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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第二章 霧の海
12/34

初めての景色

 ~~~~~~~~


 エストレリア王国は、アマネセルの西側三分の一を占める大国だ。

 国の西と南は海に面していて、港には東側からの商品や海産物があふれかえる。国内では穀物の生産もさかんで、豊かな農地が多かった。


 それらを狙い、過去に何度も東側の他国が戦いをしかけてきたが、エストレリアはそれら全てを撃退している。王国に仕える近衛騎士団、地方を治める領主たちが率いる地方騎士団の混成軍は、その強さを西側一帯に知らしめている。


 だが、その騎士たちでさえ、よほどのことがない限り国境の山脈地帯には近づかない。山脈はただでさえ険しくて素人には登れないし、その山脈に入った旅人が行方不明になったとか数か月ぶりに戻ってきたら正気を失っていたとか、不気味なうわさがつきまとっているのだ。そのせいで、自分からすすんでその山脈に行こうとするもの好きはいない。


 加えて、隣国との国境にある峠を除き、山に入るなというお達しが王宮から下されていた。そのようなお達しなんぞなくても行く者はいないだろうが。


 そんなわけで、国境の山々に人が出入りすることは絶対にない。


 そういうことになっている。


 ~~~~~~~~






 山脈から続く、少し小さめの山のふもと。


 まばらになってきた木々の間から、フィルはそっと顔を出した。


 この最後の林を抜ければ、その先には平野が広がっている。

 少し行ったところに細いが一応道が作られていた。このあたりにも人の通りがあるのだろう。だが今は、人の姿は全く見えなかった。


「……なんとかなったか」


 フィルは大きくため息をついてその場にへたり込みたくなる気持ちをぐっと抑え、後ろを振り返って手をそっと振った。すぐに、後ろの林からエリザ、レオン、ヘレナの三人が出てくる。


「はあ、ようやく出られた……」

「一週間かかるとか……。ほんとにこの山キツかったんだね」


 レオンが苦笑しながら頭をかけば、エリザがあきれ顔で思いきり愚痴をこぼす。それでも見た目にはまだ元気があるふうに振る舞っている。


(みんな体力あるなあ……)


 今回は、普段から山歩きをこなしていたフィルでもさすがにきつかった。

 村を出てここまで到着するまでに、なんと一週間もかかってしまったのだ。


 最初の頃は、四人ともちょっとした遠足感覚だった。今後のことへの不安よりも、初めて山を出ることに興奮していたから。

 しかし、途中から手持ちの食糧があぶなくなり、山を下りながら食糧を確保するはめになった。進むスピードがおそくなり、おまけにいくら進んでも山は一向に終わる気配がない。

