呪いのオルゴール1
こっそりお忍びで旅を続ける勇者ミルザのご一行。
彼らは路銀稼ぎのために、今日も街に留まっていた。
「たっだいまー」
ユーシスとアスレイドが宿屋の食堂で寛いでいると、側から声がかかる。
顔を上げると、そこにはひらひらと手を振るテスタが立ってきた。
「おかえりなさい、テスタ。どうだったの?」
「ばっちりに決まってんだろ」
にやりと笑った彼は、手に持っていた袋を机の上に広げた。
ずっしりとしたその中身を見て、ユーシスは思わず感嘆の声を上げる。
「わあ!すごい!」
「難易度が高いって言う仕事を選んだからな。これくらいチョロいぜ」
袋の中に入っていたのはお金だ。
紙幣と硬貨を含め、大きな金銭袋がぱんぱんになるほどのそれに、ユーシスが驚くのも無理はない。
そんな2人の様子を見ていたアスレイドが、唐突にため息をついた。
「浮かれるのはいいですが、天狗にはならないように」
「なんだよ、アスレイド。たまにはいいだろう」
「それで痛い目を見たことがあるのを忘れました?」
「う゛・・・」
群青色の瞳でぎらりと睨まれ、テスタは思わず言葉に詰まった。
確かに、そんなこともあった。
あったのは、認めるのだけれども。
「あれは、また事情が別というか・・・その・・・」
「じゃあ、そういうことにしておきますかね」
「な、なんだよそれーっ!!」
あっさりとそう言って視線を外したアスレイドに、思わず文句を言いたくなってしまうのは仕方のないこと、だと思う。
無視を通して手元の魔導書の続きを呼んでいるアスレイドにもう一度文句を言おうとして、テスタは思わず口にしかけた言葉を飲み込んだ。
ユーシスに声をかけられたからだ。
「ところでテスタ、何持ってるの?」
「え?ああ、そうだった」
彼女に言われ、自分が賃金以外の物を持っていたことを思い出す。
それを思い出した瞬間、彼は先ほどまでのアスレイドとの会話を綺麗さっぱり忘れると、辺りをきょろきょろと見回した。
「なあ、ミルザは?」
「ミルザなら―――」
「呼んだかい?」
ユーシスが答えようとしたその瞬間、背後から声がかかって、テスタは後ろを振り返った。
見れば、そこには今までどこにいたのか、姿が見えなかったはずのリーダーの姿があった。
「ミルザ」
「おかえりテスタ」
「ああ、ただいま。なあミルザ、これ見てくれ」
挨拶もそこそこに、テスタは手に持っていた洋皮紙をミルザに向かって差し出す。
思わず受け取ったミルザは、丸まっていたそれを開いて首を傾げた。
「何だい?・・・・・・仕事の依頼書?」
「斡旋所のおっさんがくれたんだ。ちょっと気になってさ」
「何なに?呪いの館のオルゴール?」
ミルザの隣から依頼書を覗き込んだユーシスが、書かれていた文字を見て首を傾げる。
その声を聞いたアスレイドも、読んでいた本を閉じて顔を上げた。
「この街の近くにさ、丘があるだろう?」
「もしかして、近くの森の話ですか?」
「そうそう。それで、その森って実は丘になってて、その上に古い屋敷があるらしいんだ」
確かに、この街の近くには森がある。
緩やかな坂になっているようだったから、そこがきっとテスタの言う丘なのだろう。
「その屋敷には昔っからおかしな噂があって、それの調査をしてほしいって」
彼のその言葉に、ミルザは依頼書から顔を上げる。
「調査・・・本当に?」
「斡旋所のおっさんはそう言ってたぜ」
テスタがあっさりとそう答えると、ミルザはその整った眉を訝しげに中央へ寄せた。
それを見たユーシスが首を傾げる。
「どうしたの?何か気になることでも」
「ただの調査にしては、報酬が高すぎると思ってね」
「え?」
そう言われて依頼書の報酬欄に視線を落としたユーシスは、次の瞬間その翡翠色の瞳を大きく見開いた。
