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一章 余命宣告と闇夜の殺人事件

ようやく話が動いた感があります。

もうしばし生暖かい目で見てくれたら嬉しく思います。

「――――――――君、余命あと365日ね。一年後には死んじゃうから、今のうちに身辺整理しといた方が良いよ」


 と、まるで「今日の昼飯ラーメン食べよ」くらいの気軽さで、俺にとったら一大事な事を口にした担当医の医者に、もう少しで顔面にグーパンチをお見舞いしそうになるのを必死に堪えながら、


「・・・・・・マジっすか。本当に余命一年なんですか?」


「えぇ。本当に。マジで。どうあらがっても貴方の寿命は一年。減ることはあっても増える事はないよ」


 と、患者である俺の方を見ることなく、カリカリとカルテを片手間に書きつつ、俺の質問にのらりくらりと答えていく。


 よくよく見てみるとどうやら俺のカルテのようで―――――――。今の俺には何を書いているかは考えなくても分かる。


 しかし、いざ自分が死ぬと分かると、最初は戸惑い怒りこそすれ、しばらくすると体の内側で燻っていた怒りも静まり、自身の抗い様もない”死”を受け入れる気持ちになった。


 元より俺は他人に比べて”生への執着”があまりなく、先ほどの怒りは”病気”による死に関してのもので、俺の死に場所はベットの上でなく、事件の現場こそが俺のくたばる場所だと思っていた。


 ”狂犬”との忌み名をもつ俺が最期はあっけなく病気で死ぬなんて、と情けなさや悔しさのあまり叫びたくなった。


 死ぬのは怖くないし、人を蹴落としでまで生きようとは思わない。


 それに俺はまだ現場に立たなくちゃいけないのだ。


 まだ――――――――――――――――。



「――――――いてますか? 聞いてますか犬上さん」


「!? あぁ、聞いてるよ。んで、何だって?」


 やばいやばい。考え事のしすぎて医者が話しかけてきているのにも気づかなかったぜ。


 慌てて気を引き締める俺を見て、ハァとわざわざ聞こえるように大きな溜め息を吐いて、


「ったく、ちゃんと聞いていてくださいよ。こっちも仕事が溜まってるんですから」


「悪かったよ。んで? どんな症状が出るんだ? 俺の病は」


「あぁ・・・・・・。そうですね、この病。通称―――――――――”多臓器衰弱症”は不治の病ではありますが、この病気の救いな所は死ぬ数週間前までほぼ自覚症状がなく、ほぼほぼ健康な人間と同じように生活を送れるというところですかね」


 ”多臓器衰弱症”とは最近発見された病であり、これを発症するとほぼ100%助からないとされており、未だに有効な特効薬は見つかっていないのが現状だ。


 名前の通り症状としては全臓器が徐々に衰弱して機能を停止するため命を落とすのだが、それは年齢によっても余命が左右されるため、大体短くて半年で長くて一年らしい。


 ちなみに一年を越えて生きた患者は今のところいないらしい。


「君の場合は今まで大病を患っていないし、検査したところ臓器が常人より健康だったから一年は持つと思うけど・・・・・・。まぁ、その分病の進行も早いかもだから、ある程度は自分でも覚悟しといたほうがいいよ」


この医者は本当に軽いなぁ。


 あまりの軽さに本当に俺の担当医なのかと疑ってしまう。末期患者を担当する医者ってのはもっと患者に対して親身に対応してくれるもんじゃないのか?


 まぁ、あまり心配して気を使ってくれるより幾分気が楽だけど。


「はぁ、まぁ、今すぐどうこうなるわけではないんだな?」


「えぇ、ですが仕事はもう辞めて、残りの余生をゆっくり過ごすのもいいかと思いますよ。死ぬ寸前まで仕事するのも後々辛いことになると思いますしね」


 と、他人事のようにどうでもよさそうな口ぶりでそんなアドバイスをしてくる医者に、俺は思わず我も忘れて、ここが病院だという事も頭の外に追い出して恥も外聞もなく自身の感情の赴くままに叫んでしまう。


「駄目だ!! 俺はまだ仕事を辞めるわけにはいかねぇんだよ!!」


 今思えば何をそんなに必死になって拒んだのか分からない。けど、何故だがそう叫ばずにはいられなかった。


 俺という存在を世に証明するためには”警察官”という肩書が必要不可欠であった。それを取り上げられてしまったら、俺は一体なんだというのだ・・・・・・?


