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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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騎士団の鉄壁

 それから、約一時間後。


(……これはちょっとヤバい……っ!?)


 フィルたち四人は、逃げるに逃げられないことになってしまっていた。

 背筋を冷たい汗が伝い落ちていく。


「で、どうなんだ? 来るのか、来ねえのか?」


 大剣を肩に担いだ大柄な騎士が、口元の髭と一緒に口角をつり上げる。


「……いいぜ、やってやらあ」


 フィルの数歩手前に出てきたレオンが、抜き身の剣を片手に、こちらも口角をつり上げて吐き出すように笑って見せた。


「二人とも、怪我はしないでね!」

「気をつけてください!」


 エリザとヘレナの二人は、少し離れたところに立っている。

 その傍には、先ほど書斎で一緒にしていた人たちもいた。


「それじゃ、いつでもかかってこい」


 フィルたち男子二人の前、騎士が大剣を肩からおろし、どっしりとした構えを取った。






 話は、一時間前にまでさかのぼる。


 領主サマへの対応というか接し方については、レインのおかげでだいぶ第一印象をぶち壊された。とりあえず、型にはめすぎるのはよくないってことがよくわかったよ。


 領主あらためギルバートにせがまれて、四人は偽名を名乗ったうえで、あの村(カシェン村という名前だっていうことはこのときわかった)を訪れた理由と、村を助けることになった経緯を説明した。

 そこまではよかった。

 だけど、村を訪れることになった話をする途中で、ちょっとした問題があった。


 あの山犬騒動だ。

 

「それは本当なのか!?」


 カシェン村に至る道中、山犬の群れに襲われなんとか撃退した話をしたところで、ギルバートとレインが二人して体をのりだした。

 あまりにも顔が真剣だったので、四人とも驚いて思わず座った椅子の上で体を引いたくらいだ。


「は、はい。本当です」

「証拠とか、あるか?」

「ええ、これが……」


 ヘレナが荷物の中から取り出した包みを、レインがひったくる勢いで受け取り、包みを開く。

 そこには、四人が倒した犬たちから回収した牙が、倒した頭数分だけ入っている。


「ていうと、こんなに倒したのか……?」

「これは……レイン」

「おう」


 ギルバートが声をかけると、レインがうなずいてすぐに部屋を出ていく。それまであんなにおちゃらけていた態度は、ひとかけらも残っていない。


「ええと……一体、どんな状況なの、これ?」


 ほのぼのから一転し、急に緊張感が漂った室内の空気についていけなかったのか、エリザがどんな顔をしたらいいのかわからない、といった顔で首をかしげた。

 その言葉で、ギルバートが我に返り、苦笑する。


「ああ、すまない。少し前、一週間ほど前からかな、ひどく凶暴な野犬の群れが現れて領民の暮らしを脅かしていたんだ。それで、騎士団を動かして警戒に当たらせていたんだが……」

「どうも俺たちが出くわしたのは、そいつららしい、と」

「そういうことだ」

「その、村の人たちは大丈夫だったんですか?」

「ああ、幸いなことに怪我人は出ていない」

「よかった……」


 ってことは、目撃情報だけで危ないと判断して、すぐに騎士団を出動させたってことだ。


 エストレリアでは、各地に騎士団が置かれている。一番名が高いのはもちろん王都にいる近衛騎士団だけど、地方を守っている騎士団だって引けを取らない。なんせ、戦争にでもならないかぎり、その地の警戒を担当するのはその地にいる騎士団の役目だ。自分たちがこの土地を守っているんだ、という自負がある。

 そして、彼ら騎士団を束ねるのはその地の領主。

 今、フィルの目の前にいるギルバートも、騎士団を預かっている立場だ。

 

 てことは、待てよ。

 頭の中で、何やら警鐘が鳴る。

 そこで、あのレインって人を外に出した。あの人、何しに行ったんだ? もしかして、誰か騎士団の人を呼びに行ったとか……?


 そのタイミングで、部屋の扉が、ひどく重々しい音でノックされた。


「失礼します」


 入ってきた人を見て、フィルは軽く固まった。

 喉が自分の意識とは裏腹に、ひくっという変な音をたてた。


 髪に少し白いものが混じり始めているけど、がっしりとした体つきの男の人だ。まさに、頑健そのものっていう感じがする。口元と顎には、灰色の髭。その眼は鋭い光を宿していて、ただものじゃないということを伝えてくる。

