狂気ロストアウト
「自分を失っちゃだめだ……ユウヤ……」
そう、彼は言った。
でも、彼の言ってる言葉の意味は理解できなかった。そしてこの状況すらも。
分かるのは、心臓が丁度あるであろう胸にナイフが深々と突き刺さり、そこから赤色が溢れんばかりに滲み出ている。そんな光景。
そしてあろう事にも、そのナイフを握りしめていたのは、自分だった。
2***年**月**日
___ハイドラシティー
ハイドラシティー研究局
「どうだ?侑也」
「すごい……」
此処は現代から少し離れた次元のモノを創り出す、異空間とも言える場所だった。
「そう、すごいんだよ。此処はな……」
父はそんな異空間の住人。自分はその一人息子だった。
「おーぃ、鐘矢!出来てたよ!例の細胞」
「おぉ、でかしたぞ……。これで戦争を勝利に向けられる……!」
戦争。
この時、西に位置する街、ビルゴシティーと争いが起きていた。原因は東に位置するこのハイドラシティーとビルゴシティーの間にあるコーバス地帯の領土の取り合い。
当時、父を支えていたのは戦争による兵器開発。そのなかでも生物兵器に力を注ぎ、一つの細胞を作り出した。
父は『狂気細胞』と呼び、生物に注入すると攻撃化して指示可能な兵器になるらしい。
ただ、こんな悍ましい研究をしている者の子が学校なんかに行ったらどうなるだろうか。
相手にされるはずが無いに決まっていた。
破壊者の息子。悪魔の子。色々なレッテルが貼られ、終いには戦争の原因にされる始末だった。
でもそれを父に伝える事はしなかった。
父の支えを崩したくなかったからだ。生きがいに満ちたその姿をいつまでも見ていたかったのかもしれない。
その一心で父にその事を伝える事を硬く拒んだ。
**月**日
___ハイドラシティー
学校内
自分の住んでいる世界。そこは単純明快に自分は除け者だった。
いつも世界の端っこにいる自分は世の中の輪から外され、一人孤独に縮こまっていることを義務付けられた。
周りからは変人扱いを受けて距離を置かれ、噂はウイルス細菌の様に瞬く間に広がる。
そんな隅っこで生きる僕のところに出来事が起きた。
「__ユキヤって言うんだ?」
一人の生徒が話しかけて来たのだ。
驚いたのは自分だけでは無い。周りの生徒も同様の反応を示し、騒ぎ立てる。
「僕はね、クウガ。朱木 空雅。よろしくね!」
名を聞いた時、研究局にいた『アカギ』というネームプレートを付けた研究員が思いつく。父の隣に居たアシスタントの名だ。
それからクウガとは仲良くなり、よく一緒に遊んだり休み時間に話をしたりした。ある日の放課後、アカギという研究者の話をするとやはり同じ境遇の人物の子だった。クウガもそれを知っていて自分になぜか謝った。理由を聞くと例の狂気細胞の事だった。
狂気細胞の理論を作り出したのはクウガの父。でも細胞を完成させたのは自分の父。公表された時も代表として名が出たのは父だけだった。同じ研究をしているのに自分だけ助かっているのが我慢できなかったらしい。
「気にしなくていいよ」別に気にすることないとクウガには伝えた。慣れたことだったし、なによりクウガの言葉が嬉しかったから。
時間は進んで数ヵ月後。戦争の終わりを告げるニュースが流れたのを覚えている。当然みんなは喜んだ。学校でもすぐに話題になって喜びと安心の雰囲気が広がっていた。彼らに勝ち負けは特に気にすることではなかった。所詮は政治事、ただ早い終わりを望んでいた。
でも、父はどうだろうか?少なからずこれを良しとしない者がいた。平和というパズルを前に、幾つかのピースはその型にはまることができなかった。
父は生きがいをなくし、一人研究室にこもるようになっていた。父と距離が近かったクウガの父親もしばらく会えてないらしい。
シティー同士で復興が進むなか、父の捜索も行われた。
それから一週間後、役目の少ない携帯にメールが届いた。送り主はクウガではなく父だった。
「研究室に来るように。但し、一人で来るんだ。」
ただ、それだけの文面。父の安否が判った瞬間、携帯を握りしめて走り出した。
**月**日
___ハイドラシティー
ハイドラ研究局
誰にも伝えることなく研究局へ向かい指定された研究室に向かう。何度も立ち入っているおかげで顔パスで入れたが、以前より見るからに人の数が減っていた。
階段を下り地下三階。
部屋はたくさんあるが照明はほとんど点いてないことからもう使われていないのだろう。薄暗い廊下を進むと父がいる研究室がそこにあった。頑丈な扉で閉ざされ上には赤いランプが点灯している。
本当にここにいるのだろうか?そんな疑問をよそに扉をノックすると、ランプが緑に変わり鈍い機械音とともに道を開けた。中に続く部屋はさらに暗く、足を前に進める。冷たい空気が体を撫で、暗闇からその人は現れた。
