8.練習場所をグレードアップさせよう
ルーナは家にこもりがちの俺と違って行動派だ。
どんな経緯があったか知らないが、貴族のご令嬢ともお近づきになっているし、地理にも詳しい。
元々冒険者を目指しているから、こっそり出かけては修行の真似事をしたりしてたんだろうなと今になればわかる。
それが、『ペ』なんとかをプレイする上での地道な成長に繋がっているんだろうと勝手に思う。
そうでなければ、ルーナは天才だ。いや、今のテクニックだけをとってみてもかなりの天才っぷりを発揮しているが、影の努力なしでここまでの上達を見せているなんて考えたくもない。
俺の剣技がルーナとは対極で潰滅的な状況なのだから。
ともかく、ルーナの案内に従って街を歩く。この街では見慣れない『ペ』のボールはともかく、刃をこぼしてあるとはいえショートソードをぶらさげた俺達二人の子供の姿は街の人から見ると奇異に映るかも知れないが、特に知り合いに会うわけでもなく、ほどほど歩いて目的地に到達した。
「ここかあ……でも……」
この場所なら知っている。歩きながら薄々ここじゃないかと思っていた。
中まで入ったことはないが、ここは冒険者ギルドに所属する冒険者の訓練場のはずだった。
今も何人かの冒険者風の人達が、剣や槍といった武器で模擬戦を行っていたり、端っこのほうでは魔法の練習なんかをしてたりする。
実にファンタジーだ。
ああ、なんかトリップとかしてギルドに入ったら初心者のうちに練習で来るような場所だなとWEBで読んだ小説のストーリーと絡めながら物思いにふけりつつ、ぼおっと様子を眺めてみる。
広さは十分だし、足元も一角にあるわざと足場を悪くした実戦を想定した練習場以外は凹凸もなく、俺のドリブルなどの足技の練習もしやすそうだ。
「元々、ここはペぉいkじゅhygtfrですぁqのコートだったらしいのです。
ですから、ほら」
とルーナが差ししめる方向には確かに『ペ』のゴールがあった。
2面分の『ぺ』コートが縦に二つ並んでいるような作りである。
しかし、ゴールボードは設置されているものの、誰もそれに取りあおうなんてしていないし、そもそも地面にはコートの境を示すような線などは残っていない。
かつては『ぺ』のコートだったのだが、今は完全無欠に冒険者の訓練場なのである。
「しばらく使われてないみたいだな……」
「それはそうでしょう。この国ではぺおぃくjhygtrふぇdwsくぁなんてプレイしているだけの余裕はないのですから。プレイ人口は極端に減ってます」
ルーナの正論。
そりゃそうだ。頻繁に街の近くで戦闘が起こり、年に何回かは魔王軍的な奴らに操られたか煽動されたと思われる魔物が街まで押し寄せてくる。
大抵は冒険者が総動員されて対処できているので大きな被害には繋がっていないが、平和であるとは言い難い。
冒険者の獲得とその育成が急務である。
そんな状況で、悠長に『ぺ』なんとかなんてしている場合じゃないのだ。
『ぺ』のコートが潰されて、冒険者の訓練場に転用されているのももっともだと言えるだろう。
「ゴールがあるのは端っこだし……、勝手に使わせて貰ってもいいのかな?」
俺はルーナに聞いてみた。
もちろんルーナが俺の質問の答えを持っているわけではないだろうけど。
ゴールもあるし、ゴール裏にはフェンスもあるし、シュート練習するにはもってこいなのは確か。
子供がうろちょろすると怒られるかもしれないが、その時はその時。
ダメ元で無断利用してやろうと気持ちを込めて、いわばルーナにも了承を得て共犯に仕立て上げるためだけの質問だ。
「責任者がいればいいのですけれど……」
ルーナは及び腰で、そんな風に返す。
勝手にシュート練習を始めるなんてちょっと気が引けるといった態度のようだ。
確かに、ここに居るのはごついかいかついか、とにかく冒険者のおっさん、お兄さん、お姉さんなどなどであり、咎められるとなかなかにして恐怖のイベント発生となりそうでもある。一声くらいかけるのが筋といえば筋。それで許可が下りるかどうかはまた別の問題ではあるが。
とはいえ、コート(今は訓練場になってしまっているが)を見わたしたところで責任者が誰かなんてわからない。