 殺気も感じられないのに、その男が相当強いことがガンガン伝わってきて、フィルは声一つ出せなかった。


 椅子に座ったままその場で金縛りにあっている四人を見て、不意にその男の表情がふっとゆるんだ。


「なんと、聞いた通り、まだ子供じゃねえか」


 にやり、というより、孫を見て目を細めるような笑顔を向けられて、ようやく体の緊張がとけた。

 いつもなら、坊主じゃない、と言い返すくらいのことはするんだけど、そんな気力も残っていない。


「忙しいところすまないな」

「なんの。若がお呼びとあらば、いつでも参りますよ」

「助かる」


 椅子から立ち上がったギルバートが、笑顔で四人の方へ向き直った。


「うちの騎士団の副長を務めている、アイザックだ」

「アイザック・ノーマンという。あんたらがカシェン村を救ってくれたと聞いた、まずは俺からも礼を言わせてくれ」

「ふぇっ!?」


 大の男にいきなり頭を下げられ、四人ともあたふたして立ち上がる。


「で、俺が何でここに来たかっていうとだな。お前さんたちが倒したっていう山犬の話がちと聞きたくってな、それで押しかけちまったというわけだ。どうだい、経緯を話しちゃくれないかね」


 そこから、詳しく説明をしていって……。


「成程、つまりお前さんたちは、旅をしながら各地に伝わる伝承を集めてる、で、その途中で、街道に入ってから山犬どもに出くわしたってところか」


 さらっと一言で話をまとめてみせたアイザックの確認に、四人はいっせいに首を縦に振った。


 この鋭い人たちに、どこまで信じてもらえるかはわからないけど。ていうか、この人あっさり要約しちゃったな……。すご。


「……この牙は本物だ、まず本当でしょうな」

「俺もそう思う。武器のない人々ならともかく、彼らは帯剣していたしな」


 ギルバートもうなずいて同意する。

 だが、そこでアイザックが、机の上に置かれた牙から目を上げてフィルたちを見据えた。


「だが、こいつらの実力はどうなんですかね」

「おい、アイザック?」

「今の話だけだと、確かにこいつらが倒したってのは本当でしょう。ですが、どうも納得がいかん。そこのツンツン髪の少年はいいとして、この四人全員がそこまで腕が立つんですかね」


 内心で、心臓が跳ね上がりそうになるのをぐっとこらえた。

 確かに、この人の見立ては正しい。レオンはともかく、フィル含め残りの三人は剣をまだそこまで上手くは使えない。

 魔法を使った、なんてことを言うわけにはいかないから、剣だけで倒したことにして話した。だけどこの人は、四人の実力がそこまでないとわかっている。そこを怪しまれたんだ……!


「若、ちっとこいつら確かめさせてくれ」

「た、確かめるってお前、何する気だ?」

「こいつらの剣の腕、どんだけ自力で戦えるかってことですよ」






 ――で、今に至る。


 四人の力を見たい、と言い出したアイザックの言葉にまさか反発するわけにもいかず、結局騎士団の訓練場の一角を借りて力試し、もとい一発勝負をすることになってしまった。


 いや、もうメチャクチャな! ってよっぽど叫びたかったけど、どうしようもない。

 剣はまだそこまでできないんだけど、やるっきゃないか……!

 そう思ったところで、レオンが、あ、と声を上げた。


「これ、剣じゃないとダメっすかね? ほかの、木の棒とか使ったりしたらダメですか?」

「ん? 棒術か? 剣に限らず、使えるもんは何でもいいぞ」

「ってことだそうだぜ、フィ……じゃねえや、シン」


 レオンがフィル、といつもの呼び方で言いかけて、舌を噛みそうな顔で訂正した。


「お前、弓使えよ。そっちの方がいいだろ」

「……なら」


 一度外に出させてもらい、待機していた騎士の人から弓矢と矢筒を借りた。

 前に使っていた弓は、時々修理しないとすぐ弦がゆるんでいたんだけど、これはすごくしっかりしている。握りも使い込まれているのか、すごくなめらかで手になじむ。

 弦を一度指でで弾いた。

 パシュッ。

 音が空を切り裂いて、しばらくして消える。

 うん、悪くない。


「お待たせしました」


 場内に戻ると、騎士団副団長のアイザックが、用意ができたとみてにやりと笑う。


「おう、お前、そっちの方がサマになるな」

「……そうですか」


 この人、よっぽど見慣れているんだな。 

 人が一番慣れている武器をすぐ見抜くあたり。


「それじゃ、改めていくか。少し離れたところから始めるとしよう」


 フィルに気遣ってくれたのか、アイザックがくるりと二人に背を向けて反対側へ歩き出した。

 敷地のギリギリまでいったんじゃ、というところで振り返り、担いでいた大剣を下ろす。


「それじゃ、こっちからいくぞ。お前らも好きに仕掛けてこい!」


 アイザックが、すごくビリビリと響いてくる声で怒鳴ってきた。


「じゃあ、いきますか」


 こうして、突発的な戦いが幕を開けた。


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