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アマネセル紀行録  作者: 氷室零
第一章 事の起こり
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注意事項とむかっ腹

 とりあえず目的地が決まり、ほっとしたところで奥の部屋の戸が開いた。


「……終わったのかい?」

 ノルンが首をひょっこりとのぞかせて、部屋の中をのぞいてきた。

 四人がうなずくのを見ると、ノルンは満足そうにうなずいた。


「そうかい。それは上々。これを作ってたんだよ、持っていきな」


 言うなり、彼女は何やら巻紙を投げてよこしてきた。レオンが慌てて受け取り、広げると、そこには簡単な地図の写しが書かれていた。

 何をしていたのかと思ったら、こんなものを作ってくれていたらしい。


「これはありがたいや。遠慮なくもらってくよ」

「それと、あんたたちに言ってなかったことがあってね」


(え、まだあったの!? さっき、言うべきことは全部言った的なこと言ってたじゃない!?)


 というか、正直もうこれ以上、あんなトンデモ話は勘弁してほしい。

 駄目というか、おなかいっぱいだ。そろそろ、頭の中が容量オーバーでパンクする。

 あれ、パンクって言葉この世界にあったっけ……? なら言い換えて、頭の中がめちゃくちゃになる、とだけ。

 もっとも、すでに頭の中はいっぱいいっぱいだけど。


「で……その話って、何なの?」


 エリザが、心底嫌そうに顔をしかめながらたずねた。

 ノルンが杖をついてゆっくりと四人の方へやってくる。


 その顔を見て、不意にフィルは思った。

 あ、これ絶対よくない話だ。ノルンの顔がさっきよりもどことなく怖い。


 テーブルをぐるりと回り込み、四人の前までやってきた老婆は、四人の子供たちの顔を端から順番に見回した。その眼が鋭く光る。


「旅の目的地に着くのに、特に時間の期限はないが、早いに越したことはない。なにせ、契約者が定まったのに、契約がまだ結ばれていない状態じゃ、魔法が不安定になっちまうんだそうだ」

「へえ、不安定に……って、オイオイまさか」

「できることなら、すぐにでも行ってほしいくらいなんだよ」


 その言葉に、四人とも一斉に目をむいた。


「うぇっ!?」

「す、すぐにでも……!?」


 固まっている四人の子供たちは、目を白黒させるばかりだ。


「え、でもぼくたちやることとか……」

「村の中のお仕事は、どうしたら……」

「そんなもん、どうにでもなるさ」


 いやいや、どうにでもならないでしょう!?

 とフィルは内心で首を激しく振った。


 人ひとりならともかく、四人もいっぺんにいなくなるのだ。四人とも一応成人しているので、村の中で仕事というか、役割を分担して任せられている。現状でも村の生活にはぎりぎりなのだから、これまで四人がやっていたことを誰かがやらなければ、村の生活が回らなくなる。特に、フィルがかかわっていた食糧関係は、穴を埋めるのが大変な気がする。一朝一夕で埋まるものじゃない。


 だが、村長はそんな四人の中に、さらに衝撃的な言葉を投げ込んできたのだった。


「それともう一つ。これが一番大切なことなんだけどね……」


 続けて静かに放たれた言葉は。

 後々から思いおこしても記憶に焼き付いて消えないほどに、強烈に突き刺さった。


「契約者ってのは、けっして歴史の表舞台には立っちゃならない。立場上、王族や貴族と関わってくることもあるだろうけれど、あんたたちはあくまでも裏方だってことを忘れないように。表には出ない、出自も明かさない。それを徹底しなさい」

「……?」


 四人は、はじめは首をかしげていたが、やがて一つのことに気づいた。




 これまで大人に習ったこといわく。

 契約者とは、すなわち世界の監視者。何にもとらわれず、縛られない。バランスを保つために各国へ出入りすることもあり、そうでないときは世界を旅する者である。


 完全に中立に徹すること。どの国にも関わりすぎず、傍観者たること。そして、ただの影であること。


 名前はない。誰でもない。ただ世界の抑止力たれ。




 極端に言ってしまえば、それが、選ばれた彼らに求められる役目。


 そして、そのためには。完全に裏方に徹するためには。


 四人は今後、彼らに関する情報の一切を伏せなければならない。おそらくは、彼らが契約者に選ばれた、という情報から、彼らの出自まで、全て。


 これまでおどろきはしてもまだ受け止め切れていた四人だったが、これはさすがに無理だった。


「……冗談が、すぎますわ……」


 顔面蒼白になったヘレナが、泣きそうな声でそれだけ吐き出す。 


「……家族、へは、何と……」


 ようやっと、フィルの口からかすれた声で出てきたのは、そんな言葉だった。


「……何も。何も伝えないこと。それが、決まりだ」


 四人ともしばらく言葉もなく、ただ立ち尽くした。


「……後から、村長が家族に説明する。悪いが、あんたたちの口から伝えるのは法度だよ。感情をはかってやることは、できない」


(……嘘、だよね)


 フィルは、呆然とする一方で、冷え冷えとした胸の内でつぶやく別の自分がいることを自覚し、こわばった顔に小さく笑みを浮かべた。


(ぼくたちがいなくなったことを、家族だけに話す? 村にその話ができないんだから、そんなわけない。きっと、ぼくたちは理由もなく姿を消したっていうことになる)


 彼らが選ばれたことなんて、誰も知らない。ただ突然消えた、それだけだ。


 そうなると、考えられるのは、勝手に森に入り、帰り道がわからなくなった、あるいは獣に襲われるか、野垂れ死んだか。


(いずれにしろ、ぼくたちは死んだことになる。そういうことでしょう?)


 これから契約者として外に出たら、この村との関係も隠して生きていかなければならない。ノルンの言葉は、そこまで含んでいる。


 つまり、もうここへは二度と戻ってこられないのだ。


 それをわかっている村長が、わざわざもう戻ってこないとわかっている子供の安否を、その家族に伝えるはずもあるまい。


「……はっ」


 不意に、大きなため息が出てきた。

 それとも投げやりな笑い声だったんだろうか。


 正直、どちらでもいい。


 選ばれたことを、どうこう言う気持ちは、とうの昔にすっ飛んでいた。

 ただ、何というか。ものすごくムカついた。


 こうなったらもう、やれるだけやって全力で体当たりしていくしかない。


「言うまでもないが、出発は誰にも見られないようにすること。山を安全に下りるための地点は教える。そのあとは、あんたたち次第だ」


 ノルンの声を遠くにぼんやりと聞きながら、フィルは、唐突に、ああ、昔急にいなくなった人も、もしかしたらこんな風に突然選ばれたのかなあ、なんてことを考えていた。


「……あたしにこんなことを言われたかないかもしれないが、旅の無事を、祈ってるよ」


 ノルンが、急に顔をゆがめて、孫を見る老人のような顔になった。その顔は、今まで見てきた中で一番、年老いてしわくちゃに見えた。


「……たしかに、今は何も言われたくない」


 誰からともなく、ふいにそんな声がこぼれた。だが、誰からでもよかっただろう。

 それは、この場全員の気持ちだったから。

 このときばかりは、四人とも以心伝心で互いの気持ちがはっきりとわかった。


「……こんちくしょうめ。運命ってやつ、もし出会うようなことがあったらボコ殴りにしてやる」


 レオンが不敵な笑みを浮かべて吐き捨てるように笑った。

 その額に、青筋が見えたのはきっと見間違いじゃあるまい。


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