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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
23/34

いよいよ本題

 そこには、次のような物語が書かれていた。




 ~~~~~~~


 昔むかし、あるところに、大きな湖があり、そこに竜が住んでいた。


 人々は、水を得たり魚を捕ったりするために湖に近づくことはあっても、竜と関わろうとすることはなかった。人間の何十倍も大きく、姿かたちが違う竜は、恐れられることはあっても、親しまれることはなかったのだ。

 竜は、長い間ずっと一人ぽっちで暮らしていた。数百年生きていたが、これまで彼と関わろうとした人間はおらず、このまま一人死んでいくものと、そう思っていた。


 ところがある日、一人の少女が湖にやってきた。

 彼女は、ためらいもなく、竜に話しかけた。


「こんにちは。今日もいい天気ね」


 竜はおどろいて、思わず聞き返してしまった。


「お前、わたしが怖くはないのか」と。


 少女は、それを聞いてころころと、きれいな笑い声を響かせた。


「怖くないわ。だって、あなたが優しいことを、私知っているもの」


 それから、少女は毎日谷を通りぬけ、竜に会いに来るようになった。

 竜は、数百年の中で初めて、心の安らぐ相手を見つけた。少女も相手が人間でないことなど気にせず、やってきては他愛もないおしゃべりをして、竜を喜ばせた。

 しかし、少女が住んでいる村の大人たちは、このことを良く思わなかった。少女は、村の中では変わった娘だと思われていたので、大人たちはなんとかして、これ以上少女が変なことを村に持ち込まないようにしたかった。


 しばらくして、少女がぱったりと姿を見せなくなった。

 竜はしんぼうづよく待ち続けたが、待てど暮らせど少女はやってこない。

 ついにしびれをきらして、竜は初めて湖を出て、谷の外に飛びたった。


 谷の外の村に飛んでくると、村の住人たちは悲鳴をあげて逃げ出した。しかし、一つの小屋の戸が開いて、そこから少女が転げるようにかけだしてきた。

 少女は、もう二度と湖へ行くことのないように、小屋に閉じ込められていたのだった。

 少女は、竜を見つけると、空に向かって手をのばした。

 村人たちが止めるのもかまわず、少女は地面に下りてきた竜の首につかまると、二人一緒に湖の方へと飛び去った。

 その後、少女と竜を見た者は、誰もいないという。


 ~~~~~~~




 フィルは物語を読み終えて、小さく息をついた。

 よくありそうな物語だ。

 まあ実際これとよく似た話を引っ張り出し、そこからこの地方にターゲットを絞ったのだから、覚えがあっても当然だった。


「これは、この地方にある一番古い話だといわれている。そこから、いくつかの作り物が発展していったらしい」


 ギルバートが、話を読み終わった四人に、そうつけ加えた。


(竜と少女、か……)


 なぜこの話で、この地方を旅の目標の一つに設定したか。

 それは何といっても、話に竜が出てきていたからだ。


 竜はおとぎ話や作り物にしか出てこない。実際に、今フィルたちがいるアマネセルにはいない、とされている。

 竜という生物が人間に確認された例というのは、ほとんどないらしい。逆に言えば、片手で数えるくらいにはあったという話だそうだが、実際のところは本当かどうかさっぱりわからない。

 もしいるとしたら、今となっては――契約者になってしまった今となっては実感しやすくなったところだが、今彼らが立っている場所ではなく、精霊たちが普段住んでいる世界にしかいないんだとか。

 いわゆる幻想種というものに分類される生物なのだ。その姿を見たという話なら、十中八九魔法が関係しているといっても過言ではない。


 とまあそういうわけで。

 話が本当かどうかは別として、そういう類の話が残っているなら魔法がらみの可能性が十分考えられた、というわけだ。

 四人はそういう土地を探して旅をしているので、こういう話はどうしても外して通るわけにはいかない。

 間違っていたらその時はその時だ。また次を探すだけ。


 ……効率悪そうだ、なんて頼むから言わないでほしい。その通りだが、これしか手がかりがないからそうしているだけである。ぶっちゃけ、他の方法があったら四人とも迷わずそっちをとる。


「この話に出てくる湖の場所は、どのあたりなんですか?」


 何気ないふうをよそおって、エリザがたずねた。

 ギルバートが、お茶のカップをテーブルに置いて、口を開く。


「この近くに、リーシュ湖という湖があるんだ。そこが元だといわれている」


 その名前に、フィルの耳がピクリと動く。

 四人が目指していた湖の名前だ。


「そこって、どうやったら行けるんですかね」


 レオンがずばり、と聞きたいことを口に出した。

 それが一番肝心だった。

 話は読むことができた。ならば、あとは本題の、目的地までの道のりだ。


 だが、レオンの言葉を聞いたギルバートの顔が、やや険しくなる。


「行きたいのか?」


 その口調と声の低さに、四人ともおどろいた。


「あそこは、誰も入れない。数年前から急に、湖とその一帯に霧がたちこめるようになって、今では支流が流れている谷に入る道も見つけられなくなった。地元の住民さえ入れないのに、ただの旅人である君たちが入れると思うか?」


 続いたギルバートの言葉に、フィルははっとした。


 谷に今までなかった霧がたちこめだした。

 人を寄せ付けない霧。

 今まで見られなかった、怪異現象。

 ……怪しい。魔法が絡んでいそうな気配がプンプンする。

 もしかすると、その湖が本当に目的地の一つなのかもしれない。


 そこまで聞いてしまえば、行ってみるしかない。


「……それでも、行かなきゃいけないんです」

「何故? 行方不明者も出ているんだぞ」


 フィルの静かな言葉に、ギルバートが顔をゆがめた。


(行方不明者出てるんかい……!)


