第7章
病室で昂君と会ってから2週間がたった。
あの日から昂君はほとんど毎日のように病院にきてくれるようになった。
昂君はいつも笑っている。
私の話を聞いてくれたり、昂君の話を聞いたり。
昂君は来年からこの大学病院に研修生として入る。
私に友達も紹介してくれた。
千里ちゃんと水樹君。
この2人もすごく私に親切にしてくれる。
昂君が来れないときは、2人が来てくれたり。
3人は高校からの友達なんだって。
・・・ときどき昂君が昔の話をするとき、私を見て一瞬泣きそうな顔をするときがある。
いや、昂君だけじゃない。
千里ちゃんも水樹君も。
昂君のことは、この3人のことは、忘れたくない。
この時間がずっと止まってしまえばいいのにって。
最近思うようになってしまった。
昂君は私の病気を知っている。
でも、昂君は私に病気のこと、何も聞いてこない。
その昂君の気遣いが私を安心させていた。
手術まで2週間がきった。
コンコン
「どうぞ。」
「しつれいします。」
私は先生の診察室によばれた。
「沙菜さん。仮退院しましょうか。」
「え、え!?」
「ふふ。この病院から2日遊んでもいいですよ。」
「ほんとですか?」
「はい。ただし、しっかり仮退院ルールは守ってくださいね。」
先生に渡された1枚の紙。
そこには食事制限や運動制限。
この病院をでるのは、私の記憶があるうちでは初めてだ。
でも・・・
「先生。泊まるところがありません。」
そう。
私は親もいなければ親戚もいない。
天涯孤独ってやつだ。
「そこは心配ありません。昂君が2日間沙菜さんの付添として一緒にいてくれることになりました。一泊、昂君の家に泊まることになっています。」
「昂君の・・・。」
「いやでしたか?」
「いや、迷惑じゃないかなって・・・。」
「・・・これはここだけの話。言わないでっていわれてたんですが・・・」
「?」
ボフッ
先生との話が終わり、自分の病室に戻ってきた私はベッドにダイブ。
さっきの先生の言葉が頭から離れない。
10分ほど前・・・
「言わないでって言われてたんですが・・・昂君、急に私のところにきて沙菜さんの仮退院の間、僕に付添させてくれないかって。昂君、医者目指してるくせにあんまり患者さんの話をしても、患者さん自身には食いつかなかったので、正直、びっくりしちゃいましてね。沙菜のこと心配でしょうがない。自分の傍に置いときたいって。あんな昂君は初めてでしたよ。昂君にとって、沙菜さんはとても大切な人になっているんですね。」
「・・・そ、うですか・・・」
「沙菜さん。私は昂君に約2週間後の手術のこと、言っていませんよ?」
「・・・知ってるのかと思ってました。」
「個人情報でもありますし、それに、これは沙菜さん自身が自分で言わなければいけないことだと思いますよ。」
「え?」
「・・・たとえどんな病気でも、あまり時間がないとしても、恋愛はしてもいいと思いますよ。恋は、アイノカタチは人それぞれ。沙菜さんなりのアイノカタチを作ればいいと思います。」
「私なりのアイノカタチ・・・」
白い天井は私を無心にする。
ベッドに寝転びながら、先生に言われた自分なりのアイノカタチを考える。
「・・・屋上いこ」
外は少しは肌寒いと考えた私は壁にかけてあるパーカーを手にとり病室を出た。
said 水樹
今日、昂と千里よりもだいぶ早く授業が終わった俺は先に病院へ向かった。
もちろん、沙菜に会うために。
沙菜さん。
なんて、呼んだりしてほとんど他人状態。
昂から釘を打たれていた。
昔呼んでいたみたいな呼び方はやめよう。
昔の沙菜の話もやめよう。
昔話はできるだけ沙菜と関係のないことにしよう。
と。
本当は一番思い出してほしいのは昂のはずなのにな。
ほんと、ばかだよ。
昂も、沙菜も。
ほんとに昂と沙菜はよく似てる。
全部相手のため。
それも、自分は一緒になれない道ばかりを選ぶ。
高校1年のとき。
沙菜と2人で海に行ったとき、沙菜は俺にだけ言ってくれたんだ。
