表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

四章 手がかりを求めて(2)

 短いですが楽しんでいただけたら幸いです。

 あの後、俺が未だ不満顔の石鞍を連れて出向いたのは事件現場となった新宿のある路地裏であった。もう現場検証はすんだのか規制は解かれていた様で、いつもの人の気配のない静かな雰囲気に包まれていた。


 冬の朝霜で湿った砂利が混じった道を皮色が褪せた革靴で踏みしめながら、何か犯人の痕跡を感じる物はないかと注意深く辺りを見まわす。鑑識も見逃す些細な手がかりこそが、案外犯人を割り出す証拠になることも多い。


 しかし、ここにはもう何も残ってないようだ。微かに残っているのは被害者の怨嗟と微かな血の臭いだけ。これでは犯人の特定には至らない。


 俺が霊能力者なら被害者である女の怨嗟からインスピレーションを得るのが、まぁ、そんな奴は三次元にはいないという事で。


「――――――――――収穫なしか」


 ポリポリと後頭部を掻きながら他人事のように独り言ちつつ、俺は現場となった路地裏を出ると、そこには――――――――。


「・・・・・・石鞍。その様子じゃあお前も収穫なしか」


 そう、被害者の女の就職先を特定させるべく別行動をとっていた石鞍が、朝からの不機嫌度をMaxに挙げましたという表情を浮かべて、路地裏から出てくる俺を仁王立ちに待ち構えていた。


「えぇ、はいそうですが何か!?」


「うおぅ。すっげぇ怒ってるじゃん。一体どうしたんだ?」


「どうしたもなにも!! ここいらの連中ほんと腹立ちますよ!!」


 ダンッと怒りに任せてビルの壁へと拳を叩きつけるが、その直後に痛みが走ったのであろうか。気を紛らわすように手を小刻みに振り始めた。


 そんないつにない彼女の様子に朴念仁で名が通っている俺ですら心配になり、


「・・・・・・あ~、まぁ、詳しい話は昼飯を食いながらにしようか。俺、奢るから」


 ちょうど時刻が13時をちょい回った頃であるのに気付いた俺は、石鞍の肩に腕を回しながらどうにか機嫌を直してもらおうとご機嫌取りをしながら、新宿で行きつけのラーメン屋に向かった歩き出した。


 俺たちが新宿3丁目に店を構える小さな店構えのラーメン店”阿嘉ラーメン”は、通の間ではそこそこ名の通っている麵屋であり、ここの店主とはかれこれ20年来の付き合いである。


 ラーメンの系統は王道の醤油ラーメンであり、特にスープが特徴的でこの味を味わったらもうほかの店でラーメンが食えないほどの中毒性がある。


 勿論、俺もその味にハマってしまった人間の一人で、もうラーメンつったらここのしか食べていないほどだ。不思議なことに麵や具は他の店より劣るのに、何故かスープだけが秀で過ぎというか、他とは一線を画すというか。


 まぁ、その為かいつも店にはまばらにしか客はおらず、重要な話もやりやすいので俺たち第0班の捜査会議場としてよく利用しているのも事実である。


 さて、そんな俺と石鞍の前には中華そば並みが二つ置かれており、俺も石鞍もそれには一切手を付けずにいた。互いに無言でどちらかが先に言葉を発するのを待っているといった感じだ。


 ったく、初デートに舞い上がったカップルかよ。ちなみに腰かけている席―――――――窓際の三席並んだ席の二席目――――――からしてもそんな風に他人からは移るであろう。


 だが、生憎だが俺たちはそんな関係ではない。ただの上司と部下の関係だ。


 というか、この空気は何だ。これはあれか。年長者の俺が気を使わなきゃ駄目なのか。


 こうなると石鞍は意固地になるからな、仕方ないここは俺から――――――、と妥協して口を開きかけた時、


「―――――――すみません先輩。つい八つ当たりしちゃって。私、刑事にむいていなんですかね」


「何だよ急に。いきなりしおらしくなって。おまえらしくもない」


「・・・・・・その、あの路地裏周辺のキャバクラを手当たり次第に回って聞き込みをしたのですが、みな口を開いては『そんな女は知らない。何も話すことはない』の一点張りで。こっちが警察だって警察手帳を見せても効果がなくて・・・・・・」


