また少しの状況説明
「ところで、この世界を支配するものからわたしを守るって…今のところ身の危険を感じた事無いんだけど…どんな事してくるっていうの?」
唐突に連れ込まれる?こんな何もない暗闇で、正体もはっきりしない怪しいぬいぐるみと話しているとか危険といえば危険はずなのだが。この空間に不快感は無い…羽根うさぎに悪意も敵意も感じない。
だから危険だと感じていなかった。少し不本意なのだが。
羽根うさぎもそうだけど…エルディス王子も、きっとわたしよりもこの世界がわたしの前世でいうゲームの世界に酷似していることを理解している。そんなエルディス王子が寄こした護衛。しかも、わたしの思い出せない時間を共にした相手…意味深すぎる。
(そう…ゲームの世界に似ている…羽根うさぎも元になってるって言ってたよね。)
わたしには、痛みも感じるし空腹だって感じる生身がある。ステータス画面なんてものが見えたりもしない。
周囲に居る人たちは、話しかけたらいつも同じ反応が返ってくるわけでもない。わたしの目に映る人たちは、生きているのだと思う。前世の記憶がない状態ならば、ゲームの世界なんて言葉すら受け入れられなかっただろう。
そんなこの世界を支配するものが何をしてくるというのだろうか…サブキャラで、曲がりなりにも登場人物であるはずのわたしに降りかかる危険って何なのだろう。でも、似ているだけというならサブキャラだろうと何だろうと理由があるなら危険な状態になるのかもしれない。
「…そうだなぁ、ゲームでいうシナリオから大きく逸脱したら…魔物に狙われるんだ。特に、君はもともとイレギュラーな存在だしね、他の人よりも狙われる可能性が高いんだ。君もこの世界に魔物が存在するのは知ってるだろう?」
「ええ…。でも、王都には守護魔法が掛かっているから滅多に被害はないし…ゲームでも早々出てこなかったはず…」
わたしは、前世の記憶をたどる。確かに、メインストーリーとしては聖女と共に魔物を倒す旅に出る展開になるはずだ。でも、それは王都以外に旅に出る。即ち王都には居ないはずなのだ。旅立つ前に王城に魔物が来襲するイベントはあったが、それはプロローグ前だという今なら、随分先のはずだ。
(…ってあれ、なんで魔物を倒しに行くなんて展開になるんだっけ…)
大好きなゲームだったとはいえ、転生間際までこのゲームをしていたわけでもない。もしかしたら中途半端だったかもしれない。
言い訳をするなら、社会人だったのだ。そんな時間は無かったのだ。そして、好きだったのはキャラクター…だったわたしにとってシナリオよりも部分的な好きなイベントの記憶が強い。
(ん~…後でちゃんと整理しておこう…)
こうして考えてみると何故、この世界に転生したのだろう。
「とりあえず危ないんだよ。君。そういうことで!」
羽根うさぎはそういった。そう言い切った。なにか凄く省略された。
「大事なところ端折ったよね?」
「…。」
羽根うさぎは、何も言わない。音もなく羽根をうごかしてふわふわ浮いているだけだ。表情が無いのは厄介だが、わたしは羽根うさぎを見つめた。なんとなく逃げられたくなかった。
しばらく沈黙が続いたが、羽根うさぎがため息をついた。
「…はぁ…説明すると長くなるんだよね…。ねえ。君ってばあまりシナリオ覚えてないでしょ?思い出すっていっても限度があると思う。」
「うん」
嘘をついても仕方ないから素直に答えておく。大きな流れは覚えている。そんなに難しい話でも無かったから。空から降ってきたヒロインが聖女になって攻略対象たちとイチャイチャしながら旅を続けて大団円だったろうか。まあ、大団円にならないシナリオ多かったけど。
(端的に言うと…なんだかな…)
「まあ、そうだね。大体あってる。その通りだよ。君はエルディスみたいに絶対的な記憶力を持っているわけでもない。
確かにこの世界に引かれて転生したけれど、創造主でもない。細かく知らなくておかしくないよ。しかも、覚えていたとしてヒロインの行動だからね。脇役だった君の行動はゲーム内ではほとんど語られてないだろうね。だから、君はあまり何も考えずに過ごしてくれて問題ないんだよ…。君の思い出したその大体から逸れなければいいんだ。」
羽根うさぎはそう言った。けれどほしい答えはそこにはない。わたしが聞きたいのは魔物に狙われる理由だ。
わたしは、返事をすることなく無言で通すことで先を促した。
「…言えないこともあるんだけどなぁ…君まだ思い出してないしね。この世界を支配するものにとってシナリオを乱すものは敵とみなされる。それがサブキャラであるならそれを矯正しよとするんだよ。その行動の一つが魔物を差し向ける
ことなんだ。殺すためじゃないんだ。矯正するのが目的なんだ。まあ、必要なら殺すんだろうけど。今の君はすでに殺せない位置にいるからね。」
(矯正する…?)
