第三章 現誠嘘の考察
好みにやっと傾けられてきたと自分で思っています。文は下手ですが、まあ。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンーーー
絶えずその音を床が鳴らす。
とある一軒のカフェチェーン店の客席に一人、代杜が座りながら行儀悪しく貧乏揺すりを無意識に、大袈裟にしていた。
当然店内にいる店員からは睨みつけるような目つきでときどき見られる。ーー代杜は貧乏揺すりをしている自覚がないため、視線などには気付いていない。
しかし、案の定代杜の他に客と言える客は少なく、だいたいいるのはカフェテラスの方で食事をとっている。
店内の客席に座しているのは代杜だけで、対して迷惑が大きいわけでもなかった。
店内の様子は今のように人気が少なく、雑音と思えるのが、天井に取り付けられた大型のシーリングファンの羽が風を切る音くらいだった。
そこで、何故代杜が腹を立てた様子でいるのかというと、一時半過ぎ現在。鷸鑼と待ち合わせの場所であるカフェチェーン店に代杜はいるのだが、予定の時間に着いたときはまだ鷸鑼は来ていなかった。
それから10分経ったところ、訪れるのは見知らぬ赤の他人のお客たち。その客は中ではなく外のカフェテラスで食事をとりに行く。だが代杜知った人間は来ず、それから時間は数分経過して今に至る。
そしてまだ鷸鑼は来ていないーー。
少し気を落ち着かせようと思ったのか、店員を呼び、珈琲を頼んだ。
それからまた、5分ほどの間が経ってから、珈琲が運ばれてくるのが遅く、変だと気になってカウンター周辺を見た。しかし、そこには誰も居なかった。
ウェイトレスの姿などなく、レジスターの
置かれた横にぽつんと地域に関係ない置物のあかべこが首を上下に揺らしているだけであった。
他周りを見回してみたところ、屋内には誰も居ず、代杜だけしかいない。外の客は平凡に食事と複数の人数で来ているものは談話もとっている。
近年稀に見かける洋画のSF映画にあるような『周りを見渡すと気付けば誰も街から居なくなっていた』という、そんな作り話の内ではないこの世じゃあり得ないと思える事をさり気なく頭に浮かべて、代杜はぞっと身震いして『現実で良かった……』と余韻の焦燥感と安堵感を抱えたまま、入口に向かってみる。
外に出て店員を探してみたものの、キョロキョロと周りを見てたらテラスで食事している人達に視線を向けられて、おずおずとそこから引き下がるように中に戻ろうとしたときだ。
「どうかいたしましたか?」
後ろから濁りのなく、酸素が充分に蓄えられていた肺から引っかかることなくはきだされたような隙間風をもよぎらせるほどの綺麗な声がした。
代杜にとっては聞き慣れた声であった。
そして、振り返ってはフランクに説明を始めた。
「お前か。今日さぁ、ちょっと人と待ち合わせしていたんだよ、此処で。でも、待ち合わせ時間過ぎて30分くらい経ってんだよ、それでまだ来ないんだ、その人」
相手は咳払いをする。
「ええ……どうか、致しましたか……?」
再び同じ問いをしてきた。
まるで、普通に店に入ってきた客に対して丁寧に接客をする店員のように。
フランクに話す代杜と相対し、初対面の人への対応であった。代杜はその店員らしき男と目を合わせた。
すると、その男は目を合わせられてることに照れクサくなったのか、代杜から視点をはずして、近くの空席に代杜を促して、二人で向かい合うように座らせた。
「お客様、もう一度お伺わせて頂いても宜しいでしょうか?」
代杜は怪訝な顔をする。
「なあ、お前何で今日はそんなに俺に対して、ていうか、何で敬語なんだ? 何かあったか?」
おそらく、いや確実に代杜は自分の顔身体が全く別の人間のものということを忘れて、タキシードを着用した男に自分の素性を気付かれていないと自覚をしていないらしく、友達などと話すときと同じペースで普段通りに話しているつもりなのだろう。
実際、代杜にしてはタキシードの男は知り合いではあるのだ。タキシードがこの店の店員であり、階級からすると店長という立場ではあるのだがーーよく代杜が当店を利用して顔見知りになるのもわかるがーーそれ以前にタキシードーー現誠嘘ーーは代杜と同級生であるのだから、友達と同じ接し方であっても何処も変なところはない。しかし、もしもそれが代杜が一方的に顔見知りであるならば、彼の反応は当てはまる。
代杜はやはり、自分の立場ーー状況ーーを忘れたらしい。
現誠嘘はどうすればいいのか分からない様子で汗を頬に流し、少しばかり緊張をしている模様。
「申し訳ありませんが、わたくしと何処かでお会いしたことはありますでしょうか……?」
代杜の頭の中が沈黙して、記憶を疑い始める。
ーー何でだ? 何故コイツは俺のことをしらねぇんだよ。おい、嘘……だよな? いや、でも違うのか? 中一の頃にクラスが同じで席が隣同士になった、変人じゃなかったか? え? へ? ちがうのか? 現誠嘘ではないのか? 中学入学して一番最初に出来た友達じゃなかったっけ?
