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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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世界の裏側

 ――起きて、ねえ、起きて!


 そんなふうに、言われている気がした。


(……誰?)


 声が聞こえる。頭の中で、こだましている。

 ぼんやりとした頭で記憶を探るが、声に聞き覚えはない。


(……何があったんだっけ……そうだ、湖で波にさらわれて……。って他のみんなは!?)


 ぼんやりしていた意識が、そのことにいきついた瞬間、覚醒する。

 フィルは、パチッと目を開けて体を勢いよく起こそうとして。


「……!?」


 バチンと、火花が散りそうな音がして、何かを跳ね飛ばした。


「キュッ!?」


 何か小動物の悲鳴のような音がして、小さなかたまりが吹っ飛び、ぼふっと音をたてて近くの茂みにつっこんだ。


「……へ?」


 茂み? 

 フィルは、ぽかんとしてあたりを見まわした。

 ここ、どこだ?


 波にさらわれたので、てっきり湖の底にでも沈んでいるものと思っていた。だが、そんな様子はまったくない。というか、水の中ならまず息ができるわけもなかったか。

 そこら中に草木がおいしげり、上を見上げれば雲一つない青い空が広がる。

 さっきまでの、草さえまったくない砂利だらけのわびしい湖の面影など、どこにもない。


「どうなってるんだ?」


 訳が分からん。

 首をひねって考えこんでいると、「キュッ」というかん高い音がして、顔面に柔らかいかたまりがひねりの利いたストレートを叩きこんできた。


「ふぐっ!?」


 不意打ち上等、とでも言わんばかりの衝撃と、やけにもふもふした感触のダブルコンボ。

 ……なんだこれ。妙に気持ちいい感触なんだけど。

 フィルは目を白黒させながらひっくり返り、ついでに頬にはりついたそれを右手でむんずとひっつかんだ。

 もこもこした、右手に収まりきらない毛玉。そんな印象だ。


「キュ~!」


 右手の中を見ると、白っぽい四つ足の生物が、足を全部ばたつかせながら必死に鳴き声を上げていた。

 さっきの「キュッ」という音は、この生物の声だったらしい。

 耳がウサギみたく大きいのに、体の小さなキツネに似た生物。それでいて、全身を覆う長い毛は真っ白だ。こんなのは、狩りでいろいろ見てきたフィルでも、見たことがない。

 極めつきは、その額にある大きな赤い石。

 見たことがあるとしたら、図鑑の中だけだ。

 しかも、『想像上の生物』の図鑑の中で。


「こ、これはまさか……カーバンクル?」

「キュ~、キュキュ~~!!」

「あ、ああ、ごめん!」


 放せ放せとジタバタもがく生物に、フィルは慌てて右手を開いた。つい白い毛並みと手触りのいい感触を堪能してしまった。

 地面に降り立った白い獣――カーバンクルが、ジト目でフィルを見上げている、気がする。


「悪かったよ……あたっ!」


 苦笑しながら謝ったら、正面から額に飛び蹴りをくらった。体は小さいので体重はそんなにないはずなのに、もふもふな見た目と妙に感情あふれる仕草、あと弾力ある肉球のせいで、やたらダメージが高かった。

 額をおさえながらフィルが獣を見ると、当の本人(本獣?)は、まるでふんと鼻を鳴らすかのように、ツンとそっぽを向いた。


「キュ、キュキュッ(これで懲りたなら、二度と変なつかみ方しないで)」


 なんだかそんなことを言っている気がする。


「……わかった。もう変につかんだりしないよ」

「キュッ(ならいい)」


 カーバンクが、さっきよりも高い声で鳴いた。どうやら勘弁してもらえたようだ。

 ちなみに、会話は全部フィルの脳内翻訳である。


「……そういえば、他のみんな探さなきゃ」


 もふもふショックのすさまじさで、すっかり忘れていた。


「キュ、キュ~(それならこっち)」


 カーバンクが、やみくもに歩き出そうとしたフィルのズボンの裾をくわえて引っ張る。フィルが見下ろすと、それはある一方向へと頭を向けて、彼を見上げてきた。

 この子、レオンたちがどこにいるか、知ってるのか。


「わかった、連れていってくれ」

「キュッ!」


 鳴き声を上げて、白いもふもふが迷わず進んで行く。チョコチョコ、チョコチョコ。

 フィルはゆっくりとその後を追った。

 



