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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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報酬と探り合い

「すっかり遅くなったけれど、報酬の話に入らせてもらおう」


 場所を書斎に戻して、改まった口調でギルバートが切り出した。


 四人は椅子を二つつなげてもらい、一列に座っている。ギルバートの後ろにはレインが立ち、黙って様子を見守っている。アイザックは、騎士団の仕事があるとかで、館に入る前に戻っていった。

 先ほど姿を見せたメイドの少女が赤褐色の液体が入った湯気の立つカップをギルバートと四人の間のテーブルに置き、一礼して部屋を出ていった。


 ギルバートの言葉に四人はうなずき、同意を示す。


「君たちがもってきてくれたシュリ草。これは通常なら銀貨十枚は下らない値がつくんだが、ここ数年の不作で値段も数倍に跳ね上がっている。手に入れるのも苦労したはずだ。まずは、そちらの言い値がいかほどになるか聞いておきたい」


 へえ、相場って銀貨十ま……。って、ちょっと待って!? 

 今、なんかとんでもない数字が出てきたぞ!?


「……へ……!?」


 なるべく顔にださないようにしよう、と決めていたのに、フィルはしょっぱなからつまずいてしまった。

 間の抜けた声を出してしまったことに気づき、あわてて口を閉じる。

 フィルだけでなく、他の三人も呆けた顔をしていた。




 ~~~~~~~~


 ここで、外から補足を一つ。

 エストレリアでは普通、銀貨一枚あれば人ひとりが一か月余裕で暮らせる。

 主食のパンでカウントすると、銅貨一枚あれば一番安いパンが五個は買える。よっぽど裕福でもない限りは一日二食になるので、一日銅貨一枚あれば最低限の暮らしができる計算だ。

 銀貨一枚は、銅貨百枚になる。それが十枚。

 とんでもない大金だといやでもわかってもらえるだろう。


 なぜこんな値段がついているのかというと。

 シュリ草というのは、一言でいうと少しの量でほとんどの病に効く薬草である。だから普段は使われず、もう打つ手がないというときになってから飲ませる、最後の手段として使われる薬だ。

 当然相場は目玉が飛び出るほど高くなるのだった。