「・・・・・・なんか意図的に口裏を合わせてるみたいだな。普通やましいことがなきゃ警察には素直に従う方が変に疑われなくても済む。それなのにみな一様に口を割らないってことは不自然だ」


「そうですよね。けれど令状もないですから、無理に問い質すことも出来ませんし。もう八方塞がりというかなんというか。あれですかね、私が女だから舐められているんでしょうか?」


 石鞍は悔しそうな表情を浮かべて唇をギュッと強く噛み締める。俺はそんな彼女を見て若いなと思った。悔しいと思うなんて年若い証拠だ。中年の俺なんかここ最近悔しいなんて青い感情を抱いたこともないのだから。


「・・・・・・気にすんな。刑事なら誰もが通る道だ。俺も刑事になりたての頃は馬鹿にされて、取り調べとかも苦労したもんだ」


「・・・・・先輩もですか? 何だか信じられないです」


「おいおい、誰だって新人の頃があるんだ。揉まれ続けてやっと貫禄が身についてきて、初めて”刑事”になれるんだ。だからよ石鞍。最初が上手くいかなくてもあんま気にすんな。お前の努力はその内きっと報われる日が来るからよ」


「・・・・・・先輩」


「さ、食おう食おう。折角のラーメンが冷えちまう」


「そうですね。・・・・・・お言葉に甘えていただきます」


 と、二人で合掌してラーメンをすすり始める。麺は伸び始めていたが、何だかいつも食べているラーメンより美味しい気がして―――――――、思わず笑みが零れた。


 ラーメンを啜りながら、俺はふと思う。


 ―――――――――石鞍とこうして二人でラーメンを食えるのはあと何回だろうか、と。




 さて場所は変わって警視庁捜査本部では。


 此度の事件”新宿路地裏女性惨殺事件”の捜査会議が粛々と開かれていた。


 この捜査の指揮を執るのは長年のキャリアを持つベテラン刑事である井上貴明警部補であり、彼は自身の右隣に置かれたパイプ椅子に腰を下ろす上司である刑事の顔色を窺いながら、捜査会議を円満に進行させていく。


「―――――――自分と田川が周辺に聞き込みをかけましたところ、被害者の女性の務めているキャバクラの詳細が判明しました」


「そのキャバクラの名は”ヘヴンズ・アゲハ”という名の高級キャバクラで、ちょうど被害者が殺された現場から100mほど離れた場所に店を構えていました」


「そうか、ご苦労だったな。それではこれまで出た情報を踏まえた上での山神警視殿の意見を聞きたく―――――――」


 井上がそう声をかけたのはすぐ隣に腰掛ける若い女性であり、外見からしたら高校生と見紛うほどの若々しい美貌の持ち主であった。彼女は黒のスーツをキッチリと着用し、腰まで伸ばした灰色がかった黒髪を鬱陶しそうに手で払いながら、


「・・・・・・そうね。今まで出た情報から推測するに、被害者である名雲立花子はキャバクラでの勤務を終え店から出た直後に犯人によって殺害されているわね」


「その根拠は?」


「根拠? 遺体の解剖結果から判明した死亡推定時刻は26~27時の間。そこの”ヘヴンズ・アゲハ”の営業時間は分かってる?」


 と、山神の問いかけに先ほど発言していた田川が応じる。


「はい、通常の営業時間は19時から翌朝の4時までらしいのですが、被害者が殺された日は経営者の私用によりいつもより早く店を閉めたようです。ですのでその日は25時には閉店したようです」


