」


 ギルバートの静かな問いに、アイザックが少し悲しげな顔つきになった。


「残念ながら、まだ。申し訳ありません。自分だけでは対策が何とも」

「いいんだ。こればっかりは経験者に頼るしかないからな」

「面目ない。先代のことも……」

「アイザック」


 ギルバートの声が静かに、壮年の騎士の言葉をさえぎった。


「今は力をつけて機を待とう。それしか、俺たちにできることはないんだ」

「……承知いたしました」


 アイザックが、奥歯をかみしめて騎士の礼を取る。


(そうだ、今はやれることをただやるしかない。今は……)


 ギルバートの拳は、静かに、血のにじみそうなほど強く、握られていた。


レインが四人を追っかけて何をしようとしてたのか、わかる回でした。

そして、四人ともー、待ち伏せされてるぞー、気をつけろー(笑) ……大丈夫です、変なことにはなりません、ならない予定……です。

ギルバートがこのとき何を考えていたのか。いずれわかる時が来ます。それまで、楽しみにお待ちくださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