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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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最初の村

 山犬騒動から、二日が経過した。


 この二日で変わったことが、一つある。

 レオンが、村でやっていた訓練の手伝いの延長で、フィルたちの剣の練習に付き合ってくれることになったことだ。

 本人は「教えるなんて腕じゃないし、柄じゃない」なんて言っていたけれど、四人のなかで一番強いのはみんなわかっていたから、けっこう乗り気でやっている。

 誰だって、何もしないうちから死にたくはないよね。うん。


 でも、フィルには一つだけ、不満というかこの場での愚痴というか、まあとにかくそういう感情があった。それは。


(なんでぼくだけ強制参加の手加減抜きなの!?)

 

 申し訳ない、だけど女子相手には愚痴りたくないからここで言わせて、というか書かせてくれ……。

 ……って、おっと!!


「フィル、お前なにボーっとしてんだ! 死にてえのか!?」

「ごめん……っ!」


 レオンの持っている木刀が額近くをかすめ、ぎょっとしてフィルは後ろにとびすさった。

 ジャンプを繰り返して二メートルちかくも離れたところで、息を整えつつ改めて練習用の木刀を構える。


 方式はこうだ。

 とにかく打ち合って、相手から一本をとること。それを何回か繰り返す。

 寸止めというものは存在しない。

 ということで、下手に受けそこなうとあっという間に打ち身ができる。

 すでにフィルの体はあちこち傷だらけだ。


「お前相手には手加減なしっつったよな!? 殺す気で来いよ」


 レオンがすっ、と木刀を水平に持ち上げ、ピタリと止めた。

 ちょうど目の高さ。

 目には見えないが、気配ががらっと切り替わる。指の甘皮が少し触れただけでも、切れてしまいそうなはりつめた空気。心臓を一瞬で止めに来る、圧し潰されそうな圧迫感。

 ……これが、殺気というやつなんだろうか。


 フィルはすう、と息を吸いこみ、一気に吐き出して、身構えた。

 フィルはパワータイプではなく、どちらかというとスピード型だ。もとから足は速かったけど、力はそれほどない。単純に力比べをするとあっさり押し負けてしまう。

 だから、スピードで翻弄して攻めるように教わってきたし、レオンにもそう言われている。

 言われているんだけど……。


「……はあぁっ!!」


 気合を発し、踏み込んで一気に距離を詰め、木刀をふるう……!

 だが、


「だから、単調だっつうの」


 あっさりレオンにはじき返された。

 何合もしないうちに押し出されついでに膝蹴りまでくらい、地面に転がる。


「……っつー……」

「はい終了」


 地面から飛び起きたところで首筋にコン、と木刀が当てられ、フィルは再び地面にひっくり返った。


「……全然とれやしない……。ていうかさレオン、ぼくだけかなりキツくない? 少なくともエリザたちにはしつこく追撃かけないし、力加減だってしてるだろ?」

「アホか。女子と男子じゃどうしたって体つきとか力とか違うんだから、加減だって違うに決まってんだろうが。それに、お前まだまだ弱っちいからな、せめてもうちっとは強くなってくれねえと、こないだの二の舞だぜ?」

「……お前、こないだぼくが言ったこと、けっこう恨んでたりするわけ?」

「ついでに、狩りの分のうっぷん晴らしもな」

「いやそれはないだろ!?」


 鬼か、いや随分前の会話まで遡って対抗心持ってくるとかもうただのガキか!?


 とまあ、こんなことの繰り返し。

 結局この日も、新たに数か所の傷を作って終了となった。

 こればっかりは、何度も練習するしかないんだろうと、今は諦め半分、ヤケクソ半分といった感じだ。

 それでも、十合くらいはもつようになったのは、前進だろう。

 まだまだ弱いけどね!! 

 



 さて、話は街道を進む現在に戻る。

 今のところ四人は予定通り、あいかわらず街道を西へ向かっている。

 だけど、そろそろ街道からそれて北へ入ろうか、という頃合いになっていた。

 予定通りならばこの近くに、目的のリーシュ湖からそう遠くない村があるはずだ。


 リーシュ湖。村で目的地の見当をつけたときにあがった候補の一つ。古くからあるおとぎ話のうち一つが、この湖に関係があるそうなのだ。

 もしかすると、詳しい伝承やそのほかにも何か話を聞けるかもしれない。そんな話があれば、目指す湖が目的地である可能性が高くなる。少しでも話を聞いておきたい。


 さらに言えば、手持ちの食糧をどこかで補給しなければいけなかった。徒歩で旅をしている以上、どうしても食糧をこまめに補給する必要がある。村で売ってもらえればありがたい。

 なんせ、ここはもうエストレリア王国の中なわけで、街道沿いとなると、どこかの領地に組み入れられている可能性が高い、というか十中八九そうに決まっている。そういう場所で勝手に狩りをやってしまうと、トラブルにならないとは言い切れない。

 だから、最後に狩りをしたのは、街道を西に進みだす前、本当に国境に近い辺境の森の中だ。ぶっちゃけると、量的にも期限的にも、そろそろ手持ちの肉が危なかった。


「あ、あっちみたいだね」


 エリザが道を外れた方角を指さした。

 フィルもそちらを見た。たしかに、彼女が指さした方向に、明らかに雑に作られた小さな道がのびている。


「行こうか」

「うん」


 四人は街道から出て、見つけたばかりの小さな道へ入っていった。

 ほどなく、道の周囲や少し離れた場所に畑が広がっているのが見えてきた。遠くに柵がたてられ、集落がその向こう側にあるようだ。


「おおー、ちゃんとした村だ」


 誰からともなく、そんな感嘆が飛び出した。


(ちゃんとした村、ね)


 その言葉に、フィルは思わず笑ってしまう。

 だが、自分たちが生まれた村は間違いなく特殊な村だったから、反論とかそんなものは出てこない。普通の村がどんなものなのか、初めて見る分興味がある。

 そんなことを考えつつ、フィルたちは村へと近づいて行ったのだが。


 おかしい。何か変だ。


 フィルは首をひねりながら、たどり着いた村の周囲を見回した。


「……まだ昼にもなっていないのに、人が少なすぎませんか?」


 ヘレナがおそるおそる疑問を口にした。


 言われてから改めて見ると、その通りだった。太陽はまだ空のてっぺんまで昇りきっていない。この時間なら普通は働いている真っ最中のはずなのに、畑に出ている働き手がほとんどいないのだ。


「……村に人がいるっていうのは間違いなさそうなんだけど、おかしいね?」


 エリザが眉をひそめながら言う。


 村の方からは何やらざわめきが、風に乗ってかすかに聞こえてくる。時々その中に切羽詰まったような高い声が混じっているようだ。

 一体何が起こっているのか。

 厄介ごとなのは間違いなさそうだ。

 だけど、ここを通らなければ湖には行けない。


「……行ってみようか」


 結局四人ともそこで引き返さず、村の方へ向かってまた歩き出した。

 これが、後々エストレリア中を揺るがす大事件につながる、最初の分岐点だった。






 フィルたちは知らなかったのだが、この数年エストレリア各地では凶作が続き、薬草の出回りも需要に全く追い付いていない状況だった。薬草というものは気候の変化に敏感だから、なおさら深刻な打撃だった。

 薬草が採れない中で病人が大量発生し、その結果治療ができない状況に陥った、というのがこの村の現状だったのだ。

 カシェン村。エストレリア北方に位置する、小さな村の名前である。


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