5.ユニークスキルに驚こう
「兄様、練習はやっぱり河原でしますの?」
「うん。他に場所ないでしょ?
メンバーが増えたらまた別だけど、今はルーナと二人だけだし。
あそこぐらいがいいんじゃない?
それとも、なんか他にいい場所ある?」
「いえ……」
そこでルーナは言い澱んだ。
確かに。
『ペ』の練習をするのに、河原ってのは得策じゃないんだよな。
ゴールもないし、足場も悪い。
大きな石がごろごろしているもんな。
でも、まあ初日だし、とりあえずやってみてから考えようと思って目的地へ向けて歩く。
「魔法系はすぐに使えるようになるかわからないし、そもそも教えてくれる人もいないしな。
まずは貰ったボールとショートソードでボールさばきの練習かな」
「でも、ボールはひとつしか貰ってませんわよ」
言われてみればそうだった。
「兄様のボールですから、まずは兄様がお使いください。
わたしは、その間戴いた本を読んだりしておきますから」
「そう? まあちょっとやってみて途中で交代するよ。
できるんだったら、一対一とかでボールの取りあいとかもやってみたいしね」
そんなことを話しながら歩いていると、後ろの方からごろごろと馬車の音がする。
「ごきげんよう」
馬車が俺達二人の間近で止まり、中から少女の声がかけられた。
「こんにちは、ルーナちゃん」
馬車から顔を出しているのは、俺達と同年代くらいの女の子だ。
「こんにちは、マーキュットさん」
ああ、この子が。
マーキュット・アミファードか。
ルーナとどこで知り合ったのかは聞いていないけどマーキュットはこの辺で力のあるというか、この街を任されている貴族のご令嬢で箱入り娘ならぬ、箱に入らない娘として街を練り歩いている――馬車での移動がほとんどだが――ことで有名だ。
金髪ドリルならぬ水色ドリルの髪型に淡いブルーのエプロン系ドレス姿で、いかにも良家のお嬢様っていう雰囲気を醸し出している。
歳の割には大人びた雰囲気が醸し出されていないとも言えないが、所詮は6歳くらいであり、まだまだお子ちゃまである。
将来はかなりの美人になるだろうが、今は俺の守備範囲外。同い年だけどね。
ちなみに、俺のタイプに近いのはこのマーキュットより、妹のルーナだ。
あくまで、見た目の話。シスコンではないので念のため。
「どちらへ向かいますの?
よろしかったらお乗りになります?」
「あ、でも兄様と一緒だから」
そこで、マーキュットは俺に気付いたのか、
「馬車から失礼しますわ。
初めまして。マーキュット・アミファードと申します」
と、貴族令嬢らしい丁寧な物腰で挨拶をしてきた。
ここからじゃ見えないがスカートのすそぐらいは持ち上げていそうな慇懃さである。
「あ、はい、はじめまして、アッシュです。アッシュ・カヤーテル」
貴族と絡む経験なんて無かった俺は、相手が丁寧な物腰であることも手伝ってかなりギクシャクっとした挨拶になってしまった。兄なんだから、苗字はルーナと一緒なのにわざわざ名乗ってしまった。
まあ、相手もそうだったし、フルネームで名乗るのが礼儀っちゃ礼儀だからいいよね。
相手は俺とは初対面と思っているようだが、俺のほうではマーキュットは有名人だし何度も見かけたことがある。
とはいえ、あっちからしたら俺の存在を認識することなんて今回が初めてなんだろうし、始めましてという返しで問題はなかっただろう。
挨拶も終え特に話すこともなく、俺とマーキュットが黙り込んだために、ルーナが会話を進める。
「これから、兄様と河原で修行なの。
すぐそこだから、歩いていくよ」
「あらそうですか。それは残念。
また、機会があればご一緒しましょう」
マーキュットの誘いは社交辞令とも思えない。
まあ、相手は貴族だからごく自然に社交辞令を口にするスキルを持っているって可能性もなきにしもあらずだけど。
それはともかく、普段俺とか父さん母さんの家族と話す時はずっと丁寧な言葉づかいを貫いているルーナだけど、貴族令嬢に対してかなり物おじしない態度だし、口調も砕けたものだ。
たしかに、マーキュットから気に入られていてちょくちょくと遊びに行かせてもらっているようだけど、なんかルーナのこういう一面って初めて見た感じがする。
別に普段のルーナは口調が丁寧なのは、家で俺達義理の家族と一緒で過ごしにくいような感じや、必要以上にへりくだっているってわけでもない。
丁寧な物腰も気を使っているのではなく――一緒に暮らすようになってしばらくはそんな感じもあったけど――、単に古い習慣がそのまま残っているって感じだったけど、こういう歳相応の少女としての振る舞いは見たことないから意外な一面を見た気がした。
違和感を感じるってほどでもないけど。
「時に修行っていうのは、冒険者としての?」
マーキュットがルーナに問う。その視線は俺が持つ二本のショートソードに向けられている。
