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畑の木

 この世界に来て約1ヶ月経って色々分かってきた頃、中庭以外の場所へ許可が出た。でも魔術がまだちっっっとも使えないため、誰かと一緒に行動することが絶対条件だけど。バリキャリだった私からすると、かなり屈辱だ。穴があったらはいりたい、むしろ掘って飛び込みたい。



 でもエリック君のおかげで小さな調理場が使えるようになったので、気分が軽くなった。城に滞在してるってことは国賓扱いだから、なかなか使用許可が出なかった。私はちなみに他国から留学中の貴族の設定。この国がどんなに安全そうに見えても、誘拐や暗殺なんかはもちろんある。異界から来たことは、その知識などが悪用される可能性があるため、近しい人を覗いて秘密。



「こわぁー」

 ミリアがテーブルにお茶を優雅な所作で置く。朝ご飯にハーブティーと数種類のジャムやハチミツを付けて食べるビスコッティ、そしてたくさんのフルーツが用意された。

 思わず呟いてしまったけどスミスさん曰く、狙われるのはあたりまえのことらしい。特に女で殿下たちと関わっていると何かと物騒だそう。


「大丈夫ですわ!私も命を賭けてお守り致しますし、何より殿下たちがそんなことさせない筈ですもの」

 うふふ、と笑うミリアは今日もかわいらしい。でも命までって余計リアルに感じて恐いよ.....


「女の争いは恐ろしいですからねぇ」

 と、対面に座り遠くを見つめ話し続ける爽やかイケメンスミスさんは、何かしら巻き込まれたことがあるんだろう.....。




 今日は1日お休みの日。

 エリック君は私が休みだと知り部屋に遊びに来ようとしたが、異界渡りの無断欠席や罰のせいでいまだなかなか学校から出させてもらえないらしい。なのに私の部屋やお茶に来ていた、つまり学校をぬけだしていたということ。「真由子さんと一緒にお茶したいんだもん」なんて、下から上目遣いされても惑わされないようにしなきゃ。


 あと、ヘンタイ殿下は最近見ないと思ったら、他国へ数週間出掛けていたらしい。昨日戻ってきたってミリアが(なぜか)教えてくれた。殿下となると外交事情もまた大変そうだ。どうせ女といちゃこらしてるんだろう。本当に女の敵だ。人が寝てる間にあんなに所有印をつけるくらいだからね!考えたらイライラしてきた。一生猫の社長でいればいいのに!






 これから久しぶりに何かご飯を作ろうと思う。まずは栄養管理から調理をしている宮廷料理人たちが働く調理場を見学しに、ミリアとスミスさんを引き連れて行った。見学の旨は事前に伝えてあったようで、スミスさんが調理場の中に入り少しすると、バーン!という勢いでドアが開け放たれた。目の前には50代くらいのいかにもコックという厳ついひげ面のおじさんが仁王立ちしていた。じっと見られている。な、なんだろう。



「お前さんが異界渡りの。オルベ.....「料理長!その噂は厳禁です!」」

 大声を出したスミスさんが慌てて私とハンスと呼ばれたコックの間に立ち睨み合う。


「あの腹黒エリッ.....「調理場が消し炭になってもいいんですか!」」

 再度大声のスミスさん。ん?何だ?ハンスさんは異界渡りのことを知らされてる1人なんだな、と考えつつ一連の出来事にポカンとしてしまったが慌てて、


「本日は見学の許可をいただきありがとうございます。私は片岡真由子といいます」


 この国の女性のマナーとして、ワンピースの裾を掴み膝を折り深々とお辞儀する。挨拶はいつでもどこでも大事だからね!すると少しビックリしたようで、


「いや、こちらこそこんなべっぴんさんに挨拶させてすまない。俺はここで宮廷料理人の長をしてる。ハンスって呼んでくれ」

 豪快な身振り手振りでガハハと笑い、私の肩が陥没するぐらいの勢いでバシバシ叩かれる。い、痛い。


 はぁーこれはあの噂も本当かもなぁ.....など腕を組み静かに呟いている。



「ハンス様、本日は真由子様に調理場と、出来れば『畑』の案内をお願いしたいのですがよろしいでしょうか。異界とは全く違う栽培方法などに興味を持たれたようなので」

 私の後ろに控えていたミリアが膝を折った。そう、ぜひ『畑』を見てみたいのだ。本で読んだので知識はあるものの、わくわくが止まらない!


「そうなのか?じゃあぜひ行ってみよう。きっと彼らもお前さんを気にいるだろう。しかし話には聞いてるけど料理が絶品らしいなァ」


 顎をなでながら面白そうに目を輝かせている。恐らくエリック君あたりからの情報が流れたのだろうが、料理長みたいな偉い人にそう言われると思わず照れてしまう。

「いえ、そんな....。私が作ったのは日本での家庭料理です」


「ニホン?あぁ、異界か。エリック様から向こうでの話を少しだけ聞いたが、実に面白い!ぜひその料理たちを教えてくれ。味を追求するのが料理人の仕事だからな」

 ガハハッと豪快に笑うハンスさんからは、この城で食べた繊細な料理は想像ができない。焼き肉!って感じだ。でも親しみが持てる人柄なんだろうということは分かる。


 つまみ食いにくるエリック君をいつも追いかけたり、面倒くさがりあまり食事をしないオルベルト殿下を叱るのも仕事らしい。昔からの王室専属料理人の家系で育ったため、この城ではかなり馴染みが深いようだ。




 日本のレストランと変わらないけど桁違いにでかい調理場の見学をざっと終え、『畑』へ行く途中に色んな話をした。この国、そしてこの世界には調味料が少ないと思ったことを伝えると、輸入するよりも自国で生産される方がいいから、異界にある調味料をぜひ作ってほしい、という話になったので醤油や味噌など作ろうと思う。大豆あるかな?


