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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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スライム狂騒

「だああっ、キリがないっ!!」


 フィルは、そこだけぽっかりと霧の晴れた空間で、剣を振り回しながらわめいた。

 いつもなら、こんな風にイラついてキレたり大声出したりしたら、母さんにすぐさま怒られてた。だけど、今はそんなこと構ってられるか!


「どれだけ斬ったっけ……!?」


 狭い谷の中、今は谷の中というかむしろ霧ですっぽりと覆われた、円形の部屋のようになっている閉じた空間の中だ。スライムが大挙して押し寄せているところだけはぽっかりと空間が開いているが、それ以外は剣を振り回すだけの幅がある程度。

 こんなところで大量の相手に弓なんて使う余裕がない。当然剣でバッサバッサなぎ倒し、斬り倒していくことになる。

 剣の腕はまだないフィルだったが、さすがに超近距離だ。最初はパニックになってメチャクチャに剣を振り回していたが、慣れてくるにつれ周囲を見て立ちまわる余裕がわずかに出てきた。


 だが、そうなってから、あることに気付いたのだった。


 ――このスライム、普通のものと少し違うみたいだ。

 まあ、普通もなにも初めてだから普通のスライムがどうだとか知ったこっちゃないんだけど! ていうかなんでこんなこと言ってんだろうね、ぼくは!?


 斬った手ごたえが、あまりにもない。まるで、水か何か粘性の少ない液体を斬っている感触なのだ。普通、魔物っていうくらいだし、もう少し手ごたえってものがありそうなものなのに。斬った後だって、パシャッという水がはねるような音をたてて、地面にぶつかり、シミを作って消えていく。

 まあ、一応斬ることはできている。

 だが、その後がまずかった。


「こいつら、分裂しちゃってるんだよなあ……!」


 フィルが頭を抱えたくなっている状況の原因が、まさにそれだった。

 斬って、倒す。すると、斬られて二体に分かれたスライムが、一度地面にしみこむ。そして、その二体がそれぞれ一個体になって復活してくる。

 それを延々と繰り返せば……。


 視界一面スライムで埋め尽くされ、足の踏み場もなくなりそうな状況。もはや霧の壁うんぬんどころか、スライムが多すぎて一部溶けて消えた霧の壁から谷の地肌が姿を現し、そのそそり立つ壁にまでスライムが張り付いて今にも滴になって落ちてきそうな勢いだ。

 スライムの谷、一丁上がり。


「視界全部スライムまみれとか、何これ! 気持ち悪すぎるわ!!」


 剣をなぎ払う手を止め、足を数歩踏み出せば多分すぐにのみ込まれる。

 湖にたどり着く前に、スライムの海で溺死とか、絶対お断りだよ。どうせ溺死なら普通に湖の方が、ってそういう話じゃない!!


 フィルは荒い息を整えながら、じり、と足を一歩下げつつ剣を構えなおした。

 かなり分が悪い。というか悪すぎる。


「これ、魔法使った方がいいんじゃないか……?」


 思わずつぶやいた言葉に、はっとした。

 焦りすぎて、魔法が使えることを危うく忘れかけていた。何やってるんだか。

 すぐさま使おうとして、フィルは待てよ、とかかげた左手を止めた。中途半端に動きを止めたところに、分厚い絨毯状の大群から押し出されたスライムが飛んできて、急いでそれを斬り飛ばす。


「ええい、何にしろ一度試さないと!」


 腹をくくってやってみよう。

 深呼吸して、フィルはもう一度左手をのばした。


 フィルの一番得意な魔法は、火だ。左掌ににすぐさま小さな赤い炎が現れ、スライムの群れの先端に突き刺さる。

 ジュワッ

 熱された鉄板に水が落ちたような音をたてて、着弾した場所一帯のスライムが消えた。


「倒せる……!」


 スライムがもし水でできていたら炎では対抗できないのでは、と心配していたのだが、杞憂だったようだ。

 魔力(オド)の消費量は思っていたよりも少し多かったが、倒せないほどじゃない。

 これなら、いける!


 そう思い、わずかに笑顔が戻ったフィルの目の前で。

 スライムの絨毯が、突如うねり始めた。


「え……?」


 いきなりのことに、体を硬直させたフィルの目の前で、スライムたちは続々と集まり、塊を作っていく。その塊が次第にもっと大きな塊になり、塊同士が融合していき……。


「あ、あのぅ……君たち、何やってるの……?」


 ……一体の、巨大なスライムになった。


「……嘘でしょぉ……」


 思わず、エリザが言いそうな感想がフィルの口から飛び出す。


 ざっと見、体長十ファズ(約十メートル)くらいはありそうな、縦横高さ全部兼ね備えた巨体。半透明なぷるぷるの巨大生命体が、そこにいた。

 もしあれがジャンプして降ってきたりしたら、ひとたまりもなさそうだ……。

 そう思ったところで、巨大スライムがその身を縦にぎゅっと縮めた。


「え……ちょ、ま」


 冷や汗をかいて後ずさりするフィルなど完全に無視し、その巨体が谷底から見える狭い空めがけ、一直線に跳躍する。


「ホントに来たあああ!?」


 悲鳴を上げ、その場から転がるように逃げ出したフィルのまさに今までいた場所に、スライムの巨体がズン、と地響きを立てて沈む。

 その衝撃と重みで、地面が放射状にひび割れている。

 くらわなくてよかった……! あんなのの下敷きになったら、原型とどめてたかどうかもわかんないじゃないか!!


