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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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因果応報?

「必要な薬草って、何なんですか?」


 エリザが、自分が行くと言わんばかりに目くばせをし、男にたずねた。

 男は村へ引き返そうとして、すでに背中を向けていたのだが、はきはきとした少女の声で再び四人の方へ体を向けた。一体全体なんでこいつらは首を突っ込んでくるのか、と言いたげな顔つきだったが、それでも無視することなく答える。


「フィバの葉と、コフの実だな。症状が軽ければこれで済むんだが、悪いやつはなあ……。シュリ草があればてっとり早いんだが、あれはうちでも栽培してねえし、まずこの凶作じゃあ手に入らねえからなあ」

「おじさん、さすがにくわしいな」

「あたぼうよ。これでも薬草作ってんだぞ、詳しくなきゃやってらんねえ」


 レオンの素直な褒め言葉に、男が苦笑のような笑いを見せた。笑ったところを見ると、目元がくしゃりとなって、何とも愛嬌のある顔になった。


(このおじさん、笑ったら怖くないなあ)


 フィルはそんなことを思ったが、それは後回し。


 今この男があげていった薬草、四人はなんと三つとも持っていた。

 道中で採集しておいてよかった、というだけじゃない。

 これはひょっとすると、本当に手助けができるかもしれない。薬草を渡すだけでも十分だ。あとは詳しい彼らが自分たちでやってくれるだろうから。


 だけど、少し気になることがある。

 シュリ草のことだ。

 シュリ草というのは、とても貴重な薬草だったはず。採集したときも、ほかは何十本もあったのに、シュリ草はたった一束分しか見つからなかった。この人たちの口ぶりからして、たぶんその認識は間違っていないはず。今ここで出したらどんな反応をされるか、予想できない。

 

