コミュニケーション
「・・・んぅ・・・」
―――なんか柔らかい。
「お。やっと起きたかい。盗人くん?」
気絶からまたどれほど時間が経ったのか、目を覚ますと金髪の女性が膝枕をしながら私を見下ろしてた。
「・・・まだ夢か・・・」
寝直そう。
私が膝枕されてるとか夢にしてもありえない。
しかもこんな美人に。
そう思い、また目を閉じると意識がすっ飛んでいく。
「あ、こら!起きろ!寝るな!」
女性が慌てて声をかける。
返事がない。
本当に眠ってしまったようだ。
「ちょ、ちょっと!いいかげんにしなさい!おーい!お願いだから起きてよう・・・」
頭を軽く引っ叩いたり、大声を掛けたり、頭に来て膝枕をやめて立ち上がった際に頭を打ち付けたようだが起きる気配はなかった。
「なんなのコイツ・・・」
アタシの世界に勝手に入り込んで来た盗人のクセに慌てふためく様子すら無い。
意外と大物なのかもしれん・・・。
「しかもあの実を食べてるのに一応無事っぽいし」
二度寝する私を見て呆れたのか、そんなことを思って寝入ってる私を見つめたのだった。
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「っ」
バッチリと目が覚めた。
ガバっと身体を起こすと、状況を確認する。
「やっぱり夢じゃなかったのか・・・」
まだ灰色の世界にいた。
あの金髪の女性はいない。
いや、なんか変だ。
身体が少し軽い?
手や腕を見るとやや細くなったかのような印象を受ける。
そのまま視線を下に移すと女のような細い脚や腰が見える。
「ん?あれ!?」
今更気づいたがこの女のような身体は自分の思った通りに動く。
さらに驚いたのは全裸だった。何も着てなかった。
「な、なんだこれ」
灰色の世界は適温だったので寒いとかは無かったのだが、このままでは少々気恥ずかしい。
が、別段誰かいるわけでもないからこのままでもいいかと思って放置する。
問題はそこじゃないし。
自分が一体どうなってしまったのか。ここが一体なんなのか。気を失う前に会ったあの金髪は何者なのか。
他にも色々考えることが出てくるが、やっぱりよく分からない。
「多分、あの女に会って聞くのが手っ取り早そうな気がするな」
と、呟いた後に件の女が突然目の前に現れる。
何の前触れも、音もなくいきなり出てきたのだ。
結構驚いたが、最初もいきなり後ろに現れてるので声をだすことは無かった。
金髪の女性はこちらと目があって意識がハッキリしてることを確認すると少し睨んでくるような目つきになった。敵意は無さそうだが。
「こんにちは。やっとまともに挨拶できるね」
相手が何か言ってくる前にこちらから切り出す。
落ち着いて敵意が無いことを知らせるために相手に両の掌を向ける。
最初に怒鳴りつけてきたから怒ってることは予想できるので、先に会話の主導権を握ってしまおう。
何に怒ってるのか分からないが、ひとまず有耶無耶にして情報を頂くのだ。
「あー、うん。こんにちは」
何か言いたそうだったが、こちらから挨拶してるので返さなきゃならないと思ったのか、律儀に返事をしてくる。思ったよりもいい子かもしれない。
「早速だけど色々聞きたいんだけど、いいかな?」
「こちらも聞きたいことはあるけど、まぁいいわ。お先にどーぞ」
目つきは変わることはなかったが、一応許可は貰えた。
これで色々分かるといいのだが。
「とりあえず、私って今どうなってるのかな?なんだか自分の体じゃないみたいなんだけど」
この妙に細い体のことだ。目線はそれほど変わってはいないが今までの自分じゃないみたいだ。
「簡潔に言えば、あの実を食べたことでアンタの元の肉体に負荷が掛かり過ぎて崩壊したのよ。そのままじゃ魂諸共消滅するところだったから、私の身体を使ってそこに君の魂を避難させたの」
よくわからなかった。
やっぱりあのリンゴは毒だったってことか?
身体ってどういうことなんだ?
