ココロの欠けた者たち1
3月8日 PM01:06
___BSF施設外 廃墟ビル屋上
もっと自由に……
俺はまだ、その場に立ち尽くしていた。
シグに言われた言葉。その意味が全く分からずにいた。
悩みながら、青い空の下で時折吹いてくる風に当たっているだけで、時間は過ぎていく。
あいつがよくここに来るのも分からなくもないな……
施設は地下にあるし、外に出ようとも傭兵の身だと気軽に外に出るわけにもいかない。
施設の真上には廃墟ビルがあり、骨組みが剥き出しになったボロボロのコンクリート壁と、空虚になったオフィスらしき部屋がいくつか残っている。
ビルは6階ほどの高さで、階段は補強された跡があり、そこから屋上に登ることができる。屋上も各所補強が施されている。
ここに来るのはシグぐらいで、狭いとこにいるのが我慢出来ない性格を考えれば、全部あいつが自分で補強したんだろう……
全く…こんなことができるなら少しは仕事にその力を向ければいいものを。
しばらくボーッとしていると少し清々しくなってきて、いつの間にかその辺に座っていた。
ふー……。
何もしないだけなのに気持ちが軽くなった気がした。
これが少し自由っていうのか…?
それが本当の自由なのか分からない。でも自分なりにそう思えた、自由な時間だった。
珍しい感覚に包まれ、余韻に浸っているとポケットでバイブが鳴った。
おそらく天音だろう。
ポケットに手を突っ込み、携帯端末の画面を確認する。
やっぱり、か。
予想は的中し、通信をつなげて「何だ?」とお決まりのセリフで応答するが、返事は返ってこない。
……?「おい、アマネ?」再度呼びかけるも、結果は同じく返事はない。
風を切るようなノイズ音だけが聞こえ、耳元に端末を近づけて聞いていると次の瞬間、聴覚の限界を超えた。
『ゼノーーーーっ!!!!』
「クソッ!うっせぇ!!!」
いきなりの耳を劈く爆音に、端末を耳から反射的に手離して睨みつけていると一瞬、端末本体と外からと両方から声が聞こえた気がした。
耳鳴りの感覚に陥りながらも辺りを見回していると機械的な音と共になんか飛んで来た…?
ワイヤーが隣の建物の壁に刺さり、巻き上げる力によって対象を上に急上昇させて姿を現す。
「ゼノー!!ぅわわっ!!!」
「アマネ…!?」
ビルの屋上より上に飛んだ者に残念ながら羽は付いていない。
だとすれば、後は落ちるのみ。
上に行く力が効力を出し切り、落下し始めたアマネを受け止める為に落下地点へ急ぐが、その足元には投げ捨てた端末が、あってはならない『バナナの皮ポジション』を陣取っていた。
「なっ……?!」
時すでに遅し。古典的かつ間抜けなトラップだけに疑うことなく図らずも自分で撒いた罠に嵌りに行く。あとはすっ転んで、アマネの下敷きになる残念極まりないバットエンドが瞬時に予想できた。
勘と予想はよく当たる方だが、こういう予想は当たらなくていいとつくづく思う。
予想通り、金属製の端末はコンクリートの床をガリガリと削りながらも軽快に滑り、そこへ重力に押されて落ちるアマネの突撃が待っていた。
「うぅ…ゼノー大丈夫?死なないでぇー」
実際、死にそうなくらいのダメージだった。
端末は特殊金属だから壊れることはないし、アマネは俺がクッション代わりになり無傷。
だが、何事にも責任を負わないものがいれば、必ず負う者がいる。
それと同じく今回、全ダメージを俺が受ける結果になった。
責任を負わなかったヤツは、出来ればほっておいてくれれば何よりだが、受けたダメージが収まるまで待ってくれるヤツだとは思ってない。
「ゼノーゼノー」とゆさゆさ揺すってくる。
「揺するな……バカが………」
「あ、ゼノ元気?ふぁいといっぱーつ!」
クソ……。
しばらくして耳鳴りもダメージも殆ど収まり、5分ほどで再び静かな時間に戻った。
「うぅぇ…いたいー…」
「バカやるからだ、全く」
あの後アマネはゲンコツを食らい、反省中。今も痛みが残っているようだ。
「まさかフックショットでここまで来るとはな」
「でも、最後のところで事故っちゃった…」
アマネはエヘヘ…と苦笑し、俺の機嫌を伺うように口ずさむ。
『フックショット』。
端末から聞こえた機械音の正体。装備の一つだ。
ワイヤーを発射する機構を持ち、射程は……忘れた。そこまで考えるほど高跳びしようとは思わない。建物間を空中移動したり高所に登る際に重宝するが、何かと操作が難しい。
使い方を間違えると壁に激突や、さっきみたいなことになるんだが……
「全く…家に居たんじゃないのか?」
「来ちゃった!」
「はぁ……」
「……まぁ、いい、ケガしなかったわけだしな……。ただ、もう勝手に装備を使うなよ」
「ふぇ……ぁ…う、うん」
警告に対し、返事を返すアマネだが、少し戸惑いを見せ、頬を赤らめた様子だった。
何故だ……?
……とにかく、そろそろ戻ろう。かなりの時間を浪費してしまった。
「ん……地下に戻るぞ」
「うん…」
ここまで来てしまったら家に戻すわけにもいかない。
また、フックショットを使われても敵わないからな……
アマネは俯いたままだが、ついて来てるので気にせず、地下に戻る為に階段へと足を運ぶ。
階段を3段ほど降り、4段目の所で
「ゼノがわたしの心配してくれるなんて……えへへっ…」
と、こっそり呟いていたのに気付き、頬を赤らめた理由が分かった。
はぁ……何だかな。
「慣れないことはするもんじゃないな……」
俺もそうやって、聞こえない程度に呟き返した。