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食生活と旅立ち

宿屋というものは、基本的に一晩の寝言を提供してくれる場所だ。

大抵は酒場や食堂などを併設していて、食事はそちらを利用する。

けれど、ごくまれにそう言った食事処を併設していない宿もある。

そういった場合は、別料金で料理をお願いするか、材料を持ち込み、厨房を借りて自分たちで料理をする。

今回宿泊した宿は、そんな食事処のない宿だった。




「お待たせしました」

ワゴンを押しながら部屋に入ってきたのはアスレイドだった。

そのワゴンの上には、色とりどりの料理が乗った皿が4人分置かれている。

「うおおおお」

「わあ!今日もおいしそう!」

それを見て思わず感嘆の呻きをあげたのはテスタで、嬉しそうに顔を綻ばせたのはユーシスだ。

「普通の食材で料理するのは久々でしたから、ちょっと奮発してみました」

「すげぇ・・・。さすがアスレイド」

楽しそうに笑って言ったアスレイドの並べる料理は、普通に市場で手に入る食材だけを使っているはずなのに、もの凄く豪華なものに見えた。

「ユーシス。並べるのを手伝ってください」

「はーい」

にこにこと嬉しそうに返事をしたユーシスが、初期をテーブルに並べるのを手伝う。

それを見たテスタは、室内にある3つのベッドのうちのひとつを見る。

「おおーい。ミルザー。飯だぞー」

「ん・・・」

声をかけたとたん、ベッドの上で膨らんでいた布団がもそりと動いた。

「おはようございます、ミルザ。食べられますか?」

「んー・・・」

ごしごしと瞼を擦る子供のような青年が、勇者と呼ばれる人物だと誰が信じるだろうか。

「まったく。街について早々拾い食いなんてするからよ!」

「仕方ないだろう?お腹が空いてたんだから」

「だからって入り口の祠のお供え物食うなっつーの」

「はいはい。ちゃんとしたもの作りましたから、ちゃんと食べてください」

ため息をつきながら食器を配り終えたアスレイド。

寝ぼけ眼のミルザを席に着かせると、どうぞと食事を勧めた。

「いっただきまーす」

元気よく挨拶したのはユーシスだ。

なにやら昔どこかの国で見た食事前の挨拶らしい。

彼女がこれをするようになってから、他の3人も彼女を真似て食事前に挨拶をするようになった。

「んー。やっぱアスレイドの作るご飯っておいしー」

幸せそうな表情でフォークを加えたまま言うのはユーシスだ。

「だよな。最初はびっくりしたけど」

「どういう意味ですか?」

食事を口に運びながら呟いたテスタを、アスレイドが睨み付ける。

ちなみにミルザは、よほどお腹が空いていたのか、完全に我関せずを貫いて食事に没頭している。

「だってアスレイドってボンボンだろ?しかも魔族じゃん?」

「だから何なんです?」

アスレイドのテスタを睨む眼光が鋭くなる。

「いや、だってボンボンが料理するなんて思わねぇじゃん?それに魔族って人間だって食うし」

「ちょっとテスタぁ」

かしゃんとフォークを取り皿に置いたユーシスが、それまでの上機嫌はどこへやら、ぎろりとテスタを睨む。

「なんで食事の時間にそんな話するのよ」

「だってそうじゃね?」

「はいはい。またいつもの思い込み」

「え?違うのか?」

「私に限っては違います」

アスレイドも侵害だと言わんばかりにため息を吐き出した。

それを見ていたミルザもため息をつく。

「人間を食料にするのは、魔物から進化した部類の魔族だよ」

見かねたのか、彼までもがフォークを置いて口を開いた。

「アスレイドみたいに、人型の魔族には純粋に食料にする種族はまずいなかったと思うよ。そういう種族は、たいてい獣人とかまんま悪魔みたいなのとか、そういう風貌をしていたと思うから」