指導している教官っぽい人はいるにはいるが、こういう場所で新人を鍛え上げているだけのことはある鬼軍曹とでもあだ名されそうな、いかめしいおじさんだ。
ああいう人に話しかけるのもまた勇気がいる。
そもそも俺って人見知りだし。奥手だし。
どちらかというまでもなく、俺よりはルーナのほうが社交的だし、可愛い女の子だから大人からの受けもいい。なんて勝手に自分に都合よく解釈して納得させて、
「ちょっと聞いて来てくれない?」
と俺はルーナに丸投げした。
「わかりました。あちらの方に問い合わせてまいります」
持つべきものはしっかりもので聞き分けのいい妹である。ルーナはしゃんとした足取りで歩き出した。
教官っぽい人のところまで、行き声を掛けて、なにやら話をしだした。
しばらくして……。
ルーナが帰ってくる。浮かない表情だというのがわかる。
「兄様、ダメでした……」
「しょうがないよな……」
それだけを言うのが精いっぱいだ。
そもそも俺は何もしてないし。
ルーナは俺よりも交渉能力はありそうだから、俺が行ったところでどっちにしろ駄目だったってことだろう。
折角ゴールがあるのに使えないなんて。
「また、河原の方に戻りますか?」
ルーナの問いに頷く。
足取りが重いが……。
と、元ペのコートで現冒険者訓練場を後にしようとしていた時に、
「子供がこんなところで何をしてるんだ?」
と大柄なお姉さんに声を掛けられた。
大きな剣を持っていて全身を鎧――フルプレートメイルって奴だ――に包まれている。 濃い緑がかかった髪は肩ぐらいで切りそろえられているが、ぼさぼさで女っ気を封じているいかにも武骨な女戦士って感じの人だった。20代前半くらいに見える。
冒険者なんだろうか?
「ここに、ペ……のゴールがあるから使えないかなって思ってきたんだけど……」
相変わらず『ペ』が発音できない俺はボールを見せてアピールする。
これで意図は伝わるはずだ。
「おう、久しぶりに見たな。『ペぉいくjhygtfれdwsqさ』のボール」
やっぱりこのお姉さんも若干独自路線に走っているが『ペ』の正式名称をそれなりに口にした。
それ以降、特に話が繋がるわけでもなく、お姉さんは立ち止まったままだった。
「じゃあわたしたちはこれで……」
とルーナが申し出て、訓練場から出ようとすると、
「もう練習は終わったのか?」
と唐突に聞かれた。
「終わったといいますか、あそこの人に頼んでみたのですが、ここで練習するのはダメだと言われまして」
ルーナが事情を説明した。
「ふーん、で、他に練習場所のあてはあるのかい?」
お姉さんの質問に二人そろって首を振った。
「一応河原のほうでやってはいるんだけど」
「そうだろうな。昔はもっとコートもゴールもあったんだけど。
それが今じゃあ冒険者の訓練場だ。
これじゃあ『ペおぃくjhytgrふぇdwsくぁ』なんてやろうって人間がいなくなるってのも当然。
まあ、『ぺおぃくjhygtfれdwswq』どころじゃないといえばそうなんだが」
とお姉さんはしばらく考え込むと、
「まだ、練習は続けるつもりなんだろう?
ちょっとついてきな」
と言うが早いが歩き出した。
方向はといえばさっきルーナが話をしに行った教官っぽい人のところだ。
なんとなく話が前に進みそうな気配に胸を若干だけ躍らせながら。
あくまで若干。結果として何も進展しなかったらがっかりしてしまうから。
俺達はお姉さんの後をついていく。
「ああ、あたしは、ピジュってんだ。
ピジュ・キーノドゥ。こんな格好はしているが、鍛冶屋だよ」
と自己紹介を簡潔に。
俺達も、
「アッシュです。アッシュ・カヤーテル。
こっちは妹のルーナです」
と簡潔に名乗る。
で、お姉さんは頷くと一直線に指導教官ぽいおじさんのところまで進む。
「ピジュの姉御!」
教官っぽい人はピジュさんの姿を確認すると、驚いたような顔で大声を出した。
姉御? どう見ても教官っぽい人のほうが――50は行ってないようだがそれでも40代くらいにはなっていると見えるから――年上っぽいが、姉御ってのは年齢とかじゃなくって立場とかそんなのからついた敬称? なのか?