 ~~~~~~~~



 貴重らしい、ということは知っていたのだけれど、まさかそんなとんでもない値段がついているなんてことは知らなかった。

 ええ……それだけあったら何でもできるじゃないか。ていうかそんな大金、悪いことでもしない限り一度に手元に流れ込んでこないでしょ……。

 それだけのお金を動かせるって、貴族ってやっぱりすごいんだなあ……。

 呆然状態である。


「……どうしたんだ?」


 そんな彼らの様子に疑問を持ったらしいギルバートが、フィルにたずねる。


「あ、いえ。何でもないです」


 銀貨十枚って、ぼくたちがもってきたお金の何倍あるんだろう……。

 そう思いながら、フィルは少し考えた。

 お金がもらえるのは正直いってありがたい。この先狩りができる場所はなくなっていくだろうし、だとするとお金で解決しなければならなくなるからだ。

 でも、大金をもらいすぎても困る。自分でいうのもあれだけど、こんな身なりの若者がそんな大金を持ち歩くなんて、絶対におかしい。よけいな面倒になりそうだ。


 なら、面倒にならない程度にもらえばいいか。どのみちお金は必要になるんだし、くれるというのなら相手の機嫌を悪くしない程度もらえばいい。


「……少し話し合っても?」

「どうぞ」


 フィルの申し出に、あっさりとギルバートが首を縦に振る。

 少しかたい長椅子の上で顔を合わせた三人に、フィルは自分の考えを伝えた。もちろん、話をするときは小声だ。


「……いいんじゃないか。それで」


 レオンが顔をしかめながら面倒くさそうにうなずく。


「俺には、金のことはよくわからん」

「私たちもそれでいいと思うわ。もらいすぎるとなんか居心地が悪いし、それに今の様子じゃ、多分領主さんも、あまり手元からお金を出したくないと思うし」


 エリザがなるべく聞こえないように、ひそひそと言う。

 たしかに、ここ数年不作なら、領主もあまりもうけがないのかもしれない。詳しいところは知らないけれど、なら大金をもらうのは余計に気が引ける。


「ですけど、頂けるものは頂いてしまってもよいのでは? ご厚意を無下にするのも考え物です」


 ヘレナが少しだけ顔をしかめた。

 それも確かにある。向こうに遠慮してもしょうがない場面もあるとは思う。普通なら、相場にさらに手間賃上乗せとかしてもおかしくないだろうし。


「うん。だから、向こうが気を悪くしない程度にもらおう。もしどうしてもくれるっていうならもらえばいいし、少なく済めばあっちも助かるだろうし」

「先方にとっては有難迷惑な話かもしれませんわ……」


 ヘレナがぼそり、とつぶやいた言葉には、少しだけ冷や汗が流れた。

 内心なんてわかるわけがないし、そうならないことを祈ろう。


 フィルは小さくうなずいて、話し合いが終わるのを待っていた領主の正面に向き直った。


「……それじゃ、銀貨六枚でお願いします」

「「……何だって?」」


 これには、領主側もおどろいたらしい。ギルバートとレインが異口同音に聞き返してきた。

 まあ当然だろう。普通こういうときは、まず売る方がふっかけ、買う方がそれを値切っていくのが常識だ。それが、売る側からいきなり値を大幅に引き下げたのだから、面食らっても無理はない。

 ギルバートが、本気で驚いた顔をしているのが、なんだか妙に面白かった。

 この人、物静かであまり感情を顔に出さないなと思ってたんだけど、素直に目を丸くして驚いた顔もするんだな。


「それはもちろん構わないが、差し支えなければわけを聞かせてもらえないかな」


 それでもギルバートはすぐにもとの落ち着いた表情に戻り、そうたずねてくる。

 フィルは小さく息を吐きだして口を開く。

 この理屈で、なんとかなればいいけれど。


「ぼくたちは商人じゃありません。正式に売りに来たならともかく、あなたの許可もとらずに、村の人にものを渡したのがまずかった。相場のお金を受け取る資格は、ぼくたちにはありませんよ」

「……成程」


 ギルバートはわずかに微笑みながら、フィルの話を聞いている。

 内心で何を考えているのか、さっぱり読み取れない。まあ、ぼくなんぞに読み取られてしまうようじゃ、いろいろとまずいだろう。


「大金をいただいても、ぼくたちが納得できませんし。まず、ぼくたちにはそんな大金の使いどころがない。それならあなたがもっている方がいいです。あなたなら、ぼくたちよりもっといいお金の使い道をご存知でしょうから」


 フィルは口を閉じ、ギルバートがどう出てくるか、じっと待った。

 目の前のギルバートは、しばらく表情を崩さずに四人の方を見つめて、何かを考えている様子だったのだが。


 少しして、小さく笑い声を上げたのだった。


「な、なんですか?」


 フィルは顔をぎゅっとしかめた。

 ぼく、何か変なことを言ったかな?


「いや、失礼。そういうことならば、了承した」


 笑いをおさめたギルバートが、微笑んで大きくうなずく。


「実のところ、そうしてもらえるとこちらとしても助かる。大いにありがたい」


 どうやらなんとかなったらしい。

 フィルはほっとした。


「なら、それでお願いします。できれば、一枚は銀貨じゃなくて、くずしてもらえるとありがたいんですが」

「わかった。一枚分は銅貨に変えておこう」


 そう言ってから、ギルバートがフィルに向かって、すっと右手をさしだした。

 交渉成立、という合図だ。

 フィルも立ち上がり、同じように右手をさしだすと、ギルバートの手がしっかりとフィルの手を握った。


 ――手が、硬い。


 この手は、レオンの父親みたく、剣を握っている手だ。手のひらに硬い剣だこが盛り上がっている。

 この人、見た感じは少し細く見えるけど、けっこう鍛えてるらしい。


 注意しておこうかな、と思いながらフィルは再び長椅子に腰かけた。


「……お茶が冷めてしまったな。新しく持ってきてもらおう」


 ギルバートが卓上のカップを持ってから、わずかに苦笑して言った。


「いえ、お構いなく」


 フィルはにこりと笑いながら言って、同じようにカップを持ち上げたのだが。


(これ、お茶だったんだ……)


 中身の赤褐色の液体が、お茶だとは思っていなかった。

 これまで見てきたお茶というのは、決まって緑色だった。こんな色、初めて見たぞ。

 一体、どんな味なんだろう……?

 じっくり眺めてから、おそるおそる、カップに口をつけてみた。


「……」


 一口含んで、その味の鮮烈さにおどろいた。

 苦味は飲みなれたお茶より強いけれど、香りが突き抜けてきて鼻を心地よくくすぐっていく。苦味のなかにある甘みも、わずかだけれどその存在感をしっかりと主張していて。


「おいしい……」


 ほう、と息をついたフィルを見て、レオンがやれやれ、と首を振って笑った。


「もしかして、紅茶は初めてかな」

「これ、こうちゃ、っていうんですか。おいしいです、すごく」


 カップを片手に微笑んだギルバートに、フィルは笑顔で素直に感想を言った。

 一体、どんな顔に見えたのだろうか。


「リリアンヌに、お礼を言っとかないとな」


 ギルバートが嬉しそうに、小さな声でつぶやいたのは誰にも聞こえなかった。


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