「冒険者を目指してってのは変わりないけど、兄様とまずは『ペぉいくjhygtfれdwswくぁ』の練習をすることにしたのよ」
「ああ、『ペぉいくjhygtfれdwsくぁ』でございますか」
やっぱりこっちの世界の人間は『ペ』の発声、発音が自然と出来るようだ。
なんで俺だけ――転生者だということはその一因なのだろうけど――まともに発音できないのかと改めて疑問を感じる。
「なるほど、そちらのボールも確かにそのための……」
そこで、マーキュットは何か考えるように黙り込んだが、すぐに思い直し別れの挨拶を口にする。
「では、また気軽に遊びに来てくださいな。
よろしければお兄様もご一緒に」
これには少しばかり社交辞令の風味エッセンスが効かされているように感じられた。
「ありがとう、またね」
ルーナは気安く応じる。
俺は、初対面の貴族令嬢になんと答えてよいかわからず、ただ軽く頭を下げた。
「ごきげんよう」
マーキュットがそう言い残して、馬車は走り去る。
「仲がいいんだな」
「ええ、どういうわけだか気に入っていただいて」
ルーナの口調はまた丁寧なものに変わっている。
友達とはいえ、有力貴族のご令嬢相手と、義理とはいえ兄貴とではその言葉づかいは逆なんじゃないの? と思うが、まあルーナにはルーナの考えというか理由があるんだろうなと勝手に納得することにした。
再び俺達は歩き出す。ほどなく目的地の河原に到着。
予想通りというか、期待通りというか、誰も居ない。
これなら集中して練習できそうだ。
ルーナは大きめの岩を見つけるとそこに腰を下ろした。
どうやら、本当に読書から始めるようだ。
さてと、じゃあボールもあることだし、さっそく練習を始めようか。
ふと思いついて俺はステータスウィンドウを表示する。
アンサガでは通常の冒険者としての戦闘用のステータスの他に『ペ』プレイヤーとしてのステータスも用意されていることを思い出したからだ。
通常ステータス同様にそっちも見ることができるなら、初期状態を確認しておいたほうが自分の実力の理解もできるし、練習でどれだけ伸びたかもわかるから向上心を保ちやすい。
ステータス画面は相変わらず1並びの寒い状況だ。
俺はウィンドウの切り換え可能なアイコンが表示されているのを確認した。
朝には無かった表示だ。
これは、俺が『ペ』のプレイヤーを志したっていうのが表示フラグになっているのだろう。
ゲーム内でも同じような仕様でゲームでも途中で『ぺ』をプレイすることができるようになってからから表示されるようになるのだったのだ。
『ペ』ステータスへの切り換えを念じる。ルーナに訝しがられないように、ボールの感触を確かめるふりをしながら表示されたステータスをざっと眺める。
※※※※※※※※※※※※※※※
※ オフェンス E
※ ディフェンス E
※ シュート E
※ ドリブル E
※ パス E
※ カット E
※ タックル E
※ ブロック E
※※※※※※※※※※※※※※※
うん、想定外だ。
各ステータスのレベルは通常はA~Eの五段階で、かなり特殊な状況でSってステータスがあるのが『ペ』のステータスの仕様だが、もちろんEってのは最低ランク。
俺がゲームをやっていた頃には悪くてもBでSこそなかったもののほとんどのステータスはAにまで到達したもんだったが。
6歳という年齢がそれをさせるのか、それとも俺の才能が全然恵まれていない状況なのか。
多少は、チートというかボーナス的な能力があって、それを活かして伸びていくって将来設計がガタガタと崩れ落ちる。
まあ、マイナスの事ばかり考えてもしかたない。
練習してたらどんどんステータスが向上するというのに期待しようか。
まだまだ時間はある。なんてったってまだ6歳になったばかりなんだから。
と、そんなことを考えているとウィンドウの一部が点滅しているのに気付いた。
なんらかのお知らせがある時に知らせてくれるマークだ。
そこに意識を集中するとメッセージウィンドウが表示された。
~~
『ペぉいくjhygtfれdwsくぁ』の選手登録にともなってユニークスキルが付与されました。
~~
ユニークスキル? ああ、確かに、ゲーム内ではペの選手になる際になんらかのスキルが与えられることがあって、それが冒険者としての強さにも反映されるって仕様があったな。
というか、スキルってのは冒険者用とペ選手用はほとんど共通だから自然とそうなるんだけど。
俺はステータスウィンドウを通常ステータスに切り替えてスキルを確認する。
そこにこう書かれていた。
スキル名:【太陽の加護】
チームリーダーとしてのカリスマ性とリーダーシップが向上。
通常ステータスの全能力に補正ボーナス。
『ペおぃくjhygtfれdwsくぁ』プレイ時および練習時の取得経験値優遇。
げっ。幻とも言われたユニークスキルだ。
やっぱチートあるんじゃん!!