2.異世界での目標を決めよう
早朝に目が覚めた。異世界の朝は早い。
いつもどおりのことだ。
俺にはひとつ試したいことがあった。
それを確認するまでは布団から出ることを控えた。
頭から布団をかぶったままで、そっと念じる。
――ステータス・オープン……
その念は、結実した。
神が与えた奇跡(あるいはチート性能)なのか。それともそういう仕様のゲーム内――もしくはそれっぽいゲームライクな異世界――への扉が開いたのか。
どちらでも――どれでも――よかった。
布団越しに淡く光るウィンドウが現れて各種のステータスが表示されている。
それをぼんやりと眺めながら俺は記憶をまさぐった。
どうも、この6年の人生を振り返るに。
6年暮らしたこの世界が、俗にいう異世界であるということはほぼ明らかだが、勝手の知らぬ世界ではないようだった。
前世の人生を送った日本人である時に――ことにニート時代にそこはかとなくやりこんだネットゲームがあった。
そのタイトル、アンエターナル・サーガ(略称はアンサガ)の世界を踏襲しているようなのだった。
アンサガはごく一般的なMMORPGだ。
レベルがあり、スキルがあり、冒険者となって世界を駆け巡る。
ギルドからの依頼を受けて、成長しながらクエストをこなし、最終的には大ボスである魔王的な奴を倒して世界に平和を迎える。
というところまでのシナリオがメインストーリーとして用意されていた。
でもなあぁ。
ゲームならまだしも異世界とはいえ現実に魔物やら魔王軍やらと戦うのって……。
剣やら魔法やらが使えるからって。
そんなのは俺には向いてないような。
元々がスポーツ少年だったから血なまぐさいことは苦手だし、喧嘩なんかもほとんどしてこなかったし……。
さらに言えば……。
なんだよ、このステータス。
※※※※※※※※※※※※※※※
※ レベル1
※ HP 32/32
※ MP 6/6
※ 体力 1
※ 筋力 1
※ 持久 1
※ 敏捷 1
※ 器用 2
※ 魔力 1
※※※※※※※※※※※※※※※
6歳とはいえ、ほとんど1並びって。HPはそこそこあるが、本来のゲームでの開始時のHPには到底及ばない。
こんな貧弱なステータスで冒険者なんてなれるかっての。
ゴブリンのみならず、スライム系の最弱種相手にしても瞬殺されるレベルだろう。
確かに、冒険者としてはありえないほどの低ステータスだが、6歳児として考えれば妥当かもしれない。
今後の成長に期待しろってことか?
まあ、普通に考えたらこういう時って、転生したっていうメリットを存分に活かすんだろうな。
つまりは前世の記憶を利用してサボらず怠けずに、修行すべきだということだ。
そういう幼少時代を過ごせば、そこそこの年齢になったときにはいっぱしの冒険者として通じるだけの能力を身に着けるってのが王道の流れだ。
ついでにいえば、魔力なんていうのは小さいうちから使えば使うほど伸びていくような優遇仕様が用意されていたりもすることが多いし。
訓練、練習、修行を積んで冒険者になって地道にランクアップしていく。
そういう人生を送るメリットとしては、王道だけに、成り上がれる可能性が高いってこと。あとは、神的な存在がいるのなら、これが規定のルートだから将来的には勇者だの英雄だのというところへと繋がっているかもしれない。
頂点へと向かう道が用意されている道を歩んでいけるってことだ。
レールの上を邁進していけばよいだけという簡単攻略だ。
デメリットとしては、俺の成長具合にもよるが、常に危険と隣り合わせってことか。
それか、冒険者になることとか成り上がりなんて考えずにごく普通に暮らすっていう選択肢もあるにはある。
が、この世界がゲーム、アンサガの世界を踏襲しているのなら、やがて魔王的な奴の魔王軍的な奴からの大攻勢に晒されるわけだ。
こっちの世界で俺が住んでいる国、クリーヴ公国は残念ながらその魔王的な奴との戦いの、ほぼ最前線にある小さな国だ。
常に敵の到来の危機に晒されている。