代杜にとっては、竺麻を含めて、一緒によく遊んだ仲であった、という記憶があるのだがあまりにも衝撃的に、自分のことを存じないと顔色、接客で示す嘘を見て、性急に記憶を回想してみていくが、どうしても納得はいかないし、記憶と辻褄は合いもしない。
少しでも頭を冷やして考え直そうと、ためた熱をため息とともに口からはく。
「お待たせいたしました」
気付くと、珈琲が運ばれてきていた。
店長はゆらりと白い湯気を漂わせているカップを一つ手に取り、代杜の前に置き、もう一つ、ウェイトレスの持ったトレーからカップを取り、今度は自分の方に置いて、「ありがとう」といってウェイトレスをさがらせた。
「どうぞ」
代杜に珈琲を促す。
沈黙。
代杜は動揺を継続し、何も変わらず心の中は沈黙とは言い難く、寧ろ騒がしい。
しかし、沈黙は確かにその空間に訪れていた。代杜とは別の人間が、目をある方向におとしながら。それは正面から少し下のあたりに向けられて、紡ぐことはせず、静寂を噤んでいた。
代杜は、さっき来なかった珈琲を別の人が頼んだものではあるが、一応喉に通す。冷やしたかった頭はカフェインにやられぼんやり暖まる。現在女性の体であり、いつも以上に浮遊感を感じ……そして、代杜はふと思い出した。
目をパチ、と見開き顔を上げ、正面を見る。
目先にあった、嘘の目先が自分の方に向いている。言うなればその視線の先は、代杜の顔を伺っているのではなく、胸部へのびていた。
ーーッ!
代杜は咄嗟に男の頭を正面から、掴みーーというより握るがもっともな言葉だろうーー両こめかみを中指と親指で挟み、頭蓋骨をヒビかせた。強からず弱からずといった感じで握力を手に加えて。歪でこの空間では聞くことはないはずの、何かに罅が入ったような、さらに擦れるような痛々しい音が鳴った。決してここで使われる食器の損傷などではなく、それほど軽い音ではなかった。
↑↓
(ガッフ!)
脳を物理的に刺激され、現誠嘘は視覚に入るモノを真っ黒に染めた。明確に言えば、視界に入ってる物が、自分の目の前を塞いだ。
それは端から見れば滑稽に思える光景であった。
女性が、どういう意図なのかは分からないが、タキシードの男性の顔面を手で多い掴んでいるという状況だ。
しかし残念なことに、無人の店内じゃ、それを目にしている者はいなかった。
顔面を掴まれている男の方が困惑は当然、闇と化した視界と共に、脳に激痛を与えられ、一瞬走馬燈さえかけた。
ーーなんでだよ……、何で今日久々に入ったっていうのに……。みたくもないもの一瞬見ちまったし。死ぬ前ってホントにこうなるのかな……? 続きとか見たくないなぁ……。わいの走馬燈とかぜってぇきたいできねぇよ……。つか、なんで胸をただ見てただけなのに、半殺しになりかける方向に向かうんだよ……? ……。
いや、待てよ? これがもう走馬燈だったりするのかなぁ? そうなのかな? ていうか走馬燈って言葉は知っているだけで、一度も見たことないんだから、何が走馬燈なのか判断も出来ないな……。
ポジティヴなのかネガティヴなのかと断言しかねる脳が、低いテンションで落ち込み始め、後悔する。
ーー何でこの人こんなアグレッシブなの? わいのこと嫌いなの? 別にいいけどさぁ……。誰かわいのことこの店から追い出してよ。お客様直ちに出て行ってくださいっ』て。どうせ彼奴(当店の社員&パート&アルバイト)等わいのこと店長と思ってないんだろ?
卑屈。自分を蔑み、ネガティヴの他ない性格が表情ににじみ出てくる。
まるで皮肉でも独り言するように、斜め下に視点が落ち、奇妙に口を歪ませる。
苦笑だろうか『フッ』と低いトーンで笑い声を漏らす。
どうやら嘘の視界を暗くさせていた相手は驚いたのか、その視界を隠していた手を離す。
スッと眩しさが目尻から侵入してきて、嘘は目を細める。
離れた手を追ってその行く先に目をやると、さきほどまでいたはずの女性は前に座ってなく、代わりに、別の見慣れた人の顔があった。ような気がした。
よく見れば、さっきと全く同じ女性であった。
ーーはあ、今一瞬この人が代杜に見えたような気がする…………。でもアイツがわいをいじめたりするわけ無いか……。本当はしたりする人だったらどうしよう……怖いな。まあいいや、どうでも。
頭に数少ない親友を懐かしみ浮かべながら、接客でも忘れたように、目をこする。
↑↓
ーーおい、こいつもしかして俺だって認識してんのか? 今頃俺が自分がシラハさんと入れ替わっていたって言うことを思い出したっていうのに、なんか適当な対応に変わってるぞ?
「マコト、お前、俺が誰だか分かってんのか?」
↑↓
「申し訳有りません存じません」
ーーやだよ。何なの? この非常識な人。それともストーカーだったりするのかな? 名前知ってるし。怖い。
突然の自分の名前をだされ、さらに困惑する。それに、過剰に捉えて恐怖感さえ抱いていた。
ーーやだな。誰かわいのこと通報してくれないかなぁー?
「俺は非常識な人間じゃないからな。お前のことだからきっとそう思ったりしてたんじゃなぇのか? ん?」
唐突に口からそんな言葉つぶやき、嘘は少し脳をサハラ砂漠の一帯のように、殺風景な地帯を頭に乗せた。
そして、詮索、検索を今の間に得た情報をパズルのように組み合わせ、填めて、脳の不毛地帯に『色』を付け加えていこうーーとしたとき、更に言葉を追加した。代杜の方から。
↑↓
久しぶりに此奴が女の人と関わってんの見たよ、マジで。癖見たの久し振りだ。
「相変わらずお前、女の人と目を合わさないよな? ざっくばらんに、目のやり場分かんなくなっと、胸いくな」
代杜の言葉に動揺と言うより、異様な緊張をあらわした。