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呪いのオルゴール2

街の近くの森の、奥の奥。

緩やかな坂を上っていった先に、それはあった。

外壁を蔦に覆われた、古い巨大な屋敷。

その窓のガラスは所々割られており、窓枠が風化して崩れ落ちていた。

「ここが噂の呪いの屋敷、か」

その屋敷を見上げ、呟いたのはミルザだ。

「正確には、呪いのオルゴールがある屋敷、な」

「どっちでもいいですよ、そんなの」

訂正を入れるテスタの声に、アスレイドが深いため息をつく。

それが気に入らなかったのか、テスタがぎろりとアスレイドを睨みつけたが、彼は気にもしていないようだった。

「すっごく大きいけど、どう見たって人は住んでないわよねぇ?」

辺りを見回していたユーシスが、くるりと振り返って訪ねた。

「まあ、誰かが住んでいたらこんな噂立たないでしょうしねぇ」

アスレイドの言うとおり、ここに人が住んでいたならこんな噂は立たないだろう。

入口と思われる扉まで崩れているこんな場所に、誰かが住んでいるとは思えないけれど。

「とにかく行ってみようぜ。ここで考えたって埒があかねぇよ」

「はいはい」

びしっとボーズまで決めて言ったテスタを、アスレイドが軽くあしらう。

そんな2人のやりとりを見ていたのかいなかったのか、じっと屋敷を見ていたミルザが頷いた。

「そうだね。行こう」

そう告げたと思うと、歩き出す。

迷うことなく扉に向かうその背を、残りの3人も慌てて追った。

追いつく頃には、ミルザはもう崩れかけた扉に手をかけていた。

ゆっくりと、慎重にその扉を開く。

「きゃ・・・っ!?」

ぎいっと音を立てて開いたそれの向こうを見た瞬間、ユーシスが小さく悲鳴を上げた。

扉を開き、足を踏み入れたその瞬間、彼らはそこに見つけてしまった。

腐敗し、鼻につく異臭を放っている、それを。

「な、なに・・・っ!?人・・・っ!?」

ミルザの腕を掴み、彼の背に隠れたユーシスが、片手で鼻を抑えながら恐る恐る中を覗き込む。

その2人の脇をアスレイドが通り抜けた。

彼はそれの側に膝を付くと、そっとその顔らしき部分を覗き込んだ。

「どうやら、そのようですね・・・」

「お前・・・冷静だな・・・」

「仮にも世界最悪の帝国で軍を率いていたことがありますから」

テスタの言葉に、彼はゆっくりと立ち上がった。

その言葉に一瞬テスタが顔を歪める。

アスレイドのいた帝国がどこなのか、最後にこのパーティに入った彼も、もう知っていた。

「戦場ではこんなことは日常だったからね。まあ、密封されていた分、ここの方が辛いかもしれないけど」

「そういう・・・もんなのか」

静かに落とされたミルザの言葉に、テスタは顔を歪めて尋ねる。

その問いに、ミルザは静かに頷いた。

普段はあまり見ることのない真剣な色を宿した琥珀の瞳が、真っ直ぐに屋敷の奥へと向けられる。

「とにかく進もう。ここにいつまでもいたって仕方ない」

そう告げたと思うと、彼は躊躇することなく歩き出す。

奥にある、かろうじて扉の形を保ったそれに手をかけ、慎重に開いた。

その途端、より強くなった鼻が曲がりそうなほどの異臭に、テスタは思わず鼻を塞いだ。

「うわぁ・・・」

「ここも、酷いですね」

同じように鼻を片手で覆ったユーシスが目を逸らし、アスレイドが顔を顰めて呟く。

「これがその呪いのオルゴールの力なのかな?」

「さあ?それはなんとも―――」

「アスレイド」

ユーシスの問いに答えようとした彼の名を、突然ミルザが呼んだ。

そのいつもより通る声に、アスレイドは言葉を止めてそちらを向く。

「何ですか?ミルザ」

「気配を辿れるか?」

振り向いたミルザは、真剣な表情でそう尋ねる。

けれど、突然そんなことを言われても、彼が何のことを言っているのかわからない。

「気配、ですか?いったい何の・・・?」

「ほんの微かだけど、魔族の気配がする」

「え?」

魔族という言葉に、ユーシスとテスタが体を強ばらせた。

それを横目で見ながら、アスレイドを目を閉じ、意識を廊下の先へと集中させる。