 俺の心からの叫びを聞いた医者は一瞬面食らった表情を浮かべたものの、すぐさま覇気のない表情に戻り、ただ一言。


「そうですか。なら、無理には止めません」


 と、あまりにもあっさりとした言葉に、思わず拍子抜けしてしまう。


「え~と、ここは意地でも反対するんじゃないのか?」


「まぁ、他の医師ならそうでしょうね。しかし、私は当人の意思を無視してまで反対する気はありません。残り少ない人生。どう過ごすかは本人次第ですから」


 医者はそこまで一気に吐き出してから、チラリと俺の方へと視線を移し、


「こんな私を貴方は薄情だとか、無責任だと思いますか?」


「いや・・・・・・、その気持ち俺には痛いくらい分かるよ」


 不器用なのだ、お互いに。


 俺たちはどこか似ている。


 医者と刑事。職業は違うけど、根っこのところでは俺たちはすごく似ている。


 医者だから必ずしも”万人”を治すことは出来ない。必ず”死人”は出るし、どれだけ手を尽くしても助からない人はごまんといる。


 刑事だからといって”加害者”を全て捕まえることは出来ない。捜査の過程で死んでしまう犯人もいれば、凶悪犯なのに時効がきたその瞬間に”無罪”になり野放しになる犯人を目の前で見たことも。それが原因で被害者が悲しさや悔しさのあまり自殺してしまうこともあった。


 その時の後悔や絶望は計り知れないものがあった。


 それはこの医者も同じであろう。そんなことが続くうちに”人”としての感情が麻痺していってしまったのであろう。


 なにぶん、俺もそうだからだ。そうしなければとてもじゃないが平静を保っていられない。


 刑事なんて血なまぐさい仕事など到底続けられない。


 だから、俺はこの医者に対して怒りなど微塵も思い浮かばないどころか、逆に親近感を抱いてしまう俺はどこか壊れているのであろうか。


 何をいまさら。


 俺という人間はもう十年前に壊れてしまっているではないか。


 こんな感情を思い起こしてしまうのは、まだ俺に少しの人間性が残っているという証拠なのか。


 まぁ、そんな些末事今はどうでもいい。


 そんなことを考える暇など、今の俺には残されていない。


 数少ない寿命を有効に使わなければ、と診察はまだ終わってもいないが、これ以上話を聞いていても症状が変わるわけでもないので、と俺は重たい腰を上げた。


「じゃあ、俺帰るわ。色々考えたいしな」


「そうですか。まぁ、これ以上話すことは何もないですしね。では次は今日から一か月後に予約を入れておきますので。そうですね、いつからなら来られますか?」


「あ~、その日は仕事があるからな。そうだな、時間休もらうとして・・・・・・、多分16時には行けるかも」


「そうですか。ではその時間に入れておきますので。では、また来月にお待ちしております」


「あぁ、ところで薬とかはあるのか?」


「いえ、今のところ痛みとかは出てないようですので、しばらくは様子見という事で。あっ、でも痛みが出てきたらいつでも来院してください。薬を発行しますので」


「そうか」


 正直言って薬がないのは有難い。いつも飲み忘れてしまうからな。そのせいでサプリとか青汁とか続いた試しがない。


 にしても次は来月か。一か月毎とかめんどくさいの極みだが、まぁ、俺の病状なら致し方ないことかと割り切ることにした。むしろ一月に一回なのだからいい方だと思わないとな。


 担当医師に軽く会釈し、診察室を後にする。会計をするために受付のある一階へと向かう道すがら。通り過ぎる看護師たちが気の毒そうな視線を俺に送って来る。


 俺の症状を知って同情してか、それともあの無気力医者が担当になったのを憐れんでか。


 まぁ、そのどっちかだろうとあまり気にしないことにし、黙々と一階へと足早に向かう。


 看護師や医師たちの無遠慮な視線の嵐を一身に浴びつつ、どうにか一階へと辿り着いた俺に、


「――――――――あぁ、犬上さん。会計出来上がってますよ」


「早くね。しばらくは待つもんかと思っていた」


 受付嬢からそう告げられ、俺は思わずそう漏らしていた。


 早いに越したことないか、あまり早いのも恐縮するというものだ。


「まぁ、犬上さんは特別という事で。もぉ、冗談ですよ。今日薬がなかったでしょ? だから他の人よりは早いのよ」


「はぁ、んで。いくら?」


「はいは~い。診察代込みで1600円になります」


 1600円か高いな。これだけあったら缶ビールが何本買えるか、と内心で愚痴りながら渋々という風に財布から指定された金額を出す。給料前なのがさらに痛い。こんなのが死ぬまで続くのかとウンザリもした。