「ご、50万ソールっ!!?」
思わず叫んでしまってから、慌てて両手で口を塞ぐ。
辺りを見回したときには、既にアスレイドが注目した人たちに向かって頭を下げてくれていた。
アスレイドにお礼を言ってからミルザに謝れば、彼は「次から気をつけて」とだけ言って話を元に戻す。
「この街には自警団がいる。だからあまり危険な仕事は下りてこない。あったとしてもせいぜい1件5万から6万ソール。その10倍の金額ということは」
「自警団すら投げた、とても危険な仕事、ということですか」
「だと思う」
さすがに旅を続けていれば、冒険者に降りてくる仕事の質だって読めるようになる。
自警団がいない集落ならともかく、いる場所でこんな仕事が冒険者の斡旋所に降りてくるなんて、そんな理由しか考えられなかった。
それを肯定するかのように、テスタが声を抑えて囁くような口調で口を開いた。
「おっさんの話だと、今までその屋敷に行った奴は、ほとんど帰ってきてないらしい。なんとか戻ってきた奴も大怪我してて、命からがらだったって話だったぜ。んで、そいつが言ったんだってさ」
「何を・・・?」
少し緊張した面もちでユーシスが訪ねる。
テスタは仲間を見回した後、さらに声を抑えてその言葉を口にした。
「オルゴールから出てきた化け物が、仲間を殺した」
その言葉に、何故かぞっとするようなものを感じて、ユーシスは体をぶるりと震わせた。
「だからそのオルゴールに何かあるんじゃないかって、自警団がそう言ってきたとかなんとか」
「呆れた。その人たち、自分で調べに行く勇気もないの?」
「ないからこんな高額な報酬で、斡旋所に依頼が来てたんでしょうね」
続けられた言葉に呆れたユーシスが思わずそう呟けば、アスレイドがため息混じりにそう答える。
「それで?なんで斡旋所の方はテスタにこの話を?」
そのまま彼が視線を上げた彼がそう訪ねた途端、テスタはびくりと肩を震わせた。
「実は、俺が今日受けたの魔物退治の仕事で―――」
テスタの真紅の瞳が不自然に宙をさまよう。
ほんの少しの間そうしていたかと思うと、彼は慌てたように言葉を続けた。
「その、腕が良かったからやってみないかって言われたんだ」
「・・・・・・テスタ」
明らかに作り笑いを浮かべた彼を、ミルザは思い切り目を細め、呆れたように呼ぶ。
「い、いいだろ!路銀が底をつきそうだったんだから、なるべく報酬の出る仕事って選んだからそうなっちまったんだよ」
「まさか、それでこれ引き受けてきちゃったの?」
「まさか!」
ユーシスが驚いたようにそう尋ねれば、彼は慌てて首を盛大に横に振り、それを否定する。
「さすがにそんな大変そうな仕事、俺1人で引き受けるの決められねぇよ!とりあえず、話だけと思って、依頼書だけもらってきたんだ。それに、この手の話はアスレイドが得意かなと思ったし」
「何故そこで私が出てくるんですか」
突然名前を出されたアスレイドが、ぎろりとテスタを睨む。
睨まれたテスタは、きょとんとして彼を見つめ返した。
「だってほら。アスレイドって魔族じゃん?」
「魔族イコール怪奇現象に詳しいわけじゃないですよ」
「じゃあユーシス」
「言っておくけど、妖精イコール怪奇現象に詳しいわけでもないからね」
「え」
ユーシスにもあっさりとそう言われてしまい、テスタは思わず固まる。
そう、実はアスレイドとユーシスは人間ではないのだ。
アスレイドは魔族で、ユーシスは妖精と呼ばれる種族だった。
アスレイドは元々人間と姿がほとんど変わらず、ユーシスはその力で人と同じ大きさに姿を変え、背中の羽を消しているから、人間と見分けが付かなくなっているけれど。
もちろんミルザもテスタもそれを知ったうえで、2人とともに旅をしているのである。
「まったく・・・」
