三章 手がかりを求めて(1)
短いですがよろしくお願いします。
「―――――――それで、合同捜査というのは分かったが。俺たちは具体的に何をしたらいいんだ?」
足を崩した体勢で二人掛けのソファーの背もたれにもたれながら、俺は対面に腰掛けた井上警部補へとそう投げかける。あまりの失礼な態度に部下の一人である石鞍が血相を変えて、俺の脇腹を何度も小突く。
「せ、先輩!! 井上警部補になんていう口の利き方ですか!! すみません井上警部補。うちの班長は礼儀がなっていませんで」
「いや、いいんだよ。もう慣れっこだから」
ペコペコと頭を下げる石鞍を、年長者らしい寛容な心でもってして畏まった態度を崩すよう促す。
「いや~に殊勝になったもんだな。俺が少しでもミスすると鬼のように怒り狂った男がねぇ」
「年取るとこんなもんだ。それに俺とお前は数年前まで上司と部下の関係だったからな。俺が怒るのはうだつの上がらない部下だけだ」
「それが俺ってことか。本人を前によく言うねぇ」
「お前もな。まぁ、無駄話はさておき。本題に移るが、基本捜査の主導権は俺たち”第一班”が握る。それでお前たちには――――――――――、後詰をやってもらいたい」
と、井上が懐から取り出したのはA4サイズの茶封筒であった。その薄さと軽さから何かの書類が入れられているのは確かだが・・・・・・、
「これは? それに後詰って?」
後詰か。つまり捜査の不備や穴埋めをしろという事か。
「深く考えるな石鞍。つまり俺たちは俺たちで好きにやれってことだ。なぁ、そうなんだろ井上さん」
「あぁ、まぁ、そうだ。俺たちではやれることも限られてくる。しかし、お前たちは別だろう? 今回のヤマは俺たちの手には負えなさそうだ。組織という枠組みに捕らわれた俺たち刑事にはな」
「なるほど。俺も先ほど石鞍から聞いたが、殺された相手の左目を刳り貫いていたんだって?」
「あぁ、腹部をめった刺しにしてな。殺害方法としては恨みのある者の犯行とも見て取れるが、左目を刳り貫くときたらそれは怨恨での犯行じゃねぇことは一発で分かる」
「・・・・・・ヤクザの線は? 最近新宿にはヤクザがうろついているという噂もあったが」
ヤクザならまぁ、納得がいく。アイツらは見せしめに殺した相手の一部を切り取る場合があるからだ。殺し方も雑な面からして組でも下っ端か、それとも素人か。
はたまた、覚醒したての猟奇殺人者か。
「ヤクザの線は薄いだろう。アイツらはそんな手がかりを残すようなヘマ侵さねぇよ。それに目玉を刳り貫くのは手間がかかる。そんな手間を選ぶなら指を切断するだろう」
「だよな。俺もそう思ったところだ。だとするとやはり・・・・・・・”サイコパス”か」
サイコパス。
つまり猟奇殺人を犯す犯人の場合、警察がとる方向は二つ。
一つは捕まえて、法の下で極刑を下すこと。
二つは―――――――、秘密裏に始末すること。
法の下では裁けない、いわゆる責任能力欠如の犯人とかだ。一概にじゃあ障害者も含めるのかと言えばそういう事ではない。始末をする際はその犯人になんの障害がなく、罪を逃れようと”頭がおかしい”演技をしている場合に絞られる。
そういう奴は俺たち”第0班”が徹底的に調べ上げ、限りなく”黒”の場合のみ適用される。
つまり、井上は俺たちに挙げた犯人を徹底的に調べ上げろ、と指示しているのだ。その為に不備がないようにどんな手を使ってでも証拠を集めろ、そう井上は言っているのだ。
―――――――ったく、相変わらず無茶なことを言うぜ。
だが俺はこの井上という男を嫌というほど知っているからこそ、どんな無茶ぶり去れようとも嫌いになれないのだ。それに俺も今回の犯人には腸が煮えたぎるような怒りを覚えている。
誰に? 知れたこと。今回の犯人にである。
まるでゴミのように女を殺して遺棄した犯人にだ。
殺害現場を見なくとも、俺にはその光景がどれだけ悲惨かありありと分かる。そして、その光景は俺の恋人が殺された光景と重なり、耐えようもない悲しみと怒りが全身を貫く。
どんな理由があろうとも、今回の犯人は許しちゃおけない。必ず俺の手で始末してやる。
ならば、早々にでも捜査に取りかかった方がいいであろう。
「井上さんのいう事は分かった。なら、俺たちは俺たちで好きに調べてもらう。行くぞ石鞍」
「えっ、ちょっと!! こんな合同捜査って聞いたことないですよ!!」
「いいんだ。石鞍。これは俺と犬上の間で決めたやり方なんだ。この方がお互い捜査がやりやすいってな。変に思うかもしれないが理解してくれ」
「は、はぁ・・・・・・」
と、戸惑い気味の石鞍を強引に急きたてながら、犬上は部屋の出口へと歩を進める。
「んじゃ、そういうことで。連絡はLONEでいいっすよね」
「ん? あぁ、俺はそういった事に疎くてな。悪いが連絡は電話でよろしく頼むわ」
「・・・・・・チッ、分かったよ。番号は変わってないんだろ?」
「あぁ、昔のままだ」
「分かった。あぁ、そうそう。被害者の名前は分かったのか?」
と、ドアノブに手をかけつつ、背後で石鞍が淹れたコーヒーを啜っている井上へとそう尋ねると、
「あぁ。え~と、名前は名雲立花子。歳は28歳。新宿で働くキャバクラだったそうだ」
「店の名前は?」
「あ~、それまではまだ分かってねぇな。これから捜査会議があるんで、そこで出るかもしれん」
「りょ~かい。んじゃ、何かわかったら連絡くれ」
「あぁ」
となると、まずは現場検証だな。
今はまだ出来る事は限られているので、少しでも手がかりを掴むべく行動に出ることにした。
未だ納得のいかない石鞍の背を押しながら部屋を出る、その背後では井上がコーヒーを啜る音だけが静かに響いていた。
次回から捜査が本格的に始動します。
主人公の第0班と井上の第1班の描写が交互に入り乱れる構成になりますので、
なるべく分かりやすく書いていきたいとおもいます。
ではまた次回に。