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16.魔力を解放しよう

 噂では聞いていたし、実際に近くを通ってみたこともあったが、マーキュットさんの家はとてつもなくでかかった。


 さすがは、この地域を統べる大貴族である。

 幸いにして、悪政ではなく善政を敷き、民の人望も厚いから、屋敷の周りには警備の兵士は少なかった。

 そうじゃかったら、ものものしすぎて近づくだけでプレッシャーを感じてしまっただろう。

 それでも、街中に比べれば警戒は厚く、若干近寄りがたくもある雰囲気なのだ。


「これはルーナさん、ようこそいらっしゃいました」


 ルーナは門番の兵士に顔がきくのか、要件を伝えるまでもなく、招き入れられる寸前だった。

 いつもは申し訳程度に来訪目的なんかを確認して、中へ通されるのだろう。


 が、今日は瘤付こぶつき。つまりは俺が居る。

 それを踏まえた対応となった。


「そちらの方は?」


 まあ、子供相手だからさほども警戒心をあらわにせずに俺の方に門番の目が向けられた。


「わたしの兄です。今日は一緒に尋ねさせていただきました。

 マーキュットさんにもお話はしてあります」


「ああ、なるほど。そうですか。

 ただいま取り次ぎますので少々お待ちいただけますか」


 言い残すと、門番は中の兵士に二言三言。中の兵士はそのまま屋敷のほうへ向かっていく。


 さすがに名門貴族、アミファード家だ。庭は庭園になっていて屋敷までは遠い。

 少しの間待つことになった。


「すっごい家だよな」


「そうですわね」


「っていうか、どこで知り合ったんだっけ?」


「お買い物をしている時にたまたまお会いして話をするうちに……」


 自慢じゃないが、うちの家――それはルーナの家でもある――は、貧乏でこそないが、さりとて裕福というレベルにはまったく至っていないごく普通の家庭だ。


 ルーナも俺も小遣いは貰っているが、微々たるもの。ルーナがちょくちょく買い物に出るのは知っているが、大した店に行けるわけもない。


 そこで知り合ったというのなら、アミファードのお嬢様、マーキュットさんは、結構庶民派な暮らしもしていると言える。それは、噂で聞く貴族令嬢の普段の暮らしの話と一致していた。下々の暮らしを軽視せず、民と触れ合うことをよしとする一家なのだ。


「お待たせしました」


 門番が門を開ける。


 門の向こうには、しゃんとしたスーツ姿のおじいさんが居た。見るからに執事である。


「ようこそいらっしゃいました。ルーナ様。

 それから、そちらはお兄様のアッシュ様ですね。

 はじめまして」


「あ、どうもはじめまして」


 名前を知られていたことに多少驚きつつお返事だ。


「ごきげんよう。お言葉に甘えて兄とともにご来訪させていただきました」


「お嬢様もお喜びですよ。

 ささ、どうぞお入りください。ご案内いたします。

 申し遅れましたが、わたくしはマーキュット様付の執事、クラノと申します。

 クラノ・バーグバッゴです」


 ぺこりと……ではなく深々と頭を下げる執事クラノさんにつられて俺も反射的に頭が下がった。


 で、庭を眺めながら三人で屋敷へと向かう。


「良く手入れが行われているでしょう?」


 などとは余計なことは言わない。ただ無言で案内する。

 後ろは振り返らないが、俺達のペースを把握して歩調を変化させているようでもあった。

 その辺の紳士然とした態度も良家の名執事であることをうかがわせるようだった。

 まあ、執事なんて人種に会ったのはこの人が初めてなんだけど。


 で、目的の部屋へと案内される。

 中を見るとベッドなどは置かれていないから、客間的な使用も兼ねた私室のひとつのようである。子供の遊び部屋といえばそれまでだが、調度品の数々はさすがにランクが高そうだ。


「いらっしゃまし、ルーナちゃん。

 それから、そちらの方がお兄様ですわね。

 以前にもお会いしましたわね」


「いつも妹が世話になっています」


 他人だから他人行儀でもいいんだけど、どうにもペースがつかめなくて、様子を伺う意味で短く応答する。


 これがこっちも貴族なら、気の利いた挨拶なんかも仕込まれてて相応の対応ができるんだろうけど、残念ながら俺は前世でも今世でも庶民のお子様だ。


 マーキュットさんは多分同い年くらいという情報は得ているが、だからと言ってフランクに接するのもどうなのか。


 そんな俺の様子を看破したのか、


「ルーナちゃんとわたしは、お友達ですの。

 ですから、お兄様のアッシュさんもお友達ですわ。

 お気を使わないでくださいましね」


 内容は砕けたものでも、口調がこれではそうはいかない。

 気を遣わせたくないのなら、自分から歩み寄れと言いたくもあったが、相手が貴族令嬢であればそれは、高望みでもあり見当違いの指摘でもありそうで。


 なんとなく居づらさを感じながら、ああ、ともうん、ともつかない生返事を返す。


「失礼いたします」


 とさっき案内してくれた執事さんが、盆にティーポット、ティーカップ3セット、ついでにお菓子の乗った白い陶器のボウルを持って入室してきた。


 テーブルにそれらを置くと華麗な手つきで茶を淹れる。


「どうぞ、ご遠慮なく召し上がれ」


 言われて、茶をそっとすすり――これはまだ熱くてとてもじゃないけど飲めなかった――、クッキーと思われるお菓子に遠慮なく手を伸ばした。


 うん、美味い。手作りだけど高級品の雰囲気が醸し出されている上品な逸品だ。


 で、クラノさんはお茶を出して退出するかと思いきや部屋の隅でじっと立っている。

 なんか用事を言いつけられたり、お茶のおかわりのタイミングなんかを計ってるんだろうな。


 マーキュットさんが、それをごく自然に受け入れているので、俺もクラノさんの存在を一旦忘れるべく視野の外に置いた。


 とはいえ、仲がいいのは女の子二人で俺はあくまでおまけ。


 食べ過ぎないように注意しながらも――あさましいし、貧民の意地汚い子だと思われたらルーナにも悪い――、お菓子を食べて茶を飲んで、ルーナ達の会話に時折相槌を打つ。

「で、どうですの?

