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伝えられた想い

「やぁ。こんなに早く会えるとは思っていなかったよ。ね。ディアナ。」

わたしの予想は裏切られることもなく、見慣れた姿が目の前に現れた。羽根うさぎだ。

まだ笑いが収まらないのか見れば小さな肩を震わせている。思わず恨めし気な視線を向けてしまう。


(何よ…わたしは…)


「わたしは、ただ頑張ろうって思って…それなのにっ…」


自分の中で何かがプツンと切れた。


わたしは、この状況を受け入れようと必死だったのだ。

冷静なつもりだった。16歳のディアナとしての自分。突然思い出した愛奈としての26歳までの記憶。

どこかで聞いたことがあるようなこの状況。受け入れることは容易なのだと思おうとしていた。

自分が何より当て馬…不幸により近い人物であるという事実がそこにあっても。突然知らされた未来の

失恋の事実を受け入れようとすらしていたのに。


「ディアナ。そうだね混乱してないわけなかったね。ほら。泣かないで?」


(え…わたし…泣いてる??)


わたしは、自分の頬に触れた。自覚すると堰を切ったように涙が溢れた。視界がぼやける。涙を見せまいと俯いた。

「…君は強がりだなぁ。」

羽根うさぎがふわふわと近くまで飛んでくる。柔らかな手が優しく頭をなでる。優しくされると余計に涙は

止まらない。


「それにしても、エルディス?君も気が利かないなぁ…こういう時こそ抱きしめてあげるべきじゃないの?」


羽根うさぎの言葉に、わたしは思い出したように目の前に居たエルディス王子を見上げた。

エルディス王子は戸惑っているようだった。さっきまでの態度が嘘のようだ。

あんなに強引にキスしてきたというのに泣いているわたしに触れることすら躊躇している。

それは、乙女ゲームの完璧な王子様というよりは、前世で見た学生時代にごく普通に教室で一緒に勉強してい年相応の

少年の反応のようだった。揺れる金色のその瞳にあるのは不安。それは、今自分が抱えていたものと同じもののように思えた。

「俺は…その…」

羽根うさぎは、大げさなくらいに大きくため息をついた。


「そうだね。思いっきり拒否されたばっかりだったね。そうだなぁ…年長者の僕からのアドバイスなんだけどね。

ディアナには、言葉が必要なんじゃないかな?確かにシナリオから外れないように行動するという点では、タブーだよ。でもね。今必要なのはディアナの不安を取り除いてあげることだよ。この空間でなら僕が守ってあげられる。」


その言葉を聞いたエルディスは、己を落ち着かせるかのように深呼吸すると改めてわたしに視線を合わせた。わたしは、涙を止めることもできずに見つめ返した。

私が混乱する原因が羽根うさぎには解っているのだろう。今までだって筒抜けだったのだ。だとしたら、エルディス王子からくれる言葉はわたしに何を与えてくれるのだろうか。

羽根うさぎが言うように不安を取り除くような言葉が出てくるとは思えない。期待したくは無かった。


(だって、エルディス王子はわたしのことが…)


「俺は、ディアナが好きだよ。君が思い出せていない昔からずっと。出会った頃から変わってない。たとえ君を捨てるのが道筋なんだと知っても変わらなかった。」


「え?」


幻聴か何かだろうか。何やらありえないことを言われた気がする。思わず羽根うさぎの方を見てしまった。羽根うさぎは可愛らしく首をかしげてふわふわ浮いている。心なしか笑っているようにも思えた。

「だから触れてもいいだろうか?」

エルディス王子はわたしの返事を待つことなく頬に流れる涙を指で拭うとそっとわたしを抱き寄せた。

わたしは驚きを残したまま抵抗することもなくその腕に収まってしまった。ちょうどエルディス王子の胸に顔をうずめるような形になった。

エルディス王子の少し早い心音が聞こえた。

しばらく大人しくその音に耳を傾けていた。そのうちに気持ちは落ち着いてきた。


「ディアナ…11本のバラの意味知らなかったんだねぇ。エルディスが折角用意した暗号だったのにね。」


わたしが落ち着くのを見計らったかのように羽根うさぎがそう言った。まだすっぽりとエルディス王子の腕に囲われたままだったが、わたしは羽根うさぎに視線を向けた。

「暗号?」

「そうだよ。直接伝えたら敵さんに気づかれる可能性が高いからね?君が屋敷に居る間に、比較的わかりやすく伝えたつもりだろうと思うよ。」

カインが言いかけていた言葉の事だろうか。結局聞けなかった。わたしは、エルディス王子に向き直った。

拗ねたような表情で見つめ返された。

(なんだか妙に可愛らしい…って言ったら怒られそう)