まぁ一応助けては貰ったみたいなのでお礼は言っておく。
「ふーん?なんだかよくわからないけど、君のおかげで助かったのか。ありがとう」
「まぁよくはわからないでしょうね。ちゃんと説明すると少し長くなるけど、詳しく聞きたい?」
もちろん聞いておきたい。色々と1つずつ聞いていくのはさっきので面倒そうだと思った。
「あぁ、お願いするよ」
女性は話そうと口を開けたが、目つきをもっと険しくして言ってくる。
「その前に一つだけ言いたいんだけどさ・・・」
「なにかな?」
堂々として答える。別に悪いことらしいことはしてないんだ。
せいぜいリンゴ食べちゃったくらいだし、なにも問題あるまい。
「いいかげん服でもなんでも着なさい!」
顔を真赤にして言ってくる。
「あ」
そういえばずっと全裸だった。
あぁ、だから怒ってたのか。
聞いたところじゃ、私のいまの身体はもともと彼女のものだったみたいだし。
それで堂々としてるんじゃ彼女が痴女っぽいもんね。
崩壊したらしい元の身体に残ってた服を引っ張り出してくる。
身体は灰みたいになっていた。なんだか物悲しさを感じる。
服から灰と埃を払って身に付ける。サイズは大きいがなんとか着れそうだ。
靴もサイズ合わないな・・・。これはあとで何とかしよう。
「はい。おまたせー」
「なんで真っ裸なのにそんな堂々としてられたのよ・・・」
「まぁ今の身体に対して実感が湧かないからねぇ。自分のっていう」
「それでもただの変態にしか見えなかったわよ」
呆れ果てた目を向けてくるが気にしないことにした。
「では改めて、まずは自己紹介からしましょうか」
女性が気を取り直して場を仕切る。
「アタシはナナヨ。この世界の管理者で、この世界の知性体からは神とも呼ばれているわ」
いきなり大層な肩書が出てきた。
神様な割にはなんだか威厳は感じないが。
「私はヒビキ。ただの人間だよ。といっても今はそうじゃない気はするけど」
こちらも返す。苗字はまぁいいだろう。めんどくさいし。
「ヒビキか。なんだか男だか女だか分かんない感じだね。今は女の子だけど」
「ばぁちゃんが付けてくれた名前でね。どちらでも良いように考えたらしい。生まれは一応男だよ。ヒビキと呼んでくれ」
「じゃあアタシはナナヨでいいよ。ヨロシク」
神様な割にはやっぱりフレンドリーすぎな気がしないでもないが、変にプレッシャーも感じないし問題ない。むしろこのままの方がいい。
あと私は今女になってるのか。まぁ下に付いてなかったしね。アレが。
「よしヒビキ。現在の状況を説明するね」
こちらに綺麗な赤い目を向けて続きを話すナナヨ。
「まずアタシが神様で管理者といったね。実は今いるとこは厳密には私が管理している世界ではないんだ。ここはアタシの為にだけ作った空間でね、ヒビキが食べた実をかなりの時間を掛けて作り出す場でしかないんだ。
アレを食べるのが数百年に一度の、アタシの楽しみなんだ・・・」
「わ・・・悪かった・・・」
素直に謝っとく。スケール大きすぎてこれ以外なんも言えない。
「まぁいいわ・・・。本来こんなとこには来れないはずなんだけどね。来るにしても管理してる側の世界だろうし」
ホント、なんで入り込めたんだろう。と首を傾げるナナヨ。
「その辺りに関しては私もサッパリだ。本当に気付いたらここにいたんだ」
「うーん、綻びでもあったんだろうか・・・」
眉根を寄せて唸るナナヨ。話が進まないので強引に戻す。
「で、あの実はなんなんだ?」
「え?あ、ああ。アレはアタシの力を凝縮させて作った逸品でね。といっても極一部の力しか使ってはいないんだけど」
あぁ、話の流れがなんとなく分かった。
「ナナヨの力が詰まった実を人間が取り入れると、その力に耐えれなくて、さっき言ってたように崩壊してしまうっていうことか」
「そう。おおよそそんなとこかな」
拍手しながら正解正解と言ってくるナナヨ。
洒落にならん。勝手に食べた私が自業自得なだけだが。
