呪いのオルゴール3
「さっきの彼は、おそらく吸血鬼でしょうね」
森から街へ戻る街道を歩いている最中、不意にアスレイドが口にした言葉に、3人は彼を振り返った。
「吸血鬼って、あの人間の血を吸って生きてるっていう?」
「ええ、そうです」
テスタの問いに、アスレイドは顔を上げて頷いた。
「肌の色が濃かったですから、たぶんバンパイヤじゃないかと・・・」
「バンパイヤか・・・。とすると、光の呪文は効かないわね」
「え?吸血鬼って光属性に強いのか?」
アスレイドとユーシスの言葉に、テスタは驚いて尋ねた。
吸血鬼と呼ばれる種族は、総じて光に弱いと思っていたのだ。
「ええ。バンパイヤと呼ばれる種族は」
「へ?」
返ってきた答えに、ますます意味が分からなくなって聞き返す。
その様子を見ていたユーシスが、困ったような表情を浮かべて口を開いた。
「人間にとってはややこしいと思うけど、吸血鬼って一言に言っても、いくつかタイプが分かれてるのよ」
「その中の光属性に強いタイプに属しているのが、あのオルゴールに閉じこめられた吸血鬼、ってところかな」
ミルザまで説明に加わるけれど、いまいち理解できないらしいテスタは首を傾げるだけだ。
そんな彼の様子を見て、アスレイドはため息をつく。
「旅をするなら、もう少し大ざっぱな生物体系くらい勉強しておいた方がいいですよ」
「う、うるさいな」
アスレイドに指摘をされ、テスタは思わずむっと眉を寄せる。
それを見たミルザとユーシスは、顔を見合わせて苦笑した。
吸血鬼なんて人間は呼んでいるけれど、それは人間が勝手につけた名称だ。
人間は、魔族の中で吸血行為を生命活動の一環としている種族を、ただそれだけの共通点で全て纏めてそう呼んでいる。
魔族から見れば、彼らは全て違う種族だというのに、人間はただひとつの共通点で彼らを全て同じだと判断したのだ。
魔族であるアスレイドと妖精であるユーシス、そして各種族の知識があるミルザからすれば、彼らの違いなんて一目瞭然なのだけれど、多くの人間と同じ程度の知識しか持たないテスタには少しややこしいらしい。
頭を捻り続けるテスタに、ミルザがなるべく噛み砕いて吸血鬼と呼ばれる魔族の違いを説明する。
それでもテスタには難しい話だったらしく、とりあえず違いがあるのだという理解だけをした頃、漸く街に辿り着いた。
「じゃあ手分けをしよう」
これ以上説明しても埒が明かないと、さっさと説明を諦めたミルザが3人を見回してそう提案する。
その途端、待っていましたとばかりにユーシスが手を挙げた。
「はーいはい。あたし彼と一緒がいいー」
「えっ!?」
「仕方ありませんね」
ぱっとミルザに飛びついたユーシスを見て、テスタが小さく声を上げる。
側にいたアスレイドは、3人の姿を見て軽くため息をついたかと思うと、すぐに彼らに背を向けて歩き出した。
「ほら。行きますよ、テスタ」
「えぇ・・・」
「何です?その嫌そうな顔は」
不満そうなテスタの声に、アスレイドは思わず足を止め、彼を睨みつける。
その目を見た瞬間、テスタはぶるりと体を震わせた。
「いえ・・・なんでもないです」
「なら行きますよ」
ふいっと視線を逸らしたテスタの腕を掴んで、アスレイドは再び歩き出す。
ずるずると引きずられるようにして連れて行かれるテスタの姿を見つめながら、ミルザはため息をついた。
「ユーシス・・・」
「いいのいいの。テスタもいい加減、アスレイドと組むのに慣れろってのよ」
側にいたユーシスに呆れたように声をかければ、彼女はあっさりとそう言い放った。
実は、テスタは一緒に旅をすることになった直後はアスレイドをよく思っていなかった。
それは彼の故郷が魔族に滅ぼされたことに起因しているのだということは、ミルザもユーシスも知っている。
