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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
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遠い空

「今日はここまでにしておこうぜ」

「さんせー。おなかへっちゃった」


 日が暮れる頃、フィルたち四人は街道から外れて少し奥に入ったところにある空き地で休むことにした。


 あれから無事街道にたどり着き、そこから西へ向かって進んでしばらくしたところで、太陽がいよいよ地平線にさしかかってきた。

 あたりは背の高い草がなくなり、代わりに平べったい葉を何枚も広げた草が地面にへばりつくように生えている。見晴らしがよすぎるような気もするが、逆に何かに襲われるということもそうないだろう。


「じゃあ、さっさと準備しますかね」


 ぽつぽつと立っている木のうちの一本の根元に荷物を下ろし、フィルとレオンは木々の下を回って落ちている木の枝を集めていった。ついでに道中少しずつとっておいた長い草を合わせ、簡単な寝床をこしらえていく。


 その間にエリザとヘレナは火をおこし(火種は魔法で出した)、山にいる間に狩った食材を使ってテキパキと食事を作ってくれていた。


 今晩の寝床が完成し食事もできたところで、魔法で出した水で手を洗って夕食になる。


 今日の夕食はかたく焼きしめた小さなパンと、肉と野草の煮込みだった。肉は山でフィルとレオンが狩ったイノシシで、野草も四人で手分けして集めておいたものだ。

 彩りはあんまりないけど、それでも待ちに待った食事だ。旅を始めてから食事は朝と夕の二回になっていて、一日が終わる頃にはみんな腹ペコになっている。

 そんなわけで、この時間が待ち遠しくってしかたない。


「ん、やっぱりおいしい」

「あたしたちにかかればこんなもんよ!」


 フィルが口を動かしながらうなずくと、エリザがおおいばりで胸をはった。


「それもこれも、狩りをしてくれたフィルのおかげですけれどね」


 その横で、自分もスプーンを動かしつつときおり小型の鍋をかき混ぜていたヘレナが微笑んだ。


(ヘレナって、この姿がすごく様になってるなあ)


 ふとフィルはそんなことを思った。


 背中まで伸びた長い髪、落ち着いた服装。そばにある鍋を合わせると、なんだか家にいた頃を思い出して無性に安心するというか、もう完璧だった。


 つきり、と胸の奥がうずく。


「……どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない」


 ずっと見つめていたらしく、ヘレナが小さく首をかしげたので、フィルは急いで視線を皿に戻した。


「フィル、あんたまさかヘレナ見て鼻の下のばしたりしてないでしょうねー?」

「そんなことないから! レオンじゃあるまいし」

「おい、誰が鼻の下のばしてるって!?」

「あたっ!」


 ……おもいっきりどつかれた。しかも、腹。食事時なのに。

 痛い。

 

 幸い、煮込みが入った深皿は落とさずに済んだので、料理は無事だった。

 あぶないあぶない。

 腹をさすりながら、ほっと息を吐く。


「ていうかさ、お二人さん、俺も狩りに参加してたこと忘れてやしませんか?」


 レオンが勢いよくかき込んでいた皿から顔を上げ、女性陣に向かって口をとがらせたが、


「そう言うけど、大半はフィルがとってきてくれたじゃない」


 エリザにそう言い返されて、うっと言葉に詰まっていた。

 ちらりとフィルを見るレオンの視線が突き刺さってくる。


「なんで、こんな弱っちい奴の方が狩りできるんだよ……」


 何やらそんな言葉も聞こえてきたが、フィルは知らんぷり、全部受け流して煮込みを口に運び続けた。今は食事時なのだ。せっかくのごはん、味わわないともったいない。


 野外の食事だと、こうして落ち着いて温かいものなんて食べられないことが多い。その点、旅に出てからずっと食事を作ってくれている女子二人に、フィルは感謝しっぱなしだった。料理もバリエーションは望めないけれど、少しずつ味を変えてあって全く飽きない工夫がしてある。


 今日の食事なんて、野草の隠し味が下の上にピリリと残り、そのおかげでこってりした煮込みなのに全くくどくない。むしろ肉の旨味が強調されていて、いくらでも入る。

 北の夜は冷える。そんな中でも味付けはしっかり感じられるし、身体もあったまる。

 