「侑也………よく、来た。な」
姿は父だが不可思議に笑っていた。焦点の合わない淀んだ目が自分の知っている父は既に消えた。そう、無理やり理解させられた。
「侑也……お前は、私の子だ…。だとすれば最高の実験にぴったりの人材だよ」
背筋が凍る。もはや同じ人間なのか判らない形相に体が硬直する。
「オヤスミ……ユキヤ」
後ろに後ずさりをした瞬間、警告音らしき警報が鳴り扉がさっきより乱暴に閉まり室内はロックされた。
『____ロック完了』
そのシステム音声は死刑宣告に等しかった。
部屋中に黒い煙が立ち込め、せき込んでいるうちに意識が遠くなっていった。
「戦争をしよう……決着がつくまで………なぁ、ユキヤ?」
「お前は私を継ぐんだ……いや、私がお前を継ごう……。最高の私を最高のお前が・・・ハハハッ」
___ユキヤっ!……ユキヤ!!
目が覚めると、そこにはクウガがいた。
「よかった…ユキヤ大丈夫……?」
「………」
**月**日
___ハイドラシティー
アカギ宅
あの後、父は死んでいた。警報を聞きつけ駆けつけた研究員が自分と父を発見したらしい。自殺だそうだ。狂気細胞の開発者の死はすぐに報じられた。
事件の後、自分はクウガの家に引き取られ、そこで過ごしながら、クウガの父親から自分の父のことを少しずつ聞いた。
「ほかに聞きたいことはあるかい」
「狂気細胞って……?」
名は知ってても詳しくは知ることができなかった細胞。そして、父の生きがいの結晶。
「…狂気細胞は戦争の為に作られた生物兵器化細胞。投与すると対象の元ある細胞を書き換えて、乗っ取るんだ。乗っ取られた体は暴走して狂暴化する。ここまでが僕の考えた理論だ。でも、これだとどちらにも危険な兵器になってしまう。ショウヤはそこに『制御』を加えて兵器化させようとした。それが狂気細胞だ。クウガから聞いたかもしれないが、要するに設計図は僕が。開発が彼だ。」
「そして、父は死んだ」
クウガの父親はコーヒーを一口飲んだ後、一息つけて続けた。
「あぁ…。いつからだろうな。鐘矢が変わってしまったのは」
父が……?研究室で見たあの姿が脳内に映る。
「鐘矢に開発を委託してからか………。実験は終わってしまったけど、僕はそれでよかったと思うよ。」
「…どうして?」
「彼は………人に細胞の投与をしようとしていたんだ。かなり後になって知ったけどね。でも、それは危険だ。人へは投与してはいけないモノだ」
最後の言葉に力をこめて答えた。まるで一度、人に投与した姿を見たかのように。
「……ありがとう。教えてくれて」
「どこか行くのかい?」
席を立ち外へ向かう自分を引き留めた。
「……ちょっと外に」
「そうか……」
「ユキヤ、僕も行くよ」
玄関にいたクウガと一緒に玄関を出た。
「お父さん、あのお兄さんだれ?」
「ん……名前教えてなかったか、ユキヤだよ」
「ユキヤ兄さん?」
「あぁ、仲良くするんだよ?絵美花」
「うんっ」
____ハイドラシティー
公園付近
一体何故……今まで記憶にいた父と現実にいた父。あの人に会った後、気を失い、話をする間もなく死んでいた。どちらが本当のあの人なのか分からなくなってしまった。いや、分かっているのかもしれない。
「ユキヤ?具合悪いの?」
「え?」
顔色が悪いと言われ、『ムカツク』額に手をやると嫌な汗を掻いていた。……え?今何か?
「ユキヤ・・・元気出してこ?」
迷惑をかけてはいけない……『タノシクイコウ?』今度は頭痛がしてきた。痛みはだんだん強くなり『サア……』それでも無理やり平然を装う。
「大丈夫!僕もいるからさ。一緒に行こう?」
「あぁ……『行こう、終わりの果てに』」
……!謎の言葉が頭に鳴り響き、突如意識が体を放棄した。
そこに別の意識が流れてきたかのように自分は勝手に動き出し、先に歩くクウガの方へナイフを構える。
ナイフ…?!何故?いつ手に持っ……
「ん?ユキ…ッ!?」
一直線に突き刺したナイフはクウガの右胸あたりを抉った。血が見る見るうちに服を染め、その場にだらしなく倒れた。何のマネだ……これ…??自分が……?いや、違う!!!
『いや、別に違くないよ?』
黙れ!!!体は動かない。存在しないように。自分を遠くから見ているようで意識だけが続く。
「ユ、キヤ、ァ…自分を失っちゃだめだ」
『お前も見たんだ?狂気細胞……』
狂気細胞……?自分の体に……??
『残念だけど、私が引き継ぐことになったんで。ご苦労さん』
「ガァッ!!……」
ナイフは何度も同じ動作を繰り返し、断末魔が響く。
しかし、何十回かやっているうちに、こと切れてしまったのか声は聞こえなくなり見るも無残な元人間しか残っていない。
そこに居たのは、紛れもない自分だった。
「誰だ…おま、え……」
『誰?誰ってそりゃぁ…』
『キリヤマユキヤかな?ククク……』
最初に異変に気付くべきだったのだろう。むしろ気付いていたはずだ。
異変は狂気に生まれ変わり、殺戮へと姿を変えた。
そのうちに意識も欠けていき、
自分と親友が消え失せた。
それだけを理解し、意識は眠りについた。
「後の事は憶えていない」