そして、ミルザの告げた気配を、見つけた。

「・・・・・・確かに、人間とは違う気配がしますね」

側にいるミルザともテスタとも違う、人ならざる者の気配。

アスレイドにとっては馴染んだ、同族のそれ。

人間より感覚の鋭い魔族はそれを知覚することができる。

それをはっきりと感じ取って、アスレイドは目を開けた。

「・・・あんた、相変わらずすげぇな」

「テスタ」

その途端、呆然と呟いたテスタを、ユーシスが睨みつける。

「あ・・・、えっと」

自分が失言したらしいことに気づいたテスタは慌てるけれど、アスレイドは一瞬彼を見ただけで、すぐに視線を逸らした。

その彼にミルザが声をかける。

「どうかな?アスレイド」

「ええ、いけそうです」

微かな気配ではあったけれど、知覚さえできてしまえばそれで十分だった。

感覚を研ぎすまして、気配のする方を探る。

「どうやらあちらのようですね」

彼がその長い指で示したのは、廊下の向こうに見える階段だった。

「上の階・・・」

「ええ」

「わかった。行こう」

ユーシスの呟きにアスレイドが頷く。

その言葉を聞いたミルザが、一言そう言って歩き出す。

迷うことなく階段へ足を進める彼の後を、アスレイドとユーシスが付いていく。

「・・・・・・って、ちょっ!?置いてくなよっ!!」

テスタだけは一瞬呆然とその場に立ち尽くしてしまったけれど、はっと我に返ると慌てて3人の後を追って駆け出した。




階段を上がって、屋敷の3階の一番奥を目指す。

ふと、大きな観音開きの扉の前で、アスレイドは足を止めた。

「この部屋のようです」

頷いたミルザが扉に手をかけ、ゆっくりとそれを開ける。

慎重に覗き込んだ部屋の中から、古い本棚のような匂いが漂ってきた。

屋敷中を漂い、進むたびに濃くなっていったあの臭いは、何故かここでは薄れている。

どうやら奥の窓が一枚割れており、そこを通して空気が入れ替わっていたらしい。

それに安堵して足を踏み込んだユーシスが、部屋中を見回して首を傾げた。

「書斎、かな?本がいっぱいあるね」

「けどずいぶん古そうだぜ?蜘蛛の巣だって張ってるし」

テスタの言うとおり、本棚には蜘蛛の巣が張っていて、ずいぶん長い間人の手が入っていないように見える。

けれど、周囲を見回していると、そうとは思えない場所もあった。

「ここは・・・」

「最近割れたようですね」

部屋を入った瞬間に見えた、割れた窓。

僅かに散らばった破片の上には埃はほとんどなく、窓枠も遠くない昔に埃が払われた跡がある。

これは誰かかここに来て、ここで何かがあって割れ、散らばった物なのだろうと思うのだけれど。

「けど、誰もいないね」

ユーシスの言うとおり、この部屋には誰もいなかった。

「おかしいですね。確かに気配はこの部屋からするのですが・・・」

「それってこいつらのじゃねぇの?」

「躯に気配はありません」

テスタが恐る恐る、側に倒れている冒険者だったと思われるものを示す。

けれど、アスレイドはきっぱりとそれを否定した。

人より感覚の鋭い彼がそう言うのならそうなのだろうと、テスタは口に出さずに納得しようとする。

「ミルザ?」

そのとき不意に耳に入ったユーシスの声に、テスタとアスレイドは振り返った。

書斎の奥にある、古ぼけてはいたけれど立派な机の前に、彼はいた。

その手には、いつの間にか赤い小箱を持っていた。

朽ち始めている他の家具とは違い、鮮明な色を残しているそれに、3人は思わず息を飲む。

「もしかして、これが噂のオルゴールかな」

ぽつりと落とされたミルザのその呟きに、3人は我に返った。

アスレイドがじっとその赤い箱を見つめた後、周囲を見回す。

「そのようですね。他にオルゴールのようなものもないですし」

「そうだよね・・・」

じっとその箱を見つめていたミルザは、ゆっくりとその蓋に手をかけた。

ゆっくりとそれを開いたけれど、覗いた中身も何の変哲もないオルゴールで、特におかしなところはないように見えた。

「特におかしいところはなさそうだけれど・・・。強いて言うなら、部品の色くらいで」

「色?」

