11.初ゴールを狙おう
先制点は許したが、まだ一点差だ。
まずは先にとられた一点を取り戻すことに専念する。
とはいえ、いきなり切り札を使い切るっていうのも勝ちきるためには得策じゃない。
さっきは、ピジュさんの慣れない剣の間合いが失点に繋がったが、今度はそれを計算に入れて守ってくれることを信じる。
ってか、信じて攻めに転じるしかない。とはいえたった二人での攻撃なんだけど。
なんか、審判経験でもあるのかってくらい様になった教官が笛を吹き、ルーナのアタックオフから試合が再開する。
この辺はサッカーと同じルールで、得点後は失点したチームによってセンターサークル上から試合が再開される。
プレイヤーがその得物――ルーナの場合は剣でボールを動かすところからプレイが始まるのだ。
まずは一度味方にボールをパスして渡さなければいけない。そのままドリブルなどをするのは禁止なのだ。
というルール的な事情も相まってルーナから俺へとパスが渡る。
まあ、選択肢は俺か、自陣ゴール前のピジュさんに限られているから妥当というより、他にやりようがない。
足元に弾んできたボールを俺はしっかりとトラップする。
敵はチャージしてこない。ゾーンでしっかり守りを固める戦略のようだ。
というか、無駄に走ったりするほどの相手でもないって思われているのだろう。
目に物を見せてやる。
2~3度ボールを蹴りあげて、感触を確かめる。
ああ、戻ってきた……。感慨深い。そんな想いだ。
正確に言うと、これはサッカーじゃなくって『ぺ』なんとかで、ボールもイボイボで全然違うんだけど、俺のプレイスタイルではボールを蹴るというところだけはかろうじて共通している。
俺が前世で慣れ親しんだサッカー。
俺が前世で怪我のせいで諦めざるをえなかったサッカー。
もう一度サッカー(みたいなと言ったら語弊ありまくりの変な球技)が出来るとは夢のようだ。
ディフェンスに回った敵は三人とも剣や斧で武装している。もちろん子供相手だし練習試合だから、斬れないように細工はされている武器だが、当たれば痛い。
足にはピジュさんの手甲を付けているとはいえ。
直接体への攻撃を禁止している特別ルールだとはいえ。
怪我をする可能性は結構高そうである。
が、ここは冒険者の訓練場で冒険者の新米やらベテランやらが練習していた場所だ。ひとりぐらいは回復魔法が使える人がいるだろう。
その辺はゲーム的ファンタジー世界をありがたく思う。
もう二度と、前世のように怪我で一生を棒に振るみじめな思いはしたくないもんな。
さて、どう切り崩すか。
ゆっくり俺はドリブルを開始する。
俺の動きに合わせて、敵のディフェンスである細身の剣士が軽くコースを防ぎに移動する。
左寄りから上がっていく俺に対峙するのは細いほうの剣士だ。
ピジュさんは相変わらず自陣のゴール前から動かない。堅守に徹している。
ルーナは、俺とは逆サイド。やや右寄りの中央で俺からのパスに備えつつも上がっていく。
ルーナと俺との連携を試してみるか。
パス交換で一気に二人を抜き去り、シュートまで持っていく。
そういう作戦も取れることは取れるのだが。
ここは、上がってしまったテンションを、サッカーへの熱い思いをぶつけてやろう。
俺は軽く頷くと、ドリブルのスピードを上げた。
逆サイドの細くないほうの剣士は一応ルーナへのパスに備えて、俺との距離は保ったままだ。
ルーナをおとりに使うまでもない。
二人抜いたらゴールが狙えるんだから。
俺は一気にスピードを上げた。
慌てた細剣士が、チェックに来る。
が、遅い。
子供だからってなめんなよ。まだまだ成長期だから足はそれなりに遅いが、動体視力や反射神経は前世のものを引き継いでいるんだ。戦術眼やテクニックも同様だ。
体を左右に振り、フェイントを試みる。
右に蹴り出すと見せかけて、左……、と見せかけてやっぱり右へと方向転換。
つられた細剣士はバランスを崩す。
よし!
