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第二章 第一の事件と殺人課の第0班

 一応、捜査開始です、かね?

 主人公が所属する”第0班”には石鞍の他にあと二人の部下がいますが、

 今回は登場しませんのであしからず。

「こちらです井上警部補」


 霙降る夜明け前の新宿町。


 男女の欲望が渦巻く繁華街には似つかわしくないパトーカーの群集が、ある路地裏を取り囲むようにして駐車していた。その路地裏から半径100m以下を黄色のテープで囲い込み封鎖しているのは、屈強な体格をした防寒の為の黒のコートを着用した数人の警察官たちであり、辺りには物々しい雰囲気が漂い始めていた。


 辺りには一体何ごとなんだと朝帰りの飲み客が円になって押し寄せていたのを、中に入るの阻止すべく周りを警護している警察官たちが体を張って止めていた。 


 その路地裏に踏み入るのは草臥れた紺色のトレンチコートを羽織った壮年の男性であった。彼は先に現場に来ていたであろう部下の先導でどんどん路地裏へと踏み入っていく。


 路地裏特有の据えた臭いに顔を顰めながら、それでも奥へ奥へと進んでいくと、


「・・・・・・・ここか、犯行現場は」


 鋭い眼光の先には無残に殺された女性の遺体が、酔っ払いの男たちに発見されたままの状態で保存されていた。


「はい。発見者たちからの通報の後、すぐさま現場保存をしたのですが、やはりというかなんというか。あまり保存状態はよくないですね。複数人のゲソコンが交差するように被害者の周辺に踏み残されていて、人物の確認に少し時間がかかるとのことで・・・・・・」


「そうか。目撃者は?」


「それが・・・・・・」


「芳しくない、と」


「はい。なにぶんこの辺りはあまり人が通らない道らしく、時間も時間でしたので」


 部下の報告を聞いて眉を顰める井上と呼ばれた男。


 現場の状況が悪いのなら、恐らくほとんど犯人の痕跡は取れないであろう。鑑識のエキスパートがそう言っているのだから間違いはない。


 ならば彼女がいったい誰なのか探る必要がある。犯人捜しはそれからでも遅くはない。


「よし、じゃあ俺たちは被害者の身元から特定するぞ」


「は、はい!!」


 ビシッと敬礼した後、部下である男は女性の持ち物を確認し始めること数分。何やら進展があったようで興奮した様子でこちらへと駆け寄って来る。


「警部補。これを」


「免許証か。他に持ち物はなかったか?」


「はい、これの他には財布やハンカチなどが入ったポーチがありましたが。携帯は持っていませんでした」


「そうか。財布には現金とか入っていたのか?」


 免許証を確認しながら井上がそう尋ねると、


「はい、カードも現金もそっくりそのまま。ですので物取りの線は薄いかと。鑑識の見立てでは衣服の乱れもないことから強姦の線もないと。しかし、後で科捜研に依頼して体液の有無は確認するとのことです」


「まぁ、その方が良いだろうな。初見だけじゃうっかり見落としちまうものも多い」


「はぁ・・・・・・」


 相変わらず渋い言い回しに感激する部下を他所に、井上は開いた免許証から被害者の女性の身元を割り出し、改めて残忍な殺され方をした女性の顔をこの目に焼き入れるように視線を向けた。


 女性は腹部をめった刺しにされた後、鋭利な刃物で左の眼玉をえぐり取られ殺されており、井上がかつて担当した殺人事件の中でも惨い殺し方であった。


 年齢は自分の娘と同じ年齢の24歳であった。まだまだこれからという時に、こんな薄汚い路地裏でゴミみたいに殺されているのを目の当たりにした井上は、腸が煮えくり返るような怒りを覚え、


「・・・・・・おい、あいつらに連絡しろ」


「あいつらとは・・・・・・?」


 事の次第が良く読めていない部下の鈍感さに苛立つも、ここは上司の寛容さでもってして、


「―――――――殺人課第0班。通称――――――――”狂犬”にだよ」


「!? あ、あいつらにですか。お言葉ですが、俺はあいつらにだけは協力を要請したくないです」


「俺もお前の考えに同感だ。だが、今回のヤマも俺たちだけでは解決できそうにない。それに俺たちが手をこねいている間にまた新たな犠牲者が出るかもしれねぇ。それだけは絶対阻止しなきゃならない。お前も一端の刑事なら分かんだろ?」


