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名ばかりの和平会議

ミルザ。

以前にも記したとおり、その名はこの世界では精霊に選ばれた勇者の名前だ。

世界最大の帝国を操り、世界を支配した魔王。

その魔王の亡き後、突然人間を襲い始めた魔族の国の王。

前者を倒し、後者を封印したミルザの名を、知らない者はいないだろう。

だからこそミルザは人里では偽名を名乗っている。

下手に騒がれるのが嫌だというのも理由ではあるが、最大の理由はこれだ。

「貴国のやり方は、何も変わっていないように思うが?」

「そんなことはない!」

目の前で繰り広げられているのは、所謂『国際会議』というものだった。


ユーシスがたまには自分の村の様子を見たいと言うので、ほんの少しの滞在のつもりで、一応自分の祖国であるエスクール王国に立ち寄った。

ウルスにもらった特殊な染め粉で髪の色まで変えたのに、王都でうっかり昔交流のあった兵士に会ってしまったのが運の尽き。

自分がミルザだとばれてしまった。

しかもずっと国王が探していたと、城下町のど真ん中で大声で言われてしまっては逃げようもない。

すぐ側にいたユーシスに、買い物に行っているアスレイドとテスタへの伝言を頼んでそのまま登城することになり、国王に謁見をして。

そのまま連れてこられたのが、ちょうどエスクールで行われていた国際会議の会場というわけだ。


もちろんミルザ自身に政治知識などあるはずがない。

この場に連れてこられたのは、『世界を救った英雄が自分たちが決めたことを認めた』いう事実を施政者たちが欲しがっているからだ。

勇者がいいと言ったのならきっといいことなのだろうと、民衆を納得させる材料がほしいだけ。

だからミルザに発言権などあるはずもなく、ただ黙って会議を聞いていた。


まったく。人間とは本当にくだらない生き物だと思う。

そんなことすら、『象徴』なしにはできないのだから。


目の前で繰り広げられている口論を眺めながら、ミルザはただそう思う。

元々彼は望んで勇者になったわけでも、世界を救いたいと思ったわけでもない。

ある日突然現れた道化師に、勇者を名乗って魔王を倒せと言われた。

他にすることもなかったうえに、自宅を燃やすと脅されたから引き受けた。

それだけだ。

だから、正直な話をしてしまえば、国や世界の行く末なんてどうでもいい。

目の前で口論をしている施政者たちが何を決めようが決めまいが関係ない。

とにかく早く終わってくれないだろうかと、ずっとそんなことを考えていた。

「何度も申し上げているが、我が国はきちんとやっている!」

「その割には、何も改善されていないように見えると言っているのだ」

さきほどから口論をしているのは、ミルザをここに連れてきたエスクール国王だった。

相手は魔王に支配されていた国の王、ダークマジック帝国の現皇帝だ。

確か自分がエスクールの騎士団を率いて帝都に攻め込んだ際に、追いつめられた魔王に殺された先帝の息子だったか。

魔王の策略で国政には全く関わることなく、帝王学なども学ばずに育ってきた皇子。

即位したのは確かつい先日だったはずだ。

「貴国の侵略で受けた被害の深刻な国は、未だ建て直しも困難な状態にあるという。そんな国に支援物資も遅らず、一体何をしていると?」

「支援物資は送っている!しかし、相手方が受け取ってくださらないことには、どうにも・・・」

「魔王に支配された帝国など、信用できませんからな」

「く・・・っ」

気の毒なことに、父親の行為の責任を取ると言って即位をした彼は、己の意志と反して責任を取ることができずにいる。

帝国がどんなに他国に手を伸ばしても、相手側がその手を取ろうとしないのだ。

一方的に拒絶され、なのに手を伸ばせと言われる。

若き皇帝も、自国に非があると知っているから、それについて文句を言うこともできない。