けれど、だからと言って、いつまでもぎすぎすした雰囲気のままいられても困るのだ。
そう言って、最近のユーシスはよくあの2人を一緒に行動させるような言動をすることが多かった。
今回もそんな考えからだろうと、ミルザが呆れのため息をつこうとしたそのときだった。
「それで?」
「は?」
急に声をかけられ、ミルザは地面に落としかけた視線をユーシスへ向ける。
その瞬間、真っ直ぐに自分に向けられていた翡翠の瞳に射抜かれた。
「あの魔族さんに何を感じたの?勇者様」
「ユーシス」
「ごめんってば」
口にされた呼び名に、思わず彼女の名前を呼べば、軽い謝罪が返ってくる。
けれど、軽いのはその口調だけだった。
「それで?」
普段はあまり表に見せない、酷く大人びた表情と声で問いかけられる。
ほんの少しの間、ミルザはその翡翠の瞳を黙って見つめ返した。
暫くして、ふいっと彼女から視線を外す。
「別に。ただ、悲しそうな目をしていたなって」
「悲しそう?」
真っ直ぐにこちらを見つめたままのユーシスに視線を戻すと、彼は静かに頷いた。
「テスタを見て、ジークって呼んだだろう?彼」
「そういえば・・・」
あの銀髪の吸血鬼は、確かにそんな名前を口にした。
テスタの顔を見て、はっきりと彼をそう呼んでいた。
「たぶん、そのジークって人に裏切られたか何かしたんじゃないかなって」
「え・・・?」
どうしてそこまでわかるのか。
こちらを見つめるユーシスの表情がそう問いかけている気がして、ミルザはほんの少しだけ目を細める。
視線をユーシスから外すと、彼はゆっくりと空を見上げた。
「誰かを憎んでる表情をしているようだったけれど、それと同じくらい、悲しいって泣いているように見えたんだ」
ミルザのその言葉に、ユーシスはほんの僅かに目を見張った。
一拍置いて、少し深めに息を吐き出す。
「ミルザって、そういうの本当に敏感」
「え?」
「何でもないわ」
不思議そうに自分を見るミルザに軽くそう答えると、ユーシスはにっこりと笑ってみせた。
「でも、ならまず調べることは決まったよね」
「え?」
きょとんとするミルザに、ほんの少しだけ呆れながら笑みをこぼす。
ぴっと立てた人差し指をミルザの鼻の頭に突きつけると、突然のことに驚いて目を瞬かせている彼に向かってもう一度笑って見せた。
「この辺に吸血鬼の伝説はなかったか。それと、その吸血鬼の住処を人間が襲ったなんて話がなかったかどうか、よ」
その言葉に、ミルザははっと目を見張る。
この付近一帯の、吸血鬼の伝説。
その有無を確かめれば、ミルザの立てた仮説が正しいのかどうかが確認できる。
「そうだね」
「よし!じゃあ張り切っていきましょう!」
ユーシスの提案に頷けば、彼女は拳を握り、片腕を空に向かって勢いよく突き出した。
少し幼く見えるその仕草に苦笑して、ミルザは先へ行く彼女を追って歩き出した。
こんな風に手分けをして情報を集めるとき、彼らはいつも特に集合場所を決めていない。
旅から旅の一行だ。
集合場所は宿だと全員が思い込んでおり、誰もそれを疑うことがないから、ある程度情報を集めた後の彼らの足は自然と宿へと向かっていた。
「ただいまー」
宿に取った部屋のうち、男性陣が使っている方の部屋の扉を開けたのはユーシスだ。
食堂に別れた2人の姿がなかったから、部屋にいるのだろうと思って上がってきたのだが、その予想は当たっていたらしい。
ノックをすれば返事が返ってきて、扉を開ければ予想どおりアスレイドとテスタの姿が部屋の中にあった。
「お疲れさまでした、ミルザ、ユーシス」
「2人もお疲れさまー」
薄く微笑んで声をかけてくるアスレイドに、ユーシスが笑って返す。