 上司のいつにない気迫に部下である男は彼の”本気”を肌で鋭敏に感じ取り、そんな彼に同調するように低く唸る様な声音で同意する。


「・・・・・・はい、それは勿論。曲がりなりにも正義の行使を許された刑事という職に従事する身。前途ある若者の未来をこんな形で奪い取った奴をこの手で捕まえたい、と」


「お前は俺の部下の中では一番真面目な奴だ。そこは評価する。だが、時には臨機応変にやって行かなきゃいけないこともある。それが橇の合わないやつとの共同捜査だとしてもな」


 まだどこか躊躇いが残る部下に言い聞かすように井上はそう優しく諭す。


 確かに。この男の言い分も分かる。


 あの”男”が率いる第0班には正直手を借りたくはない。ないのだが・・・・・・。


 今回の事件は正直に言って自分たちの手に収まるものではない。これはそんな”臭い”がする。


 何でそんなことが分かるんだって? それは刑事の勘っていうやつだ。曲がりなりにも40年近く現場に立っていた、刑事としての勘が俺にそう囁くのだ。


(――――――――犬上馨。さて吉と出るか凶と出るか)


 手袋をはめた手に握りしめた被害者の血がこびり付いた免許証に視線を落とす。


 今は物言わぬ遺体になってしまった彼女の生前の写真を目に焼き付けながら、井上は本格的な捜査を開始すべく路地裏を後にした。


 目指すはあの男がいるであろう警察の総本部である”警視庁”だ。


 やはりあの男に頼めるのは俺しかいない。部下にはまだ荷が重すぎる、と井上は未だ渋り顔の部下に代わって自分自身が”狂犬”へと協力を仰ぐべく行動に出た。


 上司である井上に置いてかれないよう慌ててその背中を追いかける部下であった。




 さて、場所は変わって警視庁の地下一階では―――――――――――。


「――――――――うぼげぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 と、男の汚らしい嘔吐する呻き声と吐瀉物が落ちる耳障りな音が部屋一帯に響いていた。


 その声の発生源はというと――――――――――。


「・・・・・・・またなんですか。犬上先輩」


 部下でもあり、捜査の際の相棒でもある女刑事―――――――石鞍燐火が侮蔑のこもった視線を送るのは、そう。部屋の奥に設置されたソファーに腰掛けた男。


 犬上馨その人であった。


 彼はあの病院での診察の後、気付けとばかりに何軒もの居酒屋をはしごして朝まで飲んでいたのだ。いわゆる”朝帰り”というやつである。


 酒という代物は厄介なもので、飲んでいる際にはいい気分になれるのに、後になると激しい頭痛と吐き気に襲われるのだ。重度の二日酔いに陥る度に”断酒宣言”をするのだが。


(あれも一種の麻薬だな。一日経つとコロッと忘れるんだから)


 それに昨日はまぁ、なんというか飲まないとやってられなかったというか。死ぬことに何の恐怖もないが、実際に他人に『アンタ死ぬよ』ってリアルに言われたら、ちょっとは気にするもんで。


 しかも医者だからなぁ。下手な奴に言われるより説得力がある分なおの事タチが悪いというか。


「・・・・・仕方ねぇだろ。酒が、俺を呼んでるんだ。飲まないと気の毒だろうが」


 取りあえず上司に対して口の利き方がなっていない石鞍へと、説教の意味合いを込めてそう抗議するが、当の本人はというと至って涼しい表情を浮かべて、


「はいはい、その言葉はもう聞き飽きました。というかですね、そんな無茶な飲み方してたら早死にしちゃいますよ。ほら、よく言うでしょ。酒は飲んでも飲まれるなって」


 あんなのは軽く嗜むのが良いんですよ、と石鞍。


 俺は彼女の言葉に思わず苦笑を溢す。


(早死にか。ある意味お前の言う通りだよ、石鞍)