隙だらけだ。
俺は小さくボールを蹴り出すとそのまま細剣士の真横を通りすぎようとして……。
細剣士は、ボールの過ぎ去った場所、つまり俺がこれから通ろうとしている地点に剣を差し出した。
そうか、足だけじゃなくって剣でボールに触れてもいいんだから多少バランスが崩れていても、まだ対処が出来るんだな。
とはいえ、タイミング的には若干遅かった。おあいにく様だが。
既にボールは細剣士の横を通過している。あとは俺がボールに追いつけば抜き去ることが出来る状況だ。
俺は、剣を飛び越えると、再びボールにタッチしてドリブルを再開する。
意外と簡単に抜けた。
子供の体で大人相手。しかも素人じゃなく冒険者だ。
体が小さく小回りが利いたことも有効だったんだろう。
今抜いた細剣士に『ぺ』の経験があるのかないのか知らないけど、そもそも『ぺ』は、ボールを持った相手と直接接触して力づくでボールを奪うかなり大味な競技だ。
ゲーム内でもそうだったが、あまりこういったフェイントなんかの技術は浸透、発展していないのかも知れない。
俺は、顔を上げて、進行方向、つまりは相手ゴールを見る。
いかにも鈍重そうなおっさんが斧を構えて突っ立っているだけだ。
普通、『ぺ』で守備に偏重を置く場合は、ほぼゴールの真ん前で護るのが一般的だが、斧のおっさんは若干前がかりに守っている。
まったくの馬鹿ではないようだ。
足元にボールを置く俺からすれば、ゴールに近づきすぎると角度が急になりすぎて――ゴールボードは高い位置にあるから――シュートコースが逆に無くなってしまう。
だから、ある程度の距離からシュートを撃たないといけないってことをなんとなく理解して対処しているようだった。
さっとルーナとルーナのマーカーの位置を確認するが、俺との距離は十分。
パスを警戒してか、ルーナをマークしている剣士は俺のほうにはやってこない。
斧のおっさんで止められると思ってるんだろうな。
が、そうは問屋がおろさない。
スピードを緩めるとさっき抜いたばかりの細いほうの剣士が追いついてくることもありうる。それまでに得点へつなげるプレイを考えなければならない。
俺はトップスピードのまま、斧のおっさんへと向かっていく。
「調子に乗るなよ!! ガキが!!」
ガキは正解。調子にも乗っている。が、それは勝算あってのものだ。
相手は重武装の戦士。スピードでは鎧もつけないでいる身軽な俺に分がある。
さらには、こっちの世界で俺のフェイントが通用するってこともさっきの細い剣士で立証済みである。
シュートコースさえ見つかれば、ディフェンスの一人ぐらいは簡単にあしらえるだろう。
この状況はサッカーで言うところのキーパーとの一対一みたいなもんだ。
圧倒的に攻め手が有利な状態である。
違うのはキーパーが手も足も使えるのに対して、『ぺ』の選手は護りだろうと攻めだろうと試合前に登録してある武器でしかボールに触れることはできない。
斧はリーチはあるが、両手を使えるキーパーに比べて隙が大きい。
重い分だけ取り回しもしづらく反応も遅れるはずである。
剣よりもアタックポイントが広いというのがこの場合においては唯一の利点だ。
まあ、接触プレイありのルールだとその重い攻撃力は脅威となるのだが。
この場に置いて、今回のルールでは俺の立場はサッカーでキーパーを相手にするよりも、幾分か楽な状況であることには間違いない。
さらに言えば、俺は、前世でサッカーをプレイしていた頃に得意としていたシュートがあった。
こういう場面では、それがきっちりかっちりと使用できる。
若干ドリブルのスピードを緩めて、相手の出方を伺う。
待っていても仕方がないと判断したのだろう。
ディフェンスのおっさんは、斧を振り回しながらのそのそと――それでも相手からすれば全速力なのだろうが――近づいて来る。
げっ。
こう、でかいおっさん――しかも武器を保持している――が、向かってくるってかなり迫力あるな。
あんなごつい武器が足に当たればかなり痛そうだ。
うん、やっぱりまともに相手にするのはよそう。
その方法もあれば、技術もあるんだから。
俺は若干ドリブルのコースを変化させる。
さすがにおっさんもそれに対応して体を寄せようとしてくるが、まだ距離は十分。
どフリーである。
この状況でとる手段はひとつ。
俺が得意とするループシュートだ。
「いっけえ!!」
気合の入った大げさな掛け声とはうらはらにボールは弧を描き、ゴールボードに向ってふわりと飛んでいく。
おっさんは斧を振り上げてボールを叩き落とそうとするが、当然届かない。
斧のリーチ分も計算に入れて蹴ったんだから。
さらに言えばおっさんのジャンプ力は俺の予想をはるかに下回っている。というか跳んでない。
そのままボールは、ゴールボードに吸い込まれて……。
とりあえずの同点弾!!
今世での初ゴール!!!!
とはいかなかった。
狙い澄ましたループシュートだったが、数十センチ四方のゴールボードをわずかに掠めて、その脇を通りこしてしまう。
教官が笛を吹く。ゴールではなく、ボールがラインを割ったためだ。
ちょ、良く考えたら、試合の動きの中で、あんなに小さな的を正確に狙うのっていくらサッカー経験があってもなかなか難しいよな。
「惜しかったぞ! その調子だ!!」
ピジュさんが後方から叫ぶ。
「兄様、残念ですけどまだ時間はありますわ」
「ああ」
シュートまでは思い通りに進んだから余裕をぶっこきかけていたが。
ちょっと考えを改めなければならないかもしれない。
俺達が子供だからってことで、ルール的には本来の『ぺ』よりもかなりサッカーに近くなっている。というかそうしてもらっている。
だから、サッカーの技術がそのまま流用できて良い感じだったのだが、最後の詰めの部分。
シュートに問題があった。
なんせ的が小さいのだ。
そもそも、剣とか魔法の補助で狙うのが『ぺ』のシュート。サッカーよりはバスケットゴールに近い。
手でボール投げることのできるバスケットと違い、剣にしろ魔法にしろ精度は落ちるからバスケットのゴールのようなボールを小さな輪っかに入れないといけないというシビアな制約こそないが、サッカーに比べると格段にゴールは小さい。
やれやれ。
どうやって、あの小さな的を狙うべきか。
ちょっと考えて、ルーナの正確な剣さばきに活路を見出す。
そもそも、試合はひとりでやるもんじゃない。
浮かれて一人でボールを運んだが、ルーナにも活躍してもらわないとな。
俺は、作戦を伝えるべく、(あと、相手ボールで再開するから守備を固めるためにも)ルーナの元へと駆け寄って行った。
連携プレイで一点もぎとるぞ!! って感じのハイテンションは継続中だ。
やっぱり、試合模様を書くのってめちゃむずいと今更思いましたし、相変わらずルールがはっきりわかりません。
という泣き言を書きたかったのではなく、お盆休みに入るのでしばらく(数日)更新お休みするかもというご連絡です。
ご理解のほどよろしくお願いします。