その言葉に、ユーシスが不思議そうに首を傾げる。

ミルザが手にしていたその箱の中身を、彼女に見えるように傾ける。

その中身を見た瞬間、ユーシスは思わず小さな悲鳴を上げた。

「きゃあっ!?何これ・・・っ!?」

見せられた箱の中は、真っ赤だった。

赤い何かがその中に撒かれているわけではない。

金属自体が、真っ赤に染まっていたのだ。

「赤い金属なんてあるのか・・・?」

「ないとは言い切れないと思うけど、少なくともこんな風に使われているのは聞いたことがないよ」

赤い金属。

見たことはないけれど、それがないとは言い切れない。

だからと言って、こんなにも黒光りする赤い金属が身近なものに使われているなんて話も聞いたことなんてない。

「これが、このオルゴールが呪いの、と言われる所以なのか?」

「一体どんな音がするというんでしょうね?」

「聞いてみるか?」

アスレイドの呟きを聞いたテスタが、良いことを思いついたとばかりに尋ねる。

それを聞いたユーシスはぎょっと顔を上げた。

「え、本気?」

「え?駄目なのか?」

「駄目・・・じゃ、ないけど・・・」

「じゃあ巻いてみるぜ。ミルザ、それ貸してくれ」

やる気満々のテスタに手を出され、ミルザは一瞬躊躇する。

けれど、結局彼はそれをテスタに手渡した。

箱を受け取ったテスタは、どうやって鳴らすのかとくるくると箱を回してスイッチを探した。

くるりと箱を裏返すと、底板から突き出すように摘みのような部分が飛び出ていることに気づく。

「手回しかと思いましたが、ゼンマイ式のようですね。このネジを回すと回した分の時間演奏されるようです」

「よし、思いっ切り回してみるか」

アスレイドに言われ、テスタは力いっぱい摘みを回した。

どんなに力を入れてもこれ以上回らないというところまで回して、箱の向きを元に戻す。

「よし、開けるぜ」

3人に目配せをしてから、テスタはゆっくりと箱を開いた。

その途端、箱の中から響き渡った音に3人は両手で両耳を、テスタは片手で肩耳を塞いだ。

「うわっ!?何だこの音・・・っ!?」

それは音楽とはほど遠かった。

いや、それは音ですらあったのかどうかわからない。

思わずテスタが箱を放り投げ、もう片方の耳も塞ごうとしようとしたそのときだった。

「・・・っ!?テスタっ!!蓋を閉じろっ!!」

「え―――?うわ―――っ!!?」

ミルザの声にはっと顔を上げたその瞬間、蓋が開いたままの箱が光を放った。

その光は床に落ち、天井に向かって成長する。

そしてその中に、ぼんやりと影を生み出した。

よく見れば、それは人影だった。

その場の誰もがそう認識した瞬間、光が弾ける。

光が収まったとき、あれだけ部屋に引き渡っていた音は小さくなっていた。

あとに残ったのは、オルゴールから聞こえる、聞き覚えのない悲しみに満ちた音色と、それまでそこになかったはずの新たな人影。

銀色の髪に紅い瞳を持ち、貴族服を纏ったその青年。

その瞼の片方には大きな傷が入り、開かれてはいなかった。

「な・・・っ、ま、魔族・・・?」

テスタが思わずそう呟いたのは、その人物の肌が妙に青白かったからだった。

それが聞こえたのか、銀髪の青年の隻眼がこちらを向き、視界にテスタを捉える。

その瞬間、紅い瞳がぎろりと光った。

「テスタっ!!」

ミルザにそう呼ばれたと思った瞬間、胸に強い衝撃を感じた。

手に持ったままだったオルゴールが音を立てて床に落ちる。

一瞬遅れて尻に響いた痛みに、テスタは自分が突き飛ばされて尻餅を付いたのだと気づいた。

「つぅ・・・。・・・っ!ミルザっ!!」

顔を上げたとき、そこにいたのは、銀髪の青年の振り降ろした腕を剣で受け止めたミルザだった。

銀髪の男の爪は一瞬で刃のように伸び、窓から差し込む日の光を受けてぎらぎらと光っている。

おそらく自分を突き飛ばしたのはミルザで、彼がそうしてくれていなければ、自分はあの爪に引き裂かれていたのだ。

「何してるんですテスタっ!!早く立ちなさいっ!!」

アスレイドに呼ばれ、テスタははっと我に返る。

慌てて立ち上がると、数歩後ろに下がって腰の剣を抜き、構えた。