 だけど、必要なら使ってもらった方がいいに決まっている。

 人の生き死にが関わっているのだ。そんなこと気にしてられるか。


「足りない束は、いくつくらいなんです?」

「ん? いくらあっても足りねえくらいだが、最低でも十はいるな。シュリ草だったら一束ありゃそれで済むが、まあハナからねえものと思ってるよ」


 男が、はははと力なく笑うが、途中でその笑みが凍りついた。


「……おい、まさか。お前ら」


 レオンが深呼吸して、思い切ったように顔を上げた。


「おじさん。俺たちがもってる薬草あげるって言ったら、使うか?」

「な……!?」


 男たちが目を丸くして見守る中で、レオンはヘレナに視線を向けた。ヘレナがうなずき、背にしょっていた背嚢を下ろし、そこから小さな油紙の包みをそっと取り出した。

 静まり返った中、やけに大きな音をたてて油紙が開かれると。


「おお……」


 男たちがいっせいに息をのんでいた。

 そこにあったのは、小さなつぼみをたくさんつけた薬草の小さな束一つ。


「シュリ草じゃねえか……! なんでこんなもんを!?」

「まあ、旅先で、ちょっとな」


 詰め寄らんばかりに問いただす男に、レオンが苦笑しながらごまかした。


「それで、問題は、そっちがどうするかなんだが……」


 レオンが男たちをぐるりと見渡して、そう問いかける。

 こんな若造からいきなりこんなことを言われて、はたしてのってくるだろうか。

 フィルは正直不安で仕方なかったのだが。


 男たちは迷わなかった。


「頼む。譲ってくれ。金は払う」


 男たちは顔を見合わせ、うなずきあっただけで即決して頭を下げたのだった。

 緊急時に、怪しかろうが何だろうが構っていられない。命あっての物種というやつだ。


 フィルはほっと胸をなでおろした。


「わかったよ。じゃ、これ」


 レオンがうなずき、ヘレナがそっと両手に持っていた薬草を男に渡す。男は、まるでこわれものを受け取るように、包みをおしいただいた。

 エリザが続けて背嚢をひっかきまわし、別の油紙の包みをいくつか取り出した。


「これの分のお代はいらないわ。あっちに比べたら微々たるもんでしょうし」

「お、おう。助かる」


 勢い包みを押し付けられる形になった別の男が、おっかなびっくり包みをいただき、うなずいた。


「お前ら、急げ! すぐに飲ませるんだ!」

「おう!」


 号令で男たちが包みを大事そうにかかげ持ち、急いで村の方へ駆け戻っていく。

 男たちがすっかり行ってしまってから、一人残った男が顔を小さくゆがめて笑った。


「世話になっちまったな。お前らはウチの村の恩人だ。礼を言う。……名乗ってもなかったな、カシェン村のジムだ」

「ジムのおじさんか。俺たちは……」


 名乗ろうとしたレオンが、不意に固まった。

 フィルも、顔には出さなかったが内心で叫んでいた。


(……偽名とか、考えてなかったー!)


 四人は一応素性を隠さなければいけないのだから、本名は名乗れない。

 旅の口実とかその他いろいろ考えておいて、肝心かなめの名前が抜けていた、なんてしょうもない。きっと何年もたってから、酒でも飲みながら「あの時はあんなことがあったなあ」なんて笑いの種になるんだろう。

 だけど今は笑っている場合じゃあない!!

 額にじっとりと冷や汗がにじむ。

 ヤバい、今すぐ何か適当なものをひねり出さないと……。


「……俺が、マーク」


 レオンが少ししてからそう言った。そうしてから、三人の方へちらりと必死そうな目を向けてくる。あとは自分でなんとかしてくれと、そういうことらしい。


「私はシェリー」

「……アイリスです」


 エリザ、ヘレナが続けて偽名を名乗る。心なしか、顔が引きつっているように見える。

 フィルは唇を湿らせてから、声が震えないように祈りつつ口を開いた。


「シン、といいます」


 自分でもてきとうだと思ったが、これしか思いつかなかった。


「ふむ。マーク、シェリー、アイリス、シンか。本当に助かった。改めて礼を言わせてくれ、ありがとうよ」


 ジムが、大きな体を丸め、深々と頭を下げる。


「そんな、やめてくれって! 俺たちはただできることをやっただけで」

「そうよ。私たち余所者なんだから、こんな村から丸見えのところで頭下げられたらおじさんが大変になっちゃうわよ」


 四人は慌ててそれを止めた。

 もともと情報やら食糧やらが手に入ったら、すぐ村を出るつもりだったのだ。こんなことになるとは想像していなかったし、これ以上の大ごとは避けたい。


「ぼくたち、あらかた片付いたらすぐに行きますから。気にしないでください」


 フィルはなるべく落ち着いた声で、ジムが顔を上げて「わかった」というのを待った。


 ところが。


 顔を上げたジムは、彼の予想に反してこんなことを言ったのだった。


「いや、少し待ってくれ。相応の礼ってものをせにゃならんからな。こうなっちまったらもう、俺たちだけの手にゃ負えねえ」

「へ?」


 いっせいに呆けた顔になった四人を見て、ジムが小さく笑う。


「村一個丸ごと救ったんだぞ? こんな不作の時にあんな薬草もらっちまって、俺たち村のモンじゃ、とてもじゃねえが金を払いきれねえんだよ」

「……どういうこと?」


 おそるおそる聞いた四人に、ジムがその答えを放り込んだ。


「今、ここの領主様にお伺いをたてに若いのが行ってる。多分だが、代金は領主様から直々に、ってことになるだろう。感謝されるはずだぜ、ウチの領主様はお優しい方だから」

「……ああーーー!!」


 四人とも雷が落ちたような顔になり、その場に立ち尽くした。


(うわあああ、しまったぁぁぁ)


