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17.続・魔力を解放しよう


 光の速さで俺とルーナの魔術の修行が始まってしまった。

 強引矢の如しである。


 準備としては、部屋にあったティーセットを下げただけである。

 それは、執事のクラノさんが自ら行ったのではなくメイドを呼んで下げさせた。


 もはや、召使から師匠モードに変わっていて、そんなクラノさんにマーキュットさんも畏敬の念を隠せないような、若干緊張した面持ちになっている。


 クラノさんがゆっくりと丁寧に語り始める。


「魔術を身に着けるには、まずもって魔力の解放が必要となります」


 先ほどまでとは打って変わって饒舌だ。


「魔力の解放とは、魔術を使うための魔力の流れを理解して操作するための感覚を身に着けるということです。

 本来、魔力というのは誰でも持っていて始終体を流れているものですが、その流れを感じられて(・・・・・)いない人がほとんどです。

 そういう人は魔術は使用できません」


「そういうことですから、少しずつ魔力の流れを理解するための経験、そして練習を積んで魔術の使用に繋げていくのでしょう?

 あれは、しばらく時間がかかりましたわ。

 わたしも、クラノに言わせると習得が早かった方だというのですけど。

 何か月……いえ、一年近くはかかりましたでしょうか」


 マーキュットさんが、差し挟む。

 どこか、既に魔力の流れを知り、魔術を身に着けた経験者の余裕のようなものも感じられる口調だ。


 品のいいお嬢様とはいえ、まだまだ子供。(俺だって身体年齢は同年代なんだけど)

 あなたたちの先を行ってますわよ、という軽い自慢なのかもしれない。


 そんなマーキュットさんを無視するかのごとく、クラノさんは、


「魔力の流れを感知し、それを自在に操るようになるためには二つの方法があります」


 と指を一本立てる。そのうちの一本を折り曲げて続ける。


「ひとつは先ほど、マーキュットお嬢様がおっしゃっられたようなやりかた。

 身近な人間に魔力の操作するところを見せてもらい、まずは魔力というものがなんなのか?

 その存在を理解することから始めます。

 そして、自らの体を流れる魔力を認識するという流れで進めます。

 持って生まれた才能やその時の体調などにも左右されるでしょうが、早くても魔力の流れを感知するまでに数週間。

 その後、魔力の流れをコントロールするのにもまた数週間。

 それから、魔術の使用へと繋げていくのにも数週間。

 ご自分でも言われましたとおり、お嬢様は上達が早く、一年と掛からずに魔術が使用できるまでになりましたが、どこかで躓くと、魔術の使用までに一年以上、下手をすれば数年、あるいは一生かかっても習得できないことも多々あります。

 時間がかかるため、また教授役が限られているために、魔術を使える人間は僅かです。ご存知のとおり、一般には魔術は広まっていませんからね」


「けっこう、大変なんですね……」


 俺はアンサガでのゲームシステムを思い出していた。

 あれはゲームであるからプレイヤーであればほとんど誰でも魔術は使えるようになる。


 ただ、魔術のスキルを手に入れるために簡単なクエストをこなさないといけないっていう制約があっただけだ。

 クエストの結果として、魔術を教えてもらうというようなイベントが発生してそこでスキルが手に入る。

 ゲーム内にして数分の出来事である。まあ、一年も修行しないととれないようなスキルなんていうバカげたものがあればそのゲームはクソゲーとのそしりを受けかねないだろうし。

 プレイヤーはそもそも、才能豊かで成長しやすいというご都合設定なんだろうし。


 それにしても……、1年か。下手をすれば一生取れない。


 そういえば、クラノさんは魔術を身に着けるための方法は二つあるって言ってたっけ。

 さっきから立てっぱなしの指がまだ一本残っていた。


「さて、お嬢様には時間がありました。

 わたくしがずっとおそばにお付きできますし、幼少の頃から面倒を見させていただいて、ある程度の素質があるということはわかっておりましたから、先ほどの一つ目の方法を取らせていただきました。