これでここは和平会議の場なのだというのだから、つくづく呆れてしまう。

本当に、くだらない。

若き皇帝は立ち上がったまま拳を握り締めていた。


今ここで他の国々がダークマジック帝国に求めているのはふたつ。

皇帝家の没落と、ダークマジックという国の消滅だ。

魔王に従い、この世界を混乱に陥れた償いとして、その国自体の存在を消せと要求されている。

その領土は、おそらく他の国で分け合おうと言うのだろう。

アスレイドの知識を借りるのならば、植民地として。

目の前の若き皇帝は、皇子であった頃にその要求を拒否した。

帝国の民を守ろうと、自らが即位して国を存続させようとした。

そうしなければ、守れないと思ったのだろう。

植民地となった場合、おそらく帝国の人々は支配者となった国の人々と対等には扱われないだろうから。

それだけは回避したいとそう言って即位した新皇帝は、けれどその努力を他国に認められずにいる。


理不尽だと、そう思った。

そして、この後帝国の人々が辿るだろう道を想像してしまった。

そして、今目の前にいる者たちを嫌悪した。

自分のその心を自覚してしまった瞬間、ミルザは傍観者を、やめた。


「わかり・・・ました。我が国は、皆様の提案を―――」


もうどうしようもないと思ったのか。

若き皇帝が、世界に対して服従の言葉を告げようとしたそのときだった。

ばんっと、大きな音が会議室に響きわたった。

その場にいる誰もが驚き、音のした方向を見る。

そこには左手をテーブルに乗せたミルザがいた。

「ミルザ殿?どうなされた?」

エスクール国王が不思議そうに尋ねる。

それはそうだ。

今まで黙って話を聞いていた『英雄』が突然不可解な行動をしたら、疑問を感じるだろう。

今のミルザには、その問いかけすら不快に感じた。

がたっと勢いよく立ち上がる。

びくりと体を震わせるエスクール国王を睨みつけると、ミルザはそのまま目つきのまま、その場にいる各国の代表を睨みつけた。

「これ以上第二のイセリヤやルーズになる人たちの顔を見ていたくありません」

はっきりとそう告げると、言われた言葉の意味がわからなかったのか、各国の代表は目を丸くした。

けれど、すぐにその意味を理解したのか、数人がぎろりとこちらを睨みつける。

「それはどういう意味か、ミルザ殿」

「言葉どおりの意味です」

どこかの国の代表の言葉に、はっきりと言い返してやる。

どこの国の王なのかは知らない。

ミルザが顔を覚えているのは、エスクール国王とダークマジックの新皇帝だけだから。

「あなた方はダークマジックの領土を自分たちのものにしたとして、そこに住む人たちをどうするつもりですか?」

「どうする、とは?」

「彼らをどう扱うのかと聞いているんです」

わざと言葉を濁していたのに、はぐらかそうとする彼らの態度が不快で、ミルザは核心に近い言葉でもう一度尋ねる。

その言葉に、エスクール国王が僅かに目を瞠ったことに気づいた。

「それは貴殿には関係ないことだ」

「いいえ、あります」

話を終わらせようとする彼の言葉に、はっきりとそう言い返す。

「僕がイセリヤを倒そうと思ったのは、この世界にいる全ての人をあの女から助けたいと思ったからです。それはダークマジックの人々も含みます」

それはもちろん嘘だ。

そんな思いを持って、あの戦いに手を出したわけではないから。

今だって、そんなことを思って口を出しているわけではないから。

「あの国は、僕が行ったときには酷い状態でした。先帝は住んでいる人たちのことなんて考えていない。重い税を課して、死ぬまで働かせて、そんな国だった」

敵の本拠地の様子を見ようと、ユーシスと2人きりで帝都に潜入したことがある。

今言葉にしているのは、ミルザがそのとき実際に見た光景だった。

「今は違う。新しい皇帝陛下は法律を整備し、税を軽くして、漸く一般の人たちが普通に暮らせる国に戻ってきたところです。そんな漸く解放された人たちに、あなた方は何をするつもりですか?」