 フィルは思わず空を仰ぐ。


 不作といわれている状況で村を救った、しかし村人から十分な礼ができない。

 となると、上の人間、この場合領主に知らせがいくのは当然だ。

 だが、四人からしてみれば、領主という公とつながりのある人物に顔を覚えられるのは大いにまずい。

 そして、領主から見れば、四人のような若者がそんな大きな問題を持ち込んだ、というのはとても奇妙に見えるに違いない。


 ずばり、面倒ごとに自分たちから飛び込んだ、そういう状況だ。

 まあ、そのことに考えが及んでいなかった四人が悪いのだけど。


(あんなに言われたのに、さっそくドジ踏んじゃったよ……)


 だが、こうなってしまってはもうしょうがない。

 済んだことは済んだこと。気にしても変わらないんだから、後悔するよりはこれからのことを考えた方がいいに決まっている。


「……わかりました。なら、その領主様の前へ出ても恥ずかしくないように、あいさつ考えておかなくちゃ」


 フィルが笑顔を作ってなるべく明るく言うと、ジムが「おう、そうしとけ」と笑ってうなずく。

 二人の会話を聞いて、あとの三人がようやっとショックから復帰した。


(これからどうするかだけ考えよう)


 フィルがささやくと、レオンが小さくうなずいて顔をわずかにゆがめた。


 そうこうしているうちに、カシャカシャという金属同士がぶつかる音がして、先ほどエルと呼ばれた若者が、一人の人物を伴って戻ってきた。


「こっちでさ、騎士さま」

「うむ、ご苦労」


 案内されてきた騎士は、二十歳そこそこくらいに見える若い男で、簡素な鎧に剣を帯びた格好だった。

 この国において、騎士は国防の主力、そして国の誉れだ。初めて間近で直接騎士というものを見たら、その装備やら雰囲気やらをじっくり拝んでおくべきなんだろう。

 けれど、フィルは緊張でそれどころではなかった。


「君たちが、例の四人か。領主様が是非会ってお礼を、とおっしゃっている。ついては、私と一緒に来てほしい」

「……領主様は俺らのことを気にかけて下すっていたってことで?」

「大層安堵なされていた。対策を講じていたが間に合うかわからなかったからな、そこで彼らの話が舞い込んだというわけだ。あとは万事計らうから安心してくれ、と言付かってきた」


 騎士の言葉に、ジムが涙ぐまんばかりの表情になって頭を下げる。

 そうしておいて、騎士が四人の方へくるりと向き直った。

 つい反射的にびくりと体を震わせてしまう四人。


「では、行くか」

「……あのう、私たち、領主様におしかりを受けるわけじゃないです、よね……」


 エリザがびくびくしながらそう言うと、騎士はしばらくきょとんとしていたが、すぐに声を上げて笑い出した。


「そんなことはない。むしろその逆だぞ。怖がることはない」

「でも、私たちよく考えたら、領主様になんの断りもなく交渉をしちゃったし……。本当ならお会いすること自体かなり失礼なんじゃないかと思うんですが」


 実は、交渉をしようと思ったら、普通はまずそこを治める領主に許可をもらわなければならない。これ、取引するときの常識なんだそうだ。

 フィルたちはものの見事にそれをすっ飛ばしているので、怒られこそすれ、礼を言われるようなことはないはずなのである。呼ばれたとして、その後が怖い。

 彼女が言外に、このまま立ち去りたいことを告げたが、騎士は首を振った。


「いや、何としても来てくれ。君たちから高価なものを譲り受け、それの対価を払うことなく帰したとなれば、オルシュタイン領領主の名折れだとおっしゃってな。こうまで言われてしまっては、こちらとしても是非来てもらわねば困る。駄目か?」


 その領主様、かなり真面目なのかそれとも頑固なのか、それともその両方かもしれないなあ、とフィルは思った。部下の人も大変だね……。


 そこまで言われてしまえば、四人ももう断れない。

 ここで断ったら今度こそ強制連行される。


「わかりました。失礼だとは思いますが、行きます」


 レオンが四人を代表して騎士に告げる。


「ありがたい。では、ついてきてくれ」


 騎士がほっとした顔つきになり、ジムに簡単な言葉をかけてから歩き出した。

 騎士のあとを、四人はバクバクする心臓を抑えながらついて行った。


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