それこそ英雄的な存在が現れてくれないと真っ先に滅ぼされてしまう運命にあるようなものだ。
最前線だから他国からの冒険者も沢山やってくるが、そいつらに期待するしかできない。
いざとなった時に自分自身で戦う力を持っていないと、運頼みで逃げ出すくらいしか取れる方法がない。
人任せの上に、運が悪いとど嵌りして、無理ゲーになってしまう。
せっかく転生したってのに。
なにかとしがらみの多い状況だ。
元の世界で時間がまき戻って人生やり直しであれば迷わずサッカーに打ち込みなおしていたんだけど……。もちろん怪我には最大限の注意を払って。
転生というかやり直し先が異世界ってことはどうすりゃいいんだ。
どのようなプランを立てて人生を歩んでいくのが正解なのか……。
待てよ。
『ペぉきじゅhygtfrですぁq』があるじゃないか。
昨日の晩はそう考えていたはずだ。
サッカーとは似ても似つかない競技ではあるが、しいて言うならばこっちの世界の中ではもっともサッカーに近い競技だとも言えなくもない。
いや、かなり無視を承知で言えば、サッカーの異世界版だと言い切ることもできそうにはないが、とにかく、他に比べたらサッカーっぽいことは間違いない。
それに。アンサガには通常のエンディングとは別のエンディングが用意されていたはずだった。
サブゲームとして用意されていた『ペ』なんとかは、かなり作りこまれた秀逸なゲームで、冒険者としての職務を放置してそっちばっかりやっていたゲーマーもいたぐらいだ。
そして、『ペ』をやりこんで全国大会で優勝を勝ち取れば、ご都合主義的なハッピーエンドが訪れたはずだった。
あくまでそれはおまけ的なエンディングだったが、平和になるのは間違いない。
この世界がどこまでゲームと同じかはわからないが、世界観が一緒でステータスまで実装されているのなら。
試してみる価値はあるはずだ。
『ペ』なんとかで成り上がる。全国大会を制して結婚して子供を設ける。
優勝メンバーがそれぞれ子供を作り、その子供たちが優秀な冒険者となっていずれ世界に平和をもたらすという悠長かつ適当なエンディングだがそっちのルートでハッピーエンドに辿り着ける可能性も無くはないか。
俺自身が冒険者になって旅をして魔王を倒すなんてのよりはよっぽど現実的だろうし、リスクも低い。
なにより、俺の性分に合っている。
よし。
『ペ』なんとかでトップを獲ろう。
地位も名声も金も手に入るし一石二鳥だ。
と考えを纏めつつあったところで……。
「ぐうぇ!!」
腹部に衝撃を受けて思わず悲鳴を漏らしてしまった。
「兄様、朝でございます!」
かぶっていた布団を引っぺがされる。
間近に妹であるルーナの顔があり、にこやかに微笑んでいた。
俺のステータスウィンドウは開きっぱなしで布団が剥がされた今となっては彼女には丸見えの位置に浮いているのだが、ルーナには見えないようだ。
「起きましょう!
今日は記念すべき兄様のお誕生日です。
冒険者になるための修行の解禁日なのですから」
「うん……おは……よう……」
「あらためて、お誕生日おめでとうございます! 兄様!!」
「あ、ありがとう……」
そうだった。
俺と同じ6歳、同い年の義理の妹、ルーナは俺と共に冒険者になるのを夢見ている少女だ。
自分を養子に迎えた俺の両親の言うことはなんでも護る優等生だが、唯一冒険者に向けての修行は解禁前からこっそりやっていたことを俺は知っている。
俺にも懐いてくれている、可愛いたった一人の妹だが、冒険者になって活躍するっていう彼女の強い意思だけはなんとなく苦手なのだった。
そういえば、今日から剣やら魔法やらの練習を始めるって約束してたっけ。
そもそもこっちの世界でも生まれてから今の今まで、冒険者が自分には合わないって思ってはいたけど、言いだせないまま押し切られたんだった。
両親が俺が6歳になるまでは、激しい運動とか魔法とかは使わないようにと防波堤を作ってくれていたが、それは昨日までで決壊した。
ハイテンションで、やる気満々のようだ。
まずは、ルーナをどうにかしないとな……。