「ディアナには何も伝わっていないようだったけどね…。」

「えっと…ごめんなさい。」

なんだか、責められているのをひしひしと感じてつい謝ってしまった。ふと、エルディス王子の頬にうっすら残る手の跡に目が留まる。

混乱していたとはいえ随分力を込めてしまっていたようだった。残った跡が痛々しい。

わたしは、手に魔力を集中するとエルディスの頬に当てた。みるみるうちに跡は消えていった。エルディス王子は驚いている。

どうにか上手くいったようだ。随分使っていなかったけれど使えたようだ。


(あれ…わたし回復魔法使えたんだ…ああ、そうだ。小さい頃練習してたんだった。)


脳裏に浮かぶのは小さいころの自分、小さい自分には難しい書物を懸命に読んでいた。試行錯誤しながら。

どうしても、回復魔法が必要だった。


(でも、どうして…覚えようなんて思ったんだっけ)


エルディス王子と目が合った。脳裏に映像が浮かぶ、野犬の前に勇ましくも剣を構える黒髪の男の子の後ろ姿だ。

「下がって…ディアナ。」

懐かしい声。


(小さいころのエルディス王子?と…庇われていたのは…わたし。あの後王子は怪我を負ってしまった。

だから、わたしは…覚えたんだ。)

大切な記憶だった。どうして忘れていたんだろう。


「へえ…回復魔法か。思い出したんだねぇ…」


羽根うさぎがぽつりと呟いたが、思考に入り込んでいたわたしには聞こえていたなかった。

「ディアナ。」

エルディス王子がわたしを呼んだ。はっとして頬に当てたままにしていた手をのけようとしたけれどエルディス王子の手がその上に乗せられていたので、できなかった。なんとなく恥ずかしくなって視線を泳がせる。

「11本の薔薇の意味は、”最愛”だよ。ディアナ。」

「へ…?」

わたしは、凄く間抜けな声を出してしまったと思う。案の定羽根うさぎがくすくすと笑っている。

「そして、信じてほしいと伝えただろう?」

出かける時にフレアが言っていた。”何があっても信じてほしいと”

あの花の意味が、最愛で伝言がそれで…。


「えっええええっ~…嘘。そんなわけない。」


わたしは、当て馬役の婚約者だ。エルディス王子は、確かに婚約者がいるキャラだったがその婚約者に好意を持っていたなんて設定ではなかったはずだ。


「嘘じゃない。さっき気持ちも伝えたと思うけど?」

「あっ…はい。」

(そうでした。思いっきりはっきり言われました…)

「嘘じゃないだろうね。それは今からディアナは身をもって体験できるよ。」

羽根うさぎがそう言った。

(え…?体験?)

羽根うさぎはエルディス王子にに視線を向けた。

「仕方なかったとはいえ伝えちゃったね。エルディス。ディアナは君ほど優秀じゃないからね。これからもいろいろはっきりと言葉で伝える必要があるだろうね。まあ、僕としては想定内だったんだけどね。」

(うっ…否定できない)

一瞬羽根うさぎがこちらを見てにやりと笑ったように思う。悔しいけれど事実なので言い返す言葉もない。

「何はともあれ大きなイレギュラーだよ?」

「覚悟の上だ。さっき力も補填させてもらった…」

「まあ、今度は彼女を巻き込むことになるよ?昨日の今日でばれちゃうなんてねぇ。多分怒られるよ?」

まただ、また2人だけで話が進む。

「…どういうこと?」

羽根うさぎは、ため息をついた。そしてわたしに向き直った。

「わかってるよね?僕が出てきたということはイレギュラーだったんだよ。まあ、今回はエルディスの若さゆえのイレギュラーだね。

君に、情報収集をさせてあげようと部下との時間を取らせてみたけれど、予想外に楽しそうな姿に嫉妬したと…。まあ、君がエルディスの暗号と伝言を正確に理解できていれば状況は変わったかもしれないね?ああ、でも嫉妬はされたか。」


羽根うさぎがそう言うとエルディス王子は視線を逸らした。図星だったのだろう。しかし、改めて言葉にされると凄く恥ずかしい内容だ。


「本来、君たちの間柄はデートの初めのところあたりが正しいね?」


わたしは頷いた。冷たいと感じるくらいの間柄。定型的な対応。それが正しい。庭でのデートだってこんな外れにまで来ることは無いとはいえ、

それくらいならまだイレギュラー扱いではなかったのかもしれない。きっとその後だ。

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