 五日目からは、無言でただひたすら足を動かすというつらい作業になっていた。


 ようやっと、としか言えない。


「山は無事に下りられたことですし、今日はもう休みませんか?」


 ヘレナが持っていた荷物を下ろして、そう提案した。


 たしかに、本音はもう一歩も動きたくない。今無理をして動いてもどこかで倒れそうな気がする。というか、ほぼ間違いなく倒れるんじゃないか。


 四人は互いの顔を見合わせて、やれやれといった顔になった。

 顔を上げたとたん、一週間の山下りで汚れて疲れ切った顔に出くわし、こりゃあ無理だ、と全員が思ったのだった。




 見張りをするのも忘れて全員が眠り込んでしまった、その翌日。


 体力、気力、その他もろもろ回復させた四人は、平野を北西へ向かって進んでいた。


「まず、エストリアの北へ行ってみよう」


 朝になり、旅の方針を改めて決めるときに、レオンがそう切り出した。


「俺たちが今いるのは、エストリアの東の端を少し北に寄ったところだ。小さいけど西に向かう道が通ってるから、ここを行けば北側に出られる」


 他の三人もすぐそれに賛成した。


 四人は、とりあえずエストレリア王国内に入ろうと、山をひたすら西に向かって下りてきていた。その結果、無事にエストレリア王国の北東にたどり着いていた。

 ここから一番近いのが、契約の地になる可能性が高い場所の一つ、北にあるリーシュ湖だったのだ。

 そこに行った後は、国内を南へ向かってぐるりと回っていくのがてっとり早い。


 そういうわけで、四人はひとまず北の街道に出るために細い道を歩いているというわけだった。


「んー、のどかなとこだねえ」


 エリザが歩きながら周囲を見回し、大きくのびをした。


 人の足でふみかためられたらしい細い道には、四人以外誰一人見当たらない。

 あたり一面は、背の高い草がはえた草原で、太陽が照っていてすごく気持ちがいい。風が草の表面をなでて、さらさらと音があとを追いかけていくのを聞いていると、今すぐに寝っ転がって昼寝でもしたくなる。そんな天気だった。


「いかにも田舎、っていうのかな」

「だとしても、こっちの方が俺たちの村よりいい暮らししてるんじゃないの?」


 フィルののんびりとしたつぶやきに、レオンが笑う。


「そうですね。畑がたくさんできそうですね」

「パンもいっぱい食べられるんだろうなあ。かさましなんてしなくていいんだろうなあ」


 ヘレナとエリザは食卓の内容の違いを気にしているらしい。

 その気持ちはフィルにも十分わかった。


(パンの心配をしなくていいっていうのはいいよなあ)


 山奥のちっぽけな村と、平地にある村で違うもの。

 いくつもあるが、やっぱりなんといっても、使える土地の広さだ。


 四人が住んでいたジーク村でも一応畑を作って、小麦やら野菜やらを育てていた。いたのだけど、なにぶん山奥の狭い盆地に村があるから、畑を広げることができず、自然と収穫できる量も限られる。主食のパンを作るための小麦も、当然足りない。仕方なく、木の実や草の実なんかをくだいて混ぜて、量を増やしていたのだ。


 交易もないとなると、山での狩りと採集が欠かせない。むしろ山に生活の大半を依存していると言ってもよかった。

 それに比べれば、耕せる土地がたくさんある平地の方が、とれる作物の量は断然多いに決まっている。


 毎日山をかけずりまわって食糧を集めるのに比べたら、よっぽど楽なんじゃないだろうか、とフィルは思う。


 とれる作物の量が増えれば、そこに住む人間も増えるし、村も大きくなる。


「村とか、あと町とか。人もたくさんいるんだろうね」

「そりゃあたくさんいるだろうさ。早く見てみたいぜ」


 四人とも、初めて見る平地の景色に興奮していた。


 見慣れてしまえばすぐに飽きるだろう、なにもないただの草原だ。それでも、これまで狭い平地と山と森しか見てこなかった少年少女たちにとっては、どこまでも続く草原は生まれて初めて見る、不思議な景色だったから、楽しくってしかたない。


 それでも、四人ともはしゃぎすぎて警戒を忘れたりはしていなかった。


「ん?」


 道なりに歩き始めて、太陽が西の空へ傾き始めたころだったろうか。


 四人は、そろそろエストレリアの北にのびる街道にさしかかる、というあたりまで来ていた。そろそろ今晩の寝床を探そうかというときになって、警戒の担当だったレオンが顔をしかめたのだ。

 何かを見つけたらしい。


「街道の西側から、なんかけっこうな速さでこっちに向かってきてるのがいるな。数は、……十ってところか」

「何なの?」


 エリザがぱっと腰の剣に手をのばしながら、こわばった顔で言う。


「……獣じゃなくて、人だな。この速さだと馬に乗ってる」

「ひとまず隠れて様子を見よう」


 フィルはそう提案するとすぐに、道のわきに生えている草をかき分けて草原の中に入っていった。こういう、気配を消すとか隠れるとかいったことは、フィルにとってはお手のもの。なんせ日ごろからやってきたことだから。


