おまけ ピジュさんの様子をうかがおう
閑話的。
ピジュさんは多少むらむらしていた。
ムラムラしつつも、作業場でアッシュとルーナの防具の構想を練っていた。
二人から聞き取った注文を頭の中で反芻しながら考え込んでいた。
「おっかあ、なんか面倒な依頼引き受けてない?」
そんなピジュに、娘のユピタが声を掛ける。
「面倒っちゃ面倒だな。理にかなった注文だけど、鍛冶師としての腕が試される案件だ」
ピジュさんはそれを否定しない。
「軽鎧だったら、革系でしょ。おっかあはどっちかというと得意なのは金属加工じゃん?」
「どちらかといえばな。まあ、革を使うかどうかも決めてないんだ」
ピジュは軽く答える。
革といっても牛や馬ではなく、モンスターの革であれば防御力は金属製と遜色ない物も多数ある。費用の面で言えばかなりの高額商品になってしまうが。
母の物言いに不信感を覚えたユピタは、さらに、
「それに、あの子たちまだまだ子供じゃん?
エルフのボクらと違って成長早いから、すぐにサイズが合わなくなるよ?」
「そうなんだよな。
アッシュのポイントアーマーぐらいなら大きめに作って数年は使用できるものを作れそうだが、ルーナの軽鎧ってのがな。
はてさて、どうしたものか……」
ピジュは考え込んだ。が、それはフリである。
実はもうピジュは、アッシュのポイントアーマーについても、ルーナの軽鎧についても、素材や耐用年数の問題解決の目途は付けていた。
だが、それをそのまま娘のユピタに躊躇なく伝える勇気が無かっただけなのである。
ごまかしといえばごまかしのテクニック使用中である。
そう言った事情もあってピジュさんは芝居がかった口調で、
「だが、一旦引き受けてしまったもんはなあ。
深緑の最終堤防の名に懸けて、断わるわけにもいかん……」
などと呟く。
ピジュの芝居は続く。
「となると……あれしかないなあ……」
「あれ?」
ユピタが問いかける。どこか諦めた表情をしているのはピジュには伝わらない。
ユピタはユピタで、ピジュの芝居に付き合うべく芝居をしているのだった。
なんとなくピジュの考えた透けて見えてしまっていた。
「軽くて丈夫で、再加工が容易な素材。
そういうのを使えば成長に合わせて修理のついでにサイズ調整も可能だし、あいつらのプレイスタイルともマッチした防具が作れるはずだ」
「それってまさか……」
ユピタには心当たりがありありだった。ほぼほぼピジュの考えがお見通しだった。
「ああ、うん。フェザーメタルだな。
子供のおもちゃとしちゃあ高価で貴重すぎるが、将来を見越した上で、しかもあたしのプライドにかけて、よりよい防具を作ろうと思えばあれしかない」
「って、うちにフェザーメタルなんて在庫あったっけ?」
フェザーメタルというのは貴重な金属である。アン・サガのゲーム内でもレア素材の筆頭であり、中盤から終盤にかけて、大活躍する素材であった。
あまりにも貴重すぎて市場には出回らず、必要に駆られたプレイヤーは各々で素材集めを行う必要があるくらいの代物だった。
そしてその貴重さはゲーム内での価値にとどまらず、この世界でも同様である。
フェザーメタルは、メタリックバタフライという昆虫種の羽を原料としている。
メタリックバタフライには様々な亜種がおり、その討伐自体はさほど困難ではない。
中級程度、レベルでいえば20以上、ギルドランクでいえば、Dクラスの上位からCクラスほどの実力があれば簡単に狩れるモンスターでもあったりする。
が、蝶の羽は薄く――薄くて丈夫で軽いからこそ素材として重宝されるのだが――、一匹から獲れる量はほんのわずかである。
鎧なんて仕立てようと思ったもんなら、何百、あるいは何千――もしくはそれ以上、という数のメタリックバタフライを倒して、大量の羽を集めなければならない。
なので、在庫という意味ではピジュの工房にフェザーメタルはごく微量にしか存在しない。その在庫というのはかつてフェザーメタルで鎧を仕上げた時の余りものであった。
サークレットにもブレスレットにもならないほどの微量が残っているだけである。せいぜい薄い指輪がひとつばかり作れる程度の量だ。
「在庫という意味では……もちろんそんな高価な素材はほとんど残ってないな」
ピジュは正直に打ち明ける。
二人の芝居は続いている。そして確信に迫りつつある。
ユピタが思い切って聞く。
「まさか、おっとうの鎧? あれ使っちゃう?」
「ああ、それしかないよな……」
ピジュは言いにくそうに、しかし自分の考えは変えないという決意を込めつつ答えた。子供に口出しはさせないという都合のいい親の口調でもある。
ピジュの元亭主――つまるところのユピタの父親は既に十年以上も前に亡くなっている。寿命的なもので大往生に近い感じである。
ピジュは未亡人だった。
お互いに冒険者として知り合い、同じパーティを組み戦ううちに恋に落ちてといろいろなロマンスがあったのだが、今はそれについて語る時ではないだろう。