「そうなのか?」

「人型の種族というのは、雑食で不味いそうですしね」

首を傾げるテスタの横で、アスレイドがしれっとそんなことを言う。

その言葉に、ユーシスが思わず顔を引きつらせた。

「って、そういう問題?」

「大事なことですよ」

確かに食材そのものが美味しいか不味いかも重要な要素だと思うけれど、まさか人型の魔族がそんな理由で人間を食べないなんて思ってもいなかった。

ということは、不味くなければ食べたということなのだろうか。

「アスレイド、君は何を言い出すんだ。ユーシスとテスタも本気にしない」

ミルザがぎろりとアスレイドを睨む。

それを見てアスレイドは肩を竦め、ユーシスとテスタは安堵の息を吐き出した。

「なんだぁ。冗談かぁ」

「だよなー。アスレイドが人を食うところとか想像できねぇもんなぁ」

「そう思っていただけるのはありがたいことなんでしょうね」

作り笑いを浮かべる2人の前で、アスレイドはわざとらしく見えるほどの優雅な動作でティーカップを口に付ける。

ふと、それを見るミルザの目が睨みつけるような視線のままだったことに気づき、アスレイドは苦笑した。

「そんなに怒らなくても」

「別に」

「大丈夫ですよ。あなたの手を煩わせるようなことはしませんから」

そう言ってアスレイドは薄く笑う。

ミルザが、対外的には率先して人のことを考え、面倒ごとを引き受けているけれど、本当はそう言ったことの一切を煩わしく思っていることを、アスレイドはもちろん、ユーシスとテスタも知っている。