「不浄なる者。生死の理と輪廻の輪から外れし者よ。今ここに光の裁きを与えん」

ユーシスの声が聞こえた瞬間、ミルザが力任せに銀髪の青年の爪を弾く。

反動で青年がよろめくと同時に、彼はその場から跳び退いた。

「クレンズっ!」

同時にユーシスが唱えていた呪文を放つ。

彼女の手から放たれていた白い光が、銀髪の青年を飲み込んだ。

しかし、それは一瞬。

光はすぐに消え去ってしまい、飲み込まれた青年の姿には何の変化もなかった。

「効かない・・・っ!?」

「アンデッドの類ではないということですね」

息を飲むユーシスの側で、アスレイドが冷静に呟く。

先ほどユーシスが放った光は、対アンデットにのみ効果のある呪文だ。

それが効かないと言うことは、あの冷静はオルゴールに取り付いたそういう類の存在ではないと言うことか。

「このっ!!」

ミルザの声に、3人ははっと我に返る。

銀髪の青年が再びミルザに襲いかかろうとしていた。

それを剣で受け流し、そのまま腹に斬り込もうとするものの、ミルザの動きより青年の方が早いのか、あっさりと避けられてしまう。

その横からテスタが脳天目がけて斬りかかったけれど、それも青年はあっさりとかわしてみせた。

「大丈夫か!?ミルザっ!」

「何とかね」

隣に立って叫ぶように尋ねれば、ミルザから帰ってきたのは軽い口調の軽い言葉。

「と、人の心配をしている暇はないみたいだ」

「は・・・?げっ!?」

その様子に安堵する間もなく、ふと視線を逸らした彼の言葉に釣られて同じ方向を見た瞬間、テスタはぎょっとした。

「我が纏うのは紅蓮の炎。炎よ。地獄に燃える熱き火よ。今ここに我が身に集い、愚者を焼き付くす力とならん!」

その詠唱が消えたかと思った途端、目の前で炎が吹き上がる。

確実に銀髪の青年を包んだかと思えたそれは、次の瞬間弾け飛んだ。

「うおおぉっ!?」

自分たちの方に向かって、弾かれた炎が飛んでくる。

立ち竦むテスタを再び、今度は後ろへ突き飛ばすと、ミルザは剣を左手に持ち換え、右手を向かってくる炎に向けて突き出した。

「精霊よ!我らを守る盾をっ!」

叫んだ瞬間、ミルザの前に光の壁が現れる。

その瞬間、炎は壁にぶつかり、四方へ弾け飛んだ。

「ミルザっ!テスタっ!!」

「まさか、私の炎が弾かれた・・・っ!?」

呆然と呟くアスレイドの言葉を聞いて、ミルザは小さく舌打ちをする。

「ユーシスっ!消火っ!!」

「う、うんっ!」

弾け飛んだ炎は、家具に飛び散り炎を上げ始めていた。

このままではこの屋敷ごと丸焼けに鳴りかねない。

ユーシスが攻撃系ではない呪文に長けていることを知っているミルザの言葉に、彼女は頷いて火の消火を始める。

それを横目で確認ながら、ミルザは再び剣を右手に持ち換えた。

床を蹴って銀髪の青年に飛びかかる。

そのまま手加減をすることなく、剣を振り降ろした。

けれど、それはいとも簡単に弾かれる。

「な―――っ!?」

息を呑んだ瞬間、青年の腕が動いた。

その鋭い爪が、ミルザの脇腹を掠める。

体にこそ届かなかったけれど、その爪は服のベルトを斬り裂いた。

そのまま体勢を立て直して、距離を取るために後ろへ跳んだ。

「何だ・・・?」

青年を見つめるミルザの顔は、驚愕に染まっていた。

先ほど剣を振り降ろしたとき、銀髪の青年は何もしていない。

あの鋭い爪で受け止められたわけでもない。

腕を盾にされたわけでもない。

「剣が・・・届かない・・・」

青年は何もしていないのに、剣が勝手に弾かれたのだ。

「何でだっ!?確かに当たってるのに・・・っ」

それはテスタも同じらしい。

先ほどから何度も斬り込んでいるというのに、その一撃は銀髪の青年には届かない。

全てが、彼に触れる直前で何かに弾かれてしまう。

まるで何かに守られているかのように。

それでも何とかして彼を倒そうと、必死に思考を巡らせていた、そのときだった。

「・・・・・・・・・ジーク」

ふと、耳に届いたのは、少し高めの声。

聞いたことのない声と名前に、4人は思わず、ほんの一瞬だけ動きを止めた。

「え?」

「今の・・・あの人の声・・・?」

