表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

宿屋の一室

作者: ケー/恵陽

 剛毛と言って差し支えないと思う。

 私の髪が短く男のようなのは、櫛もろくに通さぬものだからだ。幼いころは伸ばしていたが、からかわれるのに飽いてざっくり切ってしまった。それ以来、髪は短いままだ。

 さりとて生きていくにはそれは全く、些細なほど関係ない。おかげで今日も私は仕事に精を出せる。


 ミノムシのような魔物を大槌で叩き潰す。体液が吹き出し、跳ねる。それを器用に避けながら、後方の相棒が炎を放った。

 断末魔を上げながら燃えて灰になる魔物に、ほっと息を吐く。

「お疲れ、ヒューイ」

「リスティも」

 杖を振りながら笑う相棒。その笑顔に気が抜ける。

 彼とは一年前にパーティを組んだ。腕はあるようだが、仲間に恵まれなかったらしい。ちょうど私もソロでの戦いに限界を感じていたところだったので、試しに組んでみることになった。

 彼と私の相性はよかったようだ。

 ヒューイと組んで、独りでは倒せなかった大物を倒すことが出来るようになった。

「報酬はヒューイが倒したからそっちが六でいいよ」

 報酬は仕留めた方が六割を取るようにしている。だがヒューイはゆるゆると首を振った。

「今回はリスティの力が大きいから、半々でいいよ」

「そうか。助かる」

 ヒューイのこういう公正なところがよい。前のパーティではどうやら報酬の分配でもえらくもめたらしい。

「早く町に戻って体を休めよう」

「ああ。でもその前にうまい飯にありつきたいね」

「そうだね」

 うまい食事と落ち着けるベッド。それさえあれば日々生きていける。

 町に戻って早速報酬を受け取ると、先に宿を取ることにした。馴染みの宿屋につくと、看板娘のレイラが眩しい笑顔で迎えてくれる。ふわっふわの金髪が美しく手入れされている、目の保養だ。宿の一階は酒場にもなっている。酒を運びながら、テーブルの間を縫って行く彼女に男は皆見惚れるのだ。