 腰近くの高さまで生えている草は、踏み倒したそばから起き上がろうと再び頭を持ち上げている。それを見て女子二人がためらわず続き、最後にレオンが入ってきてできるだけ折れた草をもとに戻す。


 四人が隠れてから数分もたたないうちに。

 地平線の向こうから、馬に乗り簡単に武装した兵士らしき人間が十人ほど現れた。

 騎馬の一団は四人が隠れているすぐそばを通ったが、四人に気付くことはなくそのまま街道を駆け抜けていった。


 一団の姿がすっかり見えなくなってから、四人は草の中からはいだした。


「今のって」

「多分この国の軍隊、ここじゃ騎士っていうんだったっけ、じゃないかな」

「きっとそうだろう。ここは国境に近い。東に砦があったはずだし、そこにつめてるんじゃねえの? 警備も厳しいだろうし」


 レオンのその言葉で、そういえばちょうど今いる街道の東に国境警備の砦があったということをフィルは思い出した。


 国境の山脈地帯には北方に一部大きな切れ目があって、エストレリアはそこの峠に砦を作って監視をおいているらしい。

 その砦をはさんで向こう側は、アマネセル中央に位置する大国の支配域だったはず。過去に何度か戦争になったとかで、今も警戒は続いているとかちらりと聞いたことがあった。


「いっつも見張りを置き続けなきゃならないなんて、大変よね。魔法使ったら楽なのに」

「いや、魔法が使えないから兵士を常駐させてるんでしょ」


 エリザがため息をついてそんなことを言うので、フィルは思わずつっこんだ。

 まさか忘れているわけじゃ……。

 いや、彼女なら、ありえるかも。


「そういえば、こちらでも探知の魔法使えましたね」


 ヘレナが思い出したように言って、ふわりと笑う。


 さっき騎士たちを見つけたとき、レオンは自分の目で直接その姿を見たわけではない。そんな距離だったならまず間違いなく四人とも見つかっている。

 自分たち以外の生物を見つけるために、ある程度の範囲を指定して探知する魔法を使っていたのだ。


「そうだな。山下りてからずっと野生の動物も何も引っかかんなかったから、ちょっと心配してたんだけどな」


 レオンがうなずき、目を閉じてしばらくの間じっとしていたが、少しして「よし」と言って目を開けた。


「大丈夫?」

「ああ。かけなおした」


 ちなみに、先ほど兵士たちを感知した時点で、レオンは魔法を一度打ち切っていた。魔法を使うところを他の人間に見られるのは、非常にまずかったからだ。


(教わった時も、人に見られるなってしつこく言われたんだよなあ……)


「じゃ行くか」


 その声で、四人は再び歩き出した。



 ~~~~~~~~



 この世界には、魔法が実在する。だがそれを使える人間はとても少ない。

 四人の少年少女は実際のところを知らないが、その数はいても数千人に一人といったところである。


 そして、魔法が使える人間の中でも、格差は確かに存在した。


 魔法を使うには、本人の素質と保有する魔力(オド)が必要になる。

 誰でもわずかながらの魔力は持っているから、素質を持っていることは絶対条件だ。だが、その素質に恵まれるか、そうでないか。そこでまず差が出る。

 

 さらに素質だけでなく、保有する魔力量でも事情が変わってくる。一般的に魔力が多いほど使える魔法も多彩になるし、規模も大きくなる。したがって、数多くの魔法を使いこなせる魔導士として認められるのはほんの一握りだけだった。

 そういう者は、国家に抱え込まれ、丁重に扱われ、そして国家の戦力として非常に重宝される。

 

 そこまで説明させていただいたところで、改めて四人を見てみると。


 四人とも、ある程度の()()()()()()習得していた。

 攻撃魔法は、分類するならそれこそ上級クラスの魔法に入る。そんなものを人の目に入るところで使おうものなら、たちまち国の上の方へご注進、なんてことになってしまう。


 ――村の大人たちが外で魔法を使うなと言った意味が、よくよくわかるというものだった。

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