 そう長くは歩かなかったように思う。

 地面に、三人の人影が起き上がって、きょろきょろとあたりを見回しているのが見えた。

 様子からして、多分今さっき目が覚めたといったところだろう。


「フィル! いないと思ったら、どこいたのよ!」


 ああ、この声はエリザだな。


「いや、それは僕にもよくわからないや。というか合流できてよかった」


 フィルは返しながら小走りに駆け寄った。

 でも、言われてみれば確かに。

 なんでフィルだけ、一人離れたところに倒れていたんだろうか。謎だ。


「キュウ、キュウ!」


 考え込んでいると、ここまで案内してくれたカーバンクルがまたズボンの裾をくわえて引っ張った。

 ここで終わりではなく、まだどこかへ行きたいらしい。


「まあ! なんですの、この子!?」

「か……可愛い~~!」

「キュッ!?」


 と思っていたら、女子二人がフィルの足元にいたカーバンクルに気付き、異様なほど目を輝かせた。

 電光石火、剣を抜くよりも早くサッと抱き上げられたカーバンクルが、ちょっと待って! この状況何なの!? とでも言いたげな声を上げる。


「癒されるわぁ~~~~!」

「本当ですわ……この手触り、病みつきになりそうです……」

「……キュウ……キュキュ」


 エリザとヘレナに、両側からがっちりと抱えられ、ふぁっさふぁっさしている白い毛をもふもふなでなでされているカーバンクルだったが、しばらくして、『仕方ないね』と一声鳴いて、目を閉じた。ついでに二人の腕の中でコテン、とひっくり返るその仕草に、二人がまた黄色い声をあげる。


 お嬢様なヘレナはともかく、エリザがお転婆で勝気がすぎる女子だと思っていた方に、ここで一つ朗報。

 エリザは、可愛いものに目がない。


「……見た目はあっさりさっぱりしてやがるくせに、あいつこういうところは何故か乙女なんだよなあ。ホント、不思議だわ」

「だーれが乙女心不自然きわまりないって!? ていうか何故かってなによ何故かって!」

「キュィッ!?」

「エリザ、落ち着いてください! この子が驚いてしまったじゃありませんか!」


 レオンのつぶやきに、エリザがぱっと振り向いて怒鳴る。

 その声でカーバンクルが奇声を上げて飛び上がり、ヘレナががっかりした声を上げた。

 レオンとエリザの口論は、こんな感じで日常茶飯事である。どこかわからない場所に飛ばされたというのに、いつも通りでまあ頼もしいと言えば頼もしいだろうか。


 もふりタイムから解放された、もとい逃げ出したカーバンクルは、まっすぐフィルの足元へすっ飛んでくる。


「……キュ、キュキュィッ」

「……あー、そうかぁ……」

「! お前、そいつが何言ってるかわかんのかよ!?」


 相づちを打った(?)フィルに、レオンが驚いた表情になる。


「んー、なんとなく?」

「そいつ、なんて?」

「……もふもふしてもらうのはもう当分いいって」

「まあ、残念です」


 それを聞いた女子たちの顔が本当に残念そうだった。確かに、あの毛並みをいつまでも堪能したくなる気持ちはわかる。実際、フィルだってもっとさわってたい。

 だけど、される方にも限度があるというやつだろう。もふられ続ける側からしたら、なぁ……。

 ――うーん、やっぱりちょっと残念。


「それと、さっさと行くとこ行きたいってさ」

「……行くとこ?」


 三人が顔を見合わせると、カーバンクルが『やっとか!』というように首をかしげ、すぐに歩き始めた。


「とりあえず、追っかけるか」


 四人も、後を追いかける。


 進んでいくと、さっきまではあまり見ていなかった景色も目に入ってきた。

 あちこちに、湿地とでもいうのか、沼か池か、水をたたえた箇所がいくつもある。そのふちににも植物がびっしりと生え、木も多い。

 足元はというと、先ほどから進んでいるのはただの草地の上で、道らしい道はない。

 草の根やら葉っぱやらに足を取られそうなものなのに、カーバンクルは気にすることなくひょいひょいと進んで行く。


「とりあえず進んじゃってるけどさ、ここってどこなの?」


 エリザが周囲を見渡しながら首をひねった。


「わからない。けど、言えることは、少なくともここはリーシュ湖じゃないってことだね」

「そうだな。まず地形、植物が違うし、おまけにこっちは晴れてるしな」


 フィルの言葉に、レオンが乗ってきてうなずく。

 いろいろ違いすぎるから、どこか別の場所に魔法で飛ばされたんだろう、ということだけは予想がついた。それしかわかっていないが。


「ですが、こうやって今進めているということは、ここで正解だったのでしょう」


 ヘレナがカーバンクルのすぐ後ろを歩きながら、フィルたちの方を振り返って微笑んだ。


「そうだねえ」

「てことは、いよいよか」


 ついに、探していた精霊のうちの一つと、ご対面というわけだ。


 と、カーバンクルがピタリと立ち止まる。


『……ようこそ。契約者の方々』


 不意に、あたりに不思議な声がこだました。


「え……!」


 フィルは思わずあたりを見回した。

 誰もいない。

 声は、頭の中に響いてくるのか、周囲の水辺から、はたまた森の中から聞こえてくるのか、はっきりしない。ぼかされていて、どこから聞こえるのかわからなかった。男なのか、女なのかもさっぱりだ。


「誰だ……?」


 レオンが四人の先頭に出てきて身構える。


『そこまで強張らなくとも良いのです。私は、貴方たちに害を加えるつもりは、毛頭ございませんので』


 徐々に、声の響きが薄れて、はっきりとしたものに変わっていく。

 それと共に、一つの影が木々の間から姿を現した。

 二本の足でしずしずと歩み寄ってきたそれは、一行の前まで来ると、にっこりという言葉が相応しい笑みを浮かべてみせた。


「ようこそ、我らの世界、契約の地へ」


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