「いっつもレイラを見ているね」

 つい見ていると、ヒューイからくすくす笑われる。私は男ではないが、あの髪はやはり女として憧れなのだ。つい目が行ってしまう。

「仕方ないだろう。レイラはかわいいし」

 本心だ。しかも彼女は見た目だけでなく性格もよいのだ。いつも私にもやさしい。

「あ、リスティさん。ヒューイさんも。ギルド帰りですか?」

「うん。そう。部屋空いてるかな」

 指で二を出しながら訊ねるが、彼女は少々苦い顔を作った。

「……すみません。実は今日一部屋しか空いてないんです。ベッドは一つですけど、ソファならありますから何とか二人なら寝れると思うんですが……。どうしましょう」

「私は構わないよ」

「え?」

 そういえば今は祭りが近いのだ。少しずつ宿が埋まってきている時期でもあった。ヒューイとなら問題もないだろう。私はそれでよいと言ったのだが、当の彼が異を唱えた。

「ちょ、ちょっと待って。それは駄目なんじゃないの? それなら僕は別の宿に行くから君が使いなよ」

「えー。でも他の宿もあるかどうかわかんないよ。それに私はソファでも構わないからヒューイがベッドを使いなよ」

「いや、もっと駄目だし。それなら僕がソファにで寝るから。てか、君、僕と一緒でいいのか」

 すごーく苦悩している表情で、ヒューイが叫ぶ。

「ええと、男の方同士でもやっぱり駄目ですよね……」

 レイラが申し訳なさそうにしている。

「いや、レイラ、君……!」

 何故かヒューイがわなわな震えている。どうしたんだろう。

「ヒューイ、すまないが我慢しよう。わたしと一緒の部屋が嫌なのはわかるけど」

 よっぽど人と一緒になるのが嫌なのだなと思って口にすると、彼は今度は手で顔を覆ってしまった。

「……てか、嫌じゃない。嫌いじゃないから困っているのに」

「はあ?」

 意味がわからなくて首を傾げると、更に溜息を吐かれた。そして観念したように、彼は暗い声で告げた。

「わかりました。一部屋でお願いします」

 何を葛藤していたかわからないのだが、とりあえず無事に宿を取ることが出来た。

 その後そのまま一階で食事をした。


 湯を借りた後、部屋へ戻るとヒューイは既に戻っていた。いつも大槌を振り回しているのであまり感じられないが、私の身長は低い。そして鎧を脱ぐと更に小さく見える。だが胸はほぼないし(残念ながら)、せいぜい少年としか見られないので世間で私は男と思われている。さっきのレイラの発言はそのためだ。もちろんヒューイにもわざわざ女だとは言っていない。だから同じ部屋でも問題ない。

 ソファはゆったりした造りで、毛布があれば何とかなりそうであった。ヒューイは私よりも背が高い。彼より私が使う方がいいだろう。

「じゃあ、私はソファを使うから、ヒューイはベッドを使ってくれ」

「駄目だ。リスティ、君がベッドを使うんだ」

「えー?」

 いつにない口調に困る。たかがベッドくらいでそんなにむきにならなくても。それに身長の問題がある。

「そんなこと気にしないで」

「いや、気にするだろう。心配しなくても私はほら、背が低いから全然大丈夫だし」

 ベッドに寝ろ寝ないとお互いに問答していると、段々私は面倒になる。

「えー、じゃあ、二人でベッド使う?」

 寝返りを打つのは厳しいが、二人で並んで眠るなら何とかなりそうである。

「え? え!」

「ほら」

 ヒューイの足を払ってベッドへ落とす。ついでに私もその横に寝転ぶ。

「何をするんだ!」

 がばっと起き上がった彼は横に寝転ぶ私を睨みつける。

「いいからいいから。ほらもう寝よう。私は疲れたよ」

 無理やりベッドにヒューイを押し込めると、反対を向かせてその背中に腕を回した。固まる彼に気付いたが、無視して私は眠りの国に落ちていった。


 深い眠りに落ちていたはずの私は何だか息苦しくて目を覚ました。

 重たい瞼を上げるが夜ゆえか真っ暗である。その上何故か体が動かせない。そしてヒューイの息遣いが近くから聞こえる。

 意識がはっきりしてくると、私の手が布を掴んでいるのに気づく。布の先に触れるとあたたかく、ゆっくり動いている。これは、ヒューイだ。しかもどうやらお腹側じゃないだろうかと思うと、背中から力が加えられる。これはもしかしてヒューイに抱きつかれている状況だろうか。

「……ヒューイ?」

 恐る恐る声を掛けるが、彼は深く眠っているらしく気付かない。これはどうすればいいんだ。ヒューイの腕は更に力を増し、彼の体にぴったりくっつくような形になった。確かに男同士だからいいかと思ったけれど、これはまずい、かもしれない。さすがにぴったりくっつかれると女とばれる気がする。最悪パーティ解消されたら困る。彼はよい人物だし、ソロだと結構少額でしか稼げない。

「ヒュ、ヒューイ?」

 もう一回叩く。しかし彼は気付かない。その上、彼は私の肩を自分の胸に押し付けると、首筋に顔を埋めてきた。

 ついには首にやわく噛みつかれ、瞬間的に彼を突き飛ばした。

 ドスンとベッドの向こう側にヒューイは落ちていった。いたたた、と言いながら起き上がったヒューイを私は突き落とした体勢のまま見つめた。カーテンの隙間から漏れた月明かりでヒューイの顔が驚きに満ちるのがわかった。