 反転して跳ね起き、目の前に着地した巨体と対峙する。

 どうすればいいのだろうか。

 斬るのは無理だ。優に自分の背丈の五倍以上はあるあの巨体、こんなちっぽけな剣なんかで斬り倒せるわけがない。

 弓を使うか……? いやそれも無理だ。使うならせめて弱点を一撃で射貫かなければ、次を構える前にあっという間に距離を詰められて終わる。

 魔法でしか、倒せそうにない。

 だが、先ほど魔法でほんの少しスライムを倒したときでさえ、思ったよりも多くの魔力を使った。それがこんな巨体になると、さっきの何倍の魔力が必要になるのか……!?


「……」


 小さな頃の嫌な記憶が浮かんできて、フィルは首を振ってそれを振り払った。




 魔法を習い始めて少したった頃、痛い目にあったことがある。

 大人たちに褒められ、つい嬉しくなって、もっとできるところを見せようとしたんだと思う。自分で作れる限りの大きさの火の玉を作って、出してみた。

 そうしたら、それが思ったよりもずっと大きくて、驚いた。

 そして、急に魔力の制御がきかなくなったのだ。

 火の玉は暴走して、近くで見ていた大人が急いで消し止めてくれなければ、全身大火傷だけでは済まず、村中火事になっていたところだった。




 それ以来、魔力を制御する訓練は欠かさず行うようにしている。だが、あれから何年も経っているのに、いまだに一定以上の魔力を込めると、かなりの確率で魔法が暴走しかける傾向があった。

 だからフィルは、魔法を使うときも魔力は少量にとどめ、あまり多くの魔力を使う魔法は使わないようにしていた。

 だが、おそらくこの巨大スライムは、手加減なしの魔法でないと倒せない。


「……仕方ないか……!」


 歯を食いしばり、覚悟を決めた。

 幸いというか、今は自分一人だ。他を巻き込む心配はしないで済む。

 スライムは、まだ動く気配を見せていない。


 少しでも倒しやすく、工夫はしないと。

 フィルは眼前のスライムを見上げ、イメージを膨らませた。


(風と、炎で……!)


 かかげた左手の前に、空気が集まり渦を巻いて回転を始めた。

 スライムが気付いたのか、再び身をたわめた。ジャンプする気だ。

 その前に!


「いけ!!」


 フィルの叫び声と共に、手元に集まっていた風が何枚もの細い刃を作りながら一直線に放たれ、まさにジャンプするところだったスライムの巨体に次々と突き刺さる。

 風で作られた杭が何本かスライムを貫通して地面にも突き立ち、スライムが再び地面に沈んだ。

 フィルは、魔力に意識を集中させ、叫んだ。


「吹っ飛べッ!!」

 

 左手に現れた一ファズほどもありそうな炎の塊が勢いよく放たれ、一直線にスライムの胴体中心に向かう……途中で軌道をそれ、スライムを地面に繋ぎとめていた風の杭のすぐ根元に落ちた。

 激しい爆発と共に、ぷるぷると震える肉が谷の壁のあちこちに吹き飛ばされ、べちゃっと張り付く。


「……あいたたた……」


 フィルは、谷の壁に背中を預け、うめきながらゆっくりと立ち上がった。

 腰がひどく痛む。吹っ飛んだ拍子に、岩に打ち付けたようだ。

 爆発で自分も巻き添えを食って吹き飛ばされるあたり、まだ制御が上手くできない。飛び火して火傷しなかっただけマシか。

 スライムの方はどうなったのか。


「燃やしきれなかったか……」


 谷のあちこちに散らばった、消しきれなかったスライムの残骸を見て、小さくうめく。

 着弾した場所が胴体の下の方だったので、上の方が燃やしきれず、爆発で飛び散ったらしい。

 放っておくと、さっきまでの二の舞だ。急いで燃やしておくに限る。

 新たに炎をいくつか出そうとして握りしめていた剣を収めたとき、不意にパラパラと細かい砂が落ちてきて、フィルは思わず頭上を見上げた。

 

 爆風で、周囲一帯に立ち込めていた霧はあらかた吹き飛ばされ、あたりは随分と見晴らしがよくなっていた。霧に覆われていたフィルの周囲も霧が晴れ、谷の壁がはっきりとその全体を現している。

 そして、その壁のあちこちに、細かい亀裂が走り始めていた。

 スライムの一つが、落ちてきた岩もろとも地面にめり込み、柔らかいものが潰れるときに独特の、ぐしゃり、という嫌な音をたてて消えてゆく。


「まずい!」


 フィルは、嫌な予感もそのままに、開けた前方めがけて一目散に走り出した。

 爆発を起こした場所を走り抜けた直後、大きな音をたてて一抱え以上もある巨大な岩が落下してきて、道をふさぐ。続けてスライムが吹き飛ばされた岩盤も亀裂が大きくなり、次々と崩落し始めた。


(せめて通り過ぎるまでは、もってくれ……!!)


 願いが通じたのかどうかはよくわからないけれど、なんとか間に合った。

 視界が開けている場所まで一気に走りきり、息を切らして後ろを振り返ると、フィルが先ほどまでいた谷底の道は跡形もなく消え、崩れた岩や土砂の山が出来上がっていた。


「足速くて助かった……」

 

 今になって、体中にどっと疲労感が押し寄せてくる。

 体力的に、というより、多分魔力切れがちかい。

 倒しきれない可能性も考えて、さっきの魔法で魔力を奮発して多めに使ったから、体内の魔力の残りはだいぶ少ない。おまけに、今脱出してくるときにとっさに部分的な身体機能向上をかけたので、残った魔力がさらに削れた。

 身体機能補正自体は、そんなに魔力を使う魔法じゃないんだけど、大きな規模の魔法を使った後だと正直ギリギリだ。

 これは少し休まないと駄目だな……。


 そんなわけで、フィルは少し壁に寄りかかって座り、休息をとってから再び出発した。

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