予想外のことにショックを受けているらしいテスタにため息をついたアスレイドは、ふと視界に入ったもう1人の仲間の姿に、落としかけていた視線をもう一度上げた。
「ミルザ?どうかしましたか?」
不思議に思って声をかける。
依頼書をじっと見つめていたミルザは、声をかけられて一瞬だけ顔を上げると、すぐに手元のそれに視線を戻した。
「気になるな、この話」
「え?」
「そのオルゴールから化け物が出てきたって話、なんか引っかかる」
一瞬何を言われたのかわからず聞き返せば、ミルザははっきりとそう言った。
その言葉に、がっくりと頭を垂らして何かをぶつぶつ呟いていたテスタがぱっと顔を上げる。
「お、さすがミルザ!」
「じゃあ、この仕事請けるの?」
「ああ」
ユーシスの問いに、ミルザははっきりと頷いた。
それを聞いたアスレイドは思い切り眉を寄せる。
「賛成しかねます。呪いの館とかオルゴールとか、この辺りでは昔から伝わる単なる怪談かもしれないんですよ?そんなものにいちいち関わるなんて―――」
「火のないところに煙は立たないと言うよ、アスレイド」
今度こそ依頼書から顔を上げたミルザは、アスレイドのその言葉をばっさりと切り捨てた。
その反論に、アスレイドは思わず途中まで口に仕掛けた言葉を飲み込む。
それを見たミルザは、ふっと表情を和らげた。
「それに僕らの旅はもう急ぐ旅じゃない。ただ世界を見て回るだけの旅だ」
彼の言葉に、アスレイドははっと目を見張った。
以前の彼らの旅は、確かに急ぐ旅だった。
ミルザの故郷であるエスクール王国の国王からの依頼を受けて、世界に―――正確には人間に仇を成す存在を倒すための旅。
それは被害を拡大しないためにも急ぐべきだったし、ミルザ自身もそう考えていたのか、買い出し等の必要な時以外は休むこともせずに街を発つこともあったくらいだ。
今では、それは彼の人里嫌いが理由かもしれないと思うようになったけれども。
けれど、今は違う。
今はそんな命令も依頼もなく目的地もない、ただ自由気ままな旅なのだ。
「なら、その怪談の正体、調べに行くのも旅の目的じゃないかな?」
そう言って、ミルザがにこりと笑う。
その目を見て、アスレイドは思わずため息をついた。
「・・・・・・あなたという人は」
この勇者と呼ばれる青年は、人里を嫌うくせに『人前では』困っている人たちを見過ごすことはできないと言う困った性格をしていた。
たぶん今回も、そんな彼の性格が出た故の結論なのだろう。
面倒で仕方のない人だと思うけれども、それでも嫌だと思うことはなかった。
そう思うのは、アスレイド自身も、過去にそんなミルザの性格に救われたことがあるからかもしれない。
だから、どんなに止めようとしても、結局は最後にこの言葉を言ってしまうのだ。
「わかりました。あなたがそう言うのならば止めません」
「ありがとう、アスレイド」
にこりとミルザが笑う。
その純粋な笑顔を見て、アスレイドは思わずため息をついた。
もちろん彼にではなく、彼のそんな様子に弱い自分にだ。
けれど、それは一瞬のうちに彼に対するため息に変わった。
「それに、その屋敷には前に言った人たちの持ってた食料も残ってるかもしれないしね」
ぴたりと、アスレイドとユーシス、テスタが動きを止める。
きらきらと目を輝かせるミルザを見て、ユーシスは思わず普段は全く出すことのない、低すぎるトーンで呟くように口を開いた。
「・・・・・・・・・ミルザ。今度お腹壊しても治療してあげないわよ?」
「えっ!?何で・・・っ!?」
その呟きが聞こえたらしいミルザが、勢いよくユーシスを振り返る。
その反応にユーシスは額に手をついて盛大なため息を付き、テスタは苦笑いを浮かべ、アスレイドはたった今自分が口にした言葉を思い返して盛大に後悔をしていた。