「悪いようにはしない。貴殿が心配することでは―――」

「この会議を聞いているとそうとは思えないから聞いているんです」

言い訳をしようとしたまた別の国の代表を一言で黙らせる。

その人物が口を噤んだのを見て、ミルザは自分の側に座る男に視線を向けた。

「お答えいただけませんか?」

尋ねた相手は、自分をここにいたエスクール国王だ。

エスクール王国は小国でありながら、精霊を宿し、勇者を生み出した国として今の世界では一目置かれている。

それゆえに、今この場で最も発言力を持っているのはエスクール国王なのだ。

それくらいのことは知っているから、ミルザは迷うことなくエスクール国王に尋ねた。

けれど王は答えない。

ただ視線をテーブルに落とし、そこをじっと見つめているだけだった。

暫くの間返事を待っていたミルザは、期待する言葉が返ってこないことを理解すると、わざとらしくため息を吐き出した。

「では、仕方ありません」

わざと感覚を開けて、ゆっくりと周囲を見回す。

そして、この場にいる誰もが驚く言葉を口にした。

「ダークマジックに他国への服従を誓わせるというのなら、今後、世界から精霊の加護を消し去ります」

一瞬、その場にいる誰もがミルザの言葉を理解することができなかった。

いや、理解するのを拒否した。

「なんだと!?」

各国の代表のうち1人が立ち上がって叫ぶ。

ミルザに直接何かを言おうとしたらしいその男に、エスクール国王が視線を向ける。

視線に気づいた男は一瞬驚きの表情を浮かべたが、渋々と行った様子で頷くとその場に腰を下ろした。

それを見届けたエスクール国王が、視線をこちらに戻して口を開く。

「どういうつもりだね?ミルザ殿」

「どういうも何もそういうつもりです」

王の問いにミルザはきっぱりとそう答えた。

「僕は今でも精霊神マリエス様と対話をすることができます。僕は彼女と契約し、人間界と精霊の関わりに関する全てを決めることができる権利を得ている。僕が進言すれば、どこにいようと、すぐにでも人間界から精霊の加護を消し去ることは可能です」

「そんなことをして何になると言うのだ?」

「何にもなりませんね。けど、この世界に生きる人たち全てに平等な平和が訪れないなら、僕がイセリヤを倒した意味もルーズを封印した意味もない」

そもそも自分にとって、あの2人と戦ったことは『押しつけられた役目』以外のなにものでもないのだけれど、そんなことは顔にも出さずに続ける。

「精霊の加護がなくなったこの世界が、今までどおりの世界であり続けることができると思っていますか?」

それがとどめの一言になることは知っていた。

ミルザが真っ直ぐに見つめる先にいるのは、先ほどまでと変わらずエスクール国王。

その顔は、先ほどとは違い、焦りの表情を浮かべているような気がした。

「・・・・・・わかった」

暫くしてエスクール国王が口を開いた。

それは了承の言葉。

その言葉に周囲は驚き、息を呑む。

「エスクール王?」

「ダークマジック帝国」

誰かが呼びかけるのと同時に、エスクール国王はそれまで呆然とミルザを見ていたダークマジックの若き皇帝に声をかける。

皇帝はその声に我に返ったかのように彼を見た。

「我々は貴国にこれ以上強要はしない。ただし、支援物資はそちらの判断で送るのではなく、我々が求めるものを送っていただくこととする。また、送られたものは全て我々側で検査をする。それでよろしいか?」

「・・・・・・承知、いたしました」

告げられた言葉に目を瞠り、ぎこちなく頭を下げるダークマジックの若き皇帝を見て、エスクール国王はため息を吐き出した。

「ミルザ殿」

王の視線がそのままこちらに戻される。

その目は、疎ましい者を見るかのような色を宿していた。

「いくら貴殿の言葉でも、これ以上譲歩はできぬ。我々は、長い間それ以上の苦痛をダークマジックから受けたのだ」

「・・・・・・まあ、いいでしょう」


自分はただ、あの国の人々が昔の自分のような、下手をするともっと酷い扱いを受けるかもしれない結末を変えたかっただけだ。

あの頃のことは、正直思い出したくない。

それを、自分ではないとは言え、目の前で起こるかもしれないと考えてしまったら、吐き気がした。

口を出した理由は、ただそれだけだったのだから。


ミルザはそのまま椅子に腰を下ろすことなく席を立つ。

それを見た側に座っていたどこかの代表が、不思議そうに声をかけてきた。

「どこへ行かれる?ミルザ殿」

「僕はこれで失礼します。こんな奴いない方が、皆様にとってもいいでしょうし」

視線を向けた先にいたのはエスクール国王だ。

わざと顔を向けたというのに、彼は反応しなかった。

それを了承の意と受け取って、ミルザは真っ直ぐに出口を目指す。

「勇者殿・・・」

その途中、若き皇帝の側を通った。

呼び止められ、足を止めると、視線だけで彼を見る。

それで十分だったのか、彼は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます」

「別に、何にもしていませんから」

本当に、何もしていない。

何かをしてあげたつもりもない。

自分はただ、自分が不快だと思ったことを回避しただけだ。

「お礼よりも、国の人たちを守ると言ったあなた自身の言葉に責任を持ってください」

彼は、確かにそう言って即位したのだ。

それを今更撤回しようという態度も、ミルザには気に食わなかった。

「言ったことに責任を持てないような人間も、僕は嫌いです」

「肝に銘じておきます」

はっきりと告げると、皇帝は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに深く頭を下げた。

その姿を見たミルザは、彼から視線を外すとそのまま部屋を出ていった。

扉を潜る彼は、その場にする各国の代表たちに挨拶をすることもなければ、振り返ることもしなかった。

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