遺跡の奥のいたずらっ子
ふと、目に入ったそれに足を止めた。
「ん?」
冒険者用の仕事の斡旋所で依頼を請けた遺跡の調査。
その探索中に、壁に覚えた違和感。
手にした松明―――木の棒に光る粉を塗りつけたもの―――をその場所に向け、照らしてみる。
「何だこれ?」
そこにあったのは小さな扉。
本当に小さい、普通の人間には絶対に通れないようなそれだ。
「なんでこんなところにこんなものが?」
新しいわけではないそれは、後からつけられたのではなく、元からこの遺跡にあったものなのだろう。
けれど、何故この扉が必要だったのかがわからない。
こんなところに、猫くらいしか通れないような扉を作る意味などない、と思う。
ここは、大昔の戦争のときに作られた要塞の跡地、という話だったから。
「ミルザー?」
名前を呼ばれて、彼は顔を上げる。
「ユーシス」
「どうしたの?何か見つけた?」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、共に旅をする少女だ。
魔力で作り出した光の球体を松明代わりに、別の部屋を調べに行っていたはずだった。
「ユーシスこそ、何か見つかったのか?」
「私の方はさっぱり。で、どうしたの?」
「これなんだけど」
そう言ってミルザと呼ばれた青年が、小さな扉を示す。
「え?何かある?」
「え?」
ユーシスに首を傾げられ、ミルザはそこを見た。
「あれ?」
そこにあったはずの小さな扉は、消えていた。
「ミルザ?」
「ああ、えっと・・・」
「お腹の空きすぎで幻覚でも見たの?」
「そんなはずは・・・」
ない、と言おうとしたけれど、その言葉は飲み込んだ。
言われてみれば、そんな気がした。
「ちょっと、大丈夫?」
「たぶん・・・」
「たぶんって、しっかりしてよねぇ」
首を傾げながら頷くと、ユーシスは露骨にため息をつく。
「まあ、いつものことだからいいけど」
「いつものことって酷いな」
「本当のことじゃない」
「う゛・・・」
そう言われてしまえば、否定はできない。
空腹になると拾い食いをして、腹痛でのた打ち回る、なんてことが日常茶飯事だったりするからだ。
「まあ、いいわ。そろそろ戻らない?みんな待ってると思うし」
「そう、だね・・・。戻ろうか」
釈然としないまま、ユーシスに促されて遺跡の外を目指す。
結局この日、請けた依頼は成果を出せないまま街へ戻ることになった。
光が去った後、何処からともなくきいっと扉の開くような音がした。
先ほどミルザが指摘し、何もなかったはずの場所に、いつの間にかか小さな扉が現れていた。
そこから顔を覗かせたのは、小さな人間。
背中に透き通った羽を持つそれは、妖精のような姿をしていた。
扉から数人が飛び出すと、彼らはくすくすと笑って暗闇に消える。
彼らがいなくなると、その扉も壁に溶け込むように消え去った。
彼らの請けた調査依頼は、どうやらその妖精たちに原因があるらしい。
彼らがそれを知るのは数日後、再びこの遺跡の調査に来たときである。
※即興小説トレーニングより移行