そんないつものやりとりに何となく暖かい気持ちを感じながらも、後から部屋に入ったミルザは笑みを消すと、真っ直ぐにアスレイドを見て尋ねた
「そっちは何かわかったのか?」
「わかったと言えば、というところですが・・・」
言葉を濁すアスレイドに、ミルザとユーシスは顔を見合わせ、首を傾げる。
「もう何十年も昔の話みたいだけど、やっぱあの屋敷は吸血鬼の屋敷だったんだってさ」
迷っているような表情を見せるアスレイドを尻目に口を開いたのは、彼と一緒に行動していたテスタだった。
「昔、この辺一体には吸血鬼が住んでいたとかで、あの屋敷はそいつらのボスの家だったらしいぜ」
「ある日、その吸血鬼が当時この近くにあった村を襲い、壊滅させたんだそうです。それでこの街の住人たちが、討伐隊を組織して吸血鬼たちを討ったんだとか」
テスタが話し出したことで踏ん切りがついたのか、アスレイドも顔を上げ、集めた情報をミルザたちに説明する。
その顔には、複雑そうな表情が浮かんでいた。
「どうやら、あの屋敷での事件はそのあとからの出来事のようです」
「なるほどね・・・」
アスレイドの告げた情報に、ユーシスは納得したとばかりに頷く。
「そちらは何か?」
勝手に納得した様子のユーシスに、アスレイドが尋ねる。
ユーシスは振り返って後ろに立っているミルザを見た。
彼が頷いたのを確認すると、アスレイドの方へ顔を戻し、口を開いた。
「うーんとね。これはあるおじいさんが覚えていた話なんだけど、あのお屋敷に住んでるって言ってた人がね。昔よくこの街に来てたらしいの」
「えっ!?」
ユーシスの言葉に、アスレイドとテスタは驚き、小さく声を上げる。
別に街の中に降りてくることは驚かない。
あんな森の中だ。
必要な物資ができれば、買い出しにくらい来るだろう。
けれど、自ら屋敷の人間だと名乗っていたことは驚きだった。
吸血鬼の屋敷という噂が当時からあったのだとしたら、名乗らず隠すことの方が楽であっただろうに。
同じことを考えていたのか、ユーシスの表情がほんの少しだけ曇る。
けれど、それは一瞬で、彼女はすぐに元の表情に戻ると話を続けた。
「その人の婚約者だった人の家にね、遊びに来てたんだって。けど、その婚約者は吸血鬼に壊滅させられた村に出かけていて、事件に巻き込まれてしまった」
ユーシスとミルザの表情が曇る。
アスレイドとテスタもまた、その話を聞いて表情を曇らせた。
「残されたその婚約者のお兄さんがその例の討伐隊の隊長だったらしいんだけど、どういうわけかその人、そのときには仲がよかったお屋敷に住んでるお友達のことを、この辺りの吸血鬼のボスだって言い始めたそうなの」
そのまま続けられたユーシスの説明に、ミルザの表情がますます曇った。
一瞬ミルザへと視線を動かした彼女は、彼が首を横に振ると小さく頷いて話を続ける。
「それで討伐に出ていって、それきり。討伐作戦は成功して吸血鬼たちはいなくなって、その人も帰ってこなかったって。もちろん、屋敷の主の姿も、それ以来見てないそうよ」
帰ってことなかったということは、討伐隊は全滅してしまったのだろう。
そして屋敷の主は、何らかの理由であのオルゴールの中に閉じ込められた。
そう考えるのが自然のように思えた。
「どうやら、彼があんなものの中にいるには、その友人だったという人間の行動が鍵になっていそうですね」
「そういえば、こんなのも聞いたぜ」
アスレイドの呟きに何か思い出したのか、黙って話を聞いていたテスタが口を開く。
3人の視線が自分に集まるのを待って、彼は続けた。
「吸血鬼のボスは、太陽の光も何もかも平気なうえ、一切の攻撃が効かなかったらしいとかなんとかって話」
テスタのその言葉に、ミルザは驚いて目を見張る。
「一切の攻撃が?」