「でね、さっきも言ったけど崩壊しきっちゃう前に肉体と魂を分離してアタシの肉体に憑依させたの」
「肉体って、今いるお前は一体何なんだ」
「今のアタシは精神体だよ。伊達に神様やってるわけじゃないしね。肉体という器がなくても自己の具現化くらいは訳ないよ。まぁ地上に降りるときは器があったほうが色々楽しいんだけどね」
ポンっと鏡を取り出して自分に向けてくる。アレも具現化できるっていう力のひとつなんだろうか。
「どう?大分見た目変わっちゃけど悪くはないんじゃない?」
鏡をのぞき込むと印象は変わるがナナヨそっくりの顔があった。
まとまりがなく跳ねた黒髪はショートカット、ナナヨに比べたら険しそうな黒目、ナナヨにある豊かで柔らかそうな体から無駄や脂肪を削ぎ落し、引き締まったスレンダーな身体。
胸も無い。Aカップすら無いなこれ。もはや胸筋だ。
見た感じ18歳くらいに見える。
「ヒビキは元々男だったみたいだし、魂の情報に肉体が引っ張られて変化したみたいだね。女の子になった感想はどう?」
「どうもしないなぁ。軽くて動きやすいってのはあるけど、細くてなんか頼りない」
「つまらん」
何を期待してるんだお前は。
驚きはしたが、一応成人した男なんだ。女の身体くらいでどうこう言うようなウブでもない。
「細いけど、ヒビキの想像もつかないくらいは力があるし頑丈だよ」
期待はずれという顔をしながらナナヨは続ける。
「それで、私は元の場所に帰れるのか?」
一番の問題はそれだ。見た目は変わってしまったけど生きる分にはなんとかなるだろうと思っていた。
だけど現実は甘くなかった。
「・・・それなんだけど、無理なの。アタシの作った実を食べて、ヒビキの魂はその力を浴びてしまった。それも神の力をね。
それによって変質した魂は、ヒビキが元いた世界が受け入れない。最早異物としてしか認識されないから戻れたところであらゆる問題が起きるでしょうね。正直おすすめできないわ。
こうなっちゃったのは管理者のアタシにも責任があるからなんとかはしてみるけど・・・」
さっきまでとは一変して元気がなく、顔を伏せて申し訳無さそうにするナナヨ。
「気にすることはないよ。あれを勝手に食べた私が自業自得なだけだし。それよりも、これからどうすればいいのか教えてくれ」
ショックではある。向こうでやり残したこともあるし、両親に孝行すらしてない。しかし、戻れないのであれば仕方ない。一番の孝行は子が元気に生きていることだと思うことにして前向きに考える。
納得いかなそうなナナヨではあったが、私が本当に気にしていない態度を取ってるのを見て苦笑を浮かべる。
「どうすればっていうけど・・・なにかしたいこととかないの?」
「特にはない。まぁせっかく異世界らしきところに来たんだ。面白ければなんでもいいよ」
と、ナナヨに全て放り投げる。
そもそも世界を管理してるのはナナヨらしいのだし、私はこっちのことは何も知らんのだ。
「うーん、そうだなあ・・・あ!そうだ!」
少し悩んだあと、満面の笑みを浮かべて何か思いついたようだ。
あの笑顔は愛らしいなと思いつつ続きを促す。
「折角だし旅でもしなよ!この世界は広いよ!ヒビキが元いたとこよりも大分広いと思う。結構な時間を掛けても全部回りきれないと思うから、きっと楽しいよ!」
アタシの手伝いをするにしてもこの世界をよく知ってほしいからね。とナナヨが笑顔を向ける。
ここまで自信があるのだから悪いようにはならないだろう。
「じゃあ世話になるよ。よろしく神様」
「神様じゃなくてナナヨでいいってば」
本当にフレンドリーだな。迷惑掛けてるとしか思えなかったがナナヨは気にしてないようだ。
「改めて、よろしくね。ナナヨ」
と右手を差し出す。
「ようこそ!アタシの世界へ!よろしくね!ヒビキ」
両手で右手を掴んで歓迎するナナヨ。
こうして、私は異世界で居場所を得たのだった。