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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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村の異変

 四人は村へと近づいて行った。もちろん魔法は全て解除してある。


 村の出入口にはかなり若い男が一人、ぽつりと立っていた。ぱっと見た限り四人よりも、彼らの中で一番背が高いレオンよりもさらに背が高い。ひょろっと痩せた男で、時々きょろきょろと落ち着きなくあたりを見回している。手には、粗末なつくりの棒が一本握られている。

 どうやら見張りらしいが、あまりに頼りなさそうだ。

 四人が近づいてくるのに気づくと、その眼がまん丸く見開かれた。


「と、止まれ! お前らにゃ、何者だ!」


(……は?)


 フィルは思わず盛大にふきだした。

 他の三人もふきだし、笑いを抑えられなかった。


(か、かんでる……!)


 問答無用で頼れなさそうポイント追加だな、こりゃ。


「わ、笑うなあ! 誰なんだよお前ら!」


 爆笑する四人を前にして、若者の方はすっかり赤くなってわめいていた。今にも飛びかかってきそうな剣幕だが、こっ恥ずかしいところを見せたせいで、どうにも動けないらしい。

 あらためて見ると、背が高いわりに言動からして随分と幼く見える。実際の年齢は彼らとそう違わないのかもしれない。

 笑いを収めたレオンが、若者に簡単に謝る仕草をした。


「すまん。あんまりにもおかしかったもんで」

「こいつ…っ。なんかあんのか、こら?」

「んん? なーんもねえよ? あんたが勝手に自爆しただけだろ?」

「てめ……!」

「冗談じょーだん。そうキレなさんな、まだ若いんだから」

「誰のせいだ、誰の!!」


 若者が吠えたところで、ヘレナがいい加減に退屈したとでも言いたげな顔つきで、「んんっ」といかにもわざとらしく喉を鳴らした。

 咳払いが間に突き刺さったことで、二人のやり取りは一時中断された。そちらを同時に見た二人に、氷の魔法がちりばめられたような絶対零度の冷ややかな視線が浴びせられ、真っ正面からもろにくらった二人が強制停止状態に陥る。


(……ヘレナこっわあ……)


 まるで錆びた金属が出しそうな、ギギギ、という音が聞こえるんじゃないかと錯覚するほどゆっくり、ノロノロと首を元に戻す二人。その様子を見たエリザが、変にこわばった顔でつぶやいた。

 そのつぶやきはかなり小さかったので、おそらくフィルにしか聞こえなかった、はずだ。


「…で、誰だ」


 咳払いをして、まだ仏頂面は崩していなかったが、若者が改めてたずねた。

 心なしか、さっきよりも態度がわずかに柔軟になっているように見える。


「俺たちはただの旅人さ。あっちこっちに残ってる古い話とかおとぎ話、伝説なんかを聞いて回ってる」


 それに対し、レオンがへら、と笑って返答してみせた。

 これが四人であらかじめ決めておいた旅の口実だった。精霊を見つけるための手掛かりとして伝承やら古い話やらを調べていく必要があるので、旅の目的として間違ってはいない。

 ――嘘というものは、一部真実が混じっているほうが本当らしく聞こえるものだ。とかなんとか、村の誰かが言っていた。にしてもこれ、誰が言っていたんだっけ? 忘れたけど、ありがたく使わせていただこう。


「古い話? そんなもん聞いてどうするってんだ?」


 若者がうさんくさそうな目を四人に向ける。


「本を書くんだよ」

「本? お前が?」

「いや、俺たちじゃなくて、俺たちの師匠がな。俺たちはその弟子、使いっ走りをやらされてるってわけさ」

「へえ……うん?」


 どうやら、若者はよくわからなかったらしい。首をかしげたまま固まってしまった。

 もしかすると、この村あんまり本との縁がないのか? だとするとわからないかもしれない。だが、フィルたちからしたらこの話で押し通すしかない。


 このまま、入口のところで止まっているのも面倒くさいなあ、と思ったが。

 村の出入口で話を続けている間に、外の様子がいつもと違うことに気づいたのだろうか。村の奥の方から、中年の男たちが数人集まってやってきた。


「どうした、エル」

「あ、オヤジ!」


 若者がぱっと顔をそちらへ向けて叫んだ。

 どうやら、やってきた男たちの先頭にいる男性が若者の父親らしい。が、その見た目は、若者とはあまりにも違いすぎた。


 短く刈り上げた頭。小さく、ぎょろりとした目つき。おまけに、縦も横もあるガチムチの体つき。

 ……かなり怖い。


 ひっ、と女子のものらしい声が聞こえてきたが、無理もない。

 フィル自身、自分の顔がかなり引きつっているのを自覚している。

 こんな状況、可能なら今すぐ引き返して逃げ出したい。


「……で、何なんだい、おめえらは?」


 やってきた男が、仁王立ちしながら四人をじっと見下ろしてきた。


 結局、レオンはさっき若者に話したことを男たちにもう一度初めから説明することになってしまった。その間男たちは、彼らを半円状に取り囲み彼らを見下ろす形で話を聞いている。


(……うわあ……。何これ怖い……)


 フィルは堂々と振る舞っているレオンを見習って、なんてことないように振る舞っていたが、自分たちより一回りは大きい男たちにじっと見つめられているので、内心びくびくしていた。

 例えるなら、猫ににらまれるネズミの気分だ。


(……レオンすごいよ、ぼくは心臓がもたない……。だから、頑張ってくれーーー!)


 フィルが一人男たちに堂々と向き合って対応しているレオンに向けて、内心で精一杯の声援を送っている間、その一方でレオンはというと。


(踏ん張れ……踏ん張りやがれ、俺ェ……!)