 しかし、全て体を労わらなかった俺が悪いので文句を言ってもしょうがないが、しかしやはりこれは痛いよなぁ。体は痛くないが心が痛い。


「はい、1600円。ピッタリだろ」


「確かに頂戴いたしました。領収書はいりますか?」


「あぁ、いいよ。俺家計簿とか書かない性質だから。それに私事で領収書なんて出せないし」


「かしこまりました。それではまた来月に。お待ちしてますね」


「あぁ、世話になったな」


 と、受付嬢の満面の笑顔を背に、俺は病院を後にしたのであった。




 ――――――――――その日の深夜。


 未だ夜の賑わいが色濃く残る新宿町のある路地裏にて、


「―――――――――きゃあああああああああ!!!!!!」


 女の甲高い悲鳴が路地裏に犇めく壁を伝うようにして反響する。


 その悲鳴を聞きつけてきたのか、酔っ払いのサラリーマン風の男二人組が野次馬根性さながらに、よいの勢いもあってか女の悲鳴がした方へと千鳥足で向かう。


 薄暗くよく見えない路地裏をビルの外壁に手をついて辛うじてという風に進んでいく。


「おい、止めろよ。ここさぁ、幽霊の噂があるんだぞ」


「んだよ、そんなもん。どうせ酔っぱらった女が寝ぼけて悲鳴上げただけだろ~。そんでこの俺様が優しく介抱してやろうってんだよ」


「おいおい、お前飲み過ぎだぞ。そんな女いるわけねぇだろ」


「んなもん行ってみないと分かんねぇだろ~がよ」


 と、飲み過ぎて気が大きくなっている同僚を、後方を歩く優男風の男が止めに入るが、男は聞く耳を持たずどんどん路地の奥に進んでいく。


 やがて路地の奥に到達したのだが、何も見当たらない。そもそも暗すぎて全く見えないのだ。


 男は吃逆しながら胸ポケットに入れたテレフォンを取り出し、そのライト機能を起動し懐中電灯の代りとして使用し始めた。


「何もねぇじゃん。もう、帰ろ―ぜ」


「もう少し待てよ。? おい、あそこ・・・・・・。誰か倒れてねぇか?」


 そう。先ほどは暗くてよく分からなかったが、微かな明かりによって薄ぼんやりとだが、路地奥の壁際にもたれ掛かっている女性らしき人間の姿を視認で来た。


 先ほどの悲鳴の主なのだろうか。


 男は好奇心に押されるようにして、恐る恐るという足取りで女性の方へと近づいて行く。そんな同僚を止めることも忘れて、優男も一緒になってその後に続く。


「お~い、大丈夫か?」


 と、女性の傍までやって来た男は意識があるのか確認するために声をかけるが、反応はない。よほど熟睡してしているのか。こんなところで寝かすのはマズイと察した男たちは、とりあえず彼女を抱えて路地裏を出ようと思い立ち、思い切って女性の肩へと手を置く、と。


 何やらぬるりとした生暖かい液体が手の甲に垂れるのを感じ、何だろうと思い手に付いたソレを確認すべくライトを手の甲へと持っていくと。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 突如挙げた男の悲鳴に、背後に控えた同僚の男はビクッと肩を震わせて驚きの声を上げる。


「うぉう!!! なんだよ、ビックリするだろ!!!」


「だ、だってこれ見てみろよ!!」


「あぁん? ・・・・・・・って、これ血じゃん!!!! 何で血なんか・・・・・・」


 と、男の手の甲に付いた血を目の当たりにして、優男は不意に女性の方へと視線を向けると、まるでタイミングを見計らったかのようにして、もたれ掛っていた女性の体が真横に倒れる。


 ドシャッと人間一人が倒れる音が重々しく響き、ついで訪れる静寂。


 男たちは恐怖のあまり乾ききった喉を少しでも潤すためにゴクリと生唾を嚥下し、倒れた女性の様子を窺うべくライトを向けると、あまりの衝撃的な光景に男たちは情けない程の悲鳴を挙げ、腰を抜かしながらも路地裏から這うようにして逃げ出した。


 あまりの恐怖からか、男は手にしたテレフォンをその場に落とし、そのライト部分が倒れた女性の顔をはっきりと照らしていた。


 明かりに照らされた女性の顔は苦悶の表情に歪められ、血に彩れたその美しい顔にはある一つの部位が欠損していた。


 それは鋭利な刃物によってえぐり取られた左目であり、納めるべきものを盗られた彼女の左目があったところは、その悲しみを映すようにただただ赤い一筋の血を流していたのであった。



 ――――――――――これが後に巷を騒がす連続殺人鬼”左目収集家”の誕生になるとは、この時はまだ誰も想像できなかった。


 そう誰も―――――――――――。


 

いつも読んで下さりありがとうございます。

なるべく楽しい作品になるよう粉骨砕身努力してまいりますので、

よろしくお願いします。

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