「そうだよ…シナリオの通りに世界が進行するようにするんだ。今はプロローグ前だからその矯正する力はまだ弱いけどね。強引な手段をとってくる。というかそんな手段しかないんだよ。彼らもまた創造主でもなければ神でも無い。そして万能でもない…でも、シナリオ通りに進行する…支配するってことに固執してるからね。」
「もしも、本編に関係するような行動であるならシナリオ通りに進まなくなる要素が明らかなら矯正される?」
「そうだよ。」
羽根うさぎは頷いた。聞いてみると凄く難しい気がしてきた。
「ほら…、聞かないほうが良かったんじゃない?君はそのまま過ごしてくれたほうが間違いなさそうだし。脇役だしね。でも、そうだなぁ、僕にとっても情報になるし他の登場人物を確認とかしてくれると嬉しいな~。」
羽根うさぎは、首をかしげてこちらを見てくる。わたしは、とりあえず頷いた。自分としても状況をもっと把握したい。
「今は気楽にね?でも、イレギュラーしてもらわなきゃいけないし。でなきゃ僕が力を振るえないし」
「…襲われるって脅したくせによく言う…」
今度はわたしがため息をつく番だ。シナリオを逸脱したら襲われるけれど、敵?の意表を突けという。
(ん?意表を突くなら襲われないってこと…?)
「その為の護衛だから。ちょっとした魔物なら退治してしまえば問題ないんだよ。今はまだね。でも、あまり大きく外れては駄目だからそのバランスが難しいんだよ。とりあえず今日はここまでね。また、屋敷に居る時にね…」
羽根うさぎがそういうと世界がまた光を取り戻す。目の前にはフレアの姿。
「お嬢様?」
わたしは、羽根うさぎに話す直前に戻っていた。相変わらずあの空間で話すと時間は経過しないらしい。
魔力を抜かれた為少し倦怠感があるが、さほど影響は無いようだ。加減していたという言葉は嘘では無かったのだろう。
「あ…ごめんなさい。色々聞いてきたの…えっと、これからよろしくね?」
そう言ってフレアに笑いかけた。フレアは、その言葉で状況を理解したのだろう。そして、唐突ともいえるわたしの言葉に姿勢を正した。
「はい。お嬢様」
返ってきた返事はとても嬉しそうな声だった。ふと窓際を見ると赤い薔薇が飾られていた。昨日は無かったはずだ。
「…あの薔薇は?」
「お伝えするのが遅れましたが、あれはエルディス王子からの贈り物でございます。見事な薔薇でございますね。」
わたしは、近づいてじっくりと眺めた。本当に見事な薔薇だ。流石王子様。でも、薔薇をもらったのは初めてなように思う。
(…11本…ってなんだか中途半端な数ね…)
「それと、伝言をお預かりしております。」
「…え?伝言…?」
「何があっても、信じてほしい…と。」
フレアはそう言った。
(何があっても…)
「それでは、後ほどお迎えに上がります。」
フレアはそう言って、部屋を出て行った。彼女に言った後ほどとはわたしが王城へ出かける時のことだ。
今日は、王城でエルディス王子と会うことになっていた。月に数度、正式に婚約する前からよほど忙しくない限りに設けられる時間だった。簡単にいうならデートというやつだ。多忙な王子がディアナの屋敷を訪れることは稀だった。
王城が仕事場である王子に合わせてディアナが訪問するというのがほとんどだった。
社交界の友人たちに聞く話だと、婚約を前提とした男女であるならもう少し一緒に出掛けたり…などしているようだが何せお互いが身分があるということもあり場所は限られ、時間も限られた。
(…っていうか義務的に会ってくれているだけだと思うけれど)
ディアナとしての記憶にある限りにおいて、昨日のような態度を取られたことは無かった。儀式や挨拶的なものは別として,
キスも初めてだったのだから。戸惑いの大きさはそこにもあったのだ。ゲーム中でディアナを見かける機会はあまり無かったように思う。
今日会ったら、どんな顔をすればいいのだろうか。また、昨晩のことを思い出しそうになったわたしは、頭を振って浮かんだ映像を追い出した。16+26歳のリアル恋愛の経験の無さは痛いほど身に染みる。
(違うこと考えよう。そうだ。折角時間もあるのだし…情報整理してみようかな…)
わたしとしては今日、王城に行くのはそれだけが目的ではない。王城といえば攻略対象達が多くいる場所なのだ。折角なら確認しておきたいと思っている。その前に情報整理をしておくのも必要なことだと頭を切り替えることにした。
わたしは、手帳を机の上に広げてペンを持った。なんだか久しぶりの感覚だった。ふと、さきほどの羽根うさぎとの会話が思い出される。シナリオを逸脱しちゃダメ。でも、イレギュラーは起こせって凄く無茶振りなされた。
でも、エルディス王子はそれが出来たから羽根うさぎとの空間に一緒にいられた。
(矯正されないイレギュラー…って何だろう)
そういえば、前に羽根うさぎが何か言ってなかったろうか…
攻略するとき何が判断基準だった…?どんなことは情報化されてなかった?
(攻略の基準…かぁ)
特に、パラメーターは無くセリフや行動を選んで進めるアドベンチャーゲームだった。目に見えて正解の選択肢は分からないという仕様だったはずだ。どんなに好感度が上がりそうなセリフを選んでも、裏腹な結果になることも多かった。
(好感度自体が無かったはずだわ…いや、あったのかもしれないけど見えなかったのよね。)
羽根うさぎの言葉に当てはめるなら、攻略する時の基準はヒロインの言動。そして見えないものは気持ち。といったところだろうか。