「さすがに・・・私でもそれは信じられないのですが」
尋ね返せば、神妙な表情になったアスレイドが否定の言葉を口にする。
「どんな魔族でも、生物です。人に比べれば頑丈ですし長命ですが、傷つかないなんてことはありません。ですから、その部分は作り話ではないかと思いますが・・・」
「作り話じゃないとすると、呪いか何か、かなぁ?」
ふとユーシスが呟いた。
その言葉にアスレイドが不思議そうに顔を上げる。
「呪い?」
「うん。聞いたことはあるわけじゃないけど、だからってないって断定するのは早いと思うの」
尋ねるミルザに、ユーシスははっきりとそう言った。
彼女自身はそんな呪いを知っているわけではない。
けれど、知らないからと言って、ないとは言い切れない。
「あの人、隻眼だった。だからきっと、アスレイドの言うとおり全く傷つかないなんてことはないんだわ」
あの銀髪の吸血鬼は、左目の瞼に傷があった。
本当に一切傷つかないと言うのなら、あんな傷があるのはおかしい。
「たぶん、あの人がテスタを見て口にしたジークって人には、あの人を傷つけられた。けど、その人は結局あの人を殺せなくって、だから代わりに誰かがあの人をあのオルゴールに封印した」
そこまで言って、ユーシスは顔を上げ、3人を見て可愛らしく首を傾げてみせる。
「なんて仮説はどうかしら?」
「可能性は、否定できないね」
目の前に訪れた驚異。
その原因となった存在の命を奪えないのならば、封印してしまうのが一番よい。
その考えが理解できるから、ミルザはユーシスの言葉にそう答えた。
遙か昔の似たような話を、彼は聞いたことがあったから。
「しっかし、なんで俺がそのジークって奴と間違えられたんだろうなぁ?」
不意に、テスタがずっと感じていただろう疑問を口にし、首を捻る。
「ただ単純に似てたんじゃないですか?」
「そんなことだけであんな目に遭うのは勘弁してほしいぜ・・・」
アスレイドにさらっとそう言われ、テスタはがっくりと肩を落とした。
顔が似ている。
そんな理由だけで殺されかけたのならば、本当に勘弁してほしい。
そう思って、思わず深いため息を吐き出したそのとき、小さくミルザが呟いた。
「輪廻転生」
「へ?」
あまり耳にしない言葉に、テスタは思わず顔を上げる。
口に出したつもりはなかったのか、ミルザは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに平静を取り戻すと、目を細めてテスタを見る。
「魂は巡ると言うから、テスタの前世がそのジークって人だった可能性もあるかなって」
「おいおい。やめてくれよぉ・・・」
ミルザの言葉に、テスタは顔を青ざめさせ、大げさに首を振る。
時々ミルザはとんでもない発想をすることがあるけれど、今回ばかりは受け入れたくなかった。
そんなテスタを見て、ミルザはくすりと笑みをこぼした。
「冗談だよ。僕も、顔が似ていた説に一票かな」
「あたしも」
あっさりとそう言われ、テスタはがっくりと肩を落とした。
そんな彼を見て、ユーシスがくすくすと笑い、アスレイドが呆れたようにため息をつく。
「でも、間違えたか・・・」
ふと、再びミルザが呟いた。
それを耳にしたユーシスが、不思議そうに彼を見上げる。
「ミルザ?」
「もしかしたら、だけど」
ユーシスに声をかけられた途端、彼は口を開いた。
その琥珀色の瞳が、再びテスタに向けられる。
「彼にかかった呪い次第では、テスタなら彼を何とかできるかもしれない」
彼のその言葉に、テスタ本人はもちろん、ユーシスとアスレイドも驚き、ミルザをまじまじと見つめる。
ミルザは一度、自分の中の何かを確かめるように目を閉じると、ゆっくりと瞼を開き、真っ直ぐにテスタへ視線を向けた。