「ちょっと、こいつらに聞いたんだけどな」
とピジュさんは早速切り出す。
教官っぽい人は、責められても居ないのに言い訳がましく、
「ああ、ぺぉいくjyhgtfれdwsくぁの練習の件ですか。
ええ、丁重にお断りさせていただいたんですよ。
ここは、冒険者たちの訓練場になっちまいましたからね。
子供の遊び場じゃがないんで」
などと、しどろもどろに答えだした。どこか卑屈っぽい。
ピジュさんが、
「端っこで練習するぐらいいいんじゃないか?」
と取り持ってくれようとするが、
「いえ、あっしの一存じゃあ……」
とあくまで取りあわない。
やっぱりだめか……。
と諦めかけていたら、
ピジュさんが突然大声で叫びだした。
「みんな、ちょっと聞いてくれ!!」
人望があるのか、単に大声に圧倒されたのか。
訓練していた冒険者が達がぴたりと手を止めて動きを止める。
それを確認したピジュさんは、
「ちょっと、こいつらが、ぺぉいくjyhtgfれdwsくぁの練習でここを使いたいって言ってるんだ。
知ってのとおり、ゴールが残っているのはこの街じゃあここぐらいしかない。
で、物は相談なんだが、ゴール前の少しのスペースだけ貸してやってくれないか?」
とぶちまけた。なんとなく姉御肌、頼りになる。見ず知らずの俺達相手に親切極まりない。
しかし、誰も反応を示さない状態がしばらく続いた。
何故か、ピジュさんと顔を合わせようとしない人が多い。
が、やがて一人が、ゆっくりと歩いてきた。
見た目的に剣士系の冒険者のようだ。
「今の状況でぺぉいくjhygtfrwsくぁなんてのもないだろう。
ここは見ての通り俺達冒険者の訓練場だ。
子供がうろちょろしたら目障りで仕方ない」
「あんた見ない顔だね?」
「ああ、数日前にやってきたところだ」
「反対はこいつだけか?
他に同じ意見のやつは?」
と、ピジュさんは周りに確認する。
こいつ呼ばわりされた冒険者は顔をひくつかせながらも、堂々としたピジュさんの態度に何かを感じ取ったのか、若干目を伏せたようだ。
で、ピジュさんの問いかけに、数人が手を挙げた。
「ほら見てみろ」
と冒険者の男は、勝ち誇るように言う。
「子供の遊び場じゃねえんだよ。
俺達は街を護るために必至で訓練してんだ。
『ぺぉいくjhygtfれdwsくぁ』なんかでうつつを抜かすている暇はねえ。
お前らも『ぺおぃくjhygtfれdwsくぁ』をするくらいなら、もっと実践的な練習でもして、将来に備えろよ」
ピジュさんではなく、俺達に向って言う。
そんな中、ピジュさんは、
「ほう、子供の遊びか……。
偉そうな口を利くからには、ぺぉいくjhygtfれdwsくぁぐらいは簡単にこなせるんだろうな?」
「はあ?」
冒険者の男は、何を言われているのかわからないと表情を硬くする。
「ペぉいくjhygtfれdwさqのルールは知ってるな?
経験は?」
「そりゃあ、ルールぐらいなら。
それに、少しばかりはプレイしたことも……」
「じゃあ、子供相手に後れを取ることはないだろう。
こうしよう。
この子たちとあんたら反対派でミニゲームをする。
子供たちが勝てば、練習を許可。
負けたら諦める」
「ピジュさん、そんな、勝手に……」
と、俺達ではなく教官っぽい人が割って入ろうとするが、
「あんたも、反対派か?」
とピジュさんに睨みを効かされて黙り込んでしまった。
「ちょっと勝手に話を進めるなよ。
俺は了承しないぜ。
訓練して少しでも強くならねえと。
冒険者として肝心な時期なんだ」
と、冒険者は文句を連ねるがピジュさんは封殺。
「よおし。
話はまとまったな。
ミニゲームだし、3対3でいいだろう。
そっちはそっちで面子を集めてチームをつくりな」
話が勝手に進んでいく。
「あの、ピジュさん?
3対3ですか?
こっちはわたしと兄様の二人しかいないんですが?」
と、ルーナが当然の疑問を口にする。
ピジュさんはにやりと表情を崩すと、
「ああ、あたしが入るんだよ。
これでも昔はぺぉいくjhygtfれdwsくぁで『深緑の最終防壁』と恐れられてたもんだ」
と胸――結構どころではない巨乳――を張り自慢たらしく笑う。
なんか、勝手にレールが引かれたが、人生初の――ミニゲームとはいえ――、試合が始まってしまいそうである。