「……リスティ? えっと」

 彼は私の体勢と自分の状態を見て、顔を真っ赤にする。つられて私の顔も燃えるように熱くなる。

「ごめん。本当にごめん」

 謝ってくるが、私はそこまで頭がまだ回っていない。

「お、男同士だろ? それとも抱きつき癖があったのか?」

 もしそうなら私の方が申し訳ないが、普段から男として過ごしていた私に、少しでも女のように振る舞われるのはひどく落ち着かない。

「……男じゃないだろ。リスティは女じゃないか。だから、駄目だって言ったのに」

「え、知ってた、の?」

「……前に野宿した時、交代で見張りしたじゃないか。僕が見張りの時、寝ぼけて僕に抱きついてきた。その時、その、胸が……当たって……」

 小さくなる言葉に私は羞恥でベッドに顔を埋める。恥ずかしい。

「そうだったんだ……。でも胸ってこんなあるかないかの……」

 つい自分で胸を触るが、手のひらに収まる程度のささやかなものだ。脂肪の塊なのに。

「あ、あるよ! やわらかくて、その、その……それからよく見てみたら体の線だって細いし小さいし。短い髪も触るとやわらかいし綺麗だし。だから部屋を別にしようって言ったんだ」

 申し訳なさでいっぱいになる。しかし部屋はもう此処しかない。今夜は此処で眠るしかないのだ。

「僕はソファで寝るから。リスティはそのままベッドで寝てよ」

「え、一緒に寝ないの」

 つい呟いてから口を押さえた。

 ヒューイはぎょっとした顔で私を見つめている。

「あの、そういうこと言われると、男ってのは期待しちゃうんだよ。あんまり簡単に言っちゃ駄目」

 立ち上がって私の頭をぽんと叩くと、ソファの方へ歩いていく。

「ごめん、でも嬉しくて。あのさ、私の髪、固くてさわり心地悪かっただろ」

「気にするところ、そこ?」

「だって髪褒められたことないから。うわ、本当に嬉しい」

 熱い頬を手で覆うと、ソファで寝ようとしていたヒューイが何故か体を半分に折って苦悩している。

「あ、あれ? どうしたヒューイ?」

 思わずベッドから降りて下から顔を窺う。

「やっぱりベッドはヒューイが使いなよ」

 そうした方がいいと、彼の手を掴むと反対の手で腕を握られた。

「やっぱり駄目だ」

「え?」

「ごめん、リスティ」

 そういって押し付けられたのは熱い唇。そのまま体を抱き上げられて、ベッドに落とされる。

「ヒューイ?」

 戸惑いに彼を見上げると、彼はゴホゴホとごまかすように空咳をする。

「リスティ、僕もう限界です」

 髪に手を差し込まれ、顔中に唇を落とされる。

 そしてそのまま朝までヒューイに抱きつかれた。


****


「レイラー!」

 翌朝レイラを捜してもう一部屋空きはないかとお願いすると、残念なお知らせを伝えられた。

「すみません、それが今日もいっぱいなんです」

「そうなのか。ええと、ごめん、そしたらやっぱり私は他の宿を当たってみるよ」

「リスティ? 昨日もう宿空いてないと思うって僕に言い切りましたよね。大人しく二人で一部屋使おう?」

「ヒューイ!」

 部屋に置いてきたはずのヒューイに首根っこを掴まれて引っ張られる。

「レイラ、すみませんが今日も継続で」

「あ、はい。わかりました」

 ヒューイに引きずられて、食堂の端に連れて行かれる。結局昨夜はずっと彼に抱きしめられたまま眠っていた。寝れないと思っていたのにいつの間にか眠っていたのも不覚だ。

「パーティ解消なんて考えてないよね? もう我慢しませんから」

耳元で囁かれて思わず突き飛ばすと、私は宿屋から外に全速力で逃げた。



本当は体の部位シリーズで書いたはずなのだけど、あんまり関係なくなってしまった。

リスティは本当はシリスティアというんですが、名前出せなくて残念。男装というか男としているので名前もちょっと変えているのですよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