6年前・・・
「・・・ねえ、教えて。沙菜が今抱えてること。」
「・・・あたしね、転校するんだ。あと少ししかみんなといられない。一回、その話で親と喧嘩になったの。そのとき、仲直りのきっかけを作ってくれたのは昂だった。きっと、昂は行くなって言ってくれる。いや、もしかしたら笑って笑顔でまたなって言ってくれるかもしれない。でも、それじゃだめなんだ。」
「?」
「あたしが転校する理由は親の仕事の関係だけど、それだけじゃないの。」
「え?」
「あたし、病気なの。原因も、治療法もわからない。もしかしたら、もう治らないかもしれない」
「どーゆう病気なの?」
「記憶がね、なくなってくんだ。現に昔、親と旅行に行ったこともう、思い出せない。ちょっと前までは、直前のことだったり、おつかいで買うものだったりってそんなことだったんだけど、だんだん、家までの道のりもわかんないこととかがあってね。大きい大学病院で検査してきて、入院だって。親も不安だし、それがいいって。その大学病院で通信の高卒をとりながら、治療に専念しようって。学校の先生にはちゃんと言ってきた。今日。」
「だから、朝いなかったのか・・・。」
「お願いがあるの。」
「ん?」
「昂には言わないでほしいの」
「なんで!だって・・・
「昂は・・・優しいから」
沙菜はこの6年間昂に会えない苦しみ、親を亡くしたときの悲しみ。
全部独りで耐えてきたんだ。
誰にも甘えず・・・
いや、甘えられなかったんだ。
そんな人が傍にいなかったから。
俺は、沙菜のそばにいてやりたい。
・・・昂以上に。
said 沙菜
「・・・ん!・・・さん!沙菜さん!」
「え?あ、ごめんなさい。ぼーっとしちゃってて・・・」
「寒そうだね」
そういって今きた水樹君は、自分の羽織っていたアウターを私の肩にかける。
「いいよ!わるいよ!」
「ううん。大丈夫!俺今温かいからさ」
水樹くんの首筋に汗が。
「走ってきたの?」
「あ、沙菜さんの病室に行ったらいなくて焦っちゃった笑看護士さんにも怒られちゃった」
「ごめんね、急にいなくなって・・・」
「いや、俺が勝手に焦っただけだし!」
「・・・そっか。でも、探してくれてありがとう!」
「・・・ううん!」
返事の間にあった、また、あの泣きそうな顔。
「・・・ねえ」
「ん?」
「昂君や水樹君や千里ちゃんがときどき見せる悲しそうな顔はなんで?」
「え!?」
「ときどきするよね。なんてゆーか、泣きそうな顔。」
「あ・・・まじか。そんな顔してた?」
「うん。」
「・・・ほんとはね、聞く気なかったんだ。なんだか、聞いちゃいけない気がして・・・。話しにくかったらいいんだけど。」
「・・・沙菜さんにね、似た子がいたんだ。ときどき俺らのなかで被るのかもな。・・・俺らはずっと4人でいた。短い間だったけどね。」
「その子は?」
「・・・いなくなっちゃった。もっと頼れって言えばよかったんだ。俺が・・・。」
「・・・わかんないけどね、多分水樹君のせいじゃないと思うよ。」
「・・・そうかな。」
「うん。水樹君が話してくれたから・・・私も話すね。・・・私ね、約2週間後に手術するんだ。私、今までたくさん手術してきて、もう体がそろそろ限界だから、これがラストチャンス。それに、この手術が失敗したらもう、目を覚ますことができないんだって。植物状態?になっちゃうんだって。呼吸はしてるけど、話すことも歩くこともどこかへ行くことも。なんにもできなくなっちゃうんだって。」
「・・・」
「昂君にはないしょね!」
「・・・なんで」
「・・・昂君は・・・優しいから。」
「・・・そっか。わかったよ」
「ありがとう!」
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
「よし、寒いし戻ろ!そろそろ、千里ちゃんちもくるでしょ?」
「うん」
このとき、私には聞こえなかったんだ。
水樹君の言葉。
「沙菜は何年たっても・・・記憶をなくしても沙菜なんだな。」