「ご苦労様。これで被害者が殺された時刻がはっきりと判明したことになる。問題は何故彼女が殺された場所ね」


「どこか変な所でも・・・・・・?」


 井上は彼女が抱えている疑問に怪訝そうな表情を浮かべる。刑事の勘から言わせてもらえば何も不自然な事はない。路地裏ほど殺人をスムーズに行える場所はない。特段用事がない限りは決して訪れない場所である上に、人は本能的に暗闇を避ける性質がある。だからか、犯罪者はそれを逆手にとって犯罪を犯す場として路地裏を使う場合が多い。


 だから、今回の殺人も井上が担当してきた殺人事件と照らし合わせてみても、なにも違和感などもないのだが・・・・・・、やはりこの若き女刑事もあの男と同類か、と井上は苦笑する。


 こうなったらとことん追求しないと気が済まない性分なのは嫌というほど分かっている井上は、これ以上会議は続行不能と判断し、部下たちに解散の旨を伝えるのと同時に次の会議の日取りを伝える。


 それを合図に部下たちは足早に部屋を後にし、室内に残されたのは未だ「う~んう~ん」と端正な顔に皺を寄せて唸り続けている山神警視と、そんな彼女を年の離れた孫娘を見る爺の心境で見下ろす井上の二人だけであった。


 彼は「ふぅ」と深い溜息を吐いた後、二人きりでしか見せない砕けた表情を浮かべ、


「―――――――相変わらずだな”嶺衣奈”。一度気になったら周りを鑑みずに考える癖は」


「・・・・・・そうね、人の癖や性質はそう簡単には直らないものよ。それにね、貴明、あたしは馨に早く”こっち”に戻ってきてほしいの」


「・・・・・・嶺衣奈」


 彼女は自分のせいで会議が中断になったことに少しも悪びれる様子もなく、井上が発した台詞とは微妙にかみ合わない会話を口にする。


 彼女は昔、今は”第0班”に属する犬上馨がまだ井上が班長を務める”第一班”に所属していたころ、山神は約2年ほど犬上とコンビを組んでおり、その頃から山神は犬上にとても懐いていた。いや、あれは懐くというより崇拝に近い。


 だが、犬上はある事件により殺人課から追放され、新たに設立された”第0班”へと配属された。そこに配属されるのは警視庁でも変わり者ばかり。実際何をしているのかも謎な部署だけに井上を除くかつての仲間たちは近づこうともしない。


 所詮、アイツらにとって”仲間”とはそんなものなのだ。


 だが、井上が知る限りこの山神という女は違う。誰よりも犬上を尊敬し信頼していた。彼女がこの若さで警視まで登り詰めたのは犬上を第一班に戻したいという思いがあるからだ。


 だから、彼女は殺人事件にとても貪欲だ。それが凄惨ほど、彼女は欲する。自身の手柄の為に。犬上と再び一緒にいる為に。それを可能にする役職まで這い上がろうと彼女は必至なのだ。


 本当に、こいつらはどこまでも不器用だ。


 だからか、こいつらを見ると世話を焼きたくなるのは・・・・・・、だが。


 ここは年長者として、かつて共に仕事をした仲間として釘をさすことにした。


「・・・・・・嶺衣奈。余計なお世話かもしれないが一つだけ忠告させてくれ」


「―――――――何?」


「あまりやり過ぎるなよ。ワンマンは周りとの溝を生む。たまには周りと打ち解ける努力をしてみろ」


「本当に余計なお世話ね。もういいわ。早く私の前から消えなさい”井上警部補”」


 腹立たしそうに鼻を鳴らしながら、コバエを追い払うかのように井上に向かってシッシッと手を振る。こうなった彼女にはもう何を言っても聞かないであろうことは重々承知の上だった井上は肩を竦めて、


「―――――――では、山神警視殿。おいぼれは失礼するとします。では、また次の機会に」


 去り際に見えた山神の悲しそうな横顔を見て、井上は後で犬上に相談してみることに決め、山神に背を向けて歩き出したのであった。





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