勇者という肩書きを与えられてしまったために、それに見合う人間を演じているだけだということも、

拗ねたような表情を浮かべたミルザは、何も言わずに視線を外すと、黙々と食事を続行する。

それを見てアスレイドは苦笑を浮かべ、ユーシスはため息を吐き出した。

「なあなあ、そういえばさ。今日ちょっと武器屋を覗いてきたんだけど」

それを見たテスタが話題を変えるのも、もういつものことだ。

そうしていつも通りの夕食が終わろうとしていた、そのときだった。

どしんと、突然大きな振動が部屋全体を襲った。

それに少し遅れて外から悲鳴が聞こえてきたのだ。

「え?何?」

「町に魔物が入ってきてるみたいだぜ」

窓から身を乗り出したテスタが、外の騒ぎを確認する。

それに続いて外を見たアスレイドが、思い切り顔を歪めた。

「違います。あれは魔族です」

「魔族?あれが?」

外にいるのは、どう見てもアスレイドとは似ても似つかない獣の集団だ。

狼のような体躯に、一本の角を生やした獣。

どう見ても、あれが人間のように二足歩行をし、人の言葉を話すとは思えない。

「さっきミルザがいった人型でないタイプの魔族ですよ。ああいうのが食べるんです、人間を」

さらりと口にされた言葉に、テスタがぶるりと震える。

「ああいうのが・・・」

「しかもあの種族は確か知能も低く、魔物に近いタイプだったはずです」

「狼型ってことは肉食よね完全に」

2人の間から外を覗いたユーシスも、神妙な表情で呟く。

少しずつ聞こえる悲鳴が多くなっていく。

おそらく別の通りで住民が襲われているのだろう。

「そういえば・・・、最近この辺り、日照りが続いて森の動物たちも数が減っていたそうよ」

「普段森で狩りしてる魔物っぽい魔族が、町にまで狩りに出てきたってことか?」

「可能性は大いにありますね」

あのタイプは人語は話せるが、ほぼ本能で行動する種族だ。

森で狩りができなくなったから人里まで降りてきた可能性は十分にある。

「どうします?」

「決まってる」

振り返ったアスレイドの問いに、即答したのはミルザだった。

1人食事を続けていたはずの彼は、いつの間にか席を立ち、壁に立てかけれていた剣を腰のベルトに戻していた。

「食事の邪魔だ。ふっ飛ばす」

口から出てきたのは何とも勇者らしくない一言。

けれど、十分彼らしい一言だった。

「ですよねー」

「言うと思ったぜ・・・」

「じゃあ、行きましょうか」

テスタも剣を、アスレイドが杖を手にして窓を開け放つ。

この部屋は2階だが、人間ではないアスレイドとユーシスに取って、その程度の高さなどどうでもない。

ミルザとテスタも、このくらいの高さならば飛び降りることのできる自信があった。

そのまま窓枠に足をかけ、外へと飛び出す。

続いてユーシスとミルザも、そのまま外へと飛び出した。

宿の前まで来ていた獣の首を、飛び出すと同時に剣を抜いたテスタが真上から突き刺す。

突然の上からの襲撃に、獣たちは驚いたようだった。

「余所見をしていると怪我をしますよ」

少し離れた場所に着地したアスレイドが、地に足が着くのと同時に術を発動させる。

側にいた獣たちが突然溢れた水に飲み込まれ、流されていった。

「はいはい!怪我をした人はこっちに!結界の中に入ってください!」

ユーシスが周囲の住人のサポートに入ったのを確認したから、ミルザはテスタたちとは反対側から迫ってくる獣と対峙していた。

「本当は町中じゃやりたくなかったんだけど」

はあっとため息を吐きながら剣を抜く。

一度目を閉じ、それを開いたときには、左目の色だけが変化していた。

「さっさと片づけさせてもらう」

左右で色の違う瞳が、ぎろりと獣を睨む。

その瞬間、びくりと獣たちが震えた。

「おい。なんか超痛ぇ殺気感じねぇ?」

「彼は食事の時間を邪魔されるのが一番嫌いですからねぇ」

魔物に近い魔族ほど、本能で感情を感じ取る。

おそらく割と冷静なアスレイドやテスタ、恐怖を感じている他の冒険者よりも、ミルザの発する殺気の方がずっと怖いはずだ。

「つーかあいつ目の色変わってるぞ。表現とかそう言うのじゃなく」

「比喩でしょう。変わってますねぇ。本気ですねぇ」

片手で飛びかかってくる魔物を薙ぎ払いながら、テスタがアスレイドを見る。

一瞬だけ彼を見たアスレイドは、そのまま大きなため息をついた。

「行きますよ。ここは一瞬で片がつくでしょうから」

「了解」

手近な魔物を薙ぎ払いながら、2人はそれぞれ別の路地へと飛び込んでいく。

その瞬間、その場に四色の光が溢れた。

赤いトカゲと、青い肌の魚の尾を持った女性、緑の髪に木の葉のような羽を持った女性型の妖精、丸い頭の四つ足の動物。

それぞれの光を纏った4つの存在が、ミルザの周囲に浮かんでいた。

それを見てユーシスがぎょっとしたけれど、彼女に背を向けているミルザが気づくはずもない。

「消え去れ」

ぼそりと、彼にしてはとてもとても低い声で呟かれたその瞬間、4つの光が弾けた。

混じり合い、膨れ上がったそれは、その場にいた獣たちを次々と飲み込んでいく。

「っていうか、それ勇者の声のトーンじゃなくない・・・?」

ユーシスの呟きは、獣たちを巻き込んで弾けた光によって発生した爆風にかき消された。







『大変申し訳ありませんでした』

そう言って土下座をしたのは、この魔物に近い魔族の群れの長らしい狼型の獣だった。

どう見ても伏せているだけにしか見えなかったが、本人は土下座をしているつもりらしいのだから、そこは敢えて口にしない。

