第三点五章 お尋ね者...
シラハは、代杜が出かけてから何もすることが無く、少しのんびりしてから、代杜の言っていた押入の中に入っていた漫画を手に取り、読み漁っていた。
↑↓
まだ、代杜さんが出かけてから30分もたっていないけど、私が家を徘徊したら失礼だからこの部屋から出たりすることが出来ない…………。それに、あまり迷惑とかはかけたくないから、勝手に代杜さんの物とかには触るわけにもいかない。
ーー私はこれからどうすればいいんだろうか……。
昨日の夜から今日にかけて考え続けていたけど、自分の記憶について必死に回想を促したけど、何も考えていないような風に、まっさらとした空間が頭に浮かんでしまう。無理に何かきっかけでもって思って『モノ』それから連想しようとしたら、頭は何かに刺された感じの激痛を浴びてしまう。
昨日、お医者さんには『まだまだ問題のない序の口物だよっ』てよく理解できない言葉で私の“記憶”に対しての話を終わらせられてしまった。
多分、私は昨日よりも器用に話が出来るようになっている気がする。だけど、何かイヤな気分だ。あまり上手く表現できそうにないけど、単純に違和感を感じる。
こうして私は代杜さんの持っている漫画をただ普通に読めているっていうことにも何か身体の浮くような奇妙さを覚える。
字は忘れてはなく、文を追うことくらいはいくらでもできる。
寧ろ読みやすすぎる物であるのか、1冊読み終わらせるのには五分もいらない。
今だって8冊は読み終わったとして隣に重ねられている。
♣
「じゃあねぇ、また明日ねぇ~♪」
♣
外でそんな声がした。
大体、小学生の低学年くらいの無垢な女の子の声であった。その他にもまだいるのか、2、3人の声が別れを言った女の子に、疎らに幼い挨拶を返す。
シラハは近くに置いてあった時計を見てみると、まだ午後の1時と40分程しか廻っていない。シラハが考えていることは、『何故こんな時間に子供、恐らく小学生くらいの子が外を歩いてるのか?』というのにも似た疑問だった。本来、シラハが疑問に思っていることは、
♣
ギ ギィイー
♣
『何故この家の近くで?』というより、『当家の前で声がしたのか?』、ということだ。疑い疑わず、この家の前で幼き声は挨拶を交わしていって、一人(だけであれという望み)が此処で止まりーー。
シラハは耳を震わせる。
まるで疑いを持ったように、一度信じたことを否定しようとするように、首を振るように。
不安をあおる音がする。…した。
シラハの不安を増幅させる。
自分の耳が確かなら、それは家の門の音であった。門が開く、錆の擦れるような音だ。
隣接されている家にも同じような門が使われているところもあるが、他の家より何より近くから音はした。
シラハはしばし冷静に物は考えようとばかりに考えた。
♣
「お兄さまぁー? ごめん下さいませオニィさまー? オニさまー? ふむ、ふむむぅ? ……フム。……鬼なのですから外に出て来て下さいませぇー。鍵が閉めたままということはオニィさま寝込んでしまっていますですますかぁ~?」
♣
「ーーーー」
理解にかける言葉が外から家に流れ込んでくる。シラハは、返事などする余地はなく、おかしな表現ではあるが、黙々とだんまりを決め込んでいる。……というよりは『息を潜めている』という表現が的確だろうか。
否応も無しにそんな立場に立たされ、シラハは焦りと動揺の汗を垂らし、溜息を殺し、詮索に頭を働かせる。
そもそも鍵は閉まっているのだ。
たった一人だけの小学生が勝手に人の家になんて、そう簡単に入れるわけがない。鍵を壊すことも出来ないはずだ。窓を壊すなんてそんな事するほど……。いや、まず小学生はどういう用事があって此処に来たのだろうか? 代杜さんに用事?
『お兄さん』
少女はそう叫んでいた。呼んでいる。
代杜さんは一人暮らしだと言っていた筈。『この一軒家で一人暮らし』と。でも、この一軒家に一人暮らしとは勿体ないところだけど、代杜さんが嘘をついているとは思えない。考えようとすればそれは嘘だということは有り得るかもしれないけど、嘘ーーというより、隠す理由が見当たらない。昨日今日関わったばかりだから言い切ることは出来ないけど、人間としては嘘を吐いたり、上手く隠したりするのは代杜さんには出来そうに思えない。
数少ない情報から無理に脳漿を絞っているーーその束の間。軽い何かが回ったような、快音とも言えるが、カチャ、という擬音がピッタリな音である。
ーーシラハの心中を更にあおるような音がした。
それは、一度だけ鳴ったのではなく、幾度か探るようにカチャカチャと快活な音をたてた。
ただ、それに聞き覚えがあるだけで、単なるシラハの思いこみかもしれない。だが疑わないでも居られない。
もう考えていられるタイミングが無くなった。
快活な探るようなその音はもうやみ、次いでシラハの脳に入ってくる音は、床が軋む音だった。
信じるしかない。
可能不可能という考察などもう既に不用だ。
家に入ったのだろう。
ーー1人じゃない!?
シラハは喉が詰まりそうな気分になった。
子供1人だけで、他人の家などに上がることが出来るわけがない。今のシラハにとって冷静な予想ではあった。
だが足音は1人分だけ。
軋む音の重さなど大人よりは軽さを感じる。
音は近く、近づいてくる。
シラハは未だ動揺がおさまらないが、ふすまに寄り、耳を澄ましている。
背徳が近付いてきてることに頭がいっぱいで耳を澄ましているのは形だけで、浮かび上がる文字ばかりに鼓膜はいっぱいいっぱいで、難聴にでもなったかのように、床の音が鳴る度にノイズのような、ザザッ、という音が曇って聞こえてくる。
そして、足音はツッと、突然止まった。
シラハはふすま越しで音が止まった感じがした。
そして、次には小さくすれる音が下から聞こえてきた。同時にふすまは開いていくーー。
ーー「オニさーん、みぃーつけた!!」
一枚のふすまが反対側に叩かれ、はじく音をたてた。聞こえたのはそれだけではなく、重なって女の子の『かくれんぼの鬼役の子が無邪気な』みたいに声を放った。
ーーシラハ(代杜の姿)は、少女に見つかった。