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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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始まりの少年

お待たせしました。ここから本編スタートです。

 突然だけど、深い森の中を想像してみてほしい。


 目を開けると、背の高い木が自分の周囲をぐるりと囲んでいて、見わたす限りそれが続いている。木々の根元の地面には、下草がびっしりと好き放題はえていて、ところどころ木から落ちてきた葉がこんもり積もっている。


 上を見上げれば、立派にのびた木の枝についた葉が、空をおおい隠してしまうほど。日の光があまり射しこまない、薄暗い森。たてた音も、森のなかのうす闇にすっとすいこまれて、消えてしまう、そんな静けさ。


 ご想像できたかな?


 できたなら、そこから話を始めよう。




 とある山脈の一部に、その森はあった。


 樹海とも表現できるだろう、その森は、人の気配が全くといっていいほどになかった。

 森の中に住んでいる生きものの気配が、ときおり感じられるだけで、あとは静けさだけが漂っている。


 その森に、ピュッと空を切る音がかすかに聞こえた。続いて、キュウ、と何かのかん高い鳴き声が静寂をつんざいて消えていく。


「よしっ!」


 小さな喜びの声がして、何もいないように見えた場所に、いきなり一人の少年が現れた。近くの大きな下草に隠れていたのだ。よいしょ、と草の中からはい出てきた彼の手には、短弓が握られている。


 この少年の名前はフィルといった。この近くの村に住んでいる。

 地味なシャツとズボンに、灰色の短いマントのフードを目深にかぶり、腰には短剣をつけたかっこうだ。さらに背中には矢筒と背嚢をひっかけている。

 その矢筒に、持っていた弓をおさめて、フィルは足にからみつく草や木の根をよけながら、一本の木の根元まで歩いていった。


 その木の根元は、ほかよりわずかに下草の少ない空間が広がっていた。そこに、矢の刺さった野うさぎが転がっている。

 それを拾い上げ、少しばかり目を閉じてから、慣れた手つきで矢を抜き、血抜きをする。


「……これで、今日のぶんは確保できたかな」


 獲物の処理を終えたところでつぶやき、フィルはそばに置いていた背嚢に手をやった。背嚢にウサギをしまおうとしたところで、手が止まる。


「あ……」


 背嚢には、今日一日で集めた木の実や果実、これまでにとった獲物が入っている。

 ただし、それらが明らかにはみ出していたのだ。とても、追加で入るようにはみえない。


「……どうしよう」


 困り顔でつぶやき、手に持ったうさぎとあふれかえりそうな背嚢とを見比べていたフィルだったが、しばらくして、腰帯の金具に獲物をひっかけて立ち上がった。


 獲物はとりすぎていないし、村のためにはむしろこれくらいでやっとだったから、フィルはそのまま背嚢を背負い、首を回して森の中をぐるり、と見回した。

 そして、迷わずある方向へと、森の出口へ向かって歩き出した。




 この物語の始まりは、小さな村で生まれ育った一人の少年だった。

 だが、彼はいずれ国を巻き込み、やがて世界をひっくり返す。

 その物語を、ここから始めよう。


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