『サールソーイ王の血族がいらっしゃるとは露知らず、大変失礼を・・・』

「まあ、僕は死んだことになってますからねぇ」

「そうなのか?」

「一応イセリヤの『前』の魔王の王子ですから。イセリヤとしては王子が生きているのは都合が悪かったようなので」

からからと、何でもないことのように笑うアスレイドに、尋ねたテスタは困惑の表情を向けることしかできない。

「ああ、気にしないでください。魔界は実力主義ですからね。よくあることです」

「そう、なのか・・・」

「ちょっとアスレイド。テスタで遊ばない」

おろおろとし出したテスタを見て、ユーシスが止めに入る。

それを見て笑ったまま「すみません」と謝ると、アスレイドは獣の長に向き直った。

「とりあえず、食糧難は理解しますが、イセリヤやルーズの行いで天界から目をつけられている現状、下手に他の知性種に手を出すのは感心しませんね」

『面目ありません』

「そう思ってくれているなら、僕としてはかまいません。もうこの町は当然として、他の人間にも手を出さないこと。よろしいですね?」

『は、はい』

獣の長が、地面にめり込むほど頭を下げる。

それを見たアスレイドは、大きな息を吐き出した。

「本当にわかってくれたならいいです。けれど、覚えておいてください」

そう言ったアスレイドは、にっこりと笑顔を浮かべて見せた。

「今度こんなことをしたら、そこにいるミルザが容赦しませんよ」

その名前に、獣の長を始めとする魔族たちが一斉に体を震わせる。

魔王イセリヤを倒し、法王ルーズを封印した勇者の名は、こんな低級魔族の間にも知れ渡っていた。

そんな噂話よりも、先ほどその身をもって怒った彼の本気を目にした彼らとって、それが脅し文句にならないはずもなかった。

「・・・・・・で、そのミルザはどこ行った?」

「ご飯が冷めるって宿に戻ってったわ」

テスタの囁くようなその問いに、ユーシスはため息をつきながら答える。

「・・・・・・あの人は・・・」

それを聞いたアスレイドも、盛大なため息をついた。

「っていうかさ、アスレイド?」

「はい?」

テスタの声に、アスレイドは振り替える。

視界に入った彼は、何故か妙に神妙な顔つきをしていた。

「あいつの名前出すの、まずくね?」

そう言ってテスタが示したのは、先ほどからずっと彼らを取り囲んでいたギャラリーだった。

先ほどからずっとざわざわと聞こえていた声には、明らかに驚きの混じったものになっている。

そして、そのざわめきの中に、よく知っている名前が混じっていた。

それに気づき、アスレイドは初めて自分の口にしてしまった言葉に気づく。

「これは・・・」

「やっばい感じ・・・」

「あれ、きっとあとで押し寄せてくるぞ」

ざわめきの中から、宿はどこだという問いを聞き取って、テスタが怯えたような表情を浮かべる。

それを聞いたアスレイドは、意を決したように顔を上げた。

「・・・・・・テスタがばらしたことにしましょう」

「はっ!?」

突然のその言葉に、一瞬何を言われたのかわからず、テスタは思わず声を上げる。

「あたし、何も聞いてないわ」

「ちょ・・・っ!?」

すかさず耳を塞いだユーシスに、やはり驚いたテスタは驚き声を上げた。

けれど、あまりにも突然のことに続く言葉が出ない。

その隙を突いたように、アスレイドが笑顔で手を上げた。

「というわけで、がんばってくださいテスタ」

「ちょ・・・っ、待て!!がんばってくださいじゃねぇ!!!人に責任押しつけんなよこの魔族!!ユーシス!お前逃げんな!!」

脱兎のごとくかけだしていくアスレイドに向かって叫んでいる間に、隣にいたはずのユーシスの姿が消えていることに気づき、近くに現れた小さな光の玉に向かって叫ぶ。

「私妖精だもんー」

すると光の中から、聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。

ぱっと逃げるために、ユーシスが自身にかけた術を解き、元の大きさに戻ったのだ。

彼女は妖精の中でも特殊な存在だから、次元をずらして身体を不可視化し、光の玉のように見せかけることもできた。

共に旅をしていたのだから、テスタも当然それを知っている。

だから彼は、その光の玉に向かって叫ぶのだ。

「こんなときばっかり小さくなってんじゃねぇよっ!!こらっ!!戻ってこいって!!」

そんなテスタの叫びを無視して、光の玉は上空へ向かって飛んでいく。

「アスレイドもいねぇし!!おい!こらっ!!」

その隙を突いたとばかりに、アスレイドの後ろ姿もずいぶん遠くへと行ってしまっていた。

1人残されたテスタは、理不尽な仕打ちに思わず髪を掻きむしる。

「・・・・・・くっそ!!とりあえず押し寄せる前に連れてきてやる・・・!!」

考えるより、勇者を崇拝する住人が大群となって押し寄せるのを防ぐのが先だ。

そう結論に達し、テスタも宿に向かって駆け出した。

あとには、突然の展開に何をどうしたらいいのかわからないままの獣型の魔族たちだけが残された。



そしてテスタに宿から引っ張り出されたミルザは、逃げるようにその町を後にする。

部屋に残した夕食に未練を残しつつ、テスタに八つ当たりをしつつ、彼らは再び目的のない旅に出たのである。

その旅がいつまで続くのか。

それは彼ら自身も、その時代に住む人間たちも、誰も知らない物語。

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