 この二人、本当に料理うまいなあ、としんみり思いつつ、また一口。

 うん、おいしい。

 ほっこり。


「おいフィル、聞いてるか?」

「……なんだっけ」

「おい! もうこいつ普通に料理食ってほんわか和んでるそこらのガキだったよな今の!? ちくしょう、なんでこんな奴が……」

「狩りのこと? だってそりゃあぼくの方が慣れてるもの」


 事もなげに言って、またスプーンを口に持っていったフィル。そのにこにことした顔を見て、レオンががっくりと肩を落とした。


「俺の方が剣は使えるってのに……」

「そもそも普段やってたことが違うんだから、比べてもしょうがないでしょ」


 エリザがレオンに向かって苦笑する。


 ジーク村にいた頃、フィルは弓が使えたことから狩り担当だった。一方のレオンは、父親を手伝って剣を教える助手をしつつ、畑の手入れに精を出していた。

 経験が違うんだから、そりゃあ当然だ。勝って当然、負けるわけない。


「でも、普段のフィルって虫一匹殺せなさそうな顔してるだろ? こいつが狩りできるっていうこと自体が不思議なんだよな」

「たしかにフィルは生きものに優しいですよね。以前、怪我をした鳥が治るまで、家でお世話をしていたこともありましたし」


 ヘレナが昔のことを思い出したのか、口元を手で隠してくすりと笑う。そうしてから、空になって置かれていたレオンの皿に気付き、追加をよそおうと手をのばした。


 フィルはしばらく空中をにらんで記憶をひっくり返した。

 たしかに昔そんなことがあった。初めて森に入ったとき、帰る頃になって、地面に落ちてもがいている鳥のヒナを見つけたんだっけ。


「そうだったね」


 巣から落ちたようだったので、拾って帰り、怪我が治るまで面倒をみた。一週間ほどしてヒナを森に帰しに行ったとき、親鳥がフィルの方を先に見つけて、あやうく目をつつかれそうになったのには肝を冷やした。

 結局、その後巣立ちをしてから、その鳥は時々フィルの家に飛んでくるようになった。


「そんなに優しいんなら、余計にきつくない? 狩りのときかわいそう、とか思っちゃったりしない?」


 エリザもたずねてきたので、フィルは少し考えた。


「うーん、始めた頃は色々考えたけど、最近はあまり考えてなかったな」


 狩りを習うようになって最初は解体作業に吐いたりしたけれど、もう慣れた。


「ぼくらは他の命をもらわないと生きていけないし、だから生きるためには仕方ないって感じかな。まあ、狩り以外ではなるべく他の動物を傷つけないようにしてる」


 全ては、おいしいご飯を食べるため。


 その答えに、しばらくの間沈黙が下りた。


「……ぼく、何か変なこと言った?」


 フィルの問いかけに、三人がはっと我に返る。


 どうもここ一週間のフィルの食事の様子を見て、今の発言と合わせて何か思うところがあったらしい。何かはよく知らないけれど。


「あ、ううん何でもない。フィルってけっこう割りきってたんだと思って」

「え?」

「何でもない! それより、まだあるわよ。食べるでしょ?」

「もちろん食べるよ」


 朗らかに笑って差し出されたエリザの手に、フィルも笑って空になっていた皿を乗せた。




 その日の夜。


 三人が眠る間、フィルは小さくした焚き火が消えないように気を付けながら見張りをしていた。


 この数日間だけで、これまで見たことのないものばかり見てきた。初めての景色、初めて見た村の住人以外の人間、動植物。

 空気だって違う。森の中の方が冷たくて甘かった。こっちのは、乾いていて、サラサラしている。ところどころ、いがらっぽいものも混じっている。なんとなく、よそよそしい気もする。


(あいつ、今頃どうしてるのかな)


 ふと、あの鳥のことを思った。

 食事のときに思い出してから、意識の端に引っかかっている。


 体の色が黒かったのでネロと名前を付けた。怪我が治って森に帰っていった後も時々窓辺に飛んできて大きな声で鳴くから、そのたびにしょうがない奴だと笑いながら雑穀の粒を食べさせてやった。食べ終わると、決まってフィルに頭をなでてもらってから森に帰っていったそいつを、母さんはすごく気に入っていたけれど。


 ぼくがいなくなった今も、うちに飛んできているんだろうか。それとも、母さんだけになった今はもう来ていないんだろうか。


「はあ……」


 ため息をついて、空を見上げて。



 息をのんだ。



「うわ……」


 空には雲一つなく、満天の星が輝いていた。


 空気がからりと乾いているせいか、星々の光が目に痛いくらいはっきり見える。

 でも、山の上から見ていた星空よりずっと遠い。

 すいこまれそうなくらい澄み切っているのに、平地に寝転んでいる今はその奥の暗さが余計に際立って。


「……ほんとに、外にいるんだなあ」


 ふいに、ぽつりとそんな言葉がこぼれた。


 もう昔のあの頃には戻れない。

 そんな思いが胸を刺したが、フィルは首を振った。

 やれることをやって、なんとしてもやりとげるしかない。


 その後見張りの交代の時間まで、フィルは静かに夜の闇を見つめていた。


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