 俺はあと一年でこの世を去る。正しく彼女の予言通りに。


 どうせ治療の方法もないのだし、一年後には俺は土の下。


 だからこの一年間は好きにさせてもらおう。そう決意したのだが・・・・・・、まさか彼女に俺の余命を言うわけにはいかないしと、とりあえず彼女の言う通りに振る舞った方がいいのかもしれない。


 その方が、案外長生きできるかもしれないからだ、という下心も含まれるが、勿論それだけではない。


 数少ない部下の一人である石鞍に余計な心配をかけさせたくないという配慮もある。


「――――――あぁ、次から気を付けるよ。んで、今日はえらく早いじゃねぇか? 一体どうしたんだ?」


 そう。我が第0班は警視庁の中でも知っている人が少なく、上層部でもごく一部の人間しか知らない”極秘中の極秘”と言っても過言ではないほど謎多き班である。


 それゆえ始業時刻は基本定まっておらず、いつでも好きな時間に来ていいのだが、俺は昔の感覚が抜けないのか。いつもの始業時刻には必ず来てしまうので、朝は一人きりな事が多い。


 特にこの石鞍は遅刻常習犯で有名であり、そんな彼女が早く来るという事はつまり。


「先輩知らないんですか? 新宿の路地裏で女性の変死体が発見されたそうですよ」


「変死体? いや、知らねぇな」


「私もニュースの速報で知ったのですが、どうも無残な殺され方らしいです。あとで同僚の刑事から聞いたところ腹部をめった刺しの末、左の眼球が抉り取られていたそうですよ」


 ――――――――事件が発生した場合のみ。それも俺たち”第0班”が担当するであろう、凶悪犯罪の際に。


「・・・・・・連続殺人鬼の臭いがするなこの案件は」


「そうですね。私もそう思います。殺し方が通常の殺人犯とは異なりますし、どこか性癖のようなものも感じますから」


 しかも、犯行は極めて短時間の間に行われていることから計画性のある、そして知能の高い奴の犯行と推測できる。


 犯人は男か・・・・・・。いや、こればかりはきちんと確かめてみないと判断はできない。


 それに、もうそろそろだろう。


 俺は壁に掛けられた時計へと視線を移すと、徐々に吐き気と頭痛が立ち消えるのを感じ、頭がスゥーと冴え渡る感覚をじかに感じ取っていた。


 まだ、俺は現場に立てる。その喜びを強く噛み締めながら、俺はこれから来るであろう人物の来訪を心待ちにしながら、吐瀉物が入ったくずかごをソッと小脇に置いたと同時に、


 ――――――――コンコンコン。


 と控えめにノックする音が聞こえ、


「―――――――開いてるよ、入ってくれ」


 と、ノックの主に入室を許可すると、ゆっくりとドアが開きそこには見慣れた男の姿があった。



 ―――――――あぁ、そうそう。言い忘れていたが、俺たち”第0班”の主な仕事は。



「久しぶりだな、犬上。用件は分かっているな?」


「あぁ、井上警部補殿。痛いほどに分かってるよ。まぁ、座ってくれよ」



 ―――――――――猟奇殺人犯や連続殺人犯を拿捕、ひいては秘密裏に始末することである。



「―――――――――話は石鞍から聞いただろう。巷で騒がれている猟奇殺人犯”左目収集家”の捜査に協力してくれ」


 部屋に入ったと同時にそう言い放った井上をしばらく見つめつつ、俺は犯罪者と見紛うほどの凶悪な笑みを浮かべ、


「・・・・・・あぁ、了解した。謹んで協力しよう」


 



 ――――――――さぁ、食餌の時間だ。我ら”狂犬”の贄になれ。



 

 

 


 


  

 ここまで読んで下さりありがとうございます。

 次回から遅々とではありますが、捜査が始まります。

 犠牲者は少なくとも3~4人は出さないと気が済まないので、

 あと少なくとも二人は殺します(笑)ので、どうかお楽しみに!!



 

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