 日本での食について根掘り葉掘り聞かれたが、ガスでわざわざ火をつけたり、デパートやスーパーでは水槽の中で魚が泳いでいるっていう話にはとても驚いていた様子。魚が泳ぐのを見ることはあまりないらしい。それはこれから見る光景のせいなのだ。



 *


「うわぁぁぁー!!これが『畑』なんですね!」


 目の前に広がるのは、大きな木がたくさん植えられている森。しかも区画整理されていてその木にはそれぞれピーマンやニンジンがぶらさがってる。パイナップルが重そうに枝をしならせてるのはなんだか支えてあげたくなるなぁ。


「ここは畑の入り口の『緑畑』だ。主に野菜や果物が生える。奥には魚の『青畑』や肉の『赤畑』、薬草の『黒灰畑』など何十もの畑があるぞ。お!あそこを見てみろ」



 ハンスさんが指さすほうれん草の木の根元には猫がたくさん集まっていた。


「みゃぅぅ!んーにゃ」

 木の上から声が聞こえる。


「みゅう。みゅうみゅ、みゅみゅう」

「なん。なぁーん。んなっ」


 白や薄ピンクや群青など色とりどりの猫が、木の幹にもっさり生えているほうれん草をキャッチしようと待ち構えている。ポトリ、と芝生の上に落とされたほうれん草を口にくわえ、大きな木で編まれたカゴにどんどん積み込んでゆく。

 なんと、猫が城の調理場まで食材を届けてくれるのだ!事前に必要な物を言っておくと、すぐに届けてくれたり指定した時間帯に運んでくれることもある。何となくピザの宅配サービスを思い浮かべてしまったのはご愛嬌。


 しかし、かわいすぎる!それに広大な食材の森をタタタタッと小さな身体で駆け回るなんて働き者だ。



「木に生える食材を俺らの元に届けるのが彼らの仕事さ。人見知りで臆病で少し恐がりだが、長く付き合ってみるとなかなかいい奴らだぞ」

 私たちから少し離れた所から腕組みして彼らを見るハンスさんはまたガハハと笑った。


「にゃ!!」


 その大声に気付いたのか猫たちが一斉に動きを止めこちらを見つめてきた。

 私と目が合った灰色の猫が、尻尾をピンッと立てたままゆっくりこっちへ近づいてきた。他の猫たちは木の下で訝しげに私たちを見つめている。その時、後ろで控えていたミリアが小さな声で囁いて私の左腕をそっと引き寄せた。


「ここにいる猫たちはとても人に敏感です。ハンスさまや他数人を覗いては慣れていないので攻撃される可能性があります」


「え?でもこんなにかわいいのに」


 後ろへひっぱろうとするミリアや、斜め前で私を守ろうとするスミスさんが理解できずにいた。文献にも攻撃するなんて書いていなかったし、猫が攻撃なんて考えられない。何よりなでなでしたい。今の気分は、ほぼ部屋と中庭のみの監禁生活サラバ!私に癒しを!って感じだ。


「後ろへ下がってください。ハンス殿も彼らをなんとかして下さい」


「俺がいるしそいつら特に何もしないと思うけどなぁ。何より普段は見かけない人がいると、真っ先に攻撃するはずだぜ」


 ハンスさんは相変わらず腕を組んで知らん顔をしたまんま少し離れた所からこちらを眺めている。私とミリアを左腕で後方へ誘導し、反対の腕で腰に差した立派な剣まで抜こうとするスミスさんに慌てて制止の声をかけた。


「ま、まって!さすがに猫に剣はないんじゃない?」


「ここの猫たちは少し事情が違います。城の食材を管理する猫なので、部外者を攻撃するよう訓練されています」


「でも、そんな雰囲気じゃないよ?どこからどう見ても人懐っこそうな目をしてるように見えるけど....」

 灰色の猫の翡翠色の瞳が近づいてくる。私がスミスさんの前にスルリと出てしゃがみ込むと、後ろから「真由子様っ」とスミスさんとミリアの声が同時に響いた。



「「.......!?」」



 猫が喉をゴロゴロと鳴らし、差し出した手に頬ずりしてくる。

「ね?そんなことないでしょ?」


 唖然として後ろにいる2人を振り返りなでなでしていると、さらに向こうでこちらを眺めていた数匹の猫たちが駆け寄ってきて、足や手に絡み付いてくる。あったかくって柔らかいー!


「みゃー、みゃうぅ」

「ぶふっ、ぶにゃん」

「なうぅ」



「へぇ、こりゃ俺でもこんなことにはならないな」

 ハンスさんが脚を交差させて壁にもたれながら目を細めている。



「い、一体どういうことでしょう?猫たちが自ら寄っていくなんて....」

「俺も城の猫たちが擦り寄るなんて光景、見た事ないです」


 奇妙な出来事に何とも言えずただ驚いている2人。この『畑』に忍び込んだ何人かは彼らの火炎の攻撃をくらい医務室に運ばれたという噂も聞いていたので、スミスはこの異常事態に順応出来ていない。ミリアもまた、誤って迷い込んだ見習い侍女などが引っ掻かれたことなどを耳にするので同じ反応を示した。



「んなぅ」

 小さな水色の子猫が背中にしょってある籠の中の林檎をポトリと落とし、両手でタシタシっと差し出してきた。林檎も小さくてかわいい。どうぞ、ってことみたい。


「わ!ありがと。後で他の畑も案内してね」



「「「にゃん!」」」


 擦り寄ってきた猫たちが声を揃えうなずいてくれた。






更新遅くなり申し訳ありません。お待たせしました。


カラフルーなにゃんこ達です。でもショッキングな色とかじゃなく、優しい色合いの猫です。

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