ユーシスの呟きに、側にいたアスレイドが驚いて銀髪の青年へと目を向ける。

そこで彼は初めて気づいた。

隻眼の青年は、その片方だけの紅い瞳を真っ直ぐにただ1人へと向けていた。

「・・・ジーク」

「・・・え、俺・・・?」

その視線の先にいた人物―――テスタは、その言葉が自分に向けられているものだと漸く気づく。

思わず反応してしまった、その瞬間のことだった。

「貴様・・・よくも・・・」

銀髪の青年の、それまで無表情だった顔がぐしゃりと歪んだ。

「よくもおおおおおおっ!!!」

叫んだかと思った瞬間、それまで攻撃を弾くだけだった腕が勢い良く突き出される。

「んな――――――ぐっ!?」

長く伸びた爪に左右を囲まれたテスタが一瞬怯んだ隙に、銀髪の青年が間合いを詰める。

そのままテスタを斬り裂くかと思われた爪はそれをすることなく、そのまま首を物凄い力で掴まれた。

「お前もレンも・・・っ、よくも・・・よくも・・・っ」

ぎりぎりと首を絞め上げられる。

そのまま体を持ち上げられ、足が宙に浮いてしまいそうになる。

「ん、だよ・・・っ!何なん、だよ・・・っ」

必死で青年の腕を掴み、引き剥がそうとするが、びくともしない。

「テスタっ!!封じられし魔の者よ―――」

「邪魔をするなっ!!」

「―――っきゃああっ!!」

テスタを助けようと呪文を唱えようとしたユーシスに向かい、青年が衝撃波のようなものを放った。

とっさに目を瞑ったユーシスの前に、アスレイドが飛び込む。

そのまま杖を前に突き出すと、彼は言葉を口にしないまま、一瞬にして目の前に光の壁を作り出した。

作り出されたこの壁が、向かってきた衝撃波を押し止めて四散させる。

「大丈夫ですか!?ユーシス!」

アスレイドのその声に、ユーシスははっと目を開けた。

「あ、ありがとう、アスレイド・・・」

目の前に立つ彼を見て、助けてもらったのだと理解した彼女は、ほっと安堵の息をついた。

けれど、すぐにその顔はすぐに蒼白になる。

「お前が・・・お前たちが・・・っ」

「だから・・・っ、なに・・・っ」

銀髪の青年はこちらなど見向きもせずにテスタを絞め上げていた。

そのテスタの首を掴んでいない方の手が、ゆっくりと持ち上げられる。

それを待っていたかのように元に戻っていた爪が再び伸び始めた。

その切っ先の向こうには、テスタがいた。

「死ねえええええっ!!」

もう駄目だと、思わずぎゅっと目を瞑ったそのときだった。

ぱたんと、この場に似つかわしくない音がした。

その瞬間、銀髪の青年がその片方だけの紅い瞳を大きく見開く。

その姿が一瞬ぶれたような気がした。

一瞬遅れてぶわっと、まるで風が吹いたかのように青年の姿が浮き上がるように掻き消える。

唐突に解放されたテスタは、着地し損ね、そのまま床に倒れ込んだ。

ごほごほと咳込み、必死に酸素を取り入れようとしながら顔を上げる。

けれど、そこにはもうあの青年の姿はなかった。

代わりに、先ほどまで銀髪の青年が立っていたよりも少し向こうに、よく知る青年が立っている。

その手には、先ほどテスタがゼンマイを撒いた、あの赤いオルゴールが乗っていた。

「みる、ざ・・・っ」

「大丈夫か?テスタ」

「な、なんとか・・・」

オルゴールを手にしたまま近寄ってきたミルザに、何とか返事を返す。

ミルザは一瞬眉を寄せると、周囲を見回してユーシスを呼んだ。

飛び散った火の消火は一通り終わっていたらしい。

彼女はすぐにテスタの側まで来ると、応急処置と言って治癒呪文を唱え始めた。

「何だったんだよ・・・っ、あいつ・・・っ」

暫くして漸く落ち着いたテスタが、側の執務机に置かれたオルゴールを睨みつけた。

「オルゴールの蓋を閉めたら消えた、よね?」

「開けるなユーシス」

オルゴールに手を伸ばそうとしたユーシスを、ミルザが滅多に聞くことのない低い声で止める。

その声にびくりと体を震わせたユーシスは、慌てて手を引っ込めた。

「たぶん、そのオルゴールに封印されていたということでしょうね・・・」

「ミルザが蓋を開けたときは何ともなかったぜ?」