 いわば、じっくり呼び覚ますという方法です。

 そしてもう一つの方法が、無理やりに叩き起こすという方法です」


「無理やり……ですか?」


 これには、ルーナがたじろいだ。


 が、クラノさんは涼しい顔で、


「ええ。これから、お二人には簡単な魔術を受けてもらいます。

 威力は加減しますから、多少の痛みを伴うだけです。

 それによって体内に流れる魔力を活性化させた後に、魔力を注ぎ込み、それをコントロールする術を体感してもらうということになります」


「わたしにその方法を使わなかったのはどうしてなの?」


 と、マーキュットさんが問う。


「ひとつはもちろん、お世話を仰せつかっているお嬢様に、加減したとはいえ魔術で攻撃するなどという行為が執事のわたくしに許されるわけがないということ。

 もうひとつは、リスク、つまり危険性ですね」


 あ~、危険なんだ。となんとなく思った。


「わたくしが申し上げた手順を踏みますと、お二人の……、つまりはアッシュさまとルーナさまの体からは魔力が体外へと流れ出ていくことになるでしょう。

 それをコントロールし、再び体内での循環に戻すというのが必要な作業となります。

 ある程度の時間でそれを為し得ないと……」


 どうなるんだ?


「体中の魔力が体外に流れ出て、死の危険性すら存在しますね」


「そ、そんな危険なこと……!?」


 なんとか声に出して意義を申し立てられたのはマーキュットさんただ一人。

 当事者である俺とルーナは、声に出すこともできずにただただ恐怖におののいていた。


「とはいえ、お二人の魔力が枯れてしまわないようにわたくしが魔力を注ぎ続けますので危険性はほとんどありませんよ」


 と軽く言う。信じていいんだろうか?


「あの~、いいですか?」


「なんでしょう? アッシュさま?」


「その、クラノさんが僕たちに魔力を注いでいられるのってどれくらいの間ですか?

 それと、僕たちそんなに急いでないんですけど。

 クラノさんがお忙しいなら母さんに習うこともできますし」


「最初の質問に対してですが、お二人の体に対してであれば。

 そうですね、半日くらいは続けられるでしょう。

 もっとも、それ以前にコントロールのコツを身に着けていただければこちらとしても助かりますが。

 それから、お二人に魔術を教えるというのを一旦引き受けた以上、このクラノ。

 後へは引けません。立派な魔術師に育て上げて差し上げましょう。

 また、お嬢様がお二人とぺおぃくjhygtfれdwさqをプレイなさるのなら、チームメイトであるお二人にのろのろと修行していただくわけにはいかないのです。

 いち早く、基礎能力を高めていただいて、立派なプレイヤーになっていただきたく存じております」


 ああ、責任感が強くて、親ばかならぬ、執事ばかってタイプの人なのかな。

 それはそうと、気になることが一つある。


「もし、万が一にですよ。

 その半日の間でコントロールする方法が身につかなかったら?」


 と俺は、聞く。我が身が可愛い。身の危険は出来る限り避けたい。


 だが、クラノさんは、ふっと鼻で笑い、


「やる前から諦める馬鹿はいませんよ」


 と、冷たく言い放つのだった。なんの答えにもなっていないのがまた不安を煽る。


「悠長なことをしていられる時間もないのですから」


 と、微かに聞こえる声量でクラノさんは呟いていたのが何故か印象に残った。




「できるだけ楽な姿勢で。

 心を静かに」


 有無を言わせずに、魔力覚醒のための手順が進められていく。


「お二人がどの属性に秀いでているのかは、現時点ではわかりません。

 ひとつずつ試すことにしましょう。

 まずは、火属性から」


 クラノさんの指先に小さな火の玉――ビー玉くらい――が灯る。


「ご心配なく。火力は抑えてありますので、火傷の心配はありませんよ。

 では、いきます」


 二つの火の玉はふらふらと俺とルーナにそれぞれ向かって飛んでくる。


 額のアタリにちくりとした衝撃が走るが、それはすぐに消えてなくなってしまった。

 確かにここまでは安全配慮もされたまあ、耐えられないこともないイベントだ。


「続けて他の属性も」


 と、水球、そよ風、石ころといった水・風・土の魔力球が俺達に向って打ち込まれた。

「どうです?

 それぞれの属性で違いがありましたか?

 取り立てて熱かったり、冷たい、あるいは体の芯まで衝撃が走るというようなことが?」


 そのクラノさんの問いに、ルーナが、


「若干ですが……、風属性の時……。

 体全体が震えるような感覚が……。

 それよりは劣りますが土の時にも……」


 何かを感じ取ったようである。


「アッシュさまは?」


 と、俺も問われる。

 が、思い返してみてもそれぞれに差があったような気はしない。


「どれも体はポカポカしたんですけど」


「それは、水や土の時にも?」


「ええ」


「ふーむ。

 ちょっと珍しいタイプのようですね。

 暖かさを感じたのであれば火の属性に特化している傾向があるのではとも思いますが……」


「はっきりわからないの?」


 と、マーキュットさんが聞く。


「こればかりは、第三者が読みとることはできませんので。

 まあいいでしょう。

 ルーナさまは、風、アッシュさまは仮に火の属性を起こしましょうか。

 といってもこれはきっかけであり、後から別の属性の魔術も習得は可能です。

 あくまで、もっとも親和性の高そうな系統で基礎を身に着けるということですから」


 と、クラノさんは躊躇なく次の手順へと進めていく。


 まずはルーナから。


 ルーナの頭に手を置いて、


「では、魔力を注ぎますよ。

 初めに、一瞬力がみなぎり、その力が徐々に抜けていく感覚が生じると思います。

 その、抜けていく力が魔力です。

 それを、コントロールして、体の中を循環させて漏れ出さないようにするのです。

 では、始めましょう」


 ルーナがこくりと頷いたのが合図だった。


 見た目には何も変わらないが、ルーナがびくりと体を震わせる。


「どうです?」


「体が軽くなった感じが……」


「そうですね。風の属性と相性が良い方はそういう捉え方をする人も居ます。

 徐々にその軽さが失われていく感覚はありますか?」


「ええ、手足……、特に足のほうがだんだんと重く……」


「では、その重さに抗うようにまだ残っている手や体の軽さを足のほうへと移動させるイメージです。

 …………。

 ほう、これはこれは」


「もしかして、もうできちゃったとか?」


 笑みを浮かべたクラノさんに俺は聞いた。


「いえ、まだまだ時間はかかりますよ。

 その間に、アッシュさんも」


 と、クラノさんが俺の傍に立ち、同じように頭の上に手を乗せる。


「いきます……」


 あ、熱い! 尋常じゃない熱さが!!


「ちょ、滅茶滅茶熱いんですけど……」


 魔力なのかなんなのか、体に異物――といっても物質的なものではなく、概念的なもの――が挿入された感覚はわかった。

 それと同時に体が燃え盛るイメージが沸いてくる。


「クラノ! 大丈夫なの!」


 マーキュットが叫ぶ。


「想定外です。

 が、事故には繋げませんよ。

 多少、室内に焦げが残るかもしれませんが。

 後でわたくしが旦那様にお詫びを入れておきますから」


 冷静な口調のクラノさんだが。


 俺の指先に炎が灯り、段々と大きくなっていく。

 これが……魔術? 魔力の力?


「ルーナさまはそのままで。

 自身の魔力のコントロールに集中してください。

 お嬢様!

 ルーナさんの状況を見ながら、魔力を注いであげてください。

 風の魔術を具現化させずに体内に流し込むイメージです。

 できますね?」

 

 クラノさんから矢継ぎ早な指示が飛ぶ。


「わかりました」


「アッシュさんは、指先の炎を体内に戻すことを!」


「って言っても、足の方も燃えだして!」


「抑えるんです!

 全身に炎が回ると、アッシュさんの魔力量では……。

 下手をすると死にますよ」


 簡易死刑宣告である。


 俺の体に突然生じ、指先だけだった炎は、肘を超え、肩のあたりまで覆っている。

 さらに足の炎も、膝を超えて太ももの中ほどまで上がってきている。


 これを、抑える?


 どうすれば……。



 


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