 実は、男たちに負けじと踏ん張っているレオンも、手のひらにじっとりと冷や汗をかいていたのだが、それは彼以外の誰も気づかなかった。




「……ふん」


 説明を聞き終わり、男が鼻を鳴らして、にらむような眼でレオンを見下ろした。


「で、なんでこの村に来た?」

「……言った通り、それらしい話がないか情報を集めてるんだよ。あと、これはできればなんだけど、日持ちする食糧があれば売ってほしいんだ。交換するもんなら持ってる」

「……ふん」


 また鼻を鳴らされた。

 この調子だと、この男がどこまで信じたのかあやしい。


「ウチの村にゃ、そんな大層な話なんぞねえ。余所者に分けてやれるだけの食糧もねえぞ。悪いが、今すぐ出てってくれ」


 取りつく島もない態度に、レオンがむっとした顔で口を開きかけた。

 いくらこの男が怖いといっても、邪険にされてそのまま黙っていられるほどレオンはいい性格をしていない。このままだと確実に相手につっかかる。


「……何があったんですか」


 フィルはすばやくレオンを制し、話に割って入った。


「余所者には関係ねえ話だ」


 いやさ、そこでバッサリ切られてちゃぼくたちだって困るんだよおじさん。


「たしかにぼくらは余所者ですけど、のんきに旅をしているわけじゃない。旅をする上で情報は命です。ここで何があったのかだけでも知っておかないと、ぼくらの安全が確認できない。それだけでも教えてください」


 男が顔をしかめたが、それでも口を開かないのを見て、フィルも眉根を寄せた。

 どうなるか知らないけど、ちょっとつっこんでみるか。


「じゃあ、せめて何の病気が流行ってるのか、それだけでも教えてくださいよ」


 フィルがつっけんどんに言った言葉に、初めて男の顔がこわばった。

 てきとうに言ってみたのだけれど、どうやら当たりだったらしい。


「お前、それを知って……」

「畑仕事にはちょうどいいお天気なのに、畑にはほとんど人がいない。村の中はざわついてる。何かよほどのことがあったとしか思えないでしょう。戦争で働き手を取られたわけでもないし、盗賊のうわさも聞かない。となると急病人がでたとかそんなところしかない。違います?」


 フィルはわざと相手のかんにさわるような言い方をしてみた。

 男は何も言わず、黙りこくっている。

 しばらく沈黙が続き、これはさすがにまずかったかとフィルが冷や汗をかき始めた頃、男が大きくため息をついた。


「詳しくは俺もわからん。だが今、村中それで大騒ぎだ」


 口を開いた男の顔は、急に何歳も老けたように見えた。


「初めは年寄やら子供やらがかかってたんだが、そのうち看病してやってた女どもまで倒れちまった。今は畑仕事どころじゃあねえんだよ」


 男が四人を改めて見下ろした。その目に今まではわからなかった別の感情が垣間見えて、四人は思わず顔を見合わせた。


「じゃあ、私たちを追い返そうとしたのって……」


 エリザがおそるおそるたずねると、男は顔をゆがめた。


「……下手に村に入ってお前らにまで倒れられたら寝覚めが悪ィだろうが。言わせにゃわからねえか、このガキンチョども」

「すみません!」


 思わず四人とも一斉に頭を下げていた。

 この人、見かけと違ってかなり優しい人物らしい。

 この見た目じゃなけりゃ、いい人だってもっとわかりやすいのに!

 人生いい人ほど損してるのか……。いや、人生哲学を持ち込むのはやめよう、余計ややこしい。


「見たところ、お前たち全員まだ成人したてだろうが。こんなとこで無駄に死ぬこたあねえ。早く行け」


 先ほど反射的に謝ったことで、余計に四人がまだ若いということが強調されたのだろうか。男が微妙に目を光らせながら四人に背を向け、手をひらひらと振った。


「あの、私たちに何かできることはありませんか」


 ヘレナが悲痛な顔で立ち去ろうとした男の背中に呼びかける。

 ここまで聞いてしまったら、何かせずにはいられない。

 フィルもヘレナと同じ思いがあった。レオンとエリザもきっと同じだろう。

 男がヘレナの方をちらりと振り返り、力なく首を振る。


「嬢ちゃん、いい子だから今すぐ引き返すこった。気持ちはありがてえが、治療しようにも十分な薬草がねえし、食いものも足りてねえ。治療できねえなら仕方ねえだろう」


 男の言葉に、フィルは引っかかるものを覚えた。


 昔村で習ったことが正しければ、この地方一帯は薬草の産地の一つだったはず。なんでも、北方の寒冷な気候といい水が薬草を栽培するのに最適らしい。

 それが、その薬草が足りないという。

 十分な食糧もないとなると、不作だったんだろうか。フィルは首をかしげた。


(……まあいいや。それよりも、足りない薬草って何なんだろう?)


 彼は、治療しようにも薬草がない、と言った。ひっくり返せばつまり、薬草があれば治療まではいかなくとも応急処置くらいはできるわけだ。 

 食べ物も足りていないという話を合わせて考えると、もし栄養が足りていればそこまで大事には至らない病気なのかもしれない。だとすれば、薬草があるだけでも随分助けになるはずだ。一番は滋養のあるものを食べることだが、ないものは仕方ないので考えから外す。


 四人は山の中やここまでの道中、薬草を少しずつ集めていた。村から頂戴してきたものも含めれば、大体の病気に対応できるだけの種類がある。四人がもっている量では焼け石に水だろうが、ないよりはマシなはず。必要なものがあれば、取引できるかもしれない。


 フィルは、他の三人の方をちらりと見た。

 全員同じことを考えていたのか、目が合うと小さくうなずいてくる。

 四人は改めて、男の方へ向き直った。


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