 その言葉に少しびびったことは否定しない。

 だけど、やっぱり行かないと。

 

「やらなきゃいけないことがあるんです」


 フィルの返答に、しばらくの間ギルバートは沈黙していたが、やがてため息をついた。


「どうあっても行くのか」

「はい」

「死ぬ可能性も考慮に入れて、それでも行くか?」

「……。はい」


 死ぬ、という言葉に少し間は空いたが、四人はいっせいにうなずいた。

 その様子を見て、ギルバートがまた大きくため息をつきながら、眉間のあたりをグイグイともみほぐした。

 なんだか、がっくりとしてひどく疲れたように見える。

 これは、絶対自分たちのせいだろう。ごめんなさい。


「……谷の手前には、人が近づかないように騎士をおいてある。それはどうするつもりだ」

「見張りの方がいらっしゃるんですか。それなら、お願いして通してもらうとか……」

「いや絶対無理だからそれ」


 エリザの発言に、フィルはついつい突っ込んだ。

 ……最近、やたら突っ込む機会が多い気がするが、気のせいではないと思う。多分。

 まあそれはおいといて、普通そういうところは、その人の上司、この場合は、今自分たちの目の前にいる人の許可をもらわないと通してもらうどころか追い返されるだろ……。

 押し通そうものなら、強制的にたたき返されることはほぼ間違いない。


 四人の視線が自然とギルバートに集まる。

 ギルバートはしばらく四人の視線をさけようとしてか、目を合わせようとしなかったが、しばらくして諦めたのか、はあ、と体中の息を吐き切ったというくらい大きなため息をついた。


「……俺から君たちに、水源の調査依頼ということで、湖に向かう許可をだそう」

「……! ありがとうございます!」

「おい、いいのかよ!?」


 肘鉄をくらって、今までずっと沈黙してきたレインが、その言葉に驚きの声を上げた。

 だが、何やら鋭いギルバートの眼に出会って、うっと口ごもる。


「どのみち調査はしないといけなかったんだ、やってもらえるならそれに越したことはない。これまで俺たちにできなかったことでも、彼らならまた違う可能性もある。それに第一、俺にはこの四人を止めようがないだろう。彼らは旅人だからな、俺の言葉で縛ることはできない」


 ギルバートの言葉に、レインは何か言いたそうだったが、そのまま引き下がった。

 リリアンヌが丸い目をさらにまん丸く見開いて、四人にたずねる。


「本気……なんですか?」


 その言葉に、四人ともハッキリとうなずいてみせた。


「そんなあ、だって……」


 リリアンヌが何かを言おうとしたが、ギルバートがそれを手で止めた。

 そうしておいて、あらためて四人に向き直る。


「……許可は、出す。けれど、俺からできるのはそこまでだ。君たちの身の安全は、君たち自身でなんとかしてもらうほかにない。そこまでは、俺も保証してやれない。それでもいいか」

「十分です。ありがとうございます」


 四人はうなずいて、いっせいに頭を下げたのだった。




 リーシュ湖に向かう許可を領主直々にもらった翌日。


「いろいろとありがとうございました。一晩泊めていただいただけじゃなくて、食糧までいただいちゃって」


 扉を出たところで四人が頭を下げると、ギルバートが笑顔で首を振った。


「いや、気にすることはない。代金ももらっているしな」

「だって、ただでもらうわけにはいかないじゃないですか」


 その言葉に、ギルバートがはは、と照れくさそうに笑う。

 館を立つ前に、食糧の補給の話を持ち出すと、ギルバートが特別に分けてくれると言い出したのだ。だが、それはいくらなんでもまずいと思った四人は結局、昨日もらったお金から食糧に相当する金額を払っていた。

 だって、治めている村が大変な時だ。そんな時にただでさえ貴重な食糧をもらうなんてこと、できっこないでしょう!?

 実際、リリアンヌの目がかなり怖かった。後で苦労しないように祈ります。


「いやあ、君たちがまっとうな人間で助かったよ」

「それはこっちのセリフですよ」


 レオンが思わず苦笑しながら言い返し、にやりと笑った。

 レインがにやりと笑い、「わかってるじゃねえか」といわんばかりにレオンの背中を軽く叩く。


「それじゃあ、これで」


 四人は一晩世話になった館に背を向けて、歩き出した。


「気をつけてな」


 手を振って見送ってくれている館の人たちも、歩いているうちやがて見えなくなった。


 目指すは、リーシュ湖。人を寄せつけない霧の海。

 きっとそこに、探していたものがある。


 四人は、期待で胸をふくらませ、谷へ向かっていった。






 四人の少年たちが館から見えなくなったのを確認して、ギルバートが小さくため息をついた。


「……レイン、昨日の話どおり、頼む」

「あいよ。でも、いいのか? あいつらには、何も言ってねえのによ」


 レインがその顔をしかめながら、ギルバートの方を振り返る。その手には、いつの間に持ってきたのか、剣が握られている。


「彼らは同行を許してくれそうになかったからな……仕方ないさ。くれぐれも気づかれないように、気をつけてな」

「りょーかい」


 レインはうなずくやいなや、少年たちのあとを追ってぱっと駆け出し、その後ろ姿はすぐに見えなくなった。

 あとには、館の入口にたたずむ領主とメイドの少女が取り残された。


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