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精霊の役割

エスクール王都の西にある森。

ここは精霊の森と呼ばれている。

この森には結界が張られていて、普通の人間は中心に行くことができない。

結界によって空間が捻じ曲げられているらしく、中心部へ足を踏み入れようとしても、反対側に放り出されてしまうのだ。

森の反対側は崖になっていて、放り出された場所によっては命の危機が訪れることもある。

だから王都の人間はこの森には滅多に近寄らない。

ただ精霊が宿ると崇め、畏怖していた。


そんな森の中に小さな集落がある。

もちろん人間の集落ではない。

それは人間界に住む妖精の集落だった。

虫のような羽を持ち、小人のような姿をした妖精が、その森の中には住んでいた。

その集落の一番奥に、神殿がある。

人間の街にあるものと同じ大きさのその神殿は、ユーシスの住まいだった。

妖精神の神殿と呼ばれるそこに、国際会議から逃げ出してきたミルザが入っていったのはほんの数分前だ。

途端に聞こえた大きなため息に、側を通った妖精たちはびくりと体を震わせ、顔を見合わせていた。




「はあ・・・。また珍しいことをしたものですね」

「僕もそう思う・・・」

神殿の中の一室。

紅茶の用意されたテーブルに、ミルザは突っ伏していた。

その隣ではアスレイドが呆れたように、向かい側ではテスタが珍しいものを見るかのようにミルザを見ている。

テスタの隣に座るユーシスも、呆れたような目でミルザを見ていた。

「あんまり国を敵に回すようなことはしないでくださいよ」

「僕だってしたくない・・・」

「そうですか・・・」

完璧に衝動でやったのだなと理解して、アスレイドはため息をついた。

各国の代表に目を付けられたら、ろくなことなど無い。

だから釘を刺そうとしたけれど、それはやったミルザ本人が一番わかっているようだった。

ならば、これ以上自分から言うことはないと判断したのだ。

「つか、精霊の加護を消す、だっけ?そんなことできんの?」

「できるけど、実際はしないよ。意味ないし」

テスタが不思議そうに首を傾げる。

漸く顔を上げたミルザは、くだらないとばかりに吐き捨てるように答えた。

「そうなのか?」

「人間はこの世界は精霊に守られていると思っているようですが、そんなことありませんからね」

投げやりになっているミルザの代わりにテスタの問いに答えたのは、アスレイドだった。

その言葉に同意するようにユーシスが頷く。

「この世界を実際に支えているのは大気や生物に宿っている魔力なのよ。精霊様はそれを循環させる手伝いをしているだけ。その手伝いをしているのだって、精霊神と七大元素を司る精霊だけだしね」

魔力とは、この世界に置いては空気と同様にあって当たり前のもの。

精霊はそれを循環させているだけだと彼女は言うが、それだって十分『世界を支えている』になるのではないだろうかとテスタは思う。

「普通の精霊は、あたしたち妖精と同じで、世界に作用してるわけでも何でもないのよ。インシングでは実体がなくって、魔力に敏感に反応するって以外は」

「へー・・・」

「わかってませんね、あなた」

「うっせーな」

アスレイドに横やりを入れられ、テスタは思わず彼に食ってかかる。

テスタに魔法学の知識などあるはずもなく、実はユーシスの話をほとんど理解できていない。

それでもテスタは、今まで精霊は特別な存在だと思って生きてきた。

だから不思議に思う。

妖精や魔族である彼らは、精霊をこんな風に軽く扱っているけれど。

「でも、それにしてはなんか精霊って世界で一番偉いみたいに持ち上げられてねぇ?」

人間は精霊を神聖なものとして扱っている。

少なくとも、彼らのように軽んじているような印象を受ける話は聞いたことがない。

「あれですか。精霊信仰」

「たぶんねー」

アスレイドの問いに、ユーシスは軽い口調で答えた。

この世界では、宗教と言えば精霊を崇める精霊信仰だ。

他の宗教もあるにはあるけれど、異端だとか邪教だとか、そう言われてしまって広まっていないと聞く。

「あれも不思議ですね。一体どうやって広まったんでしょう?」

「何か意図があって、精霊神様と七大精霊様方が広めたみたい」

「精霊が?」

驚くアスレイドの問いかけに、ユーシスは頷く。

「理由までは知らないけど」

「あなたが知らないのなら、もう本人たちに聞くしかないんでしょうね」

「教えてもらえないと思うなぁ」

ちらりとテーブルに突っ伏したままのミルザを見たアスレイドに視線を向けたまま、ユーシスは呟くように言った。

その言葉に、アスレイドの視線が彼女に戻る。

それを見たユーシスは困ったように苦笑した。

「まあ、あたしはなーんとなく察しついてるけどね」

「そうなのか?」

テスタが驚いたように尋ねる。

それを聞くと、ユーシスは得意げに胸を張った。

「まあ、これでも女神様ですから。そのくらいながーく生きてるってこと」

自慢するようなその言葉に、ぴくりとミルザが反応した。

「ユーシス・・・」

突っ伏していた顔を上げ、じろりとユーシスを睨む。

けれど、次の言葉を発しようとしたそのとき、廊下から大声と共に慌てた様子の妖精が飛び込んできて、ミルザは思わずその言葉を呑み込んだ。

「ユーシス様!」

「どうかしました?」

自分の元に真っ直ぐに飛んでくる妖精を見て、ユーシスは首を傾げる。

「ティー様がお呼びでございます」

「ティーチャーが?」

妖精の口にした名前に、ユーシスはすぐに席を立とうとする。

けれど、何を思ったのか、思い止まってちらりとミルザを見た。

その心情に気づいたミルザは、先ほどの言葉の代わりにため息を吐き出すと、仕方ないとばかりに笑みを浮かべた。

「行ってきなよ、ユーシス」

「うん、そうする。また後でね」

ほっとしたように微笑んだユーシスは、椅子から立ち上がると姿を変えた。

彼女の本来の姿―――彼女を呼びに来た妖精と同じ羽の生えた小人の姿になると、妖精と連れ立って部屋を出ていく。

魔力を使って扉を締めていくことは忘れなかったらしい。

自動的に閉じられた扉を見て、アスレイドがふうっと息を吐き出した。

「ユーシスも大変ですね」

「だね・・・」

アスレイドに同意をしたミルザは、再びテーブルに突っ伏そうと体勢を元に戻そうとする。

けれど、その前にテスタの言葉が耳に入り、その動きを止めた。

「なあ。ティーチャーって?」

不思議そうなその言葉に、ミルザは思わず顔を上げてテスタを見た。

「あれ。テスタは知らないんでしたっけ?」

「知ってたら聞かねぇよ」

同じく不思議そうに尋ねたアスレイドを、テスタはぎろりと睨みつけた。

その様子にミルザは呆れてため息をつく。

「ティーチャーって言うのは、ユーシスの娘だよ」

テーブルに顎をついた体勢のままで教えてやれば、その途端テスタはぴたりと動きを止めた。

どうしたのだろうと不思議に思ったそのとき。

「娘ええええええええええええ!?」

椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がったテスタの、神殿中に響きそうな大声が、室内に響き渡った。

「・・・・・・知らなかったんでしたっけ?」

「・・・だったっけ?」

そのまま固まってしまったテスタを暫くの間見つめていた2人は、目を丸くしたまま顔を見合わせた。

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