ともかく、ピジュは亭主と結婚し、結婚を機に片足だけ冒険者に突っ込んだままで工房を開き、鍛冶師として生計を立て、二人は長らく子供に恵まれなかったが、十数年前にユピタを授かった。
ユピタの父親はエルフではなく種族的にはごく普通の人間だった。
ハーフエルフのピジュとはそもそもにして寿命が違う。
それも理解した上での結婚であり、子供ができにくかったのも、ピジュのエルフとしての血が原因だったともわかっている。
それでも二人は幸せな夫婦生活を送ったと思っている。愛の力は種族を超える。
ともかく、ピジュとその伴侶が冒険者時代に苦労してメタリックバタフライを大量に狩り、鍛冶師としての技量も身に付けつつあったピジュが仕立てた鎧はいわば、ユピタの父親の形見とも言えるもので、ピジュの鍛冶工房で売りに出そうものなら一生とはいわないが、長らく遊んで暮らせるほどの逸品であった。
それを、つぶして別の人間の装備に素材を流用しようという。
生半可な覚悟ではない。
ユピタはやんわりと不服を申し立てた。
「おっとうの鎧を? なんで? どうしてそこまであの子供たちに入れ込むのさ?」
「ユピタのおっとうとあたしはな、まあ冒険が縁で知り合ったんだが、深い仲になったのは『ぺぉいくjhygtfれdwsくぁ』がきっかけだ」
「それは聞いたことがあるよ。だからって……」
ユピタは父親が好きだった。彼女は父親が歳老いてから出来た子供でもありさんざんに可愛がられた。目の中に入れられそうになったこともしばしばである。
まだユピタが幼いうちに亡くなってしまったために思い出は少ないが、その分父親への想いは強い。
その父親の形見とも言える鎧をつぶしてまで……。
どうして母親がそこまで入れ込んでいるのかがさっぱり見当もつかない。
いや、少しだけ想像はつく。
「おっかあ、まさか、あの子に惚れたなんてことは……」
「ば、馬鹿をいうな! まだ子供じゃないか!
ありえん! そんな、十年後、いや7~8年後ならまだしも……」
いやに具体的な数字が出たことでユピタは確信する。
7年後ぐらいならピジュのビジュアルは今とほとんど変わっていないだろう。
それくらい経てばアッシュとピジュはなんとか――見た目上は――釣り合うカップルにならないこともない。
そういえば、ピジュには、若い男を子供の頃から目を付けて、成長を待ってねんごろになるみたいなちょっと異常っぽいハーフとはいえ長寿種であるエルフにしかできない趣味があるようだ。
結婚してからは、さすがに大人しくなっていたようだが、たびたび若い男に色目を使うのを目撃している。
いやまあ、ことには及んでいないと信じてはいるが。
さりとて、未亡人。旦那亡き後どのように生きるかは自由でもある。
おっとうも、死に際に、残りの人生は自由に生きるようにと言い残していたというお墨付きもある。
が、フリーダムすぎやしないか? と思わないでもないのがユピタだった。
「そういえば、あのアッシュってこ、どことなくおっとうに似てる?」
そんなことは、考えもしないユピタだったが、鎌をかける意味で何気なく問いかける。
「いや、そういうわけでもなくってな。
ただ、この時代にぺおぃくjhygtfれdwsくぁなんてやるって言うから、まあそれでおっとうの若い頃を思い出したってのは無くはないが……」
若干だけかすっていたようだ。
「ふーん」
ユピタは出来るだけ平静を装って答える。
ユピタは見た目は6~7歳というところだが、エルフのクォーターであり、実年齢は10代後半である。
実際には奥手で恋愛経験的なものは皆無――見た目が幼女なので同い年の人間なんかと付き合えば相手がロリコンのそしりを受けること間違いほぼほぼなしなので――だが、耳年増っちゃあ耳年増である。
母親であるピジュの気持ちもわからないではないような気がしないでもない。
「なあ、ユピタ。
おっとうは許してくれるかな?」
それは、鎧を打ち直すってことについて? それとも、あの子供と将来的にお付き合いを見越して接するということについて?
と、ユピタは多少逡巡したが、
「まあ、おっとうの鎧も……あのまま眠らしといても勿体ないもんね」
と、あくまで鎧のことについてだけ触れる。
「そうか……、そうだよな」
遠い目をしたピジュの心には亡くなった亭主が映っているのであろうか?
それとも、成長して男らしさを増した将来のアッシュが映っているのであろうか?
「おっとうも許してくれるよな?」
ピジュはそうひとりごちた。
ともかく、アッシュは――ついでにルーナも――、なんだか通常ではまず手に入らない貴重な素材と、確かなピジュの鍛冶師の腕で拵えた、身分年齢ともに不相応の装備を手に入れられそうである。
が、それの完成にはまだ幾ばくかの時を待たねばならない。
さらに言えば、ピジュとアッシュの間に恋やら愛やら、あるいはやましい何事かが生じるのかどうかが判明するのには相当の時間を要するのであった。
本編に絡むかどうかわからないけど軽い気持ちで書きました