「おそらく、曲を奏でると実体化するのではないでしょうか?」

アスレイドの言葉に、なるほどと納得する。

テスタが箱を開けたのは、箱の底についているゼンマイを回した後だ。

「ゼンマイが戻りきる前に蓋を閉じたから、今開けるとまた出てくるだろうね・・・」

「開けないようにしておいた方がよくない?布で縛っちゃうとか」

「あんまり役に立ちそうもないよ」

「どうして?」

あっさりとミルザに自分の提案を否定され、ユーシスは首を傾げる。

彼女から視線を外したミルザは、執務机の側に落ちていた布を拾い上げた。

広げてみればずいぶんぼろぼろのそれには、べっとりと黒い染みがついていた。

「たぶんあの布、前にこれを包んでいたものだ」

ぽつりと、呟くように落とされたミルザの声に、ユーシスははっとする。

「大事そうに包まれていたから、ここに忍び込んだ野盗か何かが宝物か何かと思って開けてしまったんだろうね」

「あ・・・。それじゃあ、逆に危ない・・・のかな・・・?」

布の汚れを見つめ、思わず息を呑んでから、ユーシスは困惑したように尋ねた。

一度そうやって開けられてしまったのならば、また同じことが起こる可能性だって否定できない。

曲の途中で閉じられたこれを誰かが開けてしまったら、逃げる余裕もなく、あの銀髪の青年に殺されてしまうかもしれない。

「けど、ならどうするんだ?こいつ、このままにしておくのか?」

「今僕たちが受けている仕事は、このオルゴールを調査して、問題あるようなら解決するっていう仕事だろう?」

「そうだけど・・・」

「だったら、どうにかしないとだよ、このオルゴール」

このまま放置して戻ってしまったら、それは解決したことにならない。

だからこのままにはしないと、はっきり言ったそのとき、側からため息が聞こえた。

不思議に思ったミルザが振り返れば、アスレイドと、先ほどまで不安そうな表情をしていたユーシスが、仕方ないと言わんばかりの表情でこちらを見つめていた。

「言うと思いました」

「そうよねぇ。ミルザならそう言うよねぇ」

アスレイドの言葉に、ユーシスがうんうんと頷く。

その言い方に引っかかるものを感じたけれど、ミルザは特に言い返さなかった。

自分よりも年上のこの2人が、自分のことを弟でも見ているような態度を見せることにはもう慣れていたから。

「でも、どうするんだよ?」

そんなミルザに対してか、それとも2人に対してなのか、ため息をついたテスタが尋ねる。

そのまま蓋を開けても、また戦闘になる。

剣も呪文も効かない以上、同じことの繰り返しになるだけだ。

ならば、まずはその吸血鬼に攻撃が効かない理由を調べなければならない。

「まずはこの屋敷に関する情報を調べよう」

そう考えたからこそ、ミルザはそう提案した。

「こんな場所に放置されているんだ。何かいわくがあるかもしれないからね」

「なるほど・・・。そのいわくからヒントを得ようと言うことですね」

「ああ」

屋敷のことを調べれば、そこにあるこのオルゴールのことも、その中に封印されている存在のこともわかるかもしれない。

それがわかれば、彼に攻撃が効かない理由も、攻撃を届かせる方法も見つかるかもしれない。

そのミルザの考えに、他の3人も同調し、賛成する。

「じゃあ、一度街に戻るのね?」

「うん」

「こいつは?」

「ここに置いていくよ。町中で蓋が開いたら大変だしね」

「わかりました」

頷いたアスレイドが、机の上に置かれたままのオルゴールを手に取る。

開きそうな引き出しの中にそれを納めると、引き出しに向かって杖を翳した。

小さく呪文を口にすれば、オルゴールを入れた引き出しが一瞬光に包まれる。

「簡単なものですが、封印を施しました。よほど高位の魔道士でもない限り開けることはできないはずです」

「ありがとう、アスレイド」

何も言わずに他の誰かが被害に遭わないよう策を講じてくれたアスレイドに、ミルザが礼を告げる。

「じゃあ、戻ろう」

念のため、引き出しが開けられないことを確かめると、彼らはその場を後にした。

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