 ぺぉいくjhygtfれdwsくぁを始められたんですってね?」


「うん、兄様と二人で。

 今は、冒険者の訓練場のほうで、冒険者さん相手に練習付き合って貰ったりもしてるの。

 あの鍛冶師のピジュさんが防具を作ってくれているところだから、それが出来上がるまでは激しい練習はできないけど」


「そうですの。

 ぺぉいくjyhtgrふぇdswっくぁは楽しいですか?」


 マーキュットさんの顔は俺に向けられていた。


「まあ、はい。うん。楽しいよ。

 といっても、まだ魔法も使えないし、練習始めたばっかだからなんとも言えないって点もあるけど」


 俺は多少気を遣いつつもこの雰囲気にも慣れてきて正直に返す。


「冒険者さんたちも、活気づいてきたといいますか、訓練にも力が入っていると父からも聞きました」


「そうなんだ。やっぱり訓練だけやるよりも息抜きも必要だったってことなのかな?」


「そうですわね。思えば、三年前の魔物の襲来事件以降は街中にも、特に冒険者さんには少しピリピリした空気が流れているようでしたから」


 三年前、正確にいえば四年近くになる。俺達幼児にとっては家から出られない日々が続いたことがあったということだけは覚えている。


 ほんとに街の付近、場所によっては街の中にまで魔物が攻め入ってきたという事件があったのだ。

 なんとか力を合わせて撃退したらしいが、防壁も備えていないこの街では、冒険者のレベルアップが急務ということになった。


 その頃には既にぺおぃくjhytgrふぇdwsくぁの練習場は廃止されていたけど、冒険者さん達はその一件で仲間を失くした人も多く、より一層自身の強化に貪欲に取り組むことになったとかそういうことらしい。


「人によってはぺぉいくjhygtfれdwsくぁは遊びだと言う人もいるようですけど、戦闘の技能は高まりますし、パーティの連携にも貢献します。

 いっそのこと、冒険者さん達でチームを作ってもういちどこの街でもぺぉいくjhygtfrwくぁを盛り立てて行こうなんて話も出ているくらいですのよ」


 初耳だった。他の国では、少年クラブもあれば、大人のアマチュアチームもあり、もちろん領主が指揮下に置いている専属のプロチームもあるのがぺぉいくjhygtfれdwsくぁだ。

 だいたい街ごとにチームがあって、隣町や近隣の街と盛んに交流しているという、まあサッカーや少年野球でありがちな恵まれた環境になっている。

 

 だけど、この街はそうではない。

 でも、こないだの一件以降にそんな話で出ているのは俺にとっても悪いことじゃないな。

 いずれは、どこか他所よその国でチームを探さなければいけないと思っていたけどそんなことをしなくても良くなるのかも知れない。


 そして、話は急展開を迎える。


 なんでもないこと……とでも言うように、マーキュットさんが切り出した。


「アッシュさんとルーナちゃんのお話を聞いていて、わたしもぺぉいくjhygtrふぇdwsっくぁに興味を持ち始めましたの」


「そうなんだ」


 なんでもないということのようにルーナはそれに相槌。


「よろしければ、練習をご一緒させていただけません?」


 とのこと。


 ええと、貴族のご令嬢と一緒に練習?

 マーキュットさんの力がどれくらいか……。


「こう見えても、魔術も使えますし、鞭術の修行もしてますのよ」


 まるで断わられる選択肢など存在していないというかのようにごくごく自然な口調である。


 確かに断る理由などない。あるとすれば、やはり貴族のご令嬢。親が許さないとかそういうのが第一候補だろう。箱入り娘であれば。


 だが、マーキュットさんの父親の、アミファード候、つまりはミズーリオ・アミファードは、自身も武芸に秀でていて、冒険者を指揮して前線に立つこともしばしばという猛将でもあったりする。

 いい意味で放任主義で、よく街にも出ているという話も聞く。


 既に了解は取れているのかも知れない。


「俺達は別にいいんだけど……」


 俺はふと思いついた懸念を口にする。

 深いわけがあったんじゃなくってふと思いついたことを言っただけだ。


「母さんがなんていうかな……」


「お二人のお母様?」


 そうか、補足が必要だな。


「ああ、今は父さんが旅に出ていて母さんが店番やってるんだけど。

 父さんが帰ってきたら母さんも時間が取れるし、母さんに魔法を教わろうと思ってるんだ」


 ほんとうならば、自分の街の領主の令嬢に魔法を教えるなんていうことになったら母さんがびっくり、あるいは萎縮しちゃうんじゃないか? とまで伝えるべきかもしれないが、そこは自粛。


 聡明なマーキュットさんにはなんとなく伝わったようだったが、即座に代案を持ちかけられた。


「魔術なら……、ねえ?

 クラノ」


 水を向けられた執事がこくりと頷いた。


「クラノは元々優秀な冒険者でしたの。

 魔術にも長けていますわ。わたしの家庭教師も兼任してますし。

 どうですか?

 お二人とも、クラノに魔術を習ってみませんこと?」


 あらたな師匠が誕生した……?

なんか話